デート(車中)
沢木を助手席に乗せ、車を走らせた瞬間、俺はまたしても後悔した。レンタカーという事もあり、なんの音楽も用意していなかったのだ。
沢木とはこれまでに仕事の話はたくさんしてきたが、こういった状況でどんな話をすればいいのか見当もつかなかった。何か共通の話題があればいいのだが、なにせ初めてのデートである。むしろ共通の話題を探る為のデートなのだ。
俺は焦りに焦った。安全運転を誓ったそばから事故を引き起こしそうである。俺のあまりにこわばった顔に、沢木が助け船を出してくれた。
「もしかして緊張してる?うふふ。実は私も緊張してる。昨日の夜はまともに寝られなかったの。」
「そ、そうなんですか。僕は久々の実家だったんで、ゆっくり休むことが出来ました。」
言った瞬間に俺はまたしても後悔した。今の流れであれば、こちらも緊張しているという内容の返答がベストだったはずだ。実家で羽を伸ばしてきましたアピールは全くもって必要ない。
「そう言えば、どうして実家に帰ろうと思ったの?」
奇跡だ。奇跡的に話が広がった。いや沢木に広げてもらったのだ。これに乗じて家族の話などできれば、10分は間を持たせられる。
「実はあの後、帰りの電車の中で、ふと家族の顔が見たくなってしまって。」
いいぞ。これで沢木がどんな家族構成かなどに興味を持てば、占めたものだ。まずは妹のことから紹介してやろう。
「ねえ、石田君。」
「はい。」
沢木はうつむいている。一体どうしたというのだ。
「車の中だけでいいから、手をつないでもいい?」
頭が真っ白になった。思考回路がショートするというのは、こういう事だと身をもって理解することが出来た。
恋愛に最善解などないのだ。セオリーもなければ、型にはまる必要もない。
おそらく沢木は俺の言葉の“あの後”という部分に思うところがあったのだろう。“あの”というのは公園で俺の気持ちを伝えた事である。
俺も“あの”時の事を思い出し、胸が熱くなった。信号が赤になったのを確認して、ブレーキを踏み、膝辺りに置かれた沢木の右手を掴んだ。
「前方不注意になってはいけませんので、赤信号まで待ちました。安全運転を誓いましたので。」
沢木は俺の左手を強く握り返した。
「右手だけで安全運転できそう?ドライバーさん。」
「もちろんです。オートマなので。」
お互いに見つめあい、笑みがこぼれた。
俺の肩に入っていた力は、一気に抜けていった。




