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  作者: くぬぎ
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真実4

 タイマンを張るというのは、正々堂々やり返していいと解釈したのだ。

 結果は俺の圧勝だった。本来ならば、イジメに打ち勝った瞬間であり、これからはイジメに頭を悩ませることなく、普通の生活が送れるはずだった。

 だが、顔中血まみれでぶっ倒れているそいつは、その場を離れようとする俺に向かってこう言った。

「その顔ムカつくんだよ!」

 それを聞いた瞬間、何もかもがどうでも良くなった。俺が人生で初めて嫌な気持ちになった言葉もそれだった。中学に入学したその日に、先輩の不良から殴られながら聞いた言葉と同じものだった。

 いくら優しい性格でも、ご近所から評判のお兄ちゃんでも、そんなことは関係ないのだ。

 俺の顔は人を不快にする。そんなねじ曲がった解釈をするようになっていたのだ。これからも俺はこの顔で人を不快にしてしまう。学校で女子生徒が俺をヒソヒソと笑うのも顔がおかしいからだろう。

 それ以降、俺の人生から笑うという行為は消えた。同時に涙も消えた。もう誰とも関わらない。誰の声も聞こえない。

 そう考えると、急に心が軽くなった。笑いたければ笑えばいい。


 明美先生は俺の話を黙って聞いてくれた。そして、おもむろにファイルの最後のページに何かを書き込むと、ファイルをパタンと閉じた。

「話してくれてありがとう。辛かったわね。あの時はこれだけの話、やっぱりできなかったよね。もっとやり方はあったんだろうけど、私の力不足。ごめんなさい。」

 明美先生はカウンセリングを終えようという雰囲気である。まだまだ俺のモヤモヤは晴れていない。

「石田君をいじめていた不良は、なんでタイマンを張ろうと言い出したのかわかる?」

「いえ、考えたくもありません。」

「そうか。もしその不良に意中の女の子がいて、その子がけし掛けたとしたら?

 その子は石田君に気があって、イジメを良く思っていなかった。でも後には引けない不良はタイマンならいいだろうと提案する。石田君に勝ったら付き合ってあげる、負けたら一切イジメはしない。

 そんなやり取りがあったとしたら、最後の彼の言葉も何となく負け惜しみとして理解できるんじゃないかしら。しかもそのタイマン事件は中学卒業前の色恋が盛んになる時期。そんな背景があっても不思議じゃないよね?」

 明美先生の表情は色恋話に花を咲かせる女子のような無邪気なものになっている。

「確かに…。でも、そんな訳の分からないやり取りに巻き込まれる俺の気持ちも考えて欲しいです。」

 俺はそう言うと、なんだかおかしくなってきた。

 明美先生の突拍子もない推理で、真剣にイジメと戦っていた当時の自分がアホらしくなってきた。

「やっぱりもう大丈夫ね。もうこれまでの石田君じゃない。きちんと私の声も届いた。」

 確かにその通りだった。今までだと先生の素っ頓狂な推理になど耳を貸さなかっただろう。もうこれまでの自分じゃない。そんな実感が湧いてきた。

「これからは周りの声も響いてくるようになると思うわ。でもそれは気持ちのいい内容だけじゃない時もある。また辛くなった時は、ここにいらっしゃい。」

 明美先生はにこりと微笑んだ。

「それにしても石田君の心に、最初に声を響かせてくれた人に感謝ね。もしかして、それはさっき言ってた“ある女性”かな?

 あーん、私じゃないのがショックー!焦って結婚なんかするんじゃなかったー!」

 明美先生の砕けた言葉に、俺は自然と笑顔になっていた。


 車に乗り込む前、明美先生と握手を交わした。すると先生は何かを思い出した様子で口を開いた。

「そうだ。美也ちゃんにこれ渡しといてくれない?」

 そういうと一枚の紙切れを差し出した。どうしてここで美也が出てくるのだろう。そう思いながらも、俺は紙を受け取りポケットにしまい込んだ。

「元気でね。これからはちょくちょくお母さんに顔見せてあげてね。」

 明美先生は大きく手を振って見送ってくれた。

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