彼氏彼女
一世一代の大勝負を終え、俺と沢木はどちらからともなく帰ろうという流れになった。
俺の告白に沢木はただ涙を流すだけで、何の言葉も発することはなかった。俺は頭に抱えたままの疑念についても解決したかったのだが、そんなことはもうどうでも良くなっていた。
沢木と相思相愛の関係にある。その事実が確立されただけでも大偉業であった。これ以上望むものは何もないのだ。
駅に着くころには沢木は泣きやんでいた。それでもお互い言葉を発することはなかった。
「一人で帰れますか?」
沈黙を破ったのは俺の方だった。頼りない足取りの沢木が心配になったのだ。お酒はそれほど飲んでいないのだが、どことなく歩く姿に力が入っていないように見えた。
「うん。もう大丈夫だから…。」
沢木はそういうとにこりと微笑んだ。
「これ洗って返すから。」
俺のハンカチをヒラヒラと振って見せると、そのまま改札の方へ向かって行った。
「嬉しかった。これからもずっと変わらず私の事を見ていて欲しい。」
沢木はそう言うと、手を振りながら改札をくぐり抜けた。
沢木の姿が見えなくなると、急に体が重くなった。だが、嫌な気だるさというわけではなかった。緊張から解き放たれたのもあるだろう。人生でこれまでにない経験をしたのだから仕方あるまい。
それにしても、これからどうすべきなのだろう。お互いに思いあっている事は確認できた。沢木と一般的にいう“付き合う”といった関係になったのだろうか。そもそも付き合うという事がどういう事なのか、いまいちピンとこない。
まったくもって贅沢な悩みを抱えたまま連休を迎える事になった。
帰りの電車に揺られながら、会社を出る前に高橋取締役から頂いた小箱を眺める。一体何が入っているのだろうか。
母親以外の女性からプレゼントをもらったのは初めてだった。できれば初めてのプレゼントは沢木からもらいたかったのだが…。
そんな事を考えながら、この三連休をどう過ごそうかと考えていた。普段なら家にこもりっきりで読書にふけるのであるが、今日はあいにく本を調達し忘れた。休日前はいつも勇気を振り絞って何冊か本を買って帰るという習慣があるのだが、今日はそれどころではなかった。
実家に帰ろうか。ふとそんな考えが頭をよぎった。この会社に入社してから、一度も帰省をした事が無い。久しぶりに母親が作った料理が食べたい。今はそんな気分なのだ。
帰ろう。家族で料理を囲みながら話がしたい。こんな気持ちになるのは初めてだった。




