登場
部長は辞令を俺に手渡すと、ゆっくりと息を吐いて椅子にもたれかかった。
「僕としても石田君にはまだこの部署に居てもらいたいのだが…。」
部長の表情は終始硬いままだ。
「どういう経緯でこんなことになってしまったのですか?」
人事異動は社員の意志など関係ない。この異動に逆らう事は出来ない。それならば、せめてこの異動にどのような意味があるのかだけでもはっきり理解しておきたかった。
「高橋取締役が新しい部署の設立を決定した。そこに書いてあるだろう。」
俺は部長から手渡された辞令に目をやった。
データ統括部。あまりに簡易なネーミングに、具体的に何をする部署かは判別できない。はてな顔の俺を見て、部長は付け加えた。
「当社のこれまでの歴史で蓄積した生産や販売に関するデータを、一元的に管理してこれからの営業活動につなげていくための部署らしい。」
部長の説明を聞いてもやはりピンとこない。
「詳しい事は高橋取締役に聞きなさい。実は僕もあまり理解できていなくてね。」
部長は苦笑いをしている。
「すまないね。沢木君の企画がいよいよ形になろうと言う時に、こんなことになってしまって…。」
「いえ。仕方のない事です。」
「本日中に高橋取締役からなんらかの連絡があると思う。今日は一日デスクで待機しておいてくれたまえ。いつお呼びがかかるか分からんからな。」
「はい。」
いろんな事が釈然としないまま、俺はデスクに戻った。
新しい部署の立ち上げなんて噂すら耳にした事が無い。とはいうものの、噂話など参加した経験が無いのだから知らなくて当然だ。俺以外に誰が配属されるのだろう。まさか追い出し部屋なんてことはないだろうな。
それよりもチーム沢木として働けなくなることが寂しい。企画は最終段階なので、遅かれ早かれ各々の仕事に戻ることになるのだが、何も今じゃなくても良いだろうに…。せめて商品が店頭に並ぶところまでは見届けたかった。
新しい部署は、どのフロアになるのだろう。沢木と隣り合わせのデスクはもう数日といったところか。異動になることで、沢木とのコミュニケーションはほとんどなくなると言っていいのではないか。
そう思うと早く沢木と話がしたくなった。仕事の話もそうだが、それ以外の事も話しておかなければならない事がある。
「石田さん、何かありましたか?」
背後には杉野が立っていた。先ほどから部長や俺の様子を観察していたのだろう。やはりこの子は俺と同じく他人への観察眼が鋭い。
「ああ、ちょっとね。」
「ちょっとじゃわかりません。」
「今さっき辞令が出て、異動になっちゃった。」
「異動…!?」
杉野が思わぬ声を上げたので、フロアの社員が一斉にこちらを見る。一息つくと今までにない勢いでヒソヒソ話が始まる。
「異動って、どこにですか?」
「新しくできる部署らしいよ。まだ詳しい事は聞いていないんだ。」
杉野は口が開いたまま、固まっている。こんな時、俺はどうしていいのかわからない。
どうしたものか困っていると、フロアが物々しい雰囲気に変わっていることに気づいた。部署内全員が起立している。杉野が固まっていたのはこれが原因だったのだ。
高橋取締役がにこやかな笑顔で俺のそばに立っていた。




