困惑
杉野との会議室での話はうやむやなままに終わってしまった。決して杉野の話をないがしろにするつもりはなかったのだが、結果として何のアドバイスもできなかった。
俺の頭の中は、ここ数日のうちに出会った石田評でいっぱいで、途中からどんな会話をしたのかもよく覚えていなかった。。
「ありがとうございました。話を聞いて頂いただけで、なんだかすっきりしました。」
杉野は相変わらずの小声で礼を言った。心なしか先ほどまでの堅い表情とは違って、柔らかな顔に見える。
「力になれるかわからないけど、協力させてもらうね。また何かあったら話を聞かせてください。」
俺がそう言うと、杉野は照れくさそうに黙って頷いた。
「私、帰りますね。長い事石田さんと二人で会話していると、他の女子社員に嫌われちゃいます。」
そう言って杉野はテーブルに広げた販促パネルを手に取ると、足早に会議室を後にした。
やはり何かがおかしい。この違和感は何なのだろうか。沢木といい、杉野といい、発言の意図がつかめない。
昨日の帰り際、沢木は俺の事を“かっこいい”と言ってくれた。ただ、それは泣きじゃくる俺を慰めるために発した言葉だと思っていた。醜い容姿である事を、俺の口から言わせた事への罪滅ぼしだと捉えていた。もしくは仕事に対する俺への評価として“かっこいい”という言葉をくれたのかもしれない。
そして、たった今この会議室で杉野の口から発せられたのは、第3者評としての“完璧な人”という言葉である。杉野とはここ最近からの付き合いであるから、ほとんど第三者と考えてよいだろう。沢木に見合う完璧な人というのは、容姿も含めたステータスを求められるのではないのか。極め付きは杉野の最後の発言だ。“他の女子社員に嫌われる”とは、他の社員が杉野に嫉妬してしまうという意味にも取れる。
頭が混乱したままデスクに戻り、先ほど立ち上げたパソコンをシャットダウンさせた。
とにかく帰ろう。チーム沢木の面々はもういないので、いつも通り、誰にも挨拶せずに部署を出た。廊下にはまだ談笑している社員が数人いる。それらの脇を、うつむきながら気配をできるだけ消したまますり抜け、いつもの階段に向かう。
1階まで誰にも会わずに下りきったところで、不意に左腕を掴まれ、バランスを崩しそうになった。
「杉野さんと何話してたの?」
沢木の表情は今まで見た事もないくらい暗かった。




