杉野2
杉野の表情は真剣なままである。ただ彼女の発言の真意はつかめないままだ。
「僕と沢木さんが何だって?」
「石田さんと沢木さんがくっつけば、村田さんも諦めがつくと思うんです。」
またしても話が飛躍しすぎて理解が追いつかなかった。後半部分から読み取るに、村田は沢木に好意を持っているらしい。こういった類の出来事に出会った事のない俺にも、その事に関しては察することが出来た。普段から村田が沢木にゾッコンなのは誰が見ても分かる。どうやら村田の元気が無い原因は、沢木への恋煩いのようだ。
しかし、問題は前半部分だ。『俺と沢木さんがくっつけば』というのはどこから出た発想だろうか。杉野はただ単に村田の意中である沢木が、誰かのものになってしまえば、村田は諦めがつくと考えているのであろうか。
もしそうだとすると、彼女の考えは浅はかというより他ない。彼女の人生は俺と同様に、こういう類の話に縁が無かったのかもしれない。
むしろ逆効果なのである。仮に沢木が俺のような醜い容姿の人間と付き合うことになったとしても、周りの男たちは自分にもチャンスがあると思うはずだ。一瞬だけ沢木のセンスに疑念を抱く事はあろうが、沢木を落とすチャンスが自分にもあったんだと後悔すると同時に、こいつが相手なら奪い取れると自信を持ってしまうのだ。
「杉野さん、それはね…。」
「石田さんのような完璧な人が相手なら、村田さんも諦めがつきます。それに…村田さんは石田さんのこと、尊敬しているみたいだし…。」
杉野が力を込めて吐きだした言葉の全てが理解できなかった。完璧な人…尊敬している…もしかしたら俺はこの子に馬鹿にされているのだろうか。
杉野を見ると、顔は真っ赤になっていた。ただでさえ口数の少ない子だ。何日か分の言葉数を今使いはたしてしまったかのようである。
「そうか…。」
こんな鈍い俺も、杉野の様子からやっと察することが出来た。
「村田君は杉野さんにとって大切な人なんですね。」
こくりと小さく頷いた杉野は、俺の目を全く見ようとしなくなった。
「ごめんなさい。村田さんにはこの事言わないで頂けますか?」
「もちろんです。」
杉野はまだ村田に想いを伝えてはいないのだろう。そっとしておくのが一番だ。ただ一つだけ村田に関して、確認しておかなければならない事がある。
「ところで杉野さん。村田君は俺の事、本当はどう思ってるの?」
「さっきも言ったように尊敬していますよ。特にあの会議の後から見る目が変わったって言ってました。」
なぜあの号泣会議の後なんだ。まあおそらくは沢木が俺をサポート役に指名したことで、彼の中での評価が変わったのだろう。意中の人が指名したのだから、意識せざるには居られなかったはずだ。俺に興味を持ちだしたのも、沢木を意識してこそだった。
「それまではただ顔が良い無愛想な先輩としか思ってなかったみたいですけどね。あっ…」
杉野は慌てて自分の言葉ではないと否定した。
だが、そんなことはもうどうでもよかった。
データ処理がうまい、人間嫌い、ナルシスト、かっこいい、すごくかっこいい、完璧な人、顔が良い、無愛想…ここ数日で出会った俺を評する言葉に間違いがいくつか紛れている。




