告白2
いまさら「もう一軒飲み直しましょう」とは言えなかったので、俺と沢木は駅まで歩きながら話すことにした。
「びっくりしちゃった。急にあんな大声出すんだもん。」
「すみません。自分でもあんな声が出るんだって驚いてます。」
沢木は声を出して笑った。
「それより…どうして私と飲みに行けないのか教えて欲しい…。」
沢木の表情は暗くなった。やはり俺の言葉は彼女を傷つけていたのだ。
「村田君が言うとおり、沢木さんはわが社の高嶺の花です。お綺麗だし、誰からも好かれていて、それでいてその事を鼻にかけることもしない。」
沢木はうつむいたまま、黙って聞いている。
「そんな人が僕なんかと二人きりで、同じ空間に居てはいけないんです。沢木さんの企画を手伝うようになって、今までにない体験をさせてもらいました。自分の仕事を沢木さんが見ていてくれたんだって知った時、天にも昇る気持ちでした。」
沢木は顔を上げ、俺の顔を見る。表情からは何を考えているのかは読み取れない。
「村田君や杉野さんともお酒を飲んで、彼らとこれから一緒に仕事をしていくんだと思うと、明日から楽しみで…。」
「私と働くのは楽しみじゃないの?」
沢木はいたずらっぽく聞いてきた。後から考えれば彼女なりの冗談だったのだろうが、今の俺にはそれを感じ取る余裕はなかった。
「もちろん、沢木さんとお仕事するのが一番楽しみです。」
俺の言葉を聞くと、沢木はまた意地悪そうに微笑んだ。
「だからこそ怖いんです。俺と一緒に居ることで、関わる人たちが迷惑するんじゃないかって。今だってそうです。会社も近いし、誰がこの状況を見ているかわからない。明日から会社で、僕なんかと一緒にいたことを冷やかされたり、あらぬ事を言われたりすることで、沢木さんが嫌な思いをするんじゃないかって…。」
言っているうちから、涙が溢れだした。
これまでの経験が、俺を不安に陥れたのだ。
流れる涙はしばらく止まりそうにない。
やっと手に入れた色づいた世界を守ろうと、沢木を引きとめたのに、これでは逆効果ではないか…。
誰が見ているかわからない。そう言ったのは自分なのに、誰が見ても恥ずかしい状況を作り出してしまっている。
「それで私と二人じゃ飲めないって言ったのね。」
「…はい。」
俺は返事をするのがやっとであった。
「じゃあ私も石田君に聞いてもいいかな?」
沢木は俺のスーツの袖をつかみ、足を止めた。
「どうして石田君といる人間は迷惑を被るの?さっきから話を聞かせてもらって、それだけがよく分かんないんだけど…。」
俺には沢木の言っている意味の方がわからなかった。
「いや、だってこんな容姿の男と一緒に居る所なんて、誰も見られたくないでしょうし…。」
「どんな容姿?」
「いや…だから…。」
俺は言葉を詰まらせた。俺は自分の容姿についてそこまで醜いとは思っていない。
だが世間の感覚は違うのだ。これまで散々容姿が醜いことで不利益を被ってきた。俺をこのように扱ってきた世間への反抗からか、自らの口から自分を醜いと言ってしまうのは、おのずと世間の認識を認めてしまう様で憚られたのだ。
「もしかして石田君って、ナルシストなの?」
どうしてそうなるのだ。沢木はまたしても意地悪そうに笑っている。
「失礼しちゃうな。確かに石田君はかっこいいよ。でも、いくら釣り合わないからって、一緒にお酒飲むの断るなんてひどくない?」
「え?あの…沢木さん、僕の話聞いてました?」
俺は何が何だか分からなくなった。沢木は一体何を言っているのだろう。
「だって嫌でしょう。僕みたいな…顔がこんな…崩れたというか…。」
沢木は真顔でこちらを見つめている。もうはっきりと言うしかないのだろう。
「沢木さんは、こんな容姿が“醜い”男と居たらダメなんです!」
沢木は再び大きな声を出した俺に呆気にとられている。
「同じ空気を吸う事もダメです!半径100メートル以内にも近寄ってはダメです!もちろん同じ会社に勤めることもダメです!ましてや隣の席に居ることなんて絶対にダメです!先ほどの半径100メートルルールに抵触します!」
俺の言葉は、もう止まらなくなってしまった。これまで俺に浴びせられた言葉を自分の口から吐き出した。
「そして…こんな男に優しく接することもダメなんです…。」
しばらく静寂が続いた。道行く人は人目を憚らず大泣きする社会人に好奇の目を向けている。
沢木は俺の手を両手で握り、優しく微笑んだ。
「石田君はすごくかっこいいよ。私が言うんだから間違いない。」
そういうとバッグからハンカチを取り出し、俺の涙を拭いてくれた。
「これだけ涙が溢れたら、石田君のハンカチだけじゃ足りないでしょう?」




