男気
祝勝会と銘打たれた飲み会は、終始和やかな雰囲気のまま、午後10時にお開きとなった。
村田は一杯目からハイペースで飲み続け、開始1時間で眠りこけてしまった。あれだけ飲んで喋りまくれば、1時間でも元は取っただろう。
「杉野さん、ほんとに大丈夫?私も一緒に送ろうか?」
「大丈夫ですよー。全然酔っ払ってませんからー。」
「あんたじゃない!杉野さんに聞いてるの。」
村田は目を覚ましたものの、ふらふらと歩くのが精一杯である。
見かねた杉野が、村田を家まで送ると言いだしたのだ。
「大丈夫です。村田さん一人くらいなら担いで行けますので。」
杉野は大真面目な顔でそういうと、村田の腕を自分の首に回し、よいしょと抱えて見せた。
村田を担いだ杉野の姿を見て、沢木も俺も呆気にとられてしまった。杉野から大学まで柔道をしていたという衝撃の事実を聞かされたのは、ほんの30分ほど前である。その時は俺も沢木もにわかに信じられなかった。
しかし、村田に肩を貸しながら歩く杉野の後ろ姿は、まさに柔の道を歩んできた者のそれであった。
「なんだか大丈夫そうね。」
「そうですね。」
俺も沢木も苦笑いしか出てこなかった。村田は杉野に任せて、俺と沢木も帰路につくことにした。
「あの、今日はありがとうございました。とても楽しかったです。」
俺は沢木に礼を言った。社交辞令などではない。本当に楽しい時間を過ごすことができた。
自分の話をするのは気が進まなかったため、村田や杉野の話を聞きながらちびちびと飲むだけであったが、そういうのも悪くないと思える飲み会だった。
「こちらこそ。飲み会に参加してくれてありがとう。」
沢木はにっこりほほ笑んだ。お酒がまわっているせいか、ほんのり上気した頬は、澄んだピンク色をしている。
「石田君、まだ終電まで時間ある?」
「はい、まだ全然大丈夫ですけど。」
沢木はいつになく落ち着きが無いように見えた。顔もうつむいたままだ。
「もう一軒だけ行ってみない?さっきあんまり話せなかったし、これからの企画の事とか話したいなと思って…。」
沢木の言葉を理解するのに少し時間がかかったのは、お酒がまわっているせいだけではない。
耳にしたのがこれまで自分に縁のなかった言葉であり、これからも耳にすることのないはずの言葉だったからだ。
俺は夢を見ているようだった。
沢木からもう一軒飲みに行こうと誘われている…。
村田が言うように、沢木はわが社の高嶺の花である。彼女を誘う男性社員は腐るほど見てきた。そしてその誘いをひらりとかわす沢木の姿も、隣で散々見てきている。
俺が本社で沢木の隣に座るようになってから、沢木を誘うことに成功した人間を見たことが無い。おそらく俺が来る前もそうだったに違いない。そんな沢木からこの俺に声がかかるなんて…。
ここは男としてビシッと決めるべきだ。
「すみません…。沢木さんと二人きりで飲みにはいけません。」




