オールスター
居酒屋魚新に全員が揃ったのは、予約時間から30分ほど遅れてからだった。
村田と杉野はその間、二人でぶらぶらと歩き回っていたらしい。杉野にとっては何よりの苦痛であったに違いない。
「もう遅いっすよ、お二人さーん。日が暮れちゃいますよ。」
日はもうとっくに暮れている。
「ごめんね。お腹すいたでしょう。さあ、入りましょ。」
沢木を先頭に4人が店の中に入ると、カウンター席が埋まっているのが目に入った。俺は心の中でガッツポーズをした。
「ちゃんと沢木さんの命令通り、一番奥の座敷押さえましたんで。」
村田は沢木に媚びた笑顔を差し向けた。沢木はにっこり微笑み返したが、目の奥は素っ気なかった。
余計なことは喋らんでよろしいと言わんばかりの表情だ。
店員に案内された座敷は、村田の言うとおり店の一番奥に位置していた。トイレの位置も近く、他の客とは顔を合わせなくて済みそうだ。
俺が思い描く理想の配置であった。
一同が席に着くと、村田が突然笑い出した。
「どうしたの急に?」
沢木が村田の方を真剣な表情で見ている。
「いや、やっぱりこのメンバー面白くないっすか?」
「何が面白いの?」
沢木はきょとんとしている。
杉野はうつむき加減で笑いを堪えていた。
「いや、さっきまで杉野ちゃんと話してたんすけど、今ここに居るのって、うちの部署でも癖のある人間ばっかりというか…。」
沢木は自分が癖のある人間にくくられてしまった事が、どうも納得いかなかったらしい。
「ちょっと!どういうことか説明しなさい。これは命令です。」
沢木は本気で怒っているのか、冗談なのか判別できない口調で村田に詰め寄った。
「そう思いません?わが社の高嶺の花である沢木さん、寡黙一筋杉野ちゃん、わが社きってのダメ社員村田、極め付きは人間嫌い石田さん。オールスターじゃないっすか?ね?ね?」
「自分の事をダメ社員だなんてよく平気で言えるわね。村田君はダメ社員なんかじゃないわよ。」
沢木は村田の肩をきつく叩いた。表情には笑顔が戻っている。
村田も思いがけない沢木のフォローとスキンシップに顔を赤くした。それにしても村田の見立ては遠からずで、思い出すとじわじわ響いてきた。
何故こんなメンバーが、一緒にお酒を飲んでいるのだろう。そう考えると、俺は笑いが抑えられなくなっていた。
「あれ?石田さんって笑うんすね。明日から笑顔も忘れず持って来てくださいよー、ハンカチと一緒に。」
そう言うと、村田は一人で爆笑し始めた。
杉野もあの号泣会議の話を知っているらしく、顔を伏せながら笑っていた。
沢木に目をやると、屈託ない笑顔で俺を見ている。
それは初めて見る沢木の表情だった。
そんな沢木の表情を見て、胸のあたりがじんわり熱くなるのが分かった。
俺はこれまでの人生で、初めて充実感というもの感じているのかもしれない。




