Episode-8.師匠と弟子の甘い夜
※気に入らなかった文を修正しました
日も暮れ、剣術の特訓を終えた達也と桜は、食事とドラム缶風呂での入浴を済ませ、着々と就寝の準備を進めていた。
合宿が始まる前は別々の部屋でそれぞれ寝ていたのだが、今回は少し、否、かなり状況が違っていた。
普段はニット帽で隠れている猫耳をぴこぴこと動かし、そわそわと落ち着かない様子の桜。パジャマ姿というだけあり、ブレザー時には御目にかかることの出来ない、ゆらゆらと揺れる尻尾を拝見することができた。
「………ご、ご主人、もう時間も遅いですし………そ、そろそろ寝ましょうか?」
もじもじと身悶えながら問う桜に、達也はまたもや心臓の高鳴りを感じていた。『高鳴る理由が分からない』、という焦れったさも相見えていたが、それよりも、正体不明の"謎の感情"の方が勝ってしまっていた。
「あ、ああ、そ、そうだな………」
彼女と同様に紅潮した顔を隠すように、達也は口元を手で覆いながら返答する。もし、この姿を見た第三者がいたとするならば、異口同音にこの疑問を口にするだろう。
何故、この二人はこんなにも恥じ入っているのだろうか?
その理由は簡単、今宵は『桜への添い寝』という、前代未聞の大イベントが待っているからだ。
男に二言は無いと言った手前と達也の性格上、"裏切る"という選択肢を選ぶことが、出来ず。
そんなこんなで二人は、共寝するベットへと足を運ぶ。
図ってか図らずか、二人の目の前にあるのはシングルベット。男女二人で入るにしても、体格の良い達也がいる時点で些か厳しいものがあった。
「………これ、完全に一人用、だよな………小さくねぇか?」
「うぅ………やっぱりダブルベットを調達しとけば良かったです………」
達也の指摘に桜はがっくりと後悔を滲ませる。余程期待を寄せていたのか、その後悔ぶりは尋常ではなかった。
そんな彼女を見兼ねた達也は、問題のベッドを見詰めながら暫し潜考する。
これは一人用と言えど、二人で寝るのが不可能というわけではない。抱き付く等して互いの体を寄せ合って寝れば、何とかなる範囲だ。
その考えを彼女に伝えるや否や、尻尾をピンっと立てながら嬉しそうに目を輝かせた。
「じゃ、じゃあそれはつまり、ご主人に抱き付いて寝る許可を頂けた、ということですね!?」
「そ、そういうつもりで言ったわけじゃ………」
自分と寝ることを純粋に喜んでいる桜を見ている達也は、嬉しいような恥ずかしいような、何とも言えない気持ちを味わっていた。
自分をここまで信頼し、好いてくれている桜。こんなことは幼馴染みの楓と麗奈以外、中々有り得る事ではない。そんな彼女から受けた沢山の恩、全て最善の形で返していかなければバチが当たる、達也は強くそう思っていた。
その為には彼女とベッドに入らなければいけない。達也は羞恥を捨てる覚悟を決め、桜の頭を優しく撫で上げる。
「………よし、もう寝るぞ。早くベッドに入ろう」
「は、はい!分かりました!」
桜の喜びと恥じらいの混ざった返事と共に、二人は同じベッドの中へと潜っていった。
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「………ご主人」
「………な、なんだよ?」
桜の不満げな声に達也は思わず狼狽えてしまう。要望通り同じベッドで寝ているのにも関わらず、彼女はそのような声を上げている。
つまり、これだけでは満足できない彼女がいる、ということに繋がるだろう。
それも無理はない、何故なら彼は最後の最後で――
「何故私に背を向けているのですか」
「………」
怖じ気づいてしまったのだ。
まるで壁を隔てるかのように、彼女に背を向ける達也。桜はそんな彼の背中を、目に涙を浮かべながらポカポカと殴り不平を露にしていく。
「何で、何でこっちを向いてくれないのですかぁ!折角意を決してお願いしたというのにぃ!」
「………要望通り、一緒に寝てるだろ?」
「ひっぐ、酷いですよぉ、『男に二言は無い』とか何とかいってたのは誰ですかぁ!」
「うぐっ!そ、それは………」
彼女の涙ながらの正論に、達也はばつが悪そうに言葉を詰まらせる。
そう、今回ばかりは逃げてしまった達也が全面的に悪い。本人はその事実を受け止めてはいるが、気持ちが事実に追い付いていないだけだったのだ。
もやもやと巣食う濃霧のような息苦しい感情、頭から離れない不思議な違和感、それらが彼を惑わせていた。
「うぅ~、ぐすっ………馬鹿、馬鹿ぁ………」
嗚咽が混じる桜のうなり声、その声を聞く達也もまた、罪悪感で胸が痛くなるほど苦められていた。
「………わ、分かった、俺が悪かった。そっち向くから、泣き止んでくれ」
とうとう罪悪感に耐え切れなくなった達也は、渋々と寝返りを打ち桜に向き直る。
彼の目線の先は目の下を赤く腫らし、涙目で達也を睨み付ける桜の姿。
未だかつて無い近さも相まっているのか、普段見る彼女より魅力的、かつ愛らしさも増して見えていた。
その後、もはや当然のように襲う頬の紅潮。今日幾度めか分からないそれを鬱陶しく感じながら、達也はぶっきらぼうに言い放つ。
「………これで良いんだろっ」
照れ隠しにより自然と語尾が強くなる達也。桜はそんな彼を暫く見詰めた後、合格と言わんばかりに満足げに笑顔を見せた。
「はいっ、それで良いのです!」
「………芝居かよ………また騙された………」
先程の違和感の正体を知った達也は、げんなりと顔をしかめさせる。桜だけでなく幼馴染み二人に騙された過去も記憶に新しいため、若干人間不信気味になりつつある彼がいた。
「まぁまぁ、そんな顔しないで下さいよ。実際問題、今回はご主人が悪いんですから」
「それはそうだけどよ、このままじゃ俺、人を信じられなくなりそうだ………」
彼女の高度すぎる芝居にまたもや泣かされた達也だったが、おかげでそれ以上に苦しめていた恥じらいと正体不明の感情が消え欠け、彼の負担を減らしてくれている。
災い転じて福と為す、達也がこのイレギュラーに密やかな感謝を捧げていると、ふと彼の体に弱い衝撃が走った。
「んぅー」
達也が体の方へと目線を向けると、有言実行を期した桜が彼に抱きついており、満足げに唸り声を上げていた。
その光景により、静まりかけていた感情は再び急上昇。達也は再び酷く狼狽しながら桜に問いを投げ掛ける。
「お、おい!な、なんだ急に!?」
「え?だってご主人、抱き付いて良いって………」
「び、びっくりするだろ! せめて聞いてからにしろ!」
「驚いた顔が見たかったんですよー、おろおろしてるご主人が可愛くて可愛くて………ぷぷっ」
「かんっぜんに面白がってるよなぁ!?」
「あ、バレちゃいました?」
押しても引いても全く動じない桜、この天性の図太さは一周回って尊敬しまう。とても達也には習得できない代物だろう。
呆れと特訓の疲れも手伝ってか、達也を睡魔が襲い始める。もはや目を開けていることさえも辛くなってきていた。
「………ったく………もう満足したろ、寝るぞ」
「え、まだまだ全然満足してな」
「寝ろ」
「むー、ご主人のいけず」
少々ふくれ気味に目を閉じた達也を、目を細めて嬉しそうに眺める桜。眠る彼をうっとりと見詰めるその目には、心なしかハートが映っているようにも見える。
桜が抱く感情、『主人』としての達也に対して抱いているのか、それとも『達也』個人に向けてなのか、彼女にはまだ、答えを出すことは出来ない。
しかし、この不思議な感情を『主人』に抱くことが出来た、そう考えば考えるほど、桜の頬は嬉しさで綻んでいった。
「………ご主人………」
胸を満たす暖かさに身を委ね、彼女はその瞳を閉じる。
そう、今はただこの目の前の幸せを壊させないため、
「おやすみなさい………」
戦う、だけだ。
次回予告
GWの中盤、時間を惜しむように特訓に勤しむ達也と桜、そんな二人に忍び寄る獣神の姿………