Episode-27.姉の心は涙に晴れる
何をすればいいかも分からない、この状況下で。
何をしても助からない、とはーーーー絶対に思いたくない。
諦めたく、ない。
この願いは、"自分勝手"で"傲慢"で"我が儘"な願いなのだろうか。
敵から放たれようとしている最高度の術式。
それを前にして、弱さ、儚さにうちひしがれる自分を受け入れようとしていた自分が、堪らなく嫌で仕方ない。
諦めたくないと思っているのに、"目を開ける"ことしか出来ない自分自身が、恨めしくて仕方がない、が、それでも。
ーーーー神城達也は、目を開ける。
この最低最悪な生き地獄を受け入れて、生ある限り全身全霊で足掻き倒す。
それが生きとし生けるものの宿命であり、理なのだから。
「ーーーーっ!?」
目を開けて、先ず飛び込んできたその光景に、達也は息を呑まずにいられなかった。
眩い光の中、アニマの視界加護を受けた目でさえも辛うじて小さく捉えることしか出来ない、最強の"狸"の姿。
彼女が展開する大術式の真ん中に佇む彼女に起こっていた現象は、余りにも予想外すぎて。運命を変えようと、一度決めたら曲げない達也の気概を、いとも容易く削ぎ落とすーーーー
ただ、それは、恐怖に支配されて諦めた訳でも、彼女の命を擲つ美しさに呆然自粛とした訳でもなかった。
「ーーーーこ、これ、はっ………!?」
達也の驚愕から溢れ出た呟きが。
五月蝿い地鳴りが響く中でも率直に空気を震わせ、少し前までの達也と同じように命を諦めていた、桜の耳にも届いたのか。
達也と同じく、何時まで経っても訪れない"死"に痺れを切らし、その深紅の瞳を光に晒した。
「…………ぇ?」
その途端に見開く彼女の瞳は、信じられないというように驚愕に染まり、打ち震えていた。
「ーーーーわ、私、また幻覚でも見せられてるんでしょうか………」
目をぱちくり、何度も何度も瞬きを繰り返しながら、頬をつねって面前を否定しようと努める桜のように。湧き出る"置いてけぼり感"を副産物の"怒り"に任せ、どうにか形にしたかったが。
動くべき脚の自由は土の塊に奪われて、一番肝心である『タイミング』が、今や戻らぬ過去の時。
「………いいや、悲しいことに、現実だ」
途端、辺りを支配していた地鳴りが、段々と鈍く小さく。
常人なら簡単に目が潰れるだろう閃光が、徐々にその明度を失っていく。
そのお陰で、マミの身に起きたーーーー否、マミの身を"救った"『奇跡』が、更にはっきり、くっきりと、その全貌を現していった。
「………か、はぁっ…………ぁっ……な、ぜ………?」
息絶え絶えに苦しみながら、自身の鳩尾に突き刺さる小さな拳を、驚愕に染まる目で凝視するマミ。
弱りに弱った彼女に放たれた、"奇跡"の原因ーーーーもとい、狐色の三つ編みロングポニーテールを翻す幼女。
身に纏う袴は彼女の燃え上がる決意を現すように、真っ赤に染め上げられていた。
「………やりたくなかったけど、ちょっとした仕置きだ。暫くの間………休んでてくれ」
力のこもった拳を人体、獣神の体にも決して例外のない弱点に叩き込まれ、マミは全体重を幼女に預けるように、力無く倒れ込む。
その瞬間、術者による供給が途絶えた『礪山帯河』が霧のように消え失せ、彼女の奇行を呆然と眺めていた達也達の体が、空中に置き去りにされてしまった。
「ーーーーふぇ!?」
「ま、マジかよぉっ、おいっ!?」
突然の浮遊感、体が重力に逆らわず落ちて行き多少のパニックを抱えながらも、着地。
………無論、足ではなく、思い切り背中から。
若干量残る、なけなしのアニマでの身体強化が功を奏し、多少の打ち身程度で事を済ませたものの、痛みは痛みで関係無く、容赦なく達也を襲う。
「………ってぇ、くそぉ………っ」
背中全体からじわじわと広がる、体を押し潰すような鈍痛を感じつつ。
満身創痍の体の中で唯一無事な二つの"目"が、気絶したマミを脇に寝かせる小さな『狐』の姿を明瞭に捉えていた。
ーーーー狐の獣神、"ココ"。
マミの姉である彼女が、妹の行き過ぎた愚行を咎め、制裁を加えた。
彼女を死なせなくない、その一心で動いた姉の行動は、彼女の想いと共に鑑みれば、妹思い、正に姉のお手本とも言える。
しかし、鳩尾を一撃、というのは、いかんせんやり過ぎな気もしなくはないが。言わば、その手を選ぶ欠点が、彼女を焦りと怒りを全くもって端的に表していた。
「………見苦しいとこ、見せちまったな」
自分達が追放し敵と認めた桜と、佳佑を奪った同種族、言うなれば"仇の対象"でもある達也に向けて頭を下げるココ。
マミにも負けず劣らずのプライド有すココが、それを裏切ってまで下げる頭。彼女にそこまでさせるマミは、ココにとってどれだけ重い存在なのかーーーー
知ることすらも、躊躇われる。
「………正直、驚きました。喧嘩ばかりしていた筈の二人に、ここまでの"愛"が芽生えていたなんてーーーー」
地面に突っ伏す達也とは裏腹に、しっかりーーーーちゃっかりと、両足で確実に着地していた桜が、感慨深そうに熱っぽく呟く。
猫宜しい着地もさることながら、シチュエーションに合わない感情の込め方と表情。これがドラマ撮影なら、ことごとくNGを量産し、監督に怒鳴られているところであろう。
ーーーー閑話休題。
とにかく。
「………一体、どういう風の吹き回しだよ。俺達に勝ちを譲る気になったってことか?」
姉達の絆にうっとりと当てられた俳優ならぬ"俳猫"のことは放っておいて、挑発を交えた軽口を彼女にぶつけていく。
余裕を見せ付けるためーーーーと言えば聞こえは良いが、体を床に打ち付けられ、倒れ込んだままの状態で言うには相応しくなかったらしく。
ココは達也の挑発を、見え見えの痩せ我慢と受け取って、ケラケラと笑い出した。
「なぁに、あいつが命を懸けてまで倒す必要がないと踏んだだけだ。プライド守って勝手に死んでもらっちゃ、あたしの残りの命に張り合いがなくなるからな」
恐らく当人は、マミのように"雅に"笑ったつもりなのだろうが、体型が体型、幼児があっけらかんと笑ったようにしか見えず。
そんな幼児を愛でるかのように、先程の"うっとり"を現在進行形で引き摺っている桜がにっこりと微笑みかけた。
「恥ずかしがらなくても大丈夫ですよ、ココ姉。私はちゃんとわかっていますからねっ!」
「………なんかこいつは大分夢見がちな性格になってんな。もしかして、お前のせいか?」
「それはーーーーっ」
桜のこの性格は元からだとばかり思っていたが、そんなことはないらしく、さも怪訝そうに尋ねてくる桜の姉。
もし桜が変わってしまったのであれば、原因はやはり、そうなってしまうのか。
「ーーーー絶対ない、とは言い切れねぇ」
そうであるならば、むしろ嬉しかったりも、しなくもない。
彼女の影響の源が"自分"であることに不思議な高揚感も覚える、自らの心。
以前から何度か感じているこの感情は、何度鉢合っても慣れず、重苦しく胸を刺すばかりだった。
「………っ、なんだってんだよ、これは………」
「………?…………まぁいい、それよりも。妹のプライドを丸ごと潰すような真似をあたしにさせたんだ。命拾って落ち着いてきた頃合いだとは思うけど、それなりの償いはしてもらうぜ」
徐に懐から、一枚の札を取り出しながら。
狂喜、恐怖、怒気、憎悪ーーーー悪役の要素を全て詰め込んだような、やけに本格的で厭らしい笑みを、その幼い顔に張り付ける。
それによって感じる寒気や恐怖は、以前、初めて彼女と出会った時を優に越え。二人に身の危険を強かに伝え、達也と桜の背中を静かに震わせた。
「………な、なにで償わせるつもり、ですか………?」
恐る恐るの桜の問いに、如何にも心外というようにわざとらしく肩を竦め。
当然、と意気込んだ一言を前置き、手に持つ札を床へ、思い切り叩きつけた。
「ーーーーその『命』、欠片も残さず握り潰してやる」
刹那、札を中心に燃えて、燃えて、燃え盛る、地獄の業火が巻き起こり、その熱波と勢いに立ち尽くす達也と桜、そして術者自身をも囲い上げ。
圧倒された意識が再び覚醒されると、大聖堂じみた広間の真ん中に、巨大な"炎上のリング"が建設されていた。
「………こっちはアニマがすっからかんに近づいてきたってのに、また閉じ込められちまったな………」
「ココ姉、これまで特に何もしてきませんでしたから、このクオリティは致し方ありませんね」
「い、痛いトコこと突いてくれるじゃねぇか、畜生………」
苦し気に胸を押さえるその姿、どうやら悪戯に演技しているわけではなく、心の底から本当に落ち込んでいる。
思い返せば確かに、ひたすら殴り、火炎放射を放ち、水晶のアシストで炎の壁を作り出しーーーー大事に至ったのはそれぐらいだったか。
これが作戦であるならば、やはり見上げた策士なのだろうが、素の落ち込み具合もあって如何せん判断が定まらない。
「………これがあたしのやり方なんだよ、妹の尻拭いをするという意味でもな」
「それにしても、この炎の配置………ココ姉にしては随分と燃費の悪い使い方ですね。温存してたのなら、こんな回りくどいことしなくても、私達を焼き付くせたんじゃないんですか?」
この猫娘の厄介な所は、時たま、時たまではあるが、鋭く核心を抉るような訊き方をしてくる所。
これには達也も毎度毎度苦しめられて来たものだが、今回は都合よく敵にその矛先を向けてくれた。これは中々に良い傾向である。
「………あー、それはなぁ………」
鋭く光る矛先を前に、気まずそうに前髪を掻き分けたココ。
しばらく勿体ぶった後、観念したように大きくため息を吐きながら打ち明け
「ーーーーーあたし今日、『あの日』なんだよ」
散々痛め付けられた拷問の時に出てきた、"あの日"、の単語がまた新たに語られる。
頬を赤くし、はにかみつつも切り出したココの言葉に、桜は、ハッと合点のいったような顔を作る。彼女には共感できる要素の一つのなのだろう。
しかし、それに関して一切の情報も聞かされていない達也とっては、"あの日"など、意味を持たないただの三文字でしかなかった。
「………なるほど、大型術式が使えないから、逃がさないようにフィールドを造ったと………それなら納得はできますね」
「おーい、俺が全然納得できてないぞー」
掴めぬ"謎"が勝手に繰り広げられるのを良しとしない達也は、後ろ髪を掻きながら不機嫌を忌々しく吐き出す。
彼の不機嫌を耳にしたココは、心底意外そうに彼の横に立つ桜に問い掛けた。
「………ん? なんだ桜、こいつに話してなかったのか?
「………はい、恥ずかしいので」
言葉の通り頬を染め、恥ずかしそうに俯きながら指をツンツンと合わせている桜。
相変わらず動作までも愛らしい彼女だが、今回ばかりは、 その魅力に頬を緩めて終わらせる訳にはいかない。
まだ"御劔店長と鈴谷マネージャーの謎"も解き明かしてないというのに、これ以上増えようものなら此方の頭にとっては大打撃。
決着はどちらの意味でも、ここで着けなくてはならない。
「恥ずかしくてもいい、言ってくれ、桜。俺はありのままのお前を知っていきたいんだ」
「そ、そんな凛々しい顔で告白とも取れる台詞を言わないで下さい。また眠れなくなっちゃうじゃないですかぁ………」
「まぁ、お前らで言う所の………"生理"みたいなもんだからな、恥ずかしくても仕方ねーだろ」
「せい………っ!?」
なんと、まさか炎に囲まれた地獄のリングの中でそんな単語を聞くとは思わなかった。
夏休みに入る直前、丁度保険の授業で習ったばかりであったため、記憶に新しい女性の生理現象。
"みたいなもん"と言って括っているため、別物であることは確かなのだが。それでは桜達が紅潮する理由が解らない。
それによって生じる問題が、何か関係しているのだろうかーーーー
「も、もう! こんなことでいちいち熟考しなくていいですからっ! "らしくない"んじゃなかったんですか、そのキャラ!!」
「………俺が何も考えないのは、吹っ切れたいここ一番の時だけだ。それに、謎は解明しろと、佳佑叔父さんに言われたんだよ」
「そんなに大きくする必要ありませんっ!!」
「………なんか、見てて飽きねーな、お前ら」
呆れたように、感心したように、ボソッと小さく呟くココ。
敵の目前で図らず夫婦漫才をしてしまうのが、達也&桜タッグの弱点ーーーー否、良い形でも悪い形でも相手の懐に入り込める所は、ある意味長所でもある。
今回はするりと"良い形"で入れている以上、これは有効活用しなくては勿体無い。
「………とにかく、お前らが言う"あの日"ってのは、アニマのコントロールが辛くなるってことだよな?」
「正確に言うなら、体内アニマの制御が暴走してしまうので、本来ならアニマをコントロールしやすい元の姿………所謂、"動物"の姿に戻される筈なんですけどーーーー」
桜曰く、生死を分ける勝負事に向かない動物の姿にならぬよう、いつもは無意識で出来てしまうアニマの制御を"細心の注意"を払いながら行い、戦っていたらしく。
その注意に気を取られ、思うような攻撃、術式の展開が出来なかったらしい。
なるほど、道理でマミのような大きな術式を使ってこなかった訳だ。
彼女の"暴力愛好"的性格上、戦いを延長させようとした確信犯、とも考えてはいたがーーーー頭を使った割には空しく、あっという間にその線は崩れ去った。
何はともあれ"謎"は解決、後はそれが"奇跡"と化してくれるのを待つばかり、である。
「………話は分かった、けど、お前らが人間に牙を剥く限り、俺は手を抜くようなことは一切しない。甘い考えはさっさと捨てて、持てる力全部使って………かかってこいよ、ロリ狐」
手放した懐かしい感触が、門を通して手に戻ってくる。
誰と戦うにも、誰に抗うにも、ずっとこの右手に収まってくれていた、相棒。意のままに、思いのままに、扱えるようになった、大切な相棒。
握り直した体にみなぎる自信は、疑いようなく真っ直ぐで、どうしようもなく心地よかった。
「………かっかっ、良いねぇ、良いねぇ、そのタンカ。気合いは充分そうで、安心したぜ」
対するココは炎を纏い、四肢を全て火だるまへと変える。
人間の体が発火する様は、見てるだけで火傷の痕が疼くものだが。
当の本人は何処吹く風、その幼く美々しい顔は歪むことなく、元の象を維持していた。
「手は抜かない?………望むところだ。元々、そんな甘い考えに辿り着く程、ヤワな道歩いてきてねーからな。それにーーーー」
炎の拳を前に構え、炎の脚を肩幅に開き。
臨戦準備を完全に整えたココから、その挑発は放たれた。
「ーーーーお前ら相手なら、こんぐらいのハンデは必要だろ?」
「ーーーーッ!」
この狐は。
不完全な体から、どれだけの余裕、痩せ我慢を叩き出せば気が済むのだろうか。
振り替えれば、多岐に渡たる様々な仕打ちを彼女から受けてきたが、全て辛い体の中で行われてきたかと思うと、心底ゾッとする。
手が震え、頭が変に冷えきっていく、この相手に、同情したく、なるーーーー
「………上等っ!!」
ーーーーだから、尚のこと、心を燃やして、走り、斬りかかる。
ここで手を抜く、弱者にはなりたくなかった。
相手が望まない結果で終わるような、卑怯者では終わりたくなかった。
「かかかっ! そうだ、それでいい! 同情なんて喰えないもん………お前には必要ないんだよ!!」
満面に喜色をみなぎらせ、走る達也に紅潮した顔を見せ付けながら、炎の拳を構えて迎え打った。
ーーーーーーーーーーーー
刀と拳の総力戦。
片やアニマが尽きかけて、片やアニマが制御できずに苦しみの真っ最中に、いる。
しかし、彼ら彼女らが繰り広げる攻防は、それらの欠陥を忘れ去せるほど、強く激しく熱を帯び。文字通りに"命"を燃やす、美しい火花を散らし上げていた。
「愉、しいーーーー愉しいっ、愉しい愉しい愉しいっ、愉シイッ!! モットモットモットォッ!!」
「くっ、とうとう頭も制御効かなくなったか!? 不気味ったらありゃしねぇ!!」
鋭い刀が拳を切り裂こうと、燃える拳が脇腹を突き刺そうと、お互いの武器は止まる気配を見せず。
ただひたすらに、ただ真っ直ぐに、倒すべき、殺すべき相手へと向かっていく。
「ーーーーグアァッ!!」
永遠に続いても可笑しくない一退一進の攻防に、真っ先に痺れを切らした様子のココ。体をくるりと回転させ、勢いを付けた後ろ蹴りを放った。
キレのある鋭い蹴りに熱の波動も加わり、真正面から斬りかかろうとしていた達也を牽制する。
が、構わず達也は手に持つ龍聖ーーーーの代わりに、空いていた"左の拳"を、燃える彼女の左足に、叩き込んだ。
衝突による鈍い衝撃と拳が焼ける痛みに顔をしかめさせながら、負けじと思い切り、腕を振り切る。
「ーーーーッ!!」
飛び退くか、刀を使うか、いずれかを読んでいたココ。
予想外の攻撃に対処を忘れ、殴られた脚の反動を流しながら咄嗟に達也と距離を取った。
「………カカカカッ、ソレデ、ソレデイイッ! モットモットモットモットォッ!」
殴られた左足の足首を回しながら、嬉しそうにケタケタと笑う。
その笑みは、銃使いの馬鹿犬を軽く凌駕するほど狂喜に満ちていた。
「アニマを持つ者の宿命なのかねぇ、この狂気は………囚われないコツとかねぇのかよ」
お返しに笑みを返し、焼けた左手を力一杯握り締める。
力を入れ過ぎたか、弱まった皮膚には大きすぎる圧力だったらしく。皮膚が次々と裂け、紅い鮮血を溢していた。
「………アァ、血………血、血、血ィ! 旨ソウナ血………殺シテ、バラバラニシテーーーー一滴残ラズ、吸イ付クシテヤル!!」
「………いいぜ、ご自由に。ただし、それは俺………いや、"俺達"に勝ってからなーーーー桜っ!!」
「ーーーーはいっ!!」
意表を突いた攻撃で視線誘導し、その隙に回り込ませた桜の一撃で叩く。
わざわざ"拳の燃焼"を餌にした甲斐があり、予想以上にすんなりとココの体を捉え、彼女の紅い、血にも似たアニマを放出させることが、出来た。
「ーーーーグガアァッ!? イツノ………間に………?」
「おい、何気ぃ抜いてんだよ。敵はまだーーーーこっちにいるぜ?」
痛みに震える時間を削り、もう一度彼女に向かっていく。今度は搦め手などではなく、確固たる信念を込めた自らの相棒、龍聖で。
左手と一緒に焼け朽ちた同情を、灰すら残さず消し去って、ただただーーーー斬りにいく。
「っ、させる、カァッ!!」
作り出した火球を反射的に此方に投げ付け、咄嗟の反撃を試みるが。
大きさ、火力、全てが不充分であり、唯一褒められた数でさえも、狙いが定まらず決定打にはならなかった。
「………らあァッ!!」
「ーーーーぁっ」
当たった数発程度の火球を耐え、ココに今までの特訓の集大成を叩き込む。
縦、横、斜めーーーー手首を返し、足を使って隙間を詰める。
『連続技』、対狗太戦で分かった自身の弱点を克服し、扱い慣れた相棒が、空を切り裂き、炎を壊し、ココの体を鋭く何度も、両断する。
絞り出しても尚、声にならない彼女の悲鳴が、達也達を囲う業火によってかき消されーーーー彼女が弱々しく片膝をつくのと共に、纏う炎も段々と、その勢いを無くしていった。
「………やっぱり、『狂気』を使っても制御するのは大変そうですね。これだけの接近を許し、反撃も淡白………ココ姉らしく、ないです」
「………っ、かっかか………ツイてない、としか言えねーな、これに関しちゃ………身体中、痛くてしょうが、ない………」
震える手で袴の裾を握り締め、よろめく両足を辛うじて地につけるココ。
風前の灯火とも言える佇まいと、荒々しい肩での呼吸。自身の体の限界を、空しく明確に映し出していた。
「………回復するまで、そこで大人しく寝てろ。これで終わりだ」
「………なに、言ってやがる………まだ、勝負はーーーー」
「ーーーーいや、もう終わった」
ゆっくりと首を横に振り、親指で虚空を指し示す。
彼が指差した先にある筈の、ココが作り出した炎の決闘場が完全に、消え失せていた。
「リングが無いんじゃ、"勝負"はつけられない。これ以上はーーーー『殺し合い』だ。そんな決着、生ある内は望んで欲しくない」
「………かかっ、ザマねぇな、こんな終わり方。自分が生み出したフィールドを維持できなくて、勝負自体が出来なくなるなんてよ」
とうとう足の力までをも維持できなくなったココが力なく倒れていく。
スローモーションを思わせるように、ゆっくりと床に倒れ込むーーーーその瞬間。
「………っとと。今のココ姉は倒れただけでも危ないんですから。気を付けてくださいね」
体が地に落ちる寸前に、優しく彼女を抱き留めた桜を、助けられた当の本人は怯えるように、瞳を揺らしながら見詰めた。
「………な、んでだよ、何で………あたしを」
「戦いはもう終わったんですよ? 今の私達は敵ではなくてーーーーただの"姉"と"妹"です」
「で、でも、あたしは………あたしはお前をっ、傷付けた………」
「………そうですね。私だけならまだしも、ご主人までをも、傷付けた。それは簡単に許せるものじゃありません」
言葉の内容とは裏腹に、穏やかな口調で返した桜の余裕に火を付けられ。
吸い取られるように余裕を無くしたココが、堰を切ったように感情を露にする。
「なら………ならっ! 何で、あたしを同じ目に遭わせない!? 何で、私を殺さないんだよ!? それも、姉だから許すってのか!? 血も繋がってなければ、種族すら違う、そんな姉を………姉達をーーーー」
ーーーー"許す"のか。
そう動く筈だったであろうココの口から、それ以上、言葉が紡がれることはなかった。
「ーーーーっ!?」
「………許しますよ。それでも私は、許します」
感情を昂らせ、震えていた彼女の顔を、桜は包むように優しく抱き寄せる。
予想外の出来事に目を見開いたまま、呆然と彼女の胸に収まっていた。
「追放されて、体をボロボロに切り裂かれて、大切なご主人を傷つけられて、私はどうしようもない怒りに襲われました。殺してやりたい、そう思った瞬間が、あったぐらいに」
「ーーーー」
彼女を抱き締めて、それでも足りぬと優しく頭を撫でながら。
「ーーーーそれでも、どんな過程が貴方を汚したって、私にとってあなたは大切な姉。かけがえのない、大好きな姉なんです。それはどうやったって覆りはしません」
「ーーーーっ」
熱く、冷たく敵を嬲り、痛め付けることを楽しんでいた彼女の心に、鋭く突き刺さる『罪悪感』の棘を、一つ一つ浄化していく、桜。
ココもやはり、"姉"としての自分には抗えなかった、ということか。
抱き締められたまま息を飲み、静かに話を聞くその様はとてもか弱く、狂気に壊れる彼女の印象をことごとく吹き飛ばしていった。
「ココ姉に奪われたものは、余りにも大きいものでした。だけど、ココ姉から貰ったものは、それ以上に大きくて、光輝いていて、私の支えになっています。それがある限り、私はあなたをーーーー尊敬し続けるでしょう。
何があっても………絶対に、です」
口汚く吐き出した自身の感情を全て受け止めて、尚、変わらずに自分を愛し続けた彼女の愛に。
自分を姉として認め、尊敬までしてくれた彼女の純心に。
これだけは吐き出すまいと、決めていた"涙"が、彼女の目からいとも容易く溢れ出す。
「ーーーーさく、らぁ………ぁ、あぁああぁぁっ!!」
すがるように彼女にしがみつき、見た目に反しない幼子の如く、大声を上げて泣きじゃくる。
力一杯声を張り上げ、止めどなく流れる涙で桜の胸を濡らし、泣いて、泣いて、泣き続ける。
ココの歓喜にも似た悲痛な泣き声は、彼女が泣き疲れて眠り込むまで、この大広間に響いていた。




