Episode-22.狸の艶美な精神攻撃
少々長くなった大容量です。
ご了承頂けると幸いです
え、僕の正体、だって?
それはーーーー闇、だよ。
誰にも見通せない、見渡す限りの漆黒に塗り潰された、闇。
ーーーーいや、一寸先も、ましてや一寸後も見渡せないのに、果たして"見通せない"やら、"見渡せない"、っていう言葉が合っているのかーーーーあはは、それすらも見出だせないや。
僕に与えられたこの"暗闇"は、一体誰が、どういう意図で仕組んだ『暗示』なのか………恥ずかしい話だけど、自分でも良く分かってないんだ。
これが、
自分が歩いてきた過去なのかーーー
あるいは、僕の置かれている"今"なのかーーー
それとも、これから先の"未来"なのかーーー
分からないよーーーーもう、考えたくもない。
痛みを忘れ、苦痛を流し、全てを拒絶することができたその時ーーーー
この常闇の世界は、どんなに美しく輝くんだろう。
ねぇーーーー君は、どう思う?
ーーーー桜ちゃんっ
ーーーーーーーーーーーー
「………やめてっ!!」
水中から浮かび上かるような意識の覚醒と共に、桜はその体を反射的に起き上がらせる。
途端、彼女の全身に、言葉にできない激しい痛みが襲いかかった。
「うぐっ!? ぅあ………っ………!」
拳を握り、歯を食い縛り、悶えながらもじっくりと、痛みを噛み殺していく。そして、自分の身に起きた惨劇をーーーー思い出した。
この世のものとは思えないほどの、激しい激痛、苦痛。
『アニマによって生み出された武器以外では死なない』という"獣神の性質"を、賢い狸は逆手に取った。
マミ曰く、獣神はこの地球で生きる生物の中で最も、"拷問し甲斐のある"生物。
「………っ、ぁ、はぁ………はぁ………」
幾分か痛みが和らぎ、落ち着いてきたところを見計らい、桜は改めて痛みが走った自身の体を確認していく。
胸は左側を起点に、腕は指先から二の腕、脚は足首から太股にかけて、と、少量の赤が滲む"包帯"が余すところなく何重にも、しっかりと巻かれている。
治療のためか、ブレザーから明らかにサイズの合わない、ゆるゆるの半袖短パンに着替えさせられており、胸の場所には『神城』の二文字。
どうやら、達也が日々の高校生活で使うと言っていた、"体操服"を着ているようだった。
「ご主人の、匂い………」
大好きなご主人の匂いに包まれ、深呼吸。彼の匂いはいつでも、彼女を優しく落ち着かせてきた。
それは今だって変わらない。彼女の混乱する頭を冷静に冷まし、たったひとつの問題点を引き出し、気付かせてくれた。
「……………っ! ご主人っ、ご主人はっ!?」
「………目が覚めたんだね、桜ちゃん」
「っ!?………ぁ」
入り口の扉からの、柔らかく優しい声。
白色のパーカーとハーフパンツに、ふかふかの白い兎耳。全身を清純な白で覆い、心配そうに眉間に皺を寄せる、少女の姿がそこにあった。
「美兎、姉………一体、これは………」
「………桜ちゃんは、"達也クンの家の庭"、血塗れで倒れてたんだよ。身体中、深い刺し傷だらけにして………それはもう、酷い有り様だった………」
当時の光景を思い出したのか、彼女は体をぶるりと震えさせる。本当は顔をしかめさせたかったのだろうが、桜の前だ、と奥歯を噛み締め、無理矢理に笑顔を作り上げる。
強張る彼女の笑顔を見た、桜の傷がーーーー嫌な予感と共に、疼く。
「置いてあった包帯と薬の在庫全部使って、何とか治療は終わったけど………獣神とはいえ完治には少なくとも三日。それまでは、普通に歩くことも辛い筈だよ………」
「ご、ご主人は………何処にいるんですか………?」
満足に動かない体を前のめりに、それによって走る痛みを気にも留めず、一重に答えだけを求めて聴く。
しかし、美兎は重い表情を変えぬまま、首を横に振った。
「相手はマミ姉さんだよ。多分………まだ天昇山にいる。だから、彼の身の安全は………諦めた方がいいかもしれない」
心臓が波打ち、鼓動の律動が変わる。
達也に許された安全はーーーー無い。
その言葉が、深く、強く、鋭く、彼女を刺した小刀のように突き刺さる。
今まで聞いたどんな言葉よりも、どんな暴力よりも、
辛くーーー痛くーーー苦しくーーー
「そ、そんな………っ………」
沈んでいる場合ではないと頭では分かっているのに、心がそうさせてくれなかった。
体が震える、息が乱れる、鼓動が静まらない。
そしてまた一つ、また一つと傷がーーーー疼き始める。
「桜ちゃん、もう………終わりにしよう?」
投げ掛けられた美兎の言葉は、桜の体を大きく波打たせる。
聞き間違えでなければ、その言葉は…………まごう事なき"棄却"の意。
「桜ちゃんのために、何度でも、はっきり言わせてもらうけれど………止めた方がいいよ。これ以上、命は見逃してもらえない。それでも、もう一度達也クンを助けに天昇山へ行くのならーーーー」
苦渋の味に顔をしかめさせながら、それでも最後はしっかりと桜に向き直る。
彼女のためを一番に考えた、結果。
美兎が取った選択は、達也をーーーーー
「………マミ姉さんとココ姉さんーーーーそして、"あの人"に勝たなきゃ、生きては帰って来れないよ。それに、今の桜ちゃんに彼女達を倒す力は………無い」
彼の命を、『切り捨てる』こと。
それ以外に桜の命を立てる方法など………見付かりはしなかった。
ーーーーーーーーーーーー
大きく揺らぐ視界、顔に走る激痛。
ブレて狭まった視界で辛うじて捉えた、小さな白い固形物。あれは………"歯"、だろうか。
どうやら、今の衝撃で八重歯が抜けてしまったようである。アニマの影響により段々と尖り始め、まるで吸血鬼の様だ、とそこそこ気に入っていたのだが。
しかし、そんな悄然は、今の彼には皆無だった。
「っ、ぐああぁあっ!!」
抜けた歯の付近を中心に、先程の痛みとは大きく差の開く激痛が達也を襲う。
それと同時に、抜けた筈の八重歯がーーーー一瞬にして綺麗に生え戻っていた。
「………ふぅん、調合は成功、むしろ大成功、と言っても良いな。激痛を伴い、体の損傷を即座に直す………『拷問』にはピッタリの薬だと思わないか?」
そう言って、狸の皮を被った悪魔は相も変わらず美しく、優雅に微笑みかけた。
ここまで投与された全ての薬は、彼女によって開発された"新薬"。
麻痺薬に、幻覚剤と、痛覚増強薬………どれを見ても拷問への効率が約束される、えげつないレパートリー。
「かっかっか、これで壊れる心配をしないで、思う存分遊べるようになったって訳だから………退屈させないように、良い声で鳴いてくれよ?」
そんな薬剤師かぶれの彼女の横で。
猟奇的な笑みを溢す、血だらけの"狐"幼女、ココ。達也の返り血を浴び、体を、縦に小さく横に華奢なその体を、文字通り"真紅"に染める。
髪に、腕に、脚にーーーー身体中に達也の鮮血を、さも心地好さそうに、纏っていた。
「………ぐ、くそっ………」
彼女らの憎たらしい笑みを止めるために走り出したくとも、手には"鎖"、足には"足枷"、それらを何重にも固く固定し、それらを後ろの太い鉄の棒の支柱に括り付けている。
アニマを持つ者とは言え、ただの人間には不釣り合いな、この厳重さ。おかげで体の自由は完全にもぎ取られていた。
動きたくとも、動けはしない。
「………好き勝手、言ってくれやがって………動けない奴手に掛けるのそんなに………楽しいか………」
「………あぁ、楽しいなぁ。一匹の被検体が、何の抵抗もできずにボロボロ引き裂かれていく様………考えただけで、ゾクゾクしてくるだろう?」
たぎる快感に紅潮しながら、身を捩って悶えるマミ。
見れば見るほど不気味で不快。まさに、"生き物を嬲る為に生まれた"女と言っても、過言ではなかった。
「………っ、ざけんな、テメェ………」
「………おい、何気ィ抜いてんだよ。まだ"下拵え"は終わってねぇぞ」
刹那、達也の体に、余勢。
唸る拳が一切の躊躇もなく、彼の鳩尾に叩き込まれていた。
「っ、ぁぁっ!!」
強制的に吐き出される息。それ以降、まともに呼吸をすることさえ、ままならない。
息も吸えず、ただただ痛みに悶えるその上から、更に追撃が襲いかかる。頭に、顔に、胴に、足に………苦痛の声をあげる暇すら与えられずに、次々と強撃を加えられた。
「………っ、………ぅ」
「………かかかっ! どうだよ人間、痛いか? 痛いよなぁ!? 安心しろよ、あたしらの佳祐は、これよりもっと辛い想いをしたんだーーーーこれくらい苦しんだって、バチは当たらねぇよなぁ!!」
佳祐を奪った人間に向ける想いを、小さな拳に任せてどれだけ叩き込もうが、息を切らすことはなく、威力が衰える気配も見せない。
縦横無尽に暴れても、尽きることの無い無限の体力。
方やの狸が相手の全てを化かし、方やの狐が相手の全てを騙し打つ。いやらしく、したたかな、見事な相互関係を成り立たせている。
これも、狸のずる賢い知恵あってこそ、成せる賜物の一つ。
「………がぁ、あぁっ………」
「………ん、これだけやっても気絶しないのか………人間にしては中々ですこと。今までの被験体はこれで大体が壊れたのに………ココ、もう充分だ、てを止めろ」
未だ攻撃の手を緩めないココに向かい、制止の声を上げる。が、"快事"を目の前にそう易々と引き下がる、生易しい彼女ではなかった。
「もう充分、だぁ? イライラしてるあたしに向かって、いー度胸だなぁ、オイぃ………何でテメェに何から何まで従わなきゃなんねーんだよ、手伝ってやってんのはこっちだろうが」
「………へぇ、私に楯突くつもりなのか。彼よりも辛く苦しい思いが味わえる薬………打ち込まれたいか?」
味方に向けるものとは思えない、酷く冷えた瞳でココを牽制する。
例え相手が味方でも、意に沿わない者は排除。
マミの視線は淡々とーーーーそう物語っていた。
「………わーった、わーったって!………くそっ、こいつに薬を作る能さえなければ………」
不服そうに渋々と、達也に向けた拳を引く。仲間である彼女でさえも、"殺りかねない"と汲み取ったのか、妙な大人しさで引き下がる。
自我が強い野生の本能というのも、これでは考えものだった。
「………さて、そろそろ本題に入ろう」
柔らかく不気味な笑みを溢しながら、ゆっくりと歩み寄る。
ただの『近づく』という行為さえ、彼女にとっては拷問道具の一つ。
そう思わされしまうほど、彼女が言う"下拵え"は着実に、彼に効き始めていた。
「くっ、や、め………」
身を捩り、目の前の恐怖から逃れようともがく。
しかし、達也を捕らえる呪いの鎖と死の足枷が、彼を掴んで放さなかった。
「ふふっ、怖いだろう? 逃げ出したいだろう? この苦しみから解放されたいだろう?………でも残念、それは叶わぬ夢と散るーーーー」
もう、逃げられない。
悟った達也は衝撃に備え、目を瞑るーーーー
「ーーーー筈だった、けど」
強くも、痛くも、鋭くもない、むしろ心地よい感触が。
頭でも、胸でも、脚でもなく、"唇"にーーーー伝わった。
予想外の感覚に、無意識の内で目を開けた、達也の目の前にーーーー
目を閉じて、達也の頬に手を添えながら、自身の唇を達也の唇に重ねる、マミの顔。
端から見ても整っていて美しい彼女の顔は、唇が触れ合うこの至近距離で見れば、より一層引き立って見えた。
「………………………ぅっ!!?」
思考は停止、体は硬直。
達也の人生初接吻が、好きでもない、むしろ自分を拷問してくるような相手に、奪われる。
ただのキスだけでもどうなるか分からないというのに、この状況でこのタイミング。『頭を真っ白にする』、『体を固まらせる』こと以外で出来ることなど、達也の選択肢には存在しなかった。
「………ん……………んぅ………」
逃げられないままに数十秒ほど唇を重ね、マミはゆっくりと顔を引く。
頬がほんのりと紅潮し、とろけた色気のある顔で、満足げに達也に微笑み掛けた。
「………ふふふっ………どうした、そんな狐につままれたような顔して………」
ーーーーーいや、この場合"狸"につままれた、の方が正しいのだが。
状況が掴めず、達也はそんな下らないことを考えながら、呆然とマミを見詰めることしかできなかった。
「お、お前は何をやってんだ! ま、また、いきなりそんな、破廉恥なことを!」
当事者二人よりも顔を赤らめ、激しい動揺を見せているココ。拷問を平然とやってのける彼女にしてはらしくない、この手への抵抗、"純真さ"を見せる。
この反応、マミからは何も聞かされていないのか、演技でも何でもない事が一目瞭然だった。
「………うふふっ、言った筈だよ………私はこの子のこと、嫌いじゃないんだ」
そう言って、添えた手で達也の頬を優しく撫で上げる。
頬を包むくすぐったい感覚によって、ようやく自我を取り戻した達也。唯一拘束されていない顔を存分に振り、彼女の手を強引に振り払った。
「………ふざけんなよ、何が嫌いじゃないだ。これ以上、お前の自己満足に振り回されてたまるかよ」
「ん、それなら今やってみたいに、直ぐにでも私を振り払ってしまえば良かったのではないか? それが出来る暇なんて、十二分にあっただろう」
ーーーーーそれが簡単にできたら、今まで苦労はしてきていない。
自分を慕う幼なじみ二人がいて、それでも尚、男女関係どころか交際関係までにも発展しなかった程の達也だからこそ、あの"精神攻撃"は意味をなす。
あの感覚を前にして冷静な頭でいれるほど、達也は女性慣れしていなかった。
「ふぅん、初めてした女性との『キス』の感覚に、茫然自失としてしまった、というところか………ふふ、満更でも無かったんじゃないか、いやらしい」
「………そっちから仕掛けてきたくせによく言ったもんだ。どっちがいやらしいんだよ、この色ボケ狸」
「………ん、そんなこと言わないでくれよ。私は君に良い提案をしたいだけなんだ」
先程キスをしてきたとは思えない、物静かな態度で悠然と佇むマミ。
顔は赤みが抜け、耳や尻尾も大きく動いている様子はない。手際の良さから言っても、やはりある程度のスキンシップは慣れている質なのだろう。
そう分析した瞬間、達也の目線が不意に上に向くーーーー否、向けられて、しまう。
顎を掴まれ、顔の向きを変えられて、無理やり視線をマミに移される。
彼女は何とも言えぬ、"自信"のようなものをその表情にたぎらせながら、変わらぬ優しい笑顔を達也に向けていた。
「君、私の夫にならないか?」
「断る」
一瞬だった。
反射的に反応し、何か言いたげだったココを差し置いて、瞬く間に提案という名の"求婚"をぶった切る。
幾らか問いが予測できていたとは言えども、一秒もかからず切り出せた、迷いのない確かな答え。これを『即答』と言わずして何と呼ぼうか。
余りの快感に顔が綻びそうになるも、間一髪でそれを食い止める。何処から湧いたかも分からない、とてつもなく下らない達成感が、彼を意味もなく包み込んでいた。
「………私の夫になってみないか?」
「断る」
「私の夫になれっ!」
「アクセント変えて押し切ろうとしても無駄なんだよ………何度言っても俺は断り続けるからな」
「酷いぞ………私はただ純粋な気持ちをぶつけているだけなのに………ただ、真っ直ぐに、正面から気持ちを受け止めて欲しいだけなのに………しくしく」
「純粋に、ただ真っ直ぐに思ってるだけの奴は、相手を閉じ込めたり拷問したりはしねぇ。鬱陶しいから感情の籠ってない嘘泣きはやめろ」
「えーん、えーん(棒読み)」
「とうとう自分で棒読みって言った!?」
「………ふふっ、貴方のツッコみって本当にボケ甲斐があるな。そこにいる、ツッコみ貧乳狐よりも面白い」
「………んぅぐっ!………ぅっ………」
急に飛び込んだマミのキラーパスに、苦しそうに自己主張の少ない胸を押さえる、ココ狐。
「はっ、光栄だね。そこの、ツッコみちびっ子狐より上ってか」
「………ふぇぅ!?」
血塗れの格好にはそぐわない、可愛らしい悲鳴を上げる、幼女ココ。
「こんなのが私より早く生まれていると言うのだから、中々屈辱的だよな」
「このちんちくりんが、か。末っ子って言っても差し支えないってのに」
「な、何で矛先がっあたしに向いてんだよぉ、テメェらぁ………!!」
ココが気にしているらしい言葉のオンパレード。
相手がどれほど苦痛に苦しんでいようとも、決して容赦することがない。そんな無慈悲な彼女でも流石に効果はあるようで、涙目になりながら叫び出した。
「ぐぅ………毎日毎日揉んでるってのにーーーー妹に蔑まわれるわ、"あの日"が丁度今日来るわ………長女に対する扱いじゃねぇぞ、何なんだよ、このやろぉ………」
主に効いたのは『貧乳狐』らしく、血で赤く染まった手で自らの絶壁な胸を、涙を流しながら揉みほぐしている。
真のツッコみ役は苦労が耐えないものだというが、あながち間違ってもいない。少なからず、達也はココの気持ちを理解することができていた。
それは、ともかくとして、疑問点。
「………"あの日"って、なんなんだ………?」
「それはどうでもいいとして………うぅん、困ったな。私、欲しいものは力付くでも手に入れてしまうタイプなのに」
先程までの楽しいお喋りとは打って変わり。
達也の疑問を粉々に噛み砕き、平穏に垂れていた目に再び殺気をギラリと灯す。
「………思い通りにならないのならーーーー思い通りにさせるまで」
溢れんばかりの殺気と同時に、彼女の手には。
ごうごうと燃え盛る、灼熱の炎が灯る。
そう言えば、桜はそんなことを言っていた。
ーーーー内容量が多い使い手は、アニマを飛ばして遠距離攻撃が出来たりするーーーー
右手から造り出した、アニマの加護を利用した、炎に良く似せた、『何か』。
人であり、人ならざる者。
そんな彼女らが使うに相応しい、炎を越えた炎。
「アニマを使って傷付けるつもりはなかったのだけど………私の愛故だ。これで考え直してくれると嬉しいな」
「………ははっ、いいぜ。やれるもんならやってみろよ」
痛みなどでは、折れはしない。
それに、もう折れるものなど、とうの昔に尽きてしまった。
「そう。じゃあ、遠慮なくっ………!」
業火の拳が振り下ろされる。
真っ直ぐに、熱く燃えるその炎は、さながら彼女の心を表しているようだった。
冷たく凍る態度に、燃える熱い心。
"先程の言葉"に、やはり虚言は無かったのかも知れない。
その分、彼女は本気でくる。自分の意に沿わないものを"排除"する代わりに、"奪う"。先程の下拵えなど可愛く思えるような、そんな奪い方をしてくるのだろう。
それでも、達也は、決めたのだ。
この命、アニマによって尽きるまでーーーー
ーーーー"あいつ"に捧げる、と。
「………マミっ!! 避けろぉっ!!」
爆発のような衝撃音。遅れて轟いた、その危難さを物語る、ココの叫び声。
その言葉を予知していたかのように、マミは攻撃を中断しながら身を翻し、当たる筈だった『鉄格子』を華麗に避ける。
達也には当たらぬよう、計算されて飛んできた鉄の固まりは、石造りの独房の壁に衝突し甲高い金属音を響かせた。
「………ふん、やっぱり来たのか。見逃してあげたというのに………本当、物好きな子猫ちゃん………」
新しい、被検体。
嬉しそうな、はたまた鬱陶しそうな、そんなマミの目に写ったそれが、達也の目には堪らなく眩しく見えた。
漆黒に彩られたブレザーと、それとは対極的の白い輝きを放つニット帽。
真剣『緋桜』を握る彼女の腕、悠然と歩を進める脚には、やはり、痛々しく包帯が巻かれていた。
「………桜!」
「ご主人をーーーー解放しろ」
かつてなく怒りを溢れさせる桜、あそこまで怒り狂った彼女は見たことがない。
トレードマークの丁寧な敬語も崩れ、威圧的な視線と共に周囲の空気を余すことなく支配していた。
「ん、ご挨拶だな。そんな横暴な態度で要望が通ると思ったのか?」
「今更お前らに礼儀なんか必要無い。切られたくなかったら今すぐここから、消えて」
一切の迷いなく、刀をきょうだい達に向ける桜。
覚悟はより強固なものに固められ、鋭く光る真紅の瞳はマミとココを完全に、『敵』として捉えていた。
「………かっか、意思は固めてきたみたいだな………いいぜ、その方が心置き無く殺れるからなぁ………」
いつの間にやら"貧乳"のショックから立ち直り、好戦的に骨を鳴らし始めたココ。
竹を割ったような性格をフルに活用し、いつまでもずるずる引き摺らない所は好感が持てるが、今更好感を持たせようとしても遅い。
彼女は、彼女達は、怒らせるべきではない相手を、怒らせてしまったのだから。
「………ふふふっ、良いだろう。ただし、欲しいモノはーーーー力ずくで奪いに来い。もっとも、ただで手に入るなんて、思って来てないだろう」
「………そうやってヘラヘラしていられるのも今の内。精々足掻いて苦しんで」
刀を構え、切り出す時を見計らう桜。
それに対していかにも余裕綽々と、狸は"扇子"、狐は"御札"をそれぞれ構える。自分達が負けるなど、一縷の可能性程にも思っていないようだった。
「………っ、くそ、駄目だ、桜っ! 早く逃げろ!!」
「そんな心配は要りません、大丈夫ですよ。ご主人は私が、守ります」
「………うふふっ、やれるものならーーーー」
「ーーーーやってみな!」
二度目の大きな"獣神戦争"、化かす狐と欺く狸との対決が、今ーーーー
幕を、開けた。
次回予告
自らの"ご主人"を救うため、怒りを爆発させた桜。狸と狐の目を、点へと変えることはできるのか………
時は同じくして神城家。
制止することが出来なかった兎は、自分の不甲斐なさに失望を隠せずにいた………
次回も閲覧、宜しくお願い致します!




