Episode-1.揺れる胸、動かぬ胸
※麗奈の苗字、並びに文の構成を変更しました
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ーーーー奇跡。
街道を彩る桜並木の下、その言葉を発する叔父の顔が曇った瞬間を少年は見逃さない。
何故そんな瞳を、何故表情を見せたのか、まだ幼い小学生だった少年に真意は理解しかねる。しかし、彼の伝えたかった想いは何となく、何となくではあるけれど、感じ取れていた。
「………分かった、約束、するよ」
その言葉と共に、少年はにっこりと微笑みを浮かべ返して見せる。笑顔はあまり得意では無かったが、ここだけは何かがーーーー自分でも解らない、何かが、違った。
その笑顔に満足したのか、安堵したのか、くたびれた白衣に身を待とう壮年は、その満面に喜色を湛えながら少年の頭を撫で上げた。
ゆっくりと慈しむように数回撫で下ろすと、再びその手を白衣のポケットへ突っ込んだ。温かく優しい温もりが、なごりおしくも頭から消えていく。
「………さぁてと、そろそろ戻んないとなぁ。あいつらにーーーー研究員達に怒られちまう」
「また無理言ってきたの?………良い人達ばかりなんだから、迷惑かけるのもいい加減にしときなよ?」
佳祐はへいへい、と曖昧な返事で受け流し、背中越しに手を降りながら桜並木を歩き出した。
「じゃあなー、今度会うときゃ、俺よりも強くなってろよー」
「なに、その長い別れみたいな挨拶。それに、叔父さんよりも強くとか、そう簡単に言わないでよ」
「ははっ、違いねぇっ。じゃあ、せめて………」
凛とした美しさを見せる反面、何処か寂寥感を感じさせる彼の後ろ姿は、まるでーーーー
ーーーーこの街道に咲く、可憐な桜の様であった。
「………これから、お前に起こる現実を受け止められるくらい、強くなっとけよ、達也」
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シングルベッドに備え付けられた、デジタル式の目覚まし時計。
表記されていた数字が『7:00』に更新されたその瞬間、耳をつんざく様なアラーム音が、少年の自室にけたたましく鳴り響く。
その音を間近で受け、不機嫌そうに呻き声を上げた少年、神城達也は、頭上に置いた時計のアラーム停止ボタンを乱雑にひっぱたいた。
目覚まし時計が発する焦燥感を醸し出す様なアラーム音とは違った、小気味の好い乾いた打撃音が部屋に響き渡る。
「ふ、あぁ………んんっ………」
欠伸混じりに体を起こし、ゆっくりと体を伸ばす。
自分だけの力で起きられたのは、果たして何ヵ月振りだろうか。
これより以前は、この煩い目覚まし時計よりも数倍性能のいい、お馴染みの"めざまし時計達"に起床の全てを頼り切っていた生活。自力のみで起きれたのは、存外気持ちの良いものではあった。
しかし、昨夜見た夢の内容を思い返せば、そんな心地に浸ることさえも億劫になってしまう。
「………また、あの夢か………」
三年前、"佳佑失踪事件"起きてから、桜が舞うこの『春』の時期になると、決まって叔父の最後の姿を嫌と言うほど見せられる。
偶然なのか、それとも暗示か。決まったこの時期に毎日の頻度となると、後者の見解が勝るような気がする。
「………何で、これより印象深かったことなんて、もっとあんだろうに………」
達也は夢での宣言通り、この謎を解き明かすために思案に暮れる。
しかし、毎年どれだけ考えても導き出される答えは、やはり一つ。最早この流れがルーティンと化していた。
「………飯、食うか」
"腹が減っては、戦はできぬ"。
答えというより妥協策とも言える呟きを残した彼は、ベットから跳ね起き、一階のリビングへと足取り重く降りていった。
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「いただきます」
新調した高校の制服に身を包み、ダイニングキッチンにて自炊した朝食を食べる。普通ならば家族の団らんが生まれる筈の食卓だが、彼以外、テーブルに向かい箸を持つ者はいなかった。
母親は達也を産むと同時に亡くなり、男手一つで彼を育てた父親は二年前に事故で急死。彼は所謂ーーーー"孤児"、であった。
親族の厳しい反対をやっとの思いで押し切り、当時中学一年生であるのにも関わらず、達也は親と過ごしたこの家で『独り暮らし』をする事を強引に決めたのだ。
世間の少しばかりの同情と、親族からの援助を受けながら、ここまで成長することができた………のだが。
「………あれから二年前経ったとはいえ、流石に寂しいもん、が………」
ぽつりと本音を溢すも、誰の耳にも収まることはない。ただただ虚しくキッチンの空気と、自分の心を寂しく震わせただけであった。
「………今更何言ってんだか、下らねぇ」
自分"らしくない"と首を横に振り、胸に湧いた寂寥感を切り捨てるかのように、口一杯に白米を掻き込みーーーー案の定、思い切りむせ込んだ。
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二十分後、目の前に空の食器達が整然と並ぶ。
今日一日のエネルギーとなってくれるであろう、胃の中の食物達と、彼らを入れていた食器達に手を合わせ、敬意を込めた挨拶を口にする。
「………ごちそうさまでした、っと」
食後の挨拶をしっかり済ませ、食器をシンクに運びスポンジでひとつひとつ丁寧に洗っていく。
180㎝を超える長身の青年がシンクでせっせと洗い物をしている姿は何とも違和感の残る光景ではあるが、これが達哉にとっては"普通"であり、いつもの変わらぬ光景。
十五歳にして料理、洗濯、掃除といった家事全般ができてしまう"主夫"として完成された達也は、元々の顔立ちも相まって女子からの人気は絶大。卒業した中学校では、そのお陰で"女難"による苦労が絶えなかった。
「………ぅっ………お、思い出しただけで、寒気が………」
トラウマを呼び戻し体を震わせながらも、全ての皿を何とか洗え終えた。
タオルで手を拭きながら、壁に掛けられた時計を見ると、時刻は既に8時を回ってしまっている。
「っと、もう少しで"あいつら"が来る………まだ準備終わってねぇのに」
そさくさと慌てながら学校の仕度を始めーーーーそんな彼を見計らったかの如く、インターホンのチャイムがリビングに響き鳴った。
「っ!………言った傍から………」
余りにも悪いタイミングに若干の腹立ちを覚えながらも、内部者用インターホンを確認する。
カメラに写し出された姿を見た達也はマイク越しに待機するように伝えると、同意を待たずして準備に戻っていった。
一通りの準備を済ませ、玄関を出ると、今まで頼ってきていた二つの"高性能めざまし時計"ーーーーもとい、二人の少女姿があった。
一人はミディアムヘアをサイドテールにしてまとめる端麗な少女、姫宮楓。
見る者に、麗しい『大和撫子』の印象を持たせる彼女は、やけに似合うが見慣れない、新制服のブレザー服を纏い、達也の姿を見るなり嬉しそうに顔を綻ばせた。
「達也君、おはよう!良かった、ちゃんと起きれたんだね!」
楓の言葉に、春風に揺れるストレートロングヘアが特徴的である美少女、翠川麗奈は、深く頷いて共感の意を示す。
ただ首を縦に振る仕草だけでも感じ取れる、淑やかな気品。何処かしら国の"皇女"を連想させるような、高貴な雰囲気を身に纏っていた。
「………本当よ、良く起きてきたわね………今までは私達が来てから起き始めてたのに」
「起きようと思えば起きれんだよ、こんくらい楽勝だ」
「ふーん、それ、あたし達へ向けての挑戦って取っても良いのかなぁ~? 多分、明日から毎日寝坊だよ?」
「そうよ、今日みたいな偶然をカウントしてたら、後悔するわよ」
そんな彼女達のやり取りは、第三者から見るととても親密に見えただろう。 楓と麗奈との赤ん坊の時からの付き合い、とどのつまり"幼馴染み"である彼女達との関係は、時間だけでは決して作れない、強靭な絆がそこにはあった。
そんな幼馴染み二人の態度に、強烈な居心地の悪さを感じた達哉は、盛大に顔をしかめさせる。
「………あんまりからかうなって。やっと高校生になれたってのに、遅刻なんてしてられるかよ」
ぶっきらぼうに言い放った達也を、楓は膨れっ面で睨みつける。
「受験当日にも関わらず遅刻しそうだった人が良く言えるね。受験校が一緒じゃなかったら確実にアウトだったよ?」
「そうよ、私達に感謝しなくちゃいけないんだから」
身に纏っていた高貴さは何処へやら、誇らしげにその豊満な胸を張る麗奈。高校一年生にして既にそのプロポーション、一体何を食べ何をしたら、そこまで完成されるのだろうか。
ちなみに、楓はと言うとーーーー、
………うん、まぁ、可もなく不可もなく、として。
「………その、なんだ。頑張れよ、楓 」
「………? 何のこと?」
「何でもない、ってか、さっさと行こうぜ。早起きした意味がなくなっちまう」
麗奈の揺れる胸、楓の動かぬ胸など露知らず、通学用鞄を肩に掛け、達哉は颯爽と歩いていく。
後ろから響く、美少女二人の「あんたが言うな!」というもっともなツッコミを聞きながら。
次回予告
入学式を終え、通学路を一人で歩く達哉。そんな彼の目の前に、謎の黒猫が姿を現す。
その黒猫によって、達哉の高校生活は大きな変化を遂げることに………




