Episode-16.判決、それは兎の勝ち
「………で、お前ら何か言うことはあるか?」
「………ごめんなさいっス」
「………ごめんなさいでした」
膝を折り畳み、小さくまとまって座っている狗太と美兎。
そんな二人を前に達也は、見下ろされる側から見下ろす側に回っていた。
寝起きの"悪魔"から、"子を叱る親"程度にランクダウンしたのは良いものの。腕を組んで壁のように立ち塞がるその姿、まだまだ気が抜けない事が一目瞭然である。
「………うぅ、足が痺れてきちゃったよぉ………」
「………っ、再戦の筈が何がどうしてこんな目に………ついてないっス………」
本来、獣神であるこの二人がこの形………いわゆる"正座"で座らせられることなど有り得ない話だった。
プライド高く、それに伴う実力を持つ獣神達の正座。
その光景を見ることは、彼らから勝利を納め服従権を掴み取った、達哉にしか成し得ないことであった。
「………俺は雪辱戦てのは生憎と、するのも受けるのも好きじゃないんだ………負けたもんは負けた、悪いけど、それで割り切ってくれねぇかな………」
「いえ、それで来たんじゃないんですっ! ただ、この家に住まわせてもらえないかなぁ、って………」
「それ、まだ言ってたんスか!? ここには再戦をしに行く、って、何度も言ったじゃないスか!」
「………どうせ来んなら意見をまとめてから来いよ………」
心底面倒臭そうに後ろ髪を掻く達哉。
二人の要望はどちらも達哉にとって不利、これからのことを考えると嫌いな雪辱戦を受ける方が安上がりな位である。
「………どうしたもんか、こりゃ………」
今後に重きを置いて悩んでいると、前からまた騒がしい論争が聞こえてきた。
「えぇい、何度言えば分かるんスか! ここは、わがままで意地っ張りな"弟"の要望を叶えてあげるために、譲るのが姉の正解例じゃないんスか!?」
「残念だったね狗太、"姉"というのは弟以上にわがままで、傲慢なものなんだよ………だからボクは絶対に譲らないっ!!」
ーーーー自分を貶めてまで叶えたい希望なのか………
文字どおりの必死さに、達也の呆れは留まること知らなくなる。
もはや考えるのも馬鹿らしくなってしまった達哉は、言い合いを続ける二人を脇目に、隣にいる桜にひそひそと問い掛けた。
「なぁ、あいつらが言ってる"姉"とか"弟"とかってどうやって決まったんだ?」
澄んだ緋色の瞳で見上げる桜は、待ってましたと言わんばかりに達哉に向き直り、怪しく口の端を持ち上げる。
「はい、それはですねぇ………」
彼女は何を考えたのか、おもむろに頬を突き出してきた。
「ほっぺに"ちゅー"してくれたら、教えてあげます!」
獣神二人に構った時間が長過ぎたからか、いつの間にかその持ち前の"甘えん坊"に更に磨きが掛かっていた。
達也はふっ、と息を吐き、微笑みを浮かべる。
「………全く、桜はしょうがないな………」
「おお!? これはして下さる流れなんですね、そうですね!?」
桜は目を輝かせ爛々と待っている。達也は微笑みを崩さぬまま彼女に顔を近づけてーーーー
ーーーーその頭に手刀を喰らわせた。
「ぷぎゃうっ!」
可愛らしい悲鳴を上げ、叩かれた頭を押さえる桜。
どうやら、必死な獣神はここにもいたようだ。
「な、なんで、なんでですかぁ! 今のはする流れでしょうにぃ!!」
「………いいか、桜。あんまりそういうのは軽々しくやっちゃいけないんだ。そういうことは………」
ーーー好きな奴とすることだ
口に出そうとした言葉が、喉の奥で引っ掛かる。
言葉が詰まる………"躊躇"から生まれた達哉の新しい経験、彼女と出会ってからというもの、こういったことが増えたのは紛れもない事実だった。
「………ご主人ー?」
「………」
意味もなく顔が火照り、理由が分からないまま声が震え、必要以上に意識してしまう………一体全体どうしたものなのか。
理由が分からない謎の症状、まさか、自分は病気なのではないだろうか。
「もしもし、ご主人ー?」
「………」
そうだとするならば、それはそれで一大事。病院での診断を視野にいれた行動を今のうちから………
「えいっ」
頬が無理矢理引き伸ばされ、暖かみにも似た痛みがじんわりと広がっていく。
見るとそこには、目一杯の背伸びで達也の頬を掴む桜の姿があった。
「もう、考え込みすぎですよご主人。それは『らしくない』んじゃなかったんですか?」
ここまで接近されても気付かない程考え込んでいたのに、自分で納得がいくような答えが出せていない。
やはり、あれこれ考えるのは性に合わないようだ。
「………そうだな、こういう頭使うことはお前に任せるとするか」
「ある程度は自分で考えてもらわないと困りますよ。それとも、全部私に任せる気ですか、ご主人?」
「………………………そんなこと、ないって」
「今の間を見る限り、完全に図星ですね」
互いを楽しむように、ほのぼのとした会話を続ける達哉と桜。
そんな二人を、水掛け論で掛ける水を切らしてしまった狗太と美兎が、じっと、否、じっとりと、見詰めていた。
「オレの存在、忘れてませんかねぇ………?」
「ボクの存在、忘れてませんか………?」
慣れない正座を足の感覚が消えるまで続け、図らず声を調和させた狗と兎。
獣神である彼らでさえも、桜も経験した強敵、『空気化』の前ではひとえに風の前の塵に同じ。為す統べもなく蹂躙された。
ーーーーーーーーーーーー
重ねた議論はかれこれ三時間以上。
雪辱戦か居候か、狗太と美兎のそれぞれの主張を聞き入れ、裁判長の下した判決はーーーー
「………仕方ない、ここへの入居を許してやる………」
判決、それは美兎の勝ちを言い渡した。
「やった、やったーっ!!」
「やりましたね美兎姉っ!!」
抱き合って跳び跳ねて、勝利を大いに喜ぶ姉妹陣を前に、狗太はたまらず声を張り上げた。
「な、なんでそうなるんスか!? よく考え直した方が良いっスよ絶対に!!」
「んなこと言ったって、あの二人が聞くと思うか? それに、もうお前らは『家に帰れない』んだろ?」
達也の言葉に、狗太はいかにも心外そうに口を尖らせる。
「………だからなんだってんスか、アンタには関係ないことっス」
「関係あんだよ、お前らみたいな危険分子の塊を、野放しにしておくわけにはいかねぇからな」
「ちょっ、危険分子ってどういう………」
「それに、だ」
物言いたげな狗太の声を遮り、達也は噛み締めるように、ゆっくりと言の葉を広げていく。
「お前は俺にかつてない興奮をくれた、退屈な毎日をかき消すような刺激をくれたんだ。これぐらいしてやんないと、バチが当たるだろうが」
達也は淡々とそう告げる。
照れ隠しさえ、一点の曇りさえもない、ただただ真っ直ぐな眼差しで。
「………あ、あんたはよくそんなこっ恥ずかしいことを簡単と………」
純粋すぎる達哉を前に、狗太は恥じらいと動揺を隠せない。
思えば狗太は、いつも振り回されてばかりだった。"神城"はいつも、彼ら獣神をまるで『武器』のように、しっちゃかめっちゃか振り回す。
人間の可能性が、身を呈して桜を救った佳祐の考えが、彼からなら、分かるような気がした。
「………ま、まぁ、アンタがそういうなら、仕方ないっスね………別にそこまで固執する必要も、今はないし………」
そう言って狗太は自身の右手を差し出す。
照れを隠すために背いた顔に対し、達哉に向けて真っ直ぐと伸びていた。
「………礼儀知らずとは思われたくないっスから」
表にはっきりとは現れない彼の"敬意"だったが、達也は気にすることなく右手でその手を取った。
「………根だけは良い奴なんだな、お前」
「"根"以外全部悪いみたいな言い方は止めて頂きたいっス」
「………じゃあ、決まりってことで良いのですね! それでは美兎姉! ご主人が作ってくれた私の部屋に案内します!」
「分かったよ、桜ちゃんの部屋………これは、見極めとかないとねっ」
ドタドタと無邪気に駆けていく姉妹達。お守りの仕事が増えたような気もするが、少なくとも人手と食費は増えた。
これからの生活はなるべく切り詰める必要がありそうだった。
「………とりあえず、シフト増やしてもらうか………」
お人好しのぶっきらぼうな少年は、ため息混じりにリビングを後にする。
この後、狗太の雪辱戦さえも断り切れず、再戦を受け惜敗してしまうのだが、それはまた別のお話。
次回予告
世界中で何処よりも深く、何処よりも広く、何処よりも暗い場所
そんな場所で執り行われた『それ』は、二人の生死を分けるものだった………
次回も閲覧、宜しくお願い致します




