Episode-12.猫の決意と龍の覚醒
※美兎の一人称を変更しました
「………っ、はぁ、はぁ………」
苦しい、痛い、辛い、全ての負の感情が"少女"の頭を駆け巡る。
その小さな体の至る所には痛々しい痣や傷が刻まれ、見るに耐えないものとなっている。
彼女はそんな体を奮い立たせようととするも、時すでに遅し。根本の"気力"は文字通り打ち砕かれ、少女の左膝が呆気なく地に落ちてしまった。
「………くっ……そ………これしきの、事でっ………」
悔しさに歯を軋ませながらきっ、と睨み付ける。その視線の先には例によって少女の姿があった。
木々が生い茂る深い森の中に少女が二人。片方の少女が満身創痍なのに対し、もう片方の少女は全くの"無傷"、それどころか呼吸一つすらも乱れない状態で君臨している。
実力差は圧倒的、どのような第三者が見ようともその差は歴然だった。
「もっと厳しい戦いになると思ったけど………あの人間
に入り浸り過ぎたかもね、『桜』ちゃん」
「………あなたもご主人のことを"人間"と、そう呼ぶんですね、美兎姉………っ!」
自身の武器、『脛当』に付いた返り血を拭いながら、美兎は穏やかに微笑んで見せた。優しさと余裕さを兼ね備えたその笑みは、昔と何一つ変わらない彼女の"癖"である。
本来なら懐かしみ堪能するところなのだろうが、今の桜にそんな余裕がある筈も無く、ただただ姉の余裕を睨み付ける事しか出来なかった。
「………ふ、ふふっ………ま、まだまだです、桜を見くびってもらっては、困りますよ………っ」
砕けた気力の欠片を拾い集め、震える足をどうにか立たせようと試みる。
しかし現実は非情、激痛が桜の身体を襲い動く暇すらも与えようとしなかった。
「………ぐっ、あぁっ………」
「………やっぱり駄目、こんなのボクには耐えられない………」
美兎は嫌悪感に打ち拉がれるかのように俯き、小さく、怯えたように震え始めた。
大きく成長した力の中から垣間見える、昔と変わらぬの繊細な彼女の姿、桜は目を見開きながら彼女を見詰め返した。
「………もう桜ちゃんに苦しい思いはさせたくない、だから、ボク達と一緒に帰ろうよ。"あの人"が何と言おうとも、桜ちゃんはボク達にとって大事な『妹』、それが変わることは無いんだよ………」
眉を下げ言葉を震わせながらも必死に訴えかける姉の姿が、傷だらけの桜の心身に容赦なく染みていく。
今目の前に立ち塞がっている美兎を『敵』として見れなくなっていく自分が情けなくて堪らなかった。
「………それに、アニマを手に入れて間もないあの人間なんかじゃ、獣神には到底敵わない、傷付くのは桜ちゃんだけじゃ済まなくなるかも知れない………本当に彼が大事なら………ね?」
「………私は………っ」
揺らぎに揺れる心の中、頭に過ったのは他でもない"彼"の顔だった。
ーーーーーーーーーーーー
襲い掛かる銃弾から逃れ飛び、目の前に現れた額を貫こうとするもう一つの銃弾を刀で弾き返すと。
肩で荒く息を吐きながら、目の前の犬が吐き出した忌々しい言葉を鋭く否定しにかかる。
「………桜がお前らの思い通りになんかっ、絶対にならねぇ。お前らの安っぽい思惑なんざ、おれなすぐにぶっ壊してやるよ………」
自身に向かって飛んでくる数百もの銃弾を避け、時には刀で切り伏せ、次々と無力化していった達哉。そんな人間離れした荒業を難なくやってのけると、自らが持つ愛刀のように鋭く、冷たく、淡々と言い放つ。
そんな彼と対峙するは、またしても人間離れしたーーーーもとい、獣神の銃使い、狗太。
達哉と同等、またはそれ以上の筋肉質のしなやかな体格を持つ、その青年は。山吹色の耳と尻尾を楽しげに揺らし、両手にもった銃をくるくると回して弄びながら、彼を嘲笑うかのように笑っていた。
「はっはは、そいつはどうっスかねぇ、美兎は見た目以上にヤバい奴っスからねぇ~。アンタら人間もよく言うでしょ、"人は見た目で判断するな"って」
人じゃないっスけどね、とわざとらしく付け加え、自分でまたけらけらと笑い出す。とことん自分を馬鹿にする発言、一挙一足に、達哉は少しずつ冷静さを刈られてしまっていた。
「それに、時間の差はそう簡単に埋まらない。実力も、過ごした"時間"も………たった一ヶ月程度の素人が、知ったような口を利くもんじゃないっスよ」
「………その素人との再戦を望んだ奴がよく言える………まぁ、玄人ぶってるわりには俺を仕留められてないけどな」
「それはそれ、これはこれってやつっスよ」
揶揄をケタケタと笑って受け流し、もう一度銃を構えて、何発か撃ち込んでくる狗太。
何度も何度も切り落とし、既に見切っているというのに、まるでパターンを変えてこない。
被弾せぬように注意を払いつつ、再び全てをねじ伏せた達也は呆れ顔で額の汗を拭った
「………一体何考えてやがる? 素人だからって、手加減してんじゃねぇだろうな?」
「すぐに死なれても困るっス、まだまだ楽しませて下さいよぉ!」
揶揄の次に威圧をぶつけてみるも、そのにやけ顔が崩されることはなかった。そういったところに関しては"兄妹"と言えなくもないのであろう。
精神面と能力面、それから技術面………今自分達が対峙している狗太や美兎より一段と優れた『きょうだい』があと六人も残されている。
そう考えるだけで達哉の頭はズキスキと痛み出す、彼らの存在は厄介この上無かった。
「敵の前で考え事っスか? 随分余裕そうなんで、こっちからっ!!」
「………っ!?」
その言葉と共に目を見開いた達哉は、体を素早く捻り、立ち位置を横に大きくずらす。その直後、轟音が響き渡り達也が立っていた地面が砕け散り、茶色の粉塵を巻き上げていた。
"爆発"。原理が理解できない新たな即死パターン、達也の額には微かながら冷や汗が滲み出ていた。
「おおっ、スッゲェ!! 何で避けれたんスか!?」
白い煙を吐き出す銃を掲げながら爛々と目を輝かせ。ただ辛いだけでしかない戦いを、狗太はまるで、"ゲーム"のように心の底から楽み。
狂喜にも似た瞳を、こちらに惜しみ無く向けていた。
「こいつ、狂ってーーーーッ!!」
激しい嫌悪感によって思わず口から飛び出た言葉は、続かぬまま。
突然"左胸"に走る衝撃が全てを抜き去っていく。
ーーーーこれは、以前受けた箇所と全く同じ、それどころか一寸たりとも狂いがない。
「あららぁ、また、避けれなかったんスか? これが前と同じ麻痺弾だったら、今度こそゲームオーバーだったっスよぉ?」
「………っぐぅ、ぬぅァっ!!」
痛みを死ぬ気で噛み殺し、即座に反撃へと転じる。
地をあらんかぎりの力で蹴り、自身の龍聖の間合いまで一気に距離を詰め、これまでの特訓の集大成をぶつけていく。
切り下ろし、切り上げ、そこから手首を返して凪ぎ払い、体を回して突きに転じる。
達也の元々の身体能力の高さを生かし、アニマの加護を加えた高速コンビネーション。このGWで身に付けた、付け焼き刃と言うには完成度が高過ぎる攻撃。
しかし、目の前の敵はその連撃をものともせず、全てを見切って躱していく。
時には大きく、時には紙一重に、と躱す速度に緩急を付けて達也を煽るその自信、戦いにおける強かさが違いすぎた。
「ーーーーーっ、くそっ!!」
「はっはは、おいおい! ただ振ってるだけじゃ、俺は殺せないっスよ!? もっと"殺す"つもりできてくれないとぉ!!」
ーーーーー殺すーーーーー
その響きが達也の鼓膜を震わせた、その途端。
その震えが全身までにも伝わり、毛が逆立つような鋭い悪寒を身体中を駆け巡る。
これは、殺し合い。
ひとつ間違えば相手の命を奪い、ひとつ間違えば自分の命を落としてしまう。
そんな戦いに身を投じ、あまつさえその自覚を綺麗に抜け落としていた、自らへの恐怖。
負ければ終わり、単純明快にして至高の戦い。
身の毛が弥立つような恐怖、それと共にーーーーー体を震わせる、急激な『覚醒』が達也に起こった。
忘れていたものを、突如として思い出したような鋭い感覚。巻き上がる心地よさ。
その中心にいるのは何時だって、探し求めた"叔父"の姿だった。
「………ふっ、ははっ、あはははっ!!」
「うおっ、な、なんスか一体………」
佳祐の事件を境に失われた"自分の姿"。
それが皮肉にも、佳祐が生み出した獣神の手によって引き出された。
良い意味でも悪い意味でも達也に影響を与え続ける、それが神城佳祐という男なのだろう。
全くもって、いい迷惑。しかし尚更ーーーーー
ーーーーー叔父を、佳祐を、助け出したくなってしまった。
「やっと、やっと思い出せた。道理で『らしくない』訳だな、佳祐叔父さん………」
「………? らしく、ない?」
「………待たせたな、犬。ようやくお待ちかねの俺、『神城達哉』と戦えるぞ」
動物としての本能は逆らえないのか、気になる物を見つけた仔犬の如く首を傾げる狗太。
これまで戦っていた達也とは全く違う雰囲気、そう、まるで『別の誰か』のようでーーーー
「なに油断してんだよ、こっちだぞ………」
「………っ!?………ぐがあぁっ!!」
今まで余裕綽々としていた狗太の体が呆気なく宙を舞う。
体が空を切る感覚、頭部を襲う鋭い鈍痛、地面を転がさせられる屈辱ーーーー
獣神のきょうだい以外に体を吹き飛ばす者がいるなんて、彼には信じ難いこと。
「ふむ、『緋桜流"神速"の型』か、桜の技の割には中々実用性あるし………見よう見まねでも、やってみるもんだな」
「………っつぅ………な、何なんスか、一体っ………!?」
………分からない、何故、何故こんな事が起こり得るのだろうか。人間の数倍知性を持つ獣神の狗太でさえ、どれだけ頭を使おうとも答えを見出だすことはできない。
『一瞬で自分の背後に回り込み』、避ける間を与えず蹴り飛ばす。
いくらアニマを持つ者とはいえ、達哉は地球生まれ地球育ちの純粋な人間。知性、身体能力共にハイレベルな獣神の技を模倣し、完璧に使いこなすなどという荒業、本来であれば人間にこなせる訳がない。
その常識を打ち破り、狗太の常識範囲内から逸脱したその危険分子は、やはり変わらぬ仏頂面で座り込む狗太を見下ろしていた。
「………おーい、牙折られる覚悟、固めてきたか?」
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そう、こんな時でも、いつも頭に浮かぶのはご主人の顔。
ぶっきらぼうで、プライド高くて、どこか掴めない意地っ張りーーーーそれがご主人、"神城達也"。
たった一ヶ月の短い期間の筈なのに、まだご主人を完全に知れていない筈なのに、自分の背中を彼に預けることが出来る。
信頼なんて言葉では言い尽くせないのこの気持ち、言葉"なんかじゃ表すことは不可能なんだろう、きっと。
いつかこの想いをどうにかして伝えたい、その日が来るまで………誰にも邪魔なんてさせはしない。
「………決めたんです、私は絶対に負けないって」
そう言って立ち上がった桜の目は、かつての輝きを取り戻し、真っ直ぐ美兎を見つめている。
その目にもう、迷いはなかった。
次回予告
覚醒を遂げた達也、全人類の命を背負いながら、強大な敵を圧倒するが………?
龍と狗の戦い、遂に決着




