Episode-11.白銀に輝く、臆病な白兎
「………いよいよだな」
「………はい、もうすぐ来る筈です」
GW最終日の早朝、達哉と桜は最後の調整を終え、これから迫り来るであろう脅威に備えている。
天気は快晴、生い茂る木々達から漏れる日の光もそれを物語っていた。
「………なぁ、桜。俺は、俺達は本当に強くなれたのか?」
この五日間で二人、主に達哉は一回り大きく成長を遂げた。
しかし、この成長が"脅威"を上回る程までに達しているのか、この不安を抱えているのも又、達哉本人であったのだ。
何時ものご主人らしくない弱気な発言に目を見開く桜。 とっさに達哉の額に手を当て、彼の身に起きた異常を確かめる。
「ど、どうしたんですかご主人、そんなこと言うなんて………」
結果、特に熱は無く、発汗しているわけでもない、至って普通の状態であった。
「………いや、何となく、な………世界平和云々よりも………あいつには負けたくない、そう思っただけだ」
達哉は額に置かれた手をほどき、微笑みながら桜の頭を優しく撫で付ける。
やはり何処かおかしい彼を困惑の表情で見詰める桜だったが、その表情に反して桜の耳は嬉しそうにぴこぴこと揺れていた。
「………って、ちょ、世界平和"より"って………一応、この戦いの最終的目標なんですよ? 自覚を持ってもらわないと困ります」
「お前も"一応"って言ってんじゃねぇか」
うぐっ、と言葉を詰まらせる桜。充実し過ぎたこれまでの日常が、二人の頭から目的を掠め取ってしまったのだろう。また日を改めての再確認が必要とされるレベルである。
二人な申し訳程度に残された薄っぺらい"意識"に盛大に溜め息をついた。
ーーーその時。
「………?………今のは………?」
ふと何かの気配を感じ、達哉は周囲を軽く見回し始める。
まるで観察されているかの様な怪しい気配、それはごく僅かに感じるものであり、位置を特定するのは不可能だった。
「ご主人、どうかしました?」
突然辺りを見回す主人を首をかしげながら見詰める桜。どうやら彼女には感じられていないようである。
また自身の過剰な勘が暴発しただけなのだろう。達哉は巣食った不安を振り払うかのように頭を振り、それも足りぬと自身の頬を両手で叩きつけた。
「ーーーーっ、つぅ………」
頬を襲う刺すような痛み、それは達哉の思惑通り、彼の余計な感情を刺し殺していく。
思いがけず主人の奇行を目の当たりにしてしまった桜。当然の如く、動揺を隠せなかった。
「ふぇっ!? ほ、本当にどうしちゃったんですかご主人!?」
いくら重要な勝負の前と言えど、今日の達哉はあまりにも可笑しい。
恐怖、沈痛、緊張、どの言葉も今の彼に当てはめるには言葉足らずであり、余計に桜を困惑させていた。
「どうしたって、気合い入れただけだけど………なんか変か?」
「いえ、"変"というよりも、ご主人"らしくない"というか………」
彼女が言い放った『らしくない』の五文字。それは突然森に吹き始めた風のように、彼の心を吹き抜けていく。
二年間もの長い間、感情を押し殺し生きてきた達哉を眼前にした彼女だからこそ、この言葉が出てきた。恐らく、達哉の幼馴染み達、楓と麗奈も同じく口にするだろう。
それは達哉本人でさえも、強く共感させるものであった。
「………確かに、そうだな………でも、これはこれで良いのかもしれない」
ふっと穏やか笑みを溢す達哉に、桜は弾けんばかりの笑顔で応じた。
「それは確かに思います。出会いたてのぶっきらぼうな頃より、今のご主人の方が桜は"好き"です!」
ごく自然な会話の中、唐突に登場した桜の感情表現に達哉の体は否応なしに硬直させられる。
無論彼女は、"love"の『愛』の方面ではなく、"like"の『好感』の意味を込めて言ったのであろう。
しかし、頭で幾ら分かっていようと、体が言う事を聞こうとしなかった。
「ーーーーな、ななな、何をっ、いきなりっ!?」
目を白黒させ過去最大の動揺を見せる達哉を、頭に疑問符を浮かべた桜が見詰め返す。
丁度その三秒後、自分が言った言葉の"客観的"意味に気づき、かあっと効果音が出そうな程その顔を真っ赤に紅潮させた。
「い、いやっ、べ、別に深い意味は無いんですぅ! ただ、そのぉ、くっ、口が滑ったと言いますかっ………!」
「………ま、まぁ、ぜ、全然気にしてないから大丈夫………全然、大丈夫…だ……っ!」
双方が双方とも羞恥心で混乱しているせいなのか、辿々しい受け答えが終わりを知らずに延々と繰り広げられていく。これから人類の命を賭けた戦いに身を投じる者とは思えない、何とも度し難い有り様だ。
永遠に続くかと思われたこの酷いやり取りは、とある第三者によって終止符を打たされた。
「………なに夫婦漫才やってんスか、あんたら………」
背後からのため息混じりの呆れた声に、二人は大きく体を震わせる。
その後、まだ赤みの抜けないまま、鬼のような形相で勢いよく振り返ると、声の主に心の底からの怒号を浴びせた。
「何奴ですかっ!?」
「おのれ曲者めぇ、見られたからには生きて返さんっ!!」
「一体何時代を意識してるんスか………」
彼等の緊張感の無さに第三者、獣神、狗太は更に呆れっぷりを増加させたのか、もの言いたげな視線を途切れることなく送り続けていた。
風のようにいきなり現れておきながらこの態度、屈辱と羞恥に身を任せ、ぐぬぬ、と睨み付けていた二人は、ふと彼の異変を感じ取った。
「………おい、な、なんなんだ、お前のそれは………」
「………なんスか急に、オレになんか付いてるんスか?」
「なんすかって………自覚はねぇのかよ?」
「質問を質問で返さないでほしいっス!」
自らの身に起きた異変を感じ取っていないのか、震える達哉を眉を潜め怪訝そうに見詰める狗太。
会話が噛み合わず状況が飲み込めていない達哉と狗太とは裏腹に、桜はただ一人理解していた。
とことん『合わない』二人に助け船を出すために、彼女は打開策を切り出した。
「………狗太兄、まさかその耳って………」
「耳?………あぁ、なんだ、これのことっスか………」
自身の体、もとい、"背中"に起きた異変に気付いた狗太。彼の背中からはみ出る『兎の耳』を呆れ顔で見詰め、盛大にため息を吐いた。
「………美兎、そんなところで何してんスか」
「だ、だって、いきなり怒鳴られたんだもん………ボク、大きい音苦手なのに………」
狗太の背中から美兎と呼ばれた者の小さな声が発せられた。
か細い声とはみ出す耳の位置と、先程の達哉と桜のふざけを真に受ける一面を見る限り、声の主は桜とそう変わらぬ少女のであることが分かる。
「………そんなことで怖がってたら、また"あの人達"に弱虫ってからかわれるっスよ? それでもいいんスか?」
「うぅ………分かった、分かったってば、我慢するよぉ………」
心底嫌らしげに隠れていた姿を現す少女。酷くこちらを警戒しているが、その服装は極めて明るく、他者に好感を持たせるものであった。
その手が半分隠れるほどゆったりとした水色のフード付きパーカーにミニジーンズとカラータイツを合わせたガーリーな装い。
傍らにいる狗太といい、獣神というものはカジュアルな服装を好むのだろうか。
その中でも特に達哉の目を引くのが、頭からひょこっと飛び出している"兎耳"の存在。
自身の真っ白な髪に退けを取らないほど白く、ふわふわとした耳が愛らしく揺れていた。
まるで睨み殺すかのような達哉の観察眼に気付くいた美兎は、酷く怯えた表情を見せ、隠れるようにフードを深く被ってしまう。全体的にびくびくとしているせいか、狗太と比べて迫力に欠けて見える。
「っとと、何連れにガンくれてんスか、アンタの相手はこっちっスよ?」
美兎を守る番犬の如く立ち塞がった狗太は、鋭く好戦的に、達哉を睨み付けた。
「………っし、そういうことっスから、さっき話した通り………美兎、桜は任せたっスよ」
「………うぅ、やっぱり気が進まないなぁ………だいすーーーーこほんっ、大事な妹と戦うなんて………」
美兎を庇うその素早さに、若干の疑問を覚えたが、すぐに切り替え狗太に意識を集中させる。
ここからの油断は命取り、一秒たりとも気を抜くことはできないだろう。
「いきましょう、ご主人。もう後戻りは出来ませんよ!」
………ようやく、ようやく始まる。
この五日間、ずっとこの日のために過ごしてきた。
目の前に立つ敵、"好敵手"をこの手で倒す。
考えるだけでふつふつと沸き出す"興奮"を、もはや抑えることは出来なかった。
「ああ、分かってる………むしろ俺はこの時をずっと待ってたんだ」
お返しだ、と言わんばかりに鋭く睨み返した達哉の口元は、これまでにない程嬉々として、"笑み"を讃えていた。
「ーーーこいつをぶっ倒す、この時を」
次回予告
とうとう激突するアニマを持つ者達、混戦を帯びることを約束された彼等の戦いは、思わぬ形へと動くこととなる………




