Episode-10.不撓不屈の精神力
※気に入らなかった文を修正しました
突然森に吹いた一陣の風、それはまるでこれから起こることを表しているかの如く、不思議で不穏な風であった。
その風を一身に受け、思わず身震いをしてしまう。らしくない、と自分で自分を嘲笑するが、やはり眼前の敵に対しての"恐怖心"が無くなることはなかった。
「いや~、それにしても流石我が妹と言うべきか、マジで予想外っス。まさか仲間を作ってるとは思ってもみなかったっスよ~」
桜の兄妹分であるという敵、犬の獣神『狗太』。
宝石のように澄んだ黄金色の瞳で、ヘラヘラ笑いながら明るい声を響かせる。
山吹色の尻尾がゆらゆらと揺れ動き、彼の底の感情を露にしていた。
「それに、それがあの人の甥だなんて………獣神何が起こるか分からないっスねぇ、やっぱ」
「………何の用ですか、何もないのであればお帰り下さい。でなければ切りますよ」
敵対視を余すことなく組み込んだ彼女の素っ気ない態度と視線に、狗太はぶすっと唇を尖らせた。
「ちょ、なんスかいきなり、酷いっスよ!………あの頃は慕いに慕ってくれていたってのに………」
やはり達哉より多くの時間を過ごしただけはあるのか、全体的にぎこちなくとも仲の良さが垣間見えるような、正に"兄妹"といった関係がそこにある。
そんな関係を見れば見るほど、胸の奥底に救う濃霧のような何かに襲われ、達也の冷静さをじわじわと犯していった。
「………全く、相変わらず頑固というか………真面目っスねぇ」
「貴方がおちゃらけ過ぎているだけです」
「うっう、お兄ちゃん悲しいっス………」
「………おい、いいんかげんにしろよ。こいつの言う通り、俺達は暇じゃないんだ。お前が何をしに来たか知らねぇが、敵対していることぐらいは知ってて来たんだろ?」
愛刀の『龍聖』を力強く握り締め、沸き上がった感情を押し潰すかのようにぶっきらぼうに言い放つ。
すると当の狗太は、ぽりぽりと頭の後ろを掻き、困ったように苦笑いを浮かべた。
「な、なんで怒ってらっしゃるんスかねぇ………オレはただ再会を楽しんでいただけなのに………」
「………別に怒ってなんかねぇ、斬られたくなければ帰れと言っただけだ」
図星による動揺をひた隠し、ポーカーフェイスに努める達哉。二人の警戒心丸出しの態度に、狗太はつまらなさそうにため息を吐いた。
「ふぅん? 本当にそうなんすかねぇ………あんたみたいなタイプは、本心を簡単に隠しちゃうからねぇ………」
「余計な詮索は控えてもらいたいもんだな、この世界の面倒くさいところには、プライバシーって言葉があるんだよ」
「それって、つまりーーーーまぁ、いいや。それより、聞き捨てならない言葉があったんで言わせてもらうっスよ」
その言葉と共に、狗太は達哉を鋭く睨み付ける。桜とはまた違う凄みを持ったそれは、警戒していた二人を硬直させるには充分過ぎるものだった。
たった一瞬の硬直状態、戦場ではその"一瞬"さえもが命取りになってしまう。
「………があぁぁあっ!!」
「っ!?………ご主人っ!!」
突如左胸に走ったえも言われぬ衝撃、それと同時に全身を襲う神経が焼き切られるような鋭い痛みに、達哉は悲痛な叫び声を上げ膝から崩れ落ちた。
強制的に跪かされた達哉に大急ぎで駆け寄る桜。体を支配する激痛に喋る余裕も無くしたのか、ただただ肩を使った荒い呼吸を繰り返している。
「………あんたは斬るって言ったけど、あんたごときに切られるほど、オレは弱くないんスよ。まぁどちらにせよ、今の"麻痺弾"で身体の自由は奪わせてもらったっス」
達哉は体に走る激痛を堪えつつ、止血のため銃弾を撃ち込まれた箇所を強く押さえつける。
しかし血が流れているような形跡は無く、それどころか撃たれた痕跡すらも残されていなかった。
「………ぐっ、な、何なんだこれはっ………一体、どうなってやがる………」
理屈が通らずパニック状態に陥ってしまうが、その間も休むことなく激痛が自身の体を襲い続ける。
痛みによって震える彼の体はたった一発の弾で満身創痍、いつ気絶しても可笑しくない、そんな状態。
達哉の体が地に付かないように支えつつ、ぎりっと歯を噛み締めた桜は、怒りに満ち溢れた強い眼差しを狗太に向けた。
「………何のつもりですか、獣神の筈であろう貴方が"不意打ち"?それに、麻痺の強さを"最凶クラス"まで引き上げるなんて………そこまでして私たちを潰したいんですかっ!?」
狗太は達哉を撃ち抜いた武器『銃』をくるくると弄びながら、ケタケタと不気味に笑い出す。
「不意打ち?………ふははっ、なーんか勘違いしてるみたいっスねぇ。オレはただ『構えて撃った』だけ、そっちが反応出来なかっただけじゃないっスか?」
桜は変わらず狗太を睨み付けるが、彼の言葉に偽りが無いことは彼女自身が痛いほど理解していた。
予備動作、射撃精度、どれを取っても"以前"の彼とは比べ物にならない。
狗太にとっての『通常』攻撃、しかし達也と桜にとっては『不意を突いた』攻撃だと錯覚してしまう程、恐ろしく速い射撃。
「………それと、オレは別に"潰したい"訳では無いっス。これは"警告"。そいつがさっき言った通り、お前達が敵対しようとしているのは分かってたっスからね」
威嚇体制を崩すことなく、じっと狗太を睨み付ける桜。しかし、当の本人は何処吹く風、全く意に介さず話を続けていく。
「オレらの作戦を知っているなら尚更、もう首を突っ込まない方が身のためっスよ。特にアンタ、他人の兄妹喧嘩に手を貸して、一体何になるんスか?」
「………っ………」
達哉の体がびくりと震え、狗太の言葉に反応を見せた。
彼がこのタイミングで反応するとは微塵も考えていなかった桜。余りのショックに落胆し、顔に悲しみを湛えながら俯いてしまう。
「………そ、そんな………ご主人っ………」
「………これで分かった筈っス。人間は他者の想い、希望、信頼を簡単に裏ぎる醜い存在。"あの人"のように何でもかんでも置き去りにしてしまうーーーーそんなこいつらを滅ぼそうとするオレ達、それは果たして"悪"なんスかねぇ?」
桜は拳を固く握りしめ、小さく震え始めた。涙を堪えているのか、呼吸は段々と乱れ出し規則性を無くしていく。
「………今ならまだ間に合うっスよ。オレがあの人達に掛け合えば、またあの頃に戻ることができる、だから………ね?」
狗太は優しく慰めるように問い掛けると、彼女に向かって一歩、また一歩と歩み寄っていく。動く気力を一瞬で刈り取られた桜は、抵抗する素振りは見せずただただ俯くばかりであった。
「………んな………」
狗太の足が止まる。獣神の彼でさえも一部分しか聞き取れないほど、酷く小さな呟き。
それは痛みに踞る達哉から発せられた物だった。桜も俯いた顔を上げ、濡れた瞳で彼を見詰めている。
「………ふざけんな………勝手に現れといて………好き勝手なことばっか、言いやがって………」
麻痺で動かない筈の体をふらふらと立ち上がらせ、狗太を鋭く睨み付ける達哉。まだ呼吸も荒く、その佇まいも何処か覚束ない。
しかし、その姿は弱々しくながらも力強さを感じさせるような、凛とした姿だった。
「………色々言いてぇが、これだけは言っておくぞ、犬………こいつは………桜は、『他人』じゃねぇ………『家族』だ。桜を捨てたテメェらが、今更どうこう言ってくんじゃねぇよ!!」
「………ご主人っ………」
思いの丈を叫び終え、限界を迎えた達哉の体は糸の切れた人形のように崩れ落ちていく。
彼の体が地に付く前に受け止めた桜は、その体を優しく抱き締める。堪えていた涙はとうとう溢れ出し、彼女の頬を伝っていった。
「………流石は、私のご主人ですっ………!」
「………ははっ、何で泣いてんだよ………ったく、桜は泣き虫、だな………」
「ひっぐ………ご主人のせいなんですからっ………責任は取って貰いますからねっ」
今ここに居るきょうだいにも退けを取らない、達哉と桜の仲睦まじい姿。それを見ていた当の"きょうだい"、狗太は虚を突かれたかのように目を見開き、震える声で呟いた。
「………オレの"麻痺弾"を、"気合い"だけで乗り越えたんスか………?ば、馬鹿な、そんなことあり得る訳が………」
「………現に………あり得てるんだよ、残念だったな………"犬っころ"」
麻痺の効果が今現れたのか、声は震え、体は桜の支えが無ければ座った状態すら維持できない程衰弱している。
しかれども、彼が十六年かけて積み上げてきた専売特許、『不撓不屈の精神力』は劣ることなく彼の中に存在し、鋭い殺気と闘志を狗太に送り続けていた。
「っ!!………ははっ、おもしれぇ。やっぱ"偵察"役も捨てたもんじゃ無いっスねぇ~」
初対面事のようにケラケラと笑いこける狗太だが、その額には青い筋が浮かんでいる。達哉の挑発は少なからず効いているようであった。
「………偵察………なるほど、本当の目的はそっちでしたか。あれが偵察とは言い難いですけど」
「こそこそ隠れるのは嫌いなんスよ。桜なら良く知ってるっスよね?」
「………それはもう、痛いほど」
ウインクして眩しい笑顔を浮かべる狗太に対し、苦虫を噛み潰したかのように顔をしかめる桜。
一体過去にどんな仕打ちを受けたのだろうか、達哉は人知れぬ、もとい"獣神"知れぬ内に興味を抱いたが、今現在聞き出せる内容と状況では無いことは明らかだった。
「………偵察、なんだろ、用はもう済んだ筈だ。さっさと帰れ」
逆上させぬようにと慎重に、かつ強気に言葉を選び最善の形へと誘導していく。
その巧みな技術の甲斐もあり、狗太は降参といったように両手を掲げると、さも嬉しそうに笑顔を浮かべた。
「今回はそうさせてもらうっスよ。今アンタと戦っても張り合い無いし、もう少し待った方が"面白そう"っスからね」
もの問いたげに視線を送る二人に、掲げていた手をビシッと突き付ける狗太。期待に目を輝かせ純粋無垢に笑う彼は、まさに"犬"そのものであった。
「人間共が浮かれるGW、その最終日に決着を付けに来てやるっス。だから精々、オレを楽しませられる位にはなっておくんスよ!」
「………狗太兄も、相変わらず………」
決め台詞を放ち、得意気にドヤ顔を披露する犬。昔から変わらぬ『アホの子』加減に溜め息をつく桜がいる一方、達哉は意外にも好感を感じていた。
それは今までのように直感的なものであり、これといった決定的な理由は出てこない。
ただ彼の中には『対抗心』のみが渦巻き、彼の体を無意識に疼かせていた。
「………上等だ。自分の牙へし折られる覚悟………固めとけよ」
「生憎と、簡単に折られる牙は持ち合わせて無いんスよ。覚悟固める必要、あるんスか?」
互いに売り言葉と買い言葉を返し、不適に笑みを交わす達哉と狗太。
それと同時に、自分を差し置いて進む状況に、困惑を隠せずにいる桜。二人の顔を交互に見詰め自分の存在を訴えかけ続けるも、彼女の『空気化』が解除されることは無かった。
「………それじゃっ、また会う日まで………」
そう言い残し、また恭しく頭を垂れた狗太は、獣神さながらの数メートルに及ぶ超跳躍を見せ付けると、木の枝を転々と跳び移りながら森の影に消えていった。
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あれからかれこれ十分後、漸く去った一難に、大きな溜め息を吐く達哉。楽になってきた体をゆっくりと起こし、隣でがっくりと項垂れる桜の頭を、いまだ痺れる手で優しく撫でる。
「………悪い、お前を空気化させてたわ」
「悪い、じゃないですよぉ!一瞬自分の存在を疑っちゃったじゃないですかぁ!!」
撫でられて耳を嬉しそうに揺らす反面、空気の恐怖に堪えられなかったのか、目には涙を浮かべている。
「悪かった悪かった、だからすぐ泣くなってば………」
彼女愛着のニット帽の上からよしよしと慰めるように撫でる。
息詰まりながらもごろごろと喉を鳴らす桜。そんな彼女を見ていると、自然と笑みが溢れ、暖かく何とも言えない気持ちに満たされていく。
「ははっ、ホントすぐ泣くな桜は。………初対面のときの図々しさは何処に行ったのか………」
「だからご主人のせいなんですってばっ!いい加減自重して下さい!!」
腕を上下動させて暴れるも、頭に乗った達哉の手を退けるつもりは無いようで、その場でバタバタと手を振るだけであった。
「悪い悪い、でもあの時はその場の流れってもんがあっただろ。それを抗っちゃいけないんだ」
「ふん、そんな言い訳をするならこっちにも考えがありますよ」
ぷくっと頬を膨らませた桜は、首をかしげる達哉に飛び付き、彼の体を力一杯抱き締めた。
突然の奇行に呆然とする達哉は、困惑を払いきれぬまま彼女に問い掛けた。
「………一体お前は何をしているんだ?」
「先程の勝負、その時に『GW中何でも言うことを聞く』という"賭け"をしていたよね?あの勝負は私が勝ったので、私はご主人を好きに出来るって訳です」
桜は悪戯っ子のように目を細め、ちろりと小さく舌を出す。
その妖艶な彼女に対してか、はたまたこれから起こることに対してか、達哉の顔から数滴の冷や汗が流れ落ちる。
「………あん時は邪魔が入ったしフェアじゃないから無効にした方が」
「狗太兄が来た時にはもう勝敗が決していました。その時点で賭けは成立しています」
「ぐぅっ………無効にしないとお前の嫌いな"トマト"を夕食に」
「その時はご主人の嫌いな"ナス"も一緒に出しましょう」
「なっ!?………っ」
様々な口実を駆使して逃げようとするも、相手の方が一枚、否、二枚も三枚も上手であり、すぐに一蹴され追い込まれてしまう。
数分ほど唸りながら考えるも、達哉の心身は既に疲労困憊、集中力は散漫し彼に正常な判断をさせなかった。
お手上げと言うように溜め息をついた達哉は、人生でそうそう無いであろう"三度目"の降参を渋々と口に出した。
「………分かった分かった、俺の負けだ。GW中だけだからな?」
後ろ髪を掻きながらそっぽを向く達哉を、キラキラとした瞳で見詰める桜。嬉々として猫撫で声を発しながら、自身の頬を彼に擦り付けた。
「やった、やった! ありがとうございます、ご主人っ!!」
予想を遥かに越えた反応に、赤面と動揺を露にする達哉。頬に伝わる柔らかい感触に、彼の理性は徐々に削られていく。
「わ、分かったっ!嬉しいのは分かったから、頬擦りは止めろ!」
「えー、"何でも"って言ったのに………仕方ないですねぇ。じゃあこれで我慢します」
達哉の必死の制止が効果を見せ、不平を漏らすも頬擦り"は"止めた桜。
その代わりと、桜はもう一度達哉を強く抱き締め、まるで心臓の音を聞くかのように、ゆっくりと胸に耳を当てた。
「ご主人の心臓の音、早くて大きくて………なんだか落ち着きます」
「………そうか」
先程の柔らかい余韻を押さえつけるかの如く、口元を覆い隠す達哉。
それは、彼が『本心』を隠す時に無意識に行う、癖の一つであった。
次回予告
GW最終日、宣言通り達哉と桜の前に現れた狗太。しかし、壁はもう一つ二人の前に立ちはだかっていた………




