Episode-9.山吹色の明るい狂犬
※気に入らなかった文を修正しました
見渡す限りの木々、この森は鬱蒼とし過ぎているため、昼間でも薄暗く見る者に陰鬱な印象を持たせている。
そんな森の唯一の光源、それは皮肉にも、その木々達から生まれる木漏れ日だけであった。
ーーーキィン!!
野鳥が囀ずる音を掻き消すように、乾いた金属音が辺りに響き渡る。この場所に余りにも不相応な音の登場に、動物達は驚き、それぞれ思い思いの方向へ逃げ失せていく。
突如として響いた謎の金属音、それは二人の少年少女が原因であった。
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「………はっ、やぁっ!」
「………っ、くっ!」
そこには鋭い刃音を響かせながら切り結ぶ、達也と桜の姿があった。
アニマを持つ者、『獣神』達の驚異から世界を守るため、GWの五日間を使い特訓に勤しんでいる。
今は実際の戦闘を意識し殺陣修行を行っている二人だが、刀を持ち始めてから数日しか経っていない達也と、剣術を獣神達から叩き込まれた桜との力の差は歴然。結果、達也が押される形となっていた。
「………っ、はあっ!」
必死に刀を振るい果敢に攻めていくも、その技術はまだまだ荒削り。その太刀筋は真っ直ぐで力強いが、読まれ易く避け易い。正に"諸刃の剣"といった有り様であった。
桜は達也の一撃の重さに若干手こずりながらも、余裕綽々と彼の攻撃を受け止める。その表情もまだ余裕さが垣間見えていた。
「………ぐっ、くそっ!」
振れども振れども決定打には至らない、その焦燥感は着実に達哉を狂わせていく。
「こうなりゃ………らあぁっ!!」
柄にもなく冷静さを失ってしまった達也は、状況の一掃を試みて全力の凪ぎ払いを繰り出した。
『全力』の言葉に恥じない程の勢いに桜は目を見開くが、所詮は力に任せた単発でしかない、見切るのは造作もないことだろう。
「………ふっ!」
桜は短く息を吐き、渾身の凪ぎ払いを身を屈めて回避した。
「………なっ………!」
てっきり受け止めてやり過ごすと高を括っていた達也は、予想と反した行動にバランスを崩し立ち直りへの動作が一瞬遅れてしまう。
ほんの少しの一瞬、彼女はそれを見逃さなかった。
桜は体を素早く捻り、平衡感覚を失った達也の足へ払いを放つ。
心身ともに不安定となった彼に避けられるはずもなく、身長180を超える巨体の彼の体が、いとも簡単に宙に舞った。
「………ぐあぁっ!」
鈍い音を立てながら、達也の体は地に叩きつけられる。痛々しい悲鳴と共に、肺の中の空気が強制的に吐き出されていく。
「っぅ、っ、はぁ、はぁ………」
痛みにより荒くなる呼吸も省みず、無理矢理立とうとする達也の目の前に桜の愛刀"緋桜"の切っ先が突き付けられた。
視線を上げると、何時にない真剣な表情で見下ろす桜の姿。その緋色の瞳は正しく、『獲物を捉えた獣』のそれであった。
「………まだ続けますか?」
淡々と言い放つ彼女の声を聞きながら、達也は糸の切れた人形のように倒れ込み全体重を地面に預け、心底悔しそうに呟いた。
「………参りました………」
その呟きを聞いた桜はゆっくりと刀を下ろし、先程の真顔とは打って変わった明るい笑みを浮かべる。
そのおかげか、二人が生み出した殺陣の威圧感はへ消え失せ、森林の穏やかかつ静かな雰囲気に戻っていった。
「いやー、流石ですよご主人、たった二日でここまで成長するなんて………正直予想外でした」
「………それ言われると尚更悔しいな………」
弱々しく天を仰ぎ見る達也の横に、桜がひょこっと屈み込んだ。人差し指でつんつんと彼の頬を突っつきながら、慰めるように寄り添ってきた。
「そんなに落ち込まなくても大丈夫ですよ。時間が限られているとは言え、少ないわけではないですし、幸いにもご主人にはセンスがあります。それに、私はご主人の為とあらばどんなことでもしますから!」
「………どんなことでも、か?」
「はい! どんなことでも、です!」
「………そっか、ありがとう………じゃあ早速一つだけ、聞いてくれるか?」
早速達也から頼られた桜は、余りの嬉しさにその頬を緩ませる。自らのご主人に頼られる喜び、それは何物にも代え難い程素晴らしく、日々を生きる燃動力となっていた。
「はい、何なりと!」
満面の笑みで要望を待つ桜。しかし、当の本人は急に顔を赤らめ、そっぽを向いてしまう。
どうしたのだろう、と桜は首を傾げるが、続く言葉が彼女の平常心を一気に持っていくことになった。
「そ、その………あれだ、下着が、見えてるから………隠してくれ」
「………ぇ?」
予想だにしていなかった達哉の指摘に、桜の目から光が消えた。
そう、今の彼女の姿は黒いブレザー服、つまりスカートを着用している。
本来、その下にスパッツ等を穿き、下着を見えないようにするのが一般的なのだが、久し振りの対人特訓に舞い上がったのが仇となり、穿くのを忘れてしまったようだった。
彼女は数秒間固まった後、顔中を真っ赤に染め上げて、森中に響く大きな悲鳴をあげた。
「ふ、ふにゃあああぁっ!!」
自身のスカートを押さえつけながら地面にへたり込む桜。涙を浮かべ羞恥に震える彼女の姿は今の達也に負けない程弱々しく、痛々しかった。
「な、何で見るんですかぁ! ご主人の変態! どスケベ! むっつりスケベぇ!!」
「むっつり!? てか見せてきたのはそっちだろうが! 何で俺のせいになってんだよ!?」
「うるさいです! 早く謝ってください!!」
「聞く気無しっ!?」
ぎゃーぎゃーと二人の言い争う声が木霊する。しかし、その光景は何も知らない第三者から見ても分かる位仲睦まじく、微笑ましいものだった。
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「………おーい、いつまで膨れてるんだー?」
「………」
負のオーラを体中から滲ませ踞る桜。以前にも何度見た光景だが、こちらの方が明らかに酷い状態だ。
一体、彼女はどれだけの地雷を踏んだら気が済むのだろうか。
全て桜のせいという訳ではないが、こういったトラブルの殆どは本人が自滅しているケースばかり。少しは自重してほしい、達也は内心不満げに思っていた。
だからこそ、やる気と教訓を生み出すためにも『発破』は必要なのだ。
「………ったく、これじゃあどっちが師匠か分かんねぇな」
達也の呟きにぴくっと体を揺らす桜。やはりこの手の挑発には弱いようである。
「身体能力やら頭の回転やらは立派だけど、精神面は人間の俺に劣ってるわけだ。少し残念だけど、今のお前なら俺でも勝てそうだ、な」
とどめの一押しはさりげなく悲しみを含ませ吐き捨てる。これで作戦の準備は整った、後は………
「………もん」
小さく響く桜の呟き。心なしか、先程までの負のオーラが弱まり、いつもの彼女らしくなってきている。
「どうしたんだ、言いたいことがあんのか?」
「………わ……の……強…もん」
段々と彼女の声量が増えていき、それに反比例して負のオーラが順調に減り始めた。
全てが思惑通りに進んでいることに快感を覚えながらも、表情には出さずに桜の答えを待つ。
彼女はスッと立ち上がり、まだ涙の残る瞳で達也を鋭く睨み付けると、あらん限りの大声で彼を怒鳴り付けた。
「………絶対、私の方が強いもんっ!!」
桜は尻尾を逆立て、フーッ、と精一杯の威嚇を見せている。
この状況、端から見れば『失敗』と思われる場合もあるが、結果、彼の作戦は『大成功』。先日のように恥ずかしい提案を出させずに、桜のやる気をだけを出させる、彼女の性格上不可能とも思えた難儀を成し遂げたのだ。
恐らくこの後は、どちらが上かを決める戦闘を強要されるだろう。先程の敗北の余韻を捨て切れない達也にとって、文字通り一石二鳥の作戦なのである。
「ほぅ、絶対、か………ならもう一戦やってみるか。その自信、俺に見せてくれよ」
自身の愛刀、龍聖を門から呼び出しながら、達也は不敵に笑う。
今なら師匠に一泡吹かせられる、期待と興奮が体中を駆け巡り、自然と彼に刀を構えさせていた。
「さあ、再戦だ、先程のようにはいかねぇぞ」
半身に構え、切り出すための準備を万端にさせる達也。
一方桜は、突然ハッとした顔つきになったかと思うと、項垂れてその場に立ち尽くし動かなくなってしまった。
「………おいおい、さっきの威勢はどうしたんだ、もしや降さ………」
「いいえ、降参なんてしませんよ。ただ、普通に切り合うだけじゃつまらない、と思いまして」
今までとは打って変わり、冷静に淡々とそう告げた桜。
そんな彼女を、何があった、と言いたげに眉をひそめて見詰めるが、桜は意に介すことなく話を続ける。
「この勝負に勝った方が、このGW中負けた方を好きにできる、この条件で勝負なんてどうですか?」
「………なるほど、『賭け』、か………よし、乗った。それでやってやる」
なんの違和感も持たずにしてしまった同意と共に、桜は刀を構えた。
『緋桜流"神速"の型・脇溝』、現代に伝わる構えを参考に、彼女が編み出した自己流の構えである。
桜曰く、対峙する相手や能力、自分のコンディション等によって『型』を使い分けながら戦うらしい。
今現在のこの構えは"神速"の名の通り、動き出しの速さで相手を翻弄する型。言わば、相手に反応させない初速を出す為に考えられた型、である。
「では、始めましょう………」
桜の静かな宣言と同時に、両者の集中力は極限まで高められた。
嵐の前の静けさと比喩したくなるような静寂と、射すような威圧感とが辺り一面を支配し、近寄る者に危険を知らせていた。
「ああ、目にもの見せてやる」
達也は力強く言い放つと、切り掛かる為の一歩目を踏み出した………その時。
「………っ!?」
達也は息を呑み戦慄する、それもその筈、先程まで目の前にいた桜はーーー
「………い、居ない!?」
ーーー"消え"失せていのだから
「………っ、がはぁっ!!」
突如として腹部に走る衝撃に、達也の体は為す術もなく吹き飛ばされてしまう。
数メートル程地面を転がされた後、漸く止まる事ができた。体に残った痛みを堪え、立ち上がろうとする達哉に、ある"モノ"が向けられる。
それは彼を起こそうとする暖かい手ーーーーなどではなく、冷たく光る刀の切っ先だった。
「………王手です、ご主人」
自身が持つ刀のように冷たく、妖艶な笑みを浮かべる桜。達也はそんな彼女を呆然と見つめ返すことしか出来なかった。
目で視認する事が許されない程の、速さ。
達也の実力では一矢報いる事さえも出来ない現実に、彼の口角は自然と上がっていった。
「………はははっ、おいおい………とんでもない世界に惹き込まれちまったな、俺は………」
そこには怒りや悲しみやらの負の念など一切無い、あるのは純粋な『尊敬』の念だけであった。
この偉大な"師"を越える日に期待を寄せながら、達也は屈辱の"二度目の降参"を宣言するために重い口を開いた。
………………刹那、
「なーんか面白そうなことしてるっスねぇ~、良いなぁ、オレも混ぜて下さいよ!」
突如として響き渡る陽気な声。驚いて上を見上げた二人の眼前には、予想だにしていなかった驚愕の光景が広がっていた。
そこには、ケラケラと笑いながら大木の枝に腰掛ける、一人の青年の姿。
ファー付き黒ジャンパーとジーンズといった、やけにカジュアルな装いのその青年。
眩しい程色鮮やかな山吹色の頭には、ゆったりと垂れた獣耳、腰には尻尾がゆらゆら揺れる尻尾と、『ただの人間では無い』ことが一目瞭然の装備を身に付けていた。
「………な、なんだあいつは、獣神、なのか………?」
立ち上がった達也は心底訝しげに青年を見詰める。
年は達哉とそう変わらないようだが、アニマに目覚めて日が浅い達哉でも、彼が"只者ではない"ことは感じ取れていた。
「………そ、そんな………何故、何故貴方がここに………」
震えるか細い声で呟く桜。その顔色は不自然なほど青ざめ、呼吸かどんどん荒くなっていく。どうやら彼女は驚きの域を通り越し、"恐怖"を感じてしまっているようである。
何時もの桜らしくない、その言葉だけでは片付けられない程、普段の桜とはかけ離れていた。
「桜、一旦落ち着け、深呼吸だ」
彼女の肩を支えるようにして持ち、少しでも安心を、と優しく語りかける。
達哉の言う通りに、深く吸って吐くを数回繰り返す桜。幾分か落ち着いたのか顔色も回復し、呼吸も正常値を取り戻した。
「………お前がここまで取り乱すとなると………やっぱりそうか」
自分の悪運の強さ、それらを瞬時に理解できてしまう勘の良さ、自分の持つ不自然なまでの力に嫌気を感じながら、諸悪の根元を忌々しげに睨み付ける。
桜は達哉の言わんとすることを察すると、小さく頷き同意を示した。
「………はい、その通りです。彼は私を含めた獣神八人の一人………"犬"から生み出された獣神、狗太です………」
桜が狗太と呼んだ青年は手をふるふると振った後、枝から飛び下り獣の如く華麗な着地を披露した。
「我が"妹"の紹介通りっス、以後お見知りおきを」
まるで主人に使える従順な執事のように、恭しく頭を垂れる狗太。しかし、その態度とは裏腹に彼の態度は何処かわざとらしく、二人を嘲笑しているようにも見える。
狗太の行動に心底腹立ちを覚えた達也だったが、それを晴らすために動き出すことは出来なかった。
彼の纏う雰囲気、それは迂闊に踏み出せないほどーーー
「………素人目でも分かるってのはこういうことを言うのか………ったく、勉強になるぜ、ホント………」
恐ろしく、強大であった。
次回予告
突如として二人の前に現れた獣神狗太、彼の目的とは………一体?




