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第二幕 アブノーマルシュチエーション編

 少し話を聞いてはくれないだろうか? 別に時間は取らせない。 掻い摘んで言うと、前回の話の続きだ。 俺はあの風俗店で起きた出来事の全てを忘れ去りたくて、次の日にあの風俗店に行ったのだ。 え? 意味がわからないって? 確かに言ってる事は支離滅裂だ。 だがそれほどまでに俺の精神的ダメージは大きかった、ということだ。 そしてそれを癒すには風俗に行くしか方法が無かった、ということを理解してもらいたい。 俺には癒しが必要だった。 風俗はイヤラシイことをする場所だと思われがちだが、決してそうではない。 癒らしいことをする場所なのだ。 

癒す、らしいのだ。 そんな癒す、らしい効果があるという風俗に行くのは人として当たり前のことだ。 人は誰しも、心の何処かで風俗という名の癒しを求めて彷徨い歩く旅人なのだ。 俺は無心で繁華街を彷徨い、ある風俗店に入店した。 心ここにあらず、そんな状態で入店した俺に判断がつく訳もなかった。 

入口が薄暗い階段を下っていく先にある、というざっくりとした共通点を持つ風俗店の店舗の違いを見分けられるはずもなかったのだ! そう、まさかそれが例の風俗店だったとしても!


「いらっしゃいませ。クラブ下位部‘(カイヴン)にようこそ」


 黒服の男に歓迎されると俺はその男が提案した三種類のコースの中から、アブノーマルシチュエーションを選択していた。 この時の俺は忘れていた。 昨日の出来事で負った心の傷があまりにも深かったためだ。 心ここにあらず、廃人のようにネオン街を彷徨った末に俺がたどり着いた先…… ここがあの汚いオッサンに相手をされた場所と同じ場所だったということに、俺はアブノーマルシュチエーションの 「ヤベェ部屋(べや)」で汚ッサンと再び邂逅(かいこう)するまで全く気付けなかったのだ!


「また?またなの?な?たまたま?」

「それはこっちのセリフだ。 何でまたお前なんだよ」

(おんな)()軟男(なんお)!」


 相変わらす得体のしれない白い液体、固形物を身にまとった汚くて臭いオッサン(以下、汚ッサン)が鎮座していた。 だが前に会った時とは少し違う感じがした。 顔全体が赤らんでいたのだ。 恋をする乙女のようにこちらを見つめていた。


「つ…()つ……」

「なんだよ急に…どっか痛むのか汚ッサン?」

()なのな、()

「痔かよ…」


 汚ッサンは痔であった。 恋わずらいかと思っていたが、それは痔わずらいだった。

「アナル…… (いま)、デロデロでまいるなぁ」と、汚ッサンは呟いた。 汚ッサンのアナルの状態なんぞどうでもよかった。 この男は仮にも風俗嬢として働いているわけだ。 まぁ『嬢』というのは違うか。 コイツは男だから。 今ほど嬢という字が男偏でないことを悔やんだことはない。

 そんなことはどうでもいい。 ただ俺が言いたいのは男が男を風俗で相手にする、ということはそういうことだということだ。 

この汚ッサンがどうして風俗で働いているかは知らない。 やりたくて風俗の世界に入る人間はほとんどいないだろう。 たいていは金に困っているからやるのだ。 借金があるのか、もしくは浪費癖があるのか。 もしかすると汚ッサンには、どうしてもお金が必要で、やむを得ない事情があるのかもしれない。 そこにはシリアスな人間ドラマがあるのかもしれない。 だがそれが何だと言う? 俺にはどうでもいいことだ。 それによってこの男のシリとアス…… 日本語で言うケツと英語で言うケツの穴がどんな悲惨な状態になっていようが俺には関係のないことだ。 コイツの顔が少し赤いのは、デロデロ状態のケツの穴から菌が入ったのか、性病にかかったか何かなのだろう。 どちらにせよ近づかず、かつ迅速にこの場を立ち去るのがベストな選択だ。


「うう… (あたま)がまたァ…うう……」

「どうしたんだよ、今日のオッサン大丈夫か?」

今朝(けさ)(さけ)……」


 どうやら汚ッサンは酒に酔っているようだ。 顔が赤いのは朝から酒を飲んでいたせいなのか? どうやら接客をする人間として、この男は最低なようだ。 酒を飲んで会社に出勤する常識外れの最低な人間だったようだ。


「ウコンな軟膏(なんこう)……」

「え、軟膏? 」


 汚ッサンが変なことを言い出したかと思うと次の瞬間、自分の体に塗ったくっている得体のしれない白い粘液を自らの口へと運びはじめた。 ウコンとは酒を飲むときに飲んでおけば、翌日に二日酔いになりにくくなるという『ウコンドリンク』のことだろうか? だがそれよりも気になったのは『軟膏』という言葉のほうだった。

 もし、汚ッサンの体を覆う得体の知れない白い物体の中に軟膏が含まれているとするならば、軟男という源氏名は軟骨(なんこつ)男、ではなく軟膏(なんこう)男の略なのかもしれないからだ。 そんな憶測が俺の頭の中を飛び交うなか、汚ッサンが次の言葉を放つ。


「ぼらぎラボ……」

「え? その軟膏ってボラギノール? オッサンの身体ってボラギノール工場なの?」


 ボラギノールとは痔に使われる軟膏薬である。 イチジクカンチョウに軟膏が詰められており、それをケツの穴に挿入し、人差し指と親指で万力のようにゆっくりと締め上げると、中の軟膏が肛門に注入される。 その軟膏の色は白く、挿した後に少しでも力んでしまうと白い軟膏がケツの穴から溢れ出て、何かを喪失した気分にさせる魔の薬である。

 俺はボラギノールを何度か挿したことがある。 むしろ肛門科の診察をうけたこともある。 看護婦に体温計を渡され、「熱を測ってください」と言われて「肛門に挿して測るんですか?」と言ったら、真顔で「違います、普通に脇で測って下さい」と言い返されて恥をかいた経験まであるのだ。 そういえば風俗と肛門科の診察はどこか似ている。


①受付を済ませたら待合室で待つ

②番号を呼ばれたら個室に入る

③服を脱いでベットで横になる

④体を拭かれる

⑤どこを触ると感じるのかを聞かれる


 ほとんどやる内容は同じである。 違いがあるとすれば肛門に指を入れられるか、舌を入れられるかの違いだけだ。 ボラギノールに少し過剰反応してしまった。 

まぁ、俺には汚ッサンの痛みが少しは理解できるということだ。


「ウコンな軟膏(なんこう)……」

「それはウコンの代わりにはならねぇよ。 むしろウ○コの軟膏だから痔の方に使えよ」


 俺の言葉に少し拗ね、そっぽを向いた汚ッサンだったが、すぐに振り向きざまの悩殺ウィンクをキメて俺に性交渉を持ちかけてきた。


「ね?しよっか?ッ()し! ね?」

「急に元気に〝しよっか?〟じゃねぇよ。 しねぇよ。 というかオッサン死ねぇよ」

(よる)、ヘリでデリへるよ?」

「デリへらなくていいよ。 しかも夜にヘリで来るなよ、騒音被害が計り知れないから。 それにお前が来た時点で即刻チェンジだよ……」

()ぶよ? デリヘル、ヘリで()ぶよ!」

「しつこいぞ! 呼ぶな! そしてなんでヘリに執着してんだよ? そのデリヘル、交通費だけで馬鹿にならないだろ!」


 それから暫らく汚ッサンの猛アピールが続いた。 汚ッサンが話す言葉は古臭く、世代間相違(ジェネレーションギャップ)を感じずにはいられなかった。


(エー)までならな! でまーえ!」

「Aとか古いよオッサン、そして出前に来なくていいよ…… デリへらなくていいよ」

(ビー)、 くちで、チクービ……」

「だから古いよ。 そして口で乳首とか何気なく所望するなよ」

「では~おくちぃ ビィチクを~()で」

「所望してんじゃねぇよ。 つーか前回その回文は言っただろ? 使いまわしてんじゃねぇ」

「もー! して(シー)も!」

「いやだ! アナルがデロデロのお前とCしたら何かに感染するだろうが!」


 俺は汚ッサンの誘いを断り続けた。 俺が誘いに乗らないものだから汚ッサンは不満げだった。 だがしばらくすると、汚ッサンは得意げな表情を浮かべてこう言った。


「もー! で、自慰(じい)…… (よる)素手(すで)でするよ? 意地(いじ)でーも!」


 ドヤ顔である。 満面のドヤ顔、してやったり感満載で言ってきた。 うるせぇよ余計なお世話だ。 仮にしたとしても! カリにしたとしても! やかましいわ!

 思わず自分自身にツッコミを入れてしまった。 

自分自身にツッコムとはまた語弊があるが勘違いしないで欲しい。 確かに俺はアナル処女をボラギノールに奪われ、肛門科の先生にも掘られた経歴があるが、何も目覚めてはいない。 自慰をするさいにアナルを弄る、といった性癖は無い。 だがこのままこの場に留まれば、目覚めさせられてしまうかもしれない。 しかも汚いオッサンに。 

それだけは絶対に避けなければならない。 俺のアナルが危機に瀕している。 アナル危機だ。 ヒトラーが予見したチンポの形をした核ミサイルが俺の発展途上アナルにぶち込まれようとしている。 おのれ性の先進国家め…… だが俺の国の憲法には性戦争の放棄が書かれている。 必然的に取る手段は一つだ。 この危機的状況を脱するのに用いた方法は逃げる、単純だがそれしかない。 俺はみじめに「ヤベェ部屋」から逃げ出した。

 去り際に振り返るとヤベェ部屋のドアを半開きの状態にした汚ッサンが身を乗り出しながら、素のおっさんの声で黒服の店員を呼ぶのが見えた。


「うぃーお客さんお会計ーっす」


 そこは回文じゃねぇのかよ、と俺は心の中でツッコミを入れる。 だがそんなツッコミを入れることよりも、もっと重大なことがあった。


「お会計一万円になります」


 カウンターで黒服の店員が会計を求めたその時、俺の財布の中には一万円が入っていなかったのだ。 ヤバい…… 俺は外交手段を絶たれた。


「お客様、どうかなされましたか?」


 俺は死にもの狂いで何かないかと財布の中身を探った。 すると現金に替わる、あるものを見つけた。 クレジットカードだ。 この店で使えるかどうかはわからない。

だがこのカードが最後の切り札だった。


「な? カードでどーかな?」

「よろしいですよ」


かの有名なアナル危機はこうして避けられたのであった。


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