97:あなたとワルツを
珍しい翠月の夜をほんの二日前に終え、王都イオレの空には鼠が齧ったクッキーのような金色の月が浮かんでいた。
国王の住まう壮麗な王城は、柔らかな月明かりの中、大地に巨大な影を落として佇んでいる。
夜間であっても人けの絶えない建物の中、警備の兵たちや夜番のメイド、夜通し書類仕事に掛かりきる文官たちがちらほらと行き交う屋内を、足音もなく行く一つの人影があった。
赤い髪留めで大雑把に括った長い鳶色の髪、薄闇の中で煌と輝く紫暗の瞳。左耳には艶のない銀色の大きな耳飾りが揺れ、小綺麗に整った女の容貌を控えめに彩っている。
影のように進む女――アリアナを、呼び止める者は誰もいなかった。
すれ違う者は皆、その存在が目に入らないように一切の反応を見せず、各々の仕事をこなしている。
長廊下を抜けて、徐々に人通りの少ない一角へ。ぽつりぽつりと灯る灯りは疎らだが、蝋燭やランプではなく高価な魔術道具の灯火に切り替わっていく。
階段を昇り、吹き抜けになった四角い部屋を横切る細い道を確かな足取りで通過すれば、次は空中回廊が見えてきた。
美しく整えられた広い庭を見下ろしながら、空中回廊を抜けるアリアナの影がゆらりと揺れる。
辿り着いた先には、小さな離宮が存在していた。
今度はわざと足音を立て、門番に守られた扉へと真っ直ぐに進む。
二人並んだ門番は、アリアナの姿に反応する気配を見せない。その間をすり抜けて扉を潜り、アリアナは更に奥の間へ。
溢れるほどの花が飾られた花瓶も、額縁に入れられた絵画も、今は鑑賞する者もなく、ただひたすら沈黙して長い廊下のオブジェと化していた。
猫のような足取りが真っ直ぐそこを通過して、やがて一つの扉の前で立ち止まる。
ノックして、しばし沈黙。許可の声が返ったのを確認してから、ゆっくりと扉を押し開けた。
歩みを再開させながら、アリアナの右手が髪留めに触れた。
かちりと留め金を外し、引き抜く。長く艶のある頭髪がばさりと広がったと同時に、扉を潜り抜けて入室。
背後で静かに扉が閉まる。
そこにいたのはアリアナと名乗った女ではなく、アリアナに瓜二つの面差しをした、しなやかな体躯の青年だった。
薄く唇に笑みを刷いたその青年は、上品な絨毯の敷き詰められた部屋をすたすた無造作に進んでいく。
居心地良く整えられた広い部屋の中には、もう一つの人影があった。
火の消えた暖炉を前にして、夜に溶けてしまいそうな漆黒の少年が、柔らかなソファに埋もれるように本を読んでいた。
フヴィシュナ王弟、ヴィアレンフィル・ロア・フヴィシュナ。
城に住まう者ならば知らぬはずもない幼き貴人は、入ってきた青年をゆるりと見上げる。
少女じみた、可憐で繊細な面差し。左目だけを前髪で隠した儚げな美貌が、おっとりと柔和な笑みを作った。
「おかえり、『アリアス』。首尾はどうだった?」
アリアスと呼ばれた青年は、紫暗の瞳をニヤリと細める。
長い鳶色の髪が流れ落ちるのも構わず主君の前に腰を折り、深々と帰還の礼をした。
「――恙無く」
少年――レンの唇が微かな笑声を零す。
雪華石膏を想わせる白い手が、読みかけの本をぱたりと置いた。
木製らしき栞の隅で、青灰色の小さな宝石がきらりと輝いた。
※※※
アリアナ・イグラ・ニルギリ。ニルギリ家の第二子にして、嫡男アリアスの双子の妹。実家であるニルギリ家を疎んでいるらしく、家に忠実な兄とは折り合いが悪い。また「人形王弟の操り手」などと噂されている兄とは違い、近しく仕える対象は未だ持たない。
――なんて。
そんな人物の存在を『作り上げた』青年は、約半月振りに顔を合わせた主の前に、回収してきた荷物の袋を置いた。
本当のアリアスには、妹なんていない。幼い頃から自分を冷遇し続けてきた実家は反吐が出るほど嫌いだし、いつ切り捨てたって踏み潰したって一向に構わないと思っている。たった八歳の王弟のことは自分の唯一の主と認めているし、そんな主が用意した舞台なら、自分は幾らでも軽やかに踊ってみせるだろう。
赤い髪留めは、性別転換の魔術具である。
二つの名前と性別を使いこなし、時に情報収集に、時に潜入に攪乱にと暗躍する今の生活は、『アリアナ』の姿にほいほい騙される色惚け貴族共を存分に笑えるおまけも手伝って、アリアスにとっては存外やり甲斐のある仕事だった。
ニルギリ家の正真正銘『一粒種』、アリアス・イグラ・ニルギリ。
存在しない妹の名を名乗って赴いた今回の任務の顛末が、夜色の主君の興味を引くものだろうと、彼は確信している。
「あの辺りは、ジドゥリが活発になる季節だったっけ。随分追いかけ回されただろう」
長い睫をふわりと揺らし、レンが夜気のように冷涼な声で言葉を紡いだ。
「簡易の報告文書は届いているよ。おまえは本当に仕事が早いね、アリアス。これでザレフにアドバンテージを取れる」
「お褒めに預かり光栄ですよ、っと。あの国もいい加減煩いですからねぇ」
女に化けていた時は可愛らしさが先立った顔立ちは、今はスポーツの趣味でも持っていそうな好青年のそれに変化している。
快活な笑顔でニッと笑いながら、アリアスは主の御前には相応しくない自身の髪型を整えていった。背中まで届く鳶色の髪を大雑把に首元で結わえ、黒い髪留めでぱちりと留めて完了。
「モノが国から出る前に奪取できて良かったです。商人を使ってこっそり他国に流されようとしてた代物が、途中で別の国の息がかかった野盗に盗まれたって聞いた時は驚いたけど、予定変更してうまいこと潜入に持ち込めたのは幸いでしたね。
ロズティーグからの工作員は二名。両方恙無く始末してブラフの情報を流しておいたんで、しばらくあっちはてんやわんやでしょう」
そのために利用した二人の子供――特にリアという名の少女の方を思い返しながら、アリアスは朗らかに告げていく。
シェパに住まう不可思議な子供たちと偶然出会ったあの時、彼は「届くはずのものが奪われたから取り戻しに来た」と説明した。
けれど実際には「他国に流れるはずだったものを奪いに来た」が正しく、命じられていた仕事は他にも複数あったりする。
野盗の一味を操って例の品物を奪い、シェパに潜伏して『異相世界』に関わる遺跡の調査をしていたのは、ロズティーグという国の工作員だった。
最近、大国ザレフからの独立騒動で騒がしくなっている国だが、その手段にフヴィシュナの遺跡を利用するつもりでいたのは頂けない。
下手に野盗討伐に向かわれて遺跡や工作員のことがバレても面倒なので、上層部からの手回しという形でシェパ警備隊の頭を押さえ、その間にアリアスが遺跡に潜入して目的の物品を手に入れる。
更に遺跡機能の調査から劣化具合の確認、加えてロズティーグの工作員を利用し、ロズティーグ本国の攪乱をすることまで。
一歩間違えれば異相世界に閉じ込められていた可能性もあり、流石に神経を削られたものだ。きっちりやり遂げてきたアリアスの技量は並大抵のものではない。
書類をぱらぱらと捲りながら、レンが小テーブルに頬杖を突いた。
「先にザレフから独立を果たした新ルシャリへの、ザレフの攻撃が激化している。最近、日和見主義でザレフに阿っていたロズティーグの迎合政権が崩壊したことも合わせて、新政権は今が最大のチャンスだと判断したようだね」
「あー、自分以外の的は多い方が良いですからね」
大した感慨もなさげにレンが呟いて、アリアスは苦笑した。
ロズティーグが焦る気持ちは分かるが、フヴィシュナを巻き込んだことは悪手と言って良いだろう。
如何せん凡夫と囁かれる現国王の下には、存外若い曲者たちが虎視眈々と息を潜めているのだ。目の前のレンとてまた紛れもなく、無害な笑顔の下で代替わりの時を待つ、次代の権力者の一人である。
「遺跡のことは、少しでも事を有利に進めたいがためかな。異相世界に繋がる機能を解明して力を得られれば、自国の独立の助けにもなるし、フヴィシュナにも発言力を得ることができるから。
――まあ、我が国がそれに付き合ってやる義理はない。今回は、おいたが過ぎたということだね」
「『アリアナ』のことは工作員二人が報告してたでしょうから、今後ロズティーグとの折衝においてキュートス候は動きにくくなると思います。あの爺さんじゃ役者不足だから、影響力は削いどくに越したことはない」
「例の遺跡が、まだ充分生きているのを確認出来たのも幸いだったよ。異相世界に繋がる重要な機関を他国の人間に押さえられたと知った時はどうしたものかと思ったけれど、纏めて試験起動の糧になってくれたのなら、まあ上等かな」
「丁度良い駒がいましたからねぇ。うまく『種』を仕込めたお陰で、俺の負担が少なくて済みました」
満足げに微笑むレンに、アリアスもにんまりと口角を釣り上げた。
制御室の掌握に使った野盗の一人、サイジェス・ワイマート。あの男には、アリアスが放ったとある能力が仕込まれていた。
彼が『種』と呼ぶ魔力の欠片を左目に植え込み、それを通してサイジェスの視界を共有。『種』は時間と共に根を張り、脳に干渉して簡単な命令や暗示をかけることも可能になる。
アリアスはこの能力を使い、サイジェスの感情を増幅することで操作を容易にしていた。
感情的になればなるほど、冷静な判断力は失われるものだ。『リア』に対する憎悪、仲間に対する不満や憤怒。腹の内に溜め込んでいた負の感情を軽くつついて膨らませてやれば、対照的に削れる理性が、アリアスのかける暗示の後押しをしてくれる。
(ついでに副作用で、怪我や体力の回復促進、身体能力の向上もあったから、あの子――リアちゃんも微妙に違和感覚えてたみたいだけど)
何度もサイジェスと戦っていた彼女だから、勘も手伝って警戒くらいはしていただろう。
とは言え確信にまでは至らなかったようなので、後ろで糸を引くアリアスのことには気付いていなかったはずだ。
あの猪突猛進で闊達な少女は、頭が『良すぎない』ところが愛らしくて良い、とアリアスは思う。
別に愚鈍だと言うのではない。むしろ、知識や考察力は充分に高い方だろう。
ただ、計算高くて利益に敏くて、腹に含むものを山ほど持った人間ばかり(勿論自分自身もそこに含む)相手にしている彼にとって、素直で裏表がなくて察しが良くて賢くて、けれど程々に無邪気で騙されやすくて扱いやすい人間は非常に好感を覚える対象なのだ。
相棒である帽子の少年は疑い深そうだし、人間不信の根が深いようなので、アリアスも言動に注意するに越したことはない。
しかし少女の方はまるで元気な小動物のようで、異相世界に踏み込む、などという異常事態にあってさえ、そのきらきらと真っ直ぐな目の輝きは褪せなくて――
「――レン様」
花のような唇を弓なりに歪め、書類をぱらぱら捲りながら幽艶に微笑んでいるレンを眺めて。
時折己以上に気紛れな主君に向かって、アリアスは何となく疑問を投げかけた。
「見たかったですか? ――『異相世界』」
アリアスの幼い主君は、異相世界に興味を持っている。
彼の書棚には関連書籍が多くあるし――そもそも今回彼がアリアスの派遣を決めたのだって、シェパに異相世界に繋がる遺跡があると判明したからだった。
アリアスの問いに、レンはゆるりと首を傾げてみせた。
漆黒の右目をぱちりと瞬かせ、「ううん」と小さく唸る。
「どうかな。個人的には見てみたいけれど……敢えて今である必要はないとも思っているよ。
未だ道筋は定まっていない。異相世界の現出はとても興味のある事態だったけれど……どうやらあの街は、『彼女』の巣でもあるようだし」
つ、と白い指がテーブルの上の本を撫でた。
木製の薄い栞を挟んだ、開きっ放しの分厚い本。小さな貴石の嵌まった栞を見下ろして、ふふ、とレンが笑声を洩らす。
「『オーリ嬢』、ですか」
「そう、彼女、オーリ……ううん、おまえにはリアと名乗ったのか。オーリに、リア。嗚呼、成程……そういうことか。成程、成程」
くすくす、くすくす。
青灰の瞳の少女の姿を思い描きながら、夜色の少年は美しく笑う。
その表情に、幼子にあるまじき艶が浮かんでいるのを見て、アリアスはひっそりと苦笑した。
夜闇の中に消えてしまいそうなほど幽遠で希薄な印象のあるレンが、実際には存外狡猾で享楽家な面も有すると、傍に仕えるアリアスはよく知っていた。
レンが少女に向ける感情は、かのファルムルカ子爵に向けるそれに似て、しかし明らかに異なる色を添える。
どちらも正確なものではないだろう二つの名前を舌の上で転がしながら、レンは栞の飾り石を指先でそっと撫でた。
「どうだったかい? 彼女。可愛かっただろう」
「あー、そうですね……バカ可愛いってああいうことかと思いました」
ただの馬鹿、でないところが個人的に高ポイントである。
根本的にお人好しではあるが、きちんと自分の実力を――言い換えれば身の程を弁えているところと、愛嬌があるところは大いに評価できる。育ち方によっては化けるだろう。
「あとレン様、リアちゃんが『細かいことに気がつき過ぎる男は気持ち悪い』って言ってたんですけど……」
「些細な言動と体温から月経の周期を推測されて愛用のナプキンを買い揃えられた挙げ句、生理用ショーツの買い換え時期まで把握されてプレゼントされたりしたら、まあ気持ち悪いと思われるんじゃないかな」
「振られる前に教えてくださいよ!?」
思わず叫んだアリアスをさらりと流し、レンは唇に指を当てる。
アリアスの抗議にはまるで興味がないというように、漆黒の目を細めて一人で何度か頷いた。
「凄いなあ、彼女、異相世界の現出を防いだのか……。ねえアリアス、もしもシェパが異相世界に呑み込まれていたなら、彼女はどんな顔をしたのかなあ。おまえも見たかったと思わないかい?」
「あー……俺の仕業だってバレた時点でブチ切れると思いますけど」
わざとらしくがっくりと肩を落とし、アリアスは疲れたように手を振りながらそう答えた。
自分は主ほど彼女に執着していないので、そこまで突っ込んでリアクションを見たいという気にはなれない。
加えて、あの怪力で殴り飛ばされるのも勘弁願いたかった。
生まれ故郷を滅ぼした相手ともなれば、流石の彼女も手加減はしないだろう。
遺跡でサイジェスに食らわせた最後の一撃を見ていたが、あれは相当に強力だった。もしもアリアスの『種』や遺跡機能による強化が無かったら、あの一撃で頭がねじ切れていたとしてもおかしくない。
「ふふ、そう、そうだね。ぼくも、早々に彼女に嫌われてしまうのは嫌だな。
でも、そうか……彼女はシェパにいたんだね。こんなに早く見つかるなんて思っていなかったけれど、やっぱりあの夜の直感は正しかった。彼女もきっと、舞台に上がる資格のある人間だ」
独りごとのように言葉を紡ぎ、しかしここにいない少女に向ける瞳は酷く嬉しそうだった。
誕生日プレゼントを待ち焦がれる子供のような目で笑っていた少年は、小さく栞に唇を落とす。
それからすいとアリアスに視線を向け、澄んだ声で指示を囁いた。
「――【まつろわぬ影の眼】は、今しばらく彼女の手に」
「はい」
迷わず首肯すると、レンはまた嬉しそうにくすくすと笑った。
――主であるレンが去年の末、夜会で出会った不可思議な少女に興味を惹かれていたことは知っていた。
当時、この王都イオレで起きた事件に関わっていた少女の動向を観察しながら、楽しそうに笑い、しかし敢えて素性を探り出そうとはしていなかったことも。
――彼女とは、いずれまた会える気がするんだ。
シェパの街道にて、レンが話していたものとそっくりな特徴を持つ少女に出会い、アリアスが真っ先に連想したのは、レンが告げていたその言葉だった。
貴族子女だと聞いていたのに、庶民そのものの出で立ちで供も付けずに街道にいたから、一瞬思い違いかとも思ったけれど。
常人離れした身体能力と破天荒な言動に、一致すると直感してからは早かった。
シェパを訪れた理由を聞かれ、「諜報で派遣された」と口を滑らせたのは鎌かけだ。
この辺に野盗たちのねぐらがあることは調べがついていた。その奇妙な子供たちが万一敵と繋がっているならもっと情報を聞き出そうとするかも知れないし、或いはただの子供なら、その先二度と関わることもないだろうから問題ない。
野盗が出る街道を小さな子供が二人でうろつき、平然と無事でいる強さに、決して小さくない好奇心が擽られたこともある。
何よりレンが気にするほどの人間であるならば、報告を上げる前にちょっと測ってみたかったのだ。
――【まつろわぬ影の眼】。
先の事件の犯人から発見されなかったその魔術具の、持ち主たるに相応しいのか。
(もう一人の少年――ラト君の方も測ってみたかったんだけどなぁ。あっちはリアちゃんの影に隠れて、ほとんど行動してるとこを見られなかったし)
明らかに戦闘能力の低そうな少年のために、一応の安全策として防御の魔術具――木台の懐中時計を渡してやったが、今となってはあれにも監視の魔術を仕込んでおくんだったと思う。
一定以上大きなダメージを、所有者に代わって吸い取ってくれる懐中時計。
ジドゥリの巣で見つけた振りをして渡したそれは、既存の魔術具の改良品として試用を任されていたものだ。遺跡でオーリが野盗に捕まった時、ラトニが倒れなかったのも、実はあれの効果だったりする。
彼は魔力持ちのようだし、次に会ったらもう少し詳しく探れるだろうか。
尤も、当の少年は少女以外のことにはほとんど興味がなさそうだったから、ろくに挨拶もせずに別れてきた『アリアナ』のことなど、既に記憶の片隅に追いやっているかも知れないが。
「そういや、あの魔術師――ノヴァは、オレの正体にも気付いてたみたいですね。リアちゃんの呼び名は『仔猫』なのに、一応味方ポジションの俺は『親猫』じゃなくて『大猫』だったし。あれ絶対『猫被り』もかけてますよ」
「ああ、聞いているよ。彼女に仕掛けていた盗聴器を壊されて、それから追いにくくなったんだっけ?」
不満そうに耳飾りを弄りながら言うアリアスに、レンが小首を傾げる。
「その男も、ここに連れて来られれば良かったんだけれど。噂の『暴食漢』は、噂に違わず強そうだったかい?」
「ええ、遊びでもやり合ったら、確実にただじゃ済まないと思いますね。あの暴食野郎、俺を『喰う』時には純金のカトラリーを用意してくれるそうですよ」
「へぇ……武器やアクセサリーさえ艶消しのものを使うほど『光り物嫌い』なおまえにかい。疎まれたものだね、性格的には納得できるけれど」
「グサッと来るようなことさらりと言わないでくれませんかね、レン様。
――それより、そろそろこっちを確認してくださいよ。丁度鍵も届いたようですし」
アリアスが、持ってきた荷物袋をぽんと叩いてみせる。
重なるようにノックの音がして、隣の小部屋から背の高い近侍服の男が入室してきた。
レンに向かって一礼した近侍は、手にした小さな木箱を無言で小テーブルの上に置く。
アリアスの手が荷物袋に伸びた。
見つめるレンの前で、彼は幾重にも布にくるまれた包みを取り出し、丁寧に開いていく。
出てきたのは、大きな筒のような物体だった。
遺跡でサイジェスが使っていた、野盗たちによる「盗品」の一つ。ただの武器であるはずのそれを、アリアスの手が慎重に探る。
大筒には、随所に飾りとして溝が彫り込まれていた。
その中の一つに左手の人差し指を当て、右手で木箱の蓋を開ける。入っていた小さな棒のようなものを取り出して、真っ直ぐ溝に差し込んだ。
ぱかり、と。
無機質な大筒の肌に蓋が開き、小さな窪みが顔を出した。
アリアスはそこに、更に荷物袋から取り出した石のようなものを嵌め込む。
ロズティーグの工作員――ストラガの手首から毟り取ってきた、菱形をした銀白色の石だ。
石が嵌まった瞬間、大筒は全身の溝をなぞるように発光し、パキンと四つに割れた。
――そこにあったのは、小さな笛だった。
穴の数も多くはない、手のひらに収まるほどのものだ。レンはそれをそっと持ち上げ、感触を確かめながら満足げに笑う。
「――確かに。さて、どうしようか。これを使ってどう踊ってもらうのが、一番素敵な舞台になるかな」
白い繊手の中でくるくると回る笛は簡素な作りなのに、まるでスポットライトの中で俳優が掲げる鮮やかな花束のようにも見えた。
美しい夜色の少年が描く舞台は、アリアスの目にはまだ、見えない。




