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いつか見る果て  作者: 笠倉とあ
シェパ・野盗と遺跡編
95/176

93:突入

 転移門を潜り抜けたその向こうは、石造りの天井と壁、そして八方を這い回る頑丈な根に囲まれた細い通路だった。


 規則的に、けれどとことん複雑に張り巡らされた水路の道と、制御室とを繋げる通路。

 前回通った時には確かになかったはずの四角い石扉が、今は彼女の目の前で、厳然と制御室への立ち入りを阻んでいる。


 オーリの背後で、空間を繋げる門が音を立てて閉まった。


 渋るラトニを押し切って退路を断つことを選択したのは、他ならぬオーリ自身である。

 開きっ放しの転移門を利用して、制御室に座す『サイジェス』とやらが動力室に何らかの邪魔を送り込んでは、ただでさえ疲労の溜まっているラトニの妨げになる。

 代わりにディスプレイとクチバシを通して逐一様子を把握しているらしいが、失敗してもすぐに撤退できないという状況には、オーリにとってもやはり身の竦むものがあった。


 ――否、と頭を横に振り、彼女は目の前の扉の奥を睨み付けた。


 己の我が儘を通し、他者を巻き込み、この上失敗するわけにはいかないのだ。


 ノヴァという男は、極めて自身の心に忠実な人間である。今は協力関係を約束してはいるが、ひとたび彼女に失望すれば出方を変えてくる可能性は充分にあった。


 更に、彼と共にいるラトニの方は、魔力量にこそ余裕があると言ってはいたが、やはり合流するまでに積み重ねてきた消耗は半端なものでなく、相応に気力と体力を削られているはずだ。


 万一ノヴァがあの気紛れな子供じみた切り替えの早さでオーリとラトニをさっさと切り捨てにかかろうものなら、一番先に危険が及ぶのは他ならぬラトニということになる。

 過保護なラトニが、オーリに付けた術人形――クチバシの機能を絞り、あちらからのアプローチを取ることすらほとんど出来ないという現状こそが、何よりも如実にラトニの体調を指し示していた。


「大丈夫、何とかなる、してみせる。だからキミも、その時まで全力で付いて来て」


 ぱたぱたと傍らに滞空するクチバシの頭を、人差し指で一撫でし。

 三回繰り返した深呼吸で、彼女は浮き足立つ心をゆっくりと静める。


 背水の陣と言うには些か足りぬが、退けない道であることには変わりない。


 懸かっているのは自分と相棒の生命、シェパに住まう幾十幾百かの命、そして己自身の矜持。

 力も立場も未だに弱いと自覚して尚、通すと決めた意地がある。それすらここで貫き通すことが出来ないなら、最早自分は本当に、誰かを救いたいと願う資格すら失ってしまうだろう。


 ――力一杯石扉を蹴り開けた轟音が、最後の戦闘の始まりを告げた。




※※※




 石扉を蹴り開けて広間に飛び込んだ直後、ぎゅるりと空を裂いて少女の身が捻られた。

 勢いのついたプロペラの如く、急速に回転したオーリの足が、飛びかかってきた歪な人の形をしたものを数体纏めて弾き飛ばす。


 自らを襲ってきたものたちをちらりと一瞥し、着地と同時に前へと跳躍。

 轟音。一瞬前までオーリが立っていたその場所に、天井から降ってきた何かが突き刺さった。


 ひょろりと長いそれは、遠目に見れば放たれた矢のようにも思えただろう。けれど矢よりもずっと質量のあるそれは、獲物を捉え損ねたと見るやぎょろりとオーリの方を向き、一拍置いて爆発したようにその手足を弾けさせた。


 まるで木の成長風景を早送りしているかの如く、広がったのは焦げ茶色の頑丈な『枝』だった。

 蜘蛛の巣のように増殖し伸長しながら自分を追ってくる『枝』から、オーリは短い跳躍を繰り返して逃れる。


「木偶人形か!」


 申し訳程度に人の姿をとったそれらの正体を見てとって、彼女は忌々しげに舌打ちを零した。


 人形の肌に触れて感じたのは、石や鉄のそれより遥かに軽い重量と、そして木独特の僅かな弾力だった。

 恐らく原料は、この場所に這い回っている根と同じもの。不格好な頭に真っ黒い石ころのような両目を張り付け、長い四肢を持つそれは、無骨に削ったデッサン人形を想わせる。


 高速の槍と化して突き出される『枝』が、床を抉り飛礫を飛ばす。

 更に躱して、オーリは中心部へと方向転換。獣のように両手を突いて『枝』の一閃を飛び越えた時、横合いから突進してきた二体の木偶人形に体当たりを食らった。


「ぐっ――!」


 ちょっとした砲弾のような攻撃力で挟み撃たれ、避け損ねた体が僅かに軋んだ。

 速度と重量の乗った強い衝撃。食いしばった奥歯がぎしりと鳴ったが、一瞬だけ揺れた脳はすぐに回復して状況を把握する。


 即座に体勢を立て直そうとしたオーリの足に、固い何かがぐるりと巻き付いた。

 締め上げられる寸前に、斜め上にいたクチバシの鳴き声。ばちりと音がして、巻き付いていた感触が消えた。


「……っだああああああああああああああっ!!」


 全身に力を入れて、オーリは右足を一歩前へ出す。踏み込んだ足を軸に急速回転しながら、二体の木偶人形をがっしとわし掴んだ。


 バキバキバキッ!


 怒声を上げてぶん回した両腕が、遠投の勢いで木偶人形を投擲。

 遠心力に乗った木偶人形たちが、床に逆さに突き刺さったまま『枝』を広げていた木偶人形に激突した。三体纏めて吹き飛んで、壁にぶつかって崩れ落ちる。


「クチバシ、手出しするな!」


 小鳥の助力に謝辞を述べる間もなく、視線を跳ね上げたオーリは鋭くそう叫んだ。


 視線の先には、先程オーリに魔術で助力をしたクチバシの姿がある。

 パタパタと羽ばたくクチバシは相変わらずの無表情だが、その存在感は先程に比べてほんの少し薄くなっているような気がした。


 恐らくオーリを守るようプログラムされているのだろうが、あまり動かすとクチバシが魔力を使い切って消えてしまう。

 ラトニの思考とクチバシが直接繋がっていない今、判断行動が柔軟性に欠けるのは大きな難点だった。

 先程の攻撃も、多少の危機感はあれどオーリ一人で何とかなったレベルだ。早々に魔力を使い果たしてしまっては、わざわざクチバシを同行させた意味がない。


 ――クチバシが手を出さない程度に身を守りながら、速やかに障害物を突破しなければならない。

 くるりと踵を返し、再び中心部を目指して駆け出すオーリの視界に、どくんどくんと脈動する無数の根が映し出され、敵の体内にいるような感覚に渋い顔をした。


(何の邪魔も入らず『サイジェス』の元に到達できると思ってたわけじゃないけど、物量戦を仕掛けられるとやっぱり不利だな。如何せん、こっちは身一つだし)


 容赦なく床や壁に叩き付けた木偶人形たちは、早速ぎしぎしと身を起こしつつある。

 感情も痛覚もない木偶人形は、下手をすると粉々にするまで動作が可能かも知れない。

 尤も、今はごっちゃりと絡まった四肢を引き剥がすのに手間取っているようなので、幾分時間は稼げるだろうが――


 ――ずず、ず、


 引きずるような音がして、オーリはぴくりと周りを見回す。

 前方に張り出した根から数体、新たな木偶人形が生み出され始めていた。


 オーリの唇が引き攣るように持ち上がり、うわぁ、とイヤそうな声が洩れる。

 素早く位置を確認して、突入経路を修正した。


「一度に何体操れるのかは分からないけど、打ち止めを期待するよりさっさと命令者を叩きたいんだよね。真っ向からあんたたちの相手してる暇なんて――」


 細い足に力を込める。疲労は確かにあるはずなのに、何故だか今までよりずっと強く、しなやかに動くように思える四肢。

 一瞬たりとも速度を緩めることなく、ぐっと前傾姿勢をとった彼女は、竦む心を鼓舞して床を蹴った。


「――ないんだから、さっ!」


 ボッ、と籠もった音と共に、オーリの姿が掻き消えた。


 ぎょろりと目を動かした木偶人形たちが、排除すべき標的を見失う。

 その間に彼女は張り巡らされた蔦を数本纏めて片手で掴み、木偶人形たちの頭上十数メートルミルの位置に身を浮かせていた。


「お。やっぱり連中、周囲の把握は視覚情報に頼ってるのかな」


 ニヤリと不敵に笑みを浮かべ、オーリは大車輪の要領でぐるりと体を持ち上げた。

 傍らにきちんとクチバシが付いて来ているのを確認し、大人の胴体ほどもありそうな根の上に着地して、タンッと軽やかに走り出す。


 このまま真っ直ぐ中心部まで辿り着けるだろうか。そう思ったのは束の間で、すぐに足場がぐねりと揺れた。

 咄嗟に別の根へと飛び移る。直後に先程の根が大きく波打ち、のたうつように壁へとぶつかっていった。


(おいおい、植物の癖に対応力高いな!)


 あのままあそこにいたならば、虚空に放り出されるか、壁に激突していたか。

 慌てて速度を引き上げつつ、ざわりざわりと蠢き始めた根の囲みから逃れようと、別の足場を目で探す。


 足裏から伝わる不穏な感覚。揺れ始めた足場が崩壊しないうちに、オーリは別の足場へと跳躍。

 距離が足りない。天井から垂れ下がった細い蔦を掴むと、ぶちぶちと引きちぎれて大きく揺れた。振り子のように投げ出され、その勢いのまま別の足場へ着地する。


 ぱき、と乾いた音がした。

 小枝でも踏んだ程度の微かな異音だ。けれど嫌な予感が駆け抜けて、オーリは考える間もなくそこを飛び退く。


 どうやら足下から生えてきた五本の細い根が指となり、オーリの足を掴もうとしていたらしい。指は見る見るうちに伸び上がり、ひょろりと背の高い木偶人形となって、本体の根から切り離された。

 更に周囲から、続けざまに同じような音。でこぼこと固い根が盛り上がり、人の形を作りつつあった。


「げぇ。もう追ってきた……!」


 顔を歪めて、オーリは足場を飛び降りた。


 既に中心部は近く、囲まれるくらいならさっさと逃げの一手を打つに限る。

 眼下に広がる緑光の水に満ちたプールは、まるでオーリを誘うようにゆらゆらと揺れていた。その中央には丸い足場が存在し、あれこそがオーリの目的地だ。


(動力室で見た通りだ。足場の中央に、細い根が絡み合った繭みたいなものがある。あれの真ん中に操作台が包み込まれてて、『サイジェス』とやらが陣取ってる……だったっけ。さて、どうしたものか……)


 まずは何とかあそこから『サイジェス』を引きずり下ろして、遺跡と『サイジェス』を繋げる命令経路を断ち切らなければならない。


 たん、と張り出した根を蹴って、オーリは空中で仰け反るようにして振り下ろされてきた根を躱した。

 左、右、右上、左下。続けて繰り出されてくる尖った根による突きを、更に姿勢を変え、空中で器用に前転することで回避していく。


 見下ろす先で、着地予定地点が大きく波打った。無理に留まろうとすれば体勢を崩すだろう。着地と同時に膝を曲げ、投げ出された勢いに乗って思い切り跳ぶ。


 前後左右の足場は幾分遠いが、少し下方に足場を見つけた。

 手足を広げて風を受け、なるだけ落下の速度を殺す。すたんと猫のように着地して――


「――あ。しまった」


 顔を強張らせて短く呻いた。


 気がつけば、踏み込んだ足場は見事に孤立した空間となっていた。周囲に飛び移れそうな場所はなく、大質量の根が十数本、鎌首をもたげた大蛇を想わせる姿で彼女を取り囲んでいる。

 追い込まれた獲物のような状況だ、と考えて、まさにその通りであることを半秒で悟った。


(――ヤッ――バ……!)


 ここまで接近したのは惜しいが、足場を辿って後退するべきか、はたまた更なる下方へ身を投げ出すべきか。

 迷いと共に引き攣り笑いが浮かびかけた瞬間、しかしオーリの視界に青い影が過ぎった。


 クチバシ。小鳥の姿を持った術人形が威嚇するようにオーリの前に立ち塞がり、全身をぐっと膨らませる。

 何をしようとしているのかは分からない。けれど、何かをしようとしていることだけは分かったから。


 だから、考える暇もなく。

 半ば無意識に手を伸ばし、オーリはクチバシの体を掴み取っていた。


 自分を庇おうとした術人形を、攻撃圏内から――自分の傍から投げ飛ばす。

 その行動が、果たして「相棒に貸し与えられた貴重な駒」に対するものなのか、それともかつて共に過ごした小さなパートナーに対するものなのかは、彼女自身にも分からないまま。


 ――號っ!


 風を切る音がした。

 まずいと思ったその刹那、オーリの無防備な腹を、鞭のようにしなった根が打ち据える。見開いた目が強烈な衝撃で小刻みにぶれ、食いしばった奥歯が軋んだ。


「――――……っ!!」


 ――流石に効いた。


 ちかりと眩んだ視界が、一呼吸の間を置いて正常に戻る。

 肋骨くらいへし折れてもおかしくない衝撃に、逆にオーリは怪我の程度を探るのを中止した。


 怪我というものは、認識すると途端に痛みを増すものだ。

 幸い今は、骨こそ軋むがさしたる痛みは感じない。激痛のあまり痛覚が飛んだのだとしても、今だけは好都合だと思うことにした。


 まだ体は動く。充分に。それを良いことに、オーリは自分を壁へと叩き付けようと振り切られる頑丈な根にしがみつく。

 軋む体に追い打ちをかけられる前に、彼女は自分を攻撃した根をしっかりと抱え込み――全身の力を使って、それを捻り切っていた。


「――っしゃらあアァァァァァァァァァァァァッッ!!!」


 怒りと鼓舞を込めた絶叫が轟く。

 空中で踏ん張りのきかないことなど何のその。自分の身長よりも遥かに長い根の一部を、オーリは虚空で身を捻り、力一杯投擲した。


 ――ザシュッ!


 ブーメランのように回転しながら飛んだ根が、操作台の上――がっちりと組み上げられた木製の繭の端を、盛大に削り取って通り過ぎる。


 直撃すれば良かったのだが、どうやら狙いが甘かったらしい。

 それでも一部が吹き飛んだ繭からは、中にいる人間の姿がちらりと覗いた。

 あわよくばもう一撃食らわせようと、ぎらりと輝く目を向けたオーリは、しかしその人間の姿を視界に入れて、僅かに目を見開いて――



 ――――ガドゴォォンッ!!



 凄まじい速度で叩き付けられた根が、オーリの体を容赦なく吹き飛ばした。


 声にならない悲鳴を上げて、オーリは盛大な水柱を立たせ、頭から緑光のプールへと突っ込んでいった。



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