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いつか見る果て  作者: 笠倉とあ
シェパ・野盗と遺跡編
93/176

91:再会の時、ただしノリは通常運転

 白い瞼が僅かに開いて、濃茶色の長い睫が蝶の羽ばたきのようにふるりと揺れた。

 澄んだ青灰色の目が覗き、まだ意識がはっきりしていないように視線が彷徨う。


 茫洋と表情を失った顔はどこか作り物じみていて、少女の幼くも整った容貌を際立たせていた。

 待ちわびたように自分を見下ろす美貌の少年の姿を認識して、ようやく少女の焦点が合ったらしい。


 しっかりと膝に抱き込まれ、虚ろげな眼差しで少年を見上げるその姿は、例えるなら呪いから醒めた眠り姫か、命を吹き込まれた人形か。

 更に数秒の間を置いて、やっと少女の口が開く。

 薄桃色の唇が小さく震え、鳥を想わせる愛らしいソプラノが滑り出した。



「……我はついに聖剣の封印を逃れ、混沌の淵より蘇ったぞー」



「…………」


 すぱぁんっ!と無言でぶっ叩かれて、オーリは「アウチッ!」と声を上げた。


 安堵に緩んでいたラトニの表情が、一瞬にして真顔になる。命を懸けて守り抜き目覚めを待ち焦がれていた大切な少女に向かって、彼はひっくり返った団子虫の死体を見るかの如き氷点下の一瞥をくれ、おはようの挨拶代わりに心底忌々しげな鋭い舌打ちを叩き付けてやった。


「感動の再会を果たした相棒の前で、つくづく浪漫も風情もない人ですねこの青カビ娘。意識喪失していた時間も、目出度い頭の中身には何の影響も及ぼさなかったようで、幸いなんだか不幸なんだか」

「ああ、この心を抉るような毒舌。帰ってきたって気がするわー」


 ごしごし目を擦りながら身を起こし、オーリは大きく伸びをした。

 ちょっと寝過ぎた休日の朝かと言いたくなるような呑気な態度に、ラトニのこめかみにビシッと血管が浮く。おいこらこの猪、人がどんだけ心配してたと思ってるんだ。


 オーリが変な所で図太いのもマイペースなのもいつものことだと分かってはいるが、たとえ何日目覚めなかろうと耐えて待つという悲壮な覚悟を固めていた身としては、ケロッとした様子に全くもって釈然としない。

 沸々と怒りを滾らせているラトニに、しかし片やオーリはこれっぽっちも気付く様子がないようで、代わりに二人の遣り取りに腹を抱えて爆笑しているノヴァを発見し、はっとしたように眦を釣り上げた。


「あっ、ノヴァさん! 何で此処こんなに水溜まりだらけで、あちこちボロボロに壊れてるんですか!? 私が寝てる間に、ラトニに何してたんです!」

「おいおい何だ、オレが番犬に何かしたことは確定なのか」

「ラトニは所構わず暴れ出すような性格じゃないですもん。大方私がぶっ倒れてる理由を説明せずに意味ありげな台詞を連発して、怒ったラトニと戦闘になったって感じでしょう」

「よく分かってるじゃないか。察しの良い子供は説明が楽で良いな」

「言葉の足りない嫌な大人め……!」


 天井の抜けた室内はあちこちに瓦礫が飛んでいる上、大嵐にでも晒されたように水浸しで、ぽたぽたと水滴が滴っている。ラトニが大規模な魔術を使ったのだろうと容易く予想できて、オーリはノヴァを睨み付けた。


(無傷のノヴァさんに対して、ラトニはあちこちボロボロだ。大した怪我はないからノヴァさんもちゃんと手加減したんだろうけど、大分遊ばれたな、こりゃ)


 オーリはノヴァの戦闘力の程など直接確認したことはないが、魔術師であるノヴァが野盗と協力関係を保ちつつ単独行動を通しているという時点で、その実力には予想をつけられる。

 何故なら、『希少な魔術師』で『遺跡機能を掌握した人間』と幾度となく接触しながら、野盗がそれを確保しないなんてはっきり言ってあり得ないからだ。単純に考えるなら、ノヴァは野盗たちの脅迫と恐喝が通じないほどの実力を持っていることになる。


 憤慨するオーリにノヴァはしれっと微笑みを返し、何か問題でもあるのかねと顔面に堂々明記している。

 一方ラトニはオーリにちらりと視線を向けられ、重々しく頷いてこう言った。


「死ぬかと思いました」

「大人げネェ」


 手加減どころか、一歩間違えば死にかねないほどの攻撃を延々叩き込まれていたとはつゆ知らず、しかしその声色に含まれた真剣さだけはしっかり感じ取って、オーリはまた一段階、ノヴァの大人検定評価を引き下げた。既に平均値よりも大分低い。どこで平均とってるのかは知らないけど。


「――それで結局、あの人とはどういう経緯で行動を共にしてたんですか? 野盗の一味というわけではないんでしょう」

「ああ、それはだね……」


 ――斯く斯く然々。大雑把に説明を受けて、ラトニは複雑そうな顔をした。

 右も左も分からない状況下で、『少なくとも敵ではない』存在を手放すことが得策でないのは分かるが、呑気に尻尾を振りたくった挙げ句食事(エサ)まで強請るとはどういう了見か。


「見も知らない大人に餌付けされるんじゃありません。旅の研究者なんて、要するに素性も知れない住所不定の自由業でしょう。あんな危険人物相手に、どうしてそう変なところでガードが緩いんですか」

「う゛っ、まあ確かに正体不明の怪しい人ではあるけど……」


 ノヴァの倫理観が大分危険な方向に傾いていることは確かだし、そう言えばこの人何だかんだ謎が多いんだよなあ、と思いながら、オーリはそろりと上目遣いにノヴァを見る。

 しかし見られたノヴァは慌てず騒がず、にっこり笑ってオーリたちを見て、


「ところで仔猫、お前がオレに名乗った名前とそこの番犬が呼んでいた名前、全く違うように思えるんだが……」

「人間誰しも隠し事の一個や十個はありますよね! 無理に探り出すなんて無粋無粋!」


 溌剌とした笑顔でバッシンバッシン手のひらをぶっ叩いて誤魔化し始めたオーリの傍で、ラトニが「あ゛っ」という顔をした。


 珍しくたらりと冷や汗を流した少年は、両手で口を押さえてオーリとノヴァを交互に見比べる。自分の言動を高速で脳内再生し、諦めたように肩を落とした。

 嗚呼、一生の不覚。


 ちなみにラトニの名前に関しても、オーリがうっかり口を滑らせてしまっているので手遅れである。釣られて自分の発言を思い返してしまい、オーリの方もザバザバと目を泳がせている。


「……分かりましたよ、素性の追及は諦めます。

 で、オーリさんの方は、意識をなくしていた間、何が起きてたんです。僕と同じように、そこの正体不明の性悪な大人に何か試されてたんですか?」


 決まり悪そうに目を逸らして、ラトニが話を戻した。


 思い出すのは、オーリの意識が無かった、ほんの二十分程度の話。


 あの時、ノヴァが何らかの意図を持って自分を試そうとしていることには、戦闘の終盤に至ってからではあるが気付いていた。

 わざわざこちらを挑発してきたのはそのためだろう。無傷で済んだのはラトニの才能と幸運の賜物だが、それがなくても本気で殺す気まではなかったに違いない。


(尤も、大怪我くらいなら許容範囲と考えていたようですが)


 綺麗な肌と眼球を保つ『左目』を無意識に撫でながら、ラトニはノヴァの顔色を窺った。

 相棒の質問を受けて、オーリは困ったように首を傾げる。


「うぅん、それは私にも分からないや。ノヴァさん、結局あれ何の意味があったんですか? なんか私、過去の……一年以上前の記憶っぽいものを見せられたんですが」

「そりゃ、目的が目的だからな。過去の記憶を辿るくらいはするだろうよ。

 心象世界における、自己の再構築。お前が見たという過去は、恐らく自我と精神の礎として大きな部分を占めている時期の記憶だ」


 さらりとそう返して、ノヴァは自身の首元をトントンと叩いてみせた。

 そうして大人しく耳を傾けている子供たちに、大きな爆弾を投下する。


「仔猫、お前が身に着けているそのチョーカー――厳密には飾り部分の毛玉だ、そいつに魔術が仕込まれている。継続的に周囲の魔素を吸収する、ごく単純なものだが――今回それの作用で一気に大量の魔素を叩き込まれ、お前の魔力回路に過負荷がかかったことが、最初にお前が倒れた原因だ」

「はっ?」


 釣られるように自分の首――大分汚れてしまった毛玉飾りの付いた柔らかなチョーカーに触れ、オーリが目を見開いた。


 ――大気や、大地や、水や樹木。あらゆる自然物に含まれる魔素を取り込んで身体に備え付けられた魔力回路で処理すると、一般に言う『魔力』に作り変えられ、生体の維持や魔術の使用に用いることが出来るようになる。

 ただし一言で魔素を取り込むと言っても、通常は周囲に漂っている魔素自体が非常に薄いため、吸収速度は本人にも分からないほどにゆっくりしたものだ。


 チョーカーに仕込まれた魔術も、本来はそんなものだったのだろう。オーリも気付かない程度の速度でじわじわと魔力を注ぎ込み、ゆっくりと確実に、彼女の持ち得る魔力の絶対量を増やしていくための。


 しかしここで仇になったのが、翠月夜という現象だった。

 オーロラを纏って輝く月を指差し、ノヴァはうっすらと口の端を釣り上げる。


「翠月夜は、強い魔力に溢れる夜。殊に『オーロラ』ともなれば、魔素が飛び抜けて濃度を増す兆候だ。――まして、『この場所では特に』」


 ごくりと小さく音を立て、オーリが唾を呑み込んだ。

 隣のラトニがちらりと彼女を見て、納得したように頷く。


「僕も先程、魔力と感情が膨れ上がって抑制できない感覚を覚えていたんですが……成程、そういう理由でしたか」


 感情の激発は、オーリが目覚めたことでほぼ落ち着いた。未だ疼くように煮え立つ魔力も精神力で抑え込めるが、一方、消費に消費を重ねた魔力残量は、今もってかなりの余裕がある。

 魔力に満ち溢れる翠月夜。状況次第では非常に使える環境だが、魔力の扱いさえほとんど学んでいないオーリでは、どれほどの影響を受けたことか。


 ――ただ、一つ。翠月夜が人体にそこまでの規模で影響を与えるという話を、ラトニは聞いたことがない。

 滅多に現れない「オーロラ」の影響か、或いはチョーカーに仕込まれた魔術が特別製だったのか。


「あの、ノヴァさん、チョーカーが原因なら、外すだけじゃ駄目だったんですか? て言うか、今チョーカー外さなくて良いんですか?」


 ひょいと手を挙げてオーリが質問する。

 不安と疑問を等分に含んだ彼女の問いに、ノヴァは丁寧に答えを返した。


「一問目の答えなら『駄目だ』、二問目は『必要ない』。

 まず魔力回路の異常についてだが、そのチョーカーに組み込まれた魔術は原因の半分で、もう半分はお前自身の魔力回路の歪さにある。まるで生じる過程で構造が何処かしらねじ曲がり、そのまま修正されずに固定されてしまったような」


 ぐねぐねと指を動かしてみせるのは「歪な魔力回路」の表現だろうか。

 全身を巡る魔力の血管であり、心臓を中心に通る魔力回路は、紛れもなく生物の重要器官の一つである。大きく狂えば、魔的にだけでなく肉体的な損壊をも招くことになるだろう。


「今回、外部からの働きかけによる強制的な魔力吸収を切っ掛けに、その歪みが一気に吹き出たことで、魔力回路そのものが異常動作を起こしたんだ。一応の正常化が果たされた今、魔力吸収の魔術が体に異常を来すまで暴走することはない。魔力吸収自体は続いているが、別段チョーカーは付けたままでも構わんだろう」

「あー、それで『再構築』……。生まれてこの方爆弾抱えて育ってきたことを唐突に知らされて、驚愕と戦慄を禁じ得ない」

「『固定されていた歪な構造』を改めて自分の手で組み立て直すことで、より歪みの少ない、正常に近い形に作り直したということですか? でも、魔術に関してド素人のオーリさんにそんな精密作業が、しかも無自覚に出来るものなんでしょうか」

「当然だが完璧には無理だ、とりあえず正常に近い状態に戻せれば上出来という程度か。今回のこれなんぞは、突貫工事もいいところだな。

 ちなみに仔猫、お前の心象世界はどんな場所だった?」

「えーと、とりあえず真っ昼間でした」

「なら日が沈んだらアウトだったかもな」

「まさに日が暮れる寸前だったんですけど!?」


 割とギリギリだったらしい。事前予告なしで放り込まれたえげつない状況に、オーリは今更ぞっとする。


 今回は幸いにして生還できたが、少しでも何かがずれていたら自分は二度と眠りから覚めず、そのまま息絶えていたのだろう。

 クリア条件くらいは教えて欲しいと言い募りかけた彼女の出鼻を挫くように、ノヴァは「ほれ、頑張った仔猫にご褒美をやろう」と嘯いて、軽く片手を閃かせた。


 ぺいっと見覚えのある小袋を投げられ、オーリが反射的にキャッチする。

 ノヴァ御用達、メープルシロップ・改。ノヴァと小袋を見比べ、抗議の無駄を悟って肩を落とした。


「……誤魔化されてる気しかしない」

「何のことだか」


 へこたれながらも受け取ることにはしたようで、パキョン、と軽い音を立てて蓋を開ける。吸い口を含んだ途端、脳天に突き刺さるほど暴力的な甘さが襲いかかってきて、オーリは「うあー」と息を吐き出した。


 顔を近付けてきたラトニが、くん、と鼻を動かして眉を寄せた。オーリに断って一口飲み込み、何とも言い難く渋い顔になる。


「……何ですか、この冒涜的な甘さの直下型地震。ひょっとして、これがハチミツってやつですか?」

「聞いて驚け、これはシェパの誇るメープルシロップだ。ただしノヴァさんのオリジナル濃縮液」

「回復剤とかじゃなかったんですか……!」


 戦闘真っ只中にメープルシロップを啜るという実にナメくさった行動をしていたノヴァを思い出し、ラトニは頬をひくつかせた。あ、でもこれ意外と疲れた脳に沁みるかも。


「そう言えば、甘いものって脳の疲労に良いんだっけ。心なしかじんわり回復してきたような……」

「やっぱり回復剤とか混ぜてるのかも知れませんよ。甘さで他の味が分かりませんが」

「寝言を抜かすな。オレは聖なる飲み物に不純物を混ぜたりしない」

「…………」


 まさに寝言が聞こえた気がして、揃った動作でダメな大人の方を見やる。

 コートを靡かせて悠然と佇むノヴァはパキョリとクールに小袋を開け、オーリたちの百倍くらいの早さでメープルシロップを吸引しているところだった。ちなみに早くも二袋目だ、味わっているのか疑問になる。


 冒涜的な味のメープルシロップ一袋を代わる代わる吸い上げながら、子供たちは至って本気なノヴァの表情にどう反応して良いのかしばし迷って、


「――それはそうとラトニ、大分激烈にやり合ってたみたいだけど、体調は平気なの?」

「あっさり流すことに決めるあなたの思い切りの良さ、嫌いじゃありませんよ」


 真顔で言葉を投げ交わしてから、ラトニはメープルシロップの最後の一口を吸い込んだ。

 ねっとりまとわりつく高粘度の甘味は、喉を焼くような刺激すら伴って通り過ぎていく。

 舌に残る甘さを口をむぐむぐさせて唾液に溶かしつつ、気を付けないと虫歯になりそうだな、とぼんやり考えた。


「疲労が大きいことは確かですけど、魔力という意味ではまだ大分余裕がありますよ。さっきも言いましたが、翠月夜のお陰で着実に回復と増幅が続いています」


 喋りながら、手のひらの上に水を出してみせる。ぽこりと固まって虚空に浮かぶ、青い拳大の水塊二つ。

 片方をオーリに差し出し、自分はもう片方を操作して、飴玉でも放り込むようにして口へと入れる。

 含んだ冷たい水が咥内を洗い、心地良く喉を滑り落ちていく感覚を感じながら、ラトニはほうと目を細めた。


「そっか、なら良かった。……髪の毛、シェパに戻れたらまた染め直さないとね」


 差し出された水に直接唇を付け、オーリも美味しそうに飲み干した。

 濡れた唇を一舐めしてから、落ちていた帽子を拾い上げ、埃を払ってポサリとラトニの頭に乗せる。


 ――ラトニが『蒼柩』であることを、ノヴァに知られた。

 その事実が意味することに、オーリはひっそりと思考を巡らせた。


 状況が落ち着いた今になっても特に反応を示さないノヴァの様子を見る限り、彼は『蒼柩』に対して忌避や畏怖を抱いていないらしい。

 ラトニの命と安全に関わる秘密を知られた相手が、世間一般の常識より己の欲求を優先するこの魔術師であったことは、そこらの一般人に知られるよりも余程幸いだったと言って良いだろう。


 何処まで聞き入れてくれるかは分からないが、可能な限り口止めをしておかなければと思いつつ、立ち込める危惧を一時的に胸の片隅に留めておいて、オーリは相棒へと緩やかに笑いかけてみせた。


「随分無茶もしたみたいだけど、どうあれ無事にまた会えて良かったよ。ドジって心配かけちゃってごめんね」

「確かに心配しました。牢屋であなたの痕跡を見つけた時には、本当にどうしようかと思いましたよ。それで、あなたの体調は?」

「ん、悪くないよ。心象世界とやらに潜ったからかな、なんか、体内の魔力の流れがはっきり感じ取れるの。今なら、いつもよりもっと力を出せそう」

「へえ」


 にかりと笑って拳を握り締めるオーリに、ラトニも僅かに興味深そうな笑みを返した。

 自己と魔力回路の再構築をこなしたことで、魔術的な感覚やスキルでも上昇したのだろうか。魔術に憧れながら一切の魔術を使えなかった彼女だから、もしもそうならさぞ嬉しかろう。


「――で、あなたはこの後どうしたいんですか?」


 確認したラトニに、オーリがぴたりと動きを止めた。


 前髪に隠れたラトニの目を見つめ返して、彼女は表情を真面目なものに塗り替える。

 思考を纏めているような、言葉を探しているような様子でしばし口を噤んだ後、改めてゆっくりと口火を切った。


「……とりあえず、今この遺跡で何が起きてるかとか、遺跡の周辺状況とかを正確に知りたいな。ここで何かが起こった時の、具体的な被害状況が分からないから」

「そう言えば、遺跡が完全に目覚めたら、第一波だけで辺りが吹き飛ぶって言ってましたね。なら手っ取り早くノヴァさんに聞きましょう」


 あちこちうろつきながら記録らしきものを取っているノヴァの方へとさっさと身を翻したラトニに、オーリは目をぱちくりさせた。


「……なんか、あっさり賛同したね。ほいほい危ないことに首突っ込むなって言うかと……」

「思ってたんですか?」

「割と」


 遺跡の構造も分からないし、野盗だってうろついている。

 未だ幼く、冒険者ですらない二人は、リスクの高さも計り切れないような事態に関わらねばならないような立場ではない。むしろ速やかに撤退して、ギルドに通報するのが賢い選択だろう。


 しかしラトニは事も無げに小首を傾げてみせる。少しだけ口角を持ち上げて、彼の「指針」を肩越しに見た。


「放っておきたくないんでしょう?」


 さらりと投げられた落ち着いた声に、オーリは少し虚を突かれたような顔をして。

 それからゆっくりと苦笑の表情を作って、こくりと申し訳なさそうに頷いた。


「……うん」

「体調は、本当に大丈夫なんですか。精神の深奥をこじ開けられたんでしょう」

「平気だよ。だから、今は遺跡の方を何とかしたい」

「やりたいようにしなさい。僕も付き合います」

「うん」


 困ったように、嬉しそうに。

 頷いたオーリがてんと跳ね、ラトニの手を取って隣に並ぶ。


「ラトニは本当に、きっちり私の意思を汲んでくれるよね。あと、私に甘い」

「まあ、ずっと見てきましたから」

「キミのそういうとこ大好きだし、本当に感謝してるよ。キミがいてくれて良かった」

「……何です唐突に、僕を(たぶら)かす気ですか。心配しなくても、下手こいてご家族に何もかもバレて、最悪あなたが家にいられない事態に陥ったって、僕はきちんと付き合って逃げてあげますよ」

「凄くありがたいんだけど、ちょいちょい不吉なフラグ立てるのやめてくれない?」

「フラグ回収って何したら成功率上がるんでしたっけ」

「折るんだよ!? 不吉なフラグは回収せずに折るんだよ!?」


 怜悧な無表情で淡々と言われると、何処まで本気か分からないので恐ろしい。

 一気に気力を消費した相棒から目を逸らしながら、ラトニはほんのりと色付いた自分の耳にさりげない仕草で髪を被せた。それから幼児を宥めるようなおざなりさで、「はいはい分かりましたよ」と素っ気なく言う。


「無駄話に花を咲かせてないで、そうと決まれば早く片付けてシェパに帰りましょう。あなた、門限とっくにアウトなんですから」

「始めたのキミじゃない……。まあ良いや、うん。早く片付けて、アリアナさんと三人でシェパに帰ろう」

「…………、…………あ、はい。三人ですね、三人で帰りましょう」


 一瞬真顔で首を捻っていたので、多分ラトニは素でアリアナのことを忘れていたに違いない。


 頭は良いのに時々螺子の抜ける相棒に苦笑して、オーリはノヴァの方へと歩き出す。

 それから思い出したようにもう一度ラトニを振り向き、問うた。


「――ところでさ、ラトニ。私たちって、何か約束をしたことがなかった? よく思い出せないんだけど、かざぐるまに関して」


 心象世界から帰還する時、うっすらと見えた誰かの横顔。

 ぼんやりとぼやけた顔はよく見えなかったし、声だって掠れて判然としなかった。


 けれど、それでもオーリには確信があった。

 からから廻る穏やかな音に交じって、そっと風に乗せられた控えめな声。


 あれはきっと、よく聞き知った相棒のものだった。


 約束を求められたことだけを刻み込まれ、けれどどんな約束をしたのかまでは分からない。

 ただ、祈るように囁いた声に込められた、心を削るような何かの想いを覚えている。


 オーリの問いに、ラトニは大きく目を見開いて。

 そうして数秒の沈黙の後、ほんのりと目を伏せて微笑んだ。


「――ええ。ええ、ええ、確かにしましたよ、オーリさん。僕ら二人の約束。忘れたくない、大切な――果たせなかった約束を。

 でも、それは――」


 ――あなたが自分で思い出してくれないと、意味のないことなんです。


 切なげに紡がれた最後の言葉の意味は、今はまだ、彼女には分からない。



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