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いつか見る果て  作者: 笠倉とあ
シェパ・野盗と遺跡編
91/176

89:奈落を垣間見た日

 そうして目にした光景は、どう考えても穏当なものとは言えなかった。


 横道の行き止まりに、こちらに背を向けた男の背中。下級の冒険者かごろつきか、大振りのナイフを二本ぶら下げた、そこそこがっちりした体格の男が、壁際に追い詰めた誰かに、ニヤニヤしながら何事が告げている。

 鞘の一本は既に空で、中身は男の右手に握られていた。鈍く光るそれが、がつんと音を立てて壁板に突き立てられる。


 壁板と男の間に、誰かがいた。薄い金髪の、まだ幼さの残る少女だった。

 少女は蒼白な顔で俯いて、がちがちと歯を鳴らしている。華奢な体格だ。痩せて栄養状態が悪そうだが、それを差し引けば十を過ぎたばかりというところか。

 少女のものらしき薄い色の上着が、ぞんざいに地面に放り出されている。簡素な生成色のワンピースには、明らかに刃物で裂かれた跡があった。男の左手が裂け目にかかって、ワンピースがまた一歩襤褸布に近付く。


 悲鳴を堪えるように口に当てた少女自身の手は、白くなるほど噛み締められていた。涙の膜が張った目が、男の顔を避けるように、ひたすら地面だけを見つめている。

 もう一度、男が少女に囁いた。

 ――あんまり暴れると、気が変わるかも知れないぞ。そんな言葉に強く反応したのは、しかし少女ではなく、横道の入口に佇む子供の方だった。


 まるで缶入りのペンキを頭からぶち撒けられたように、子供の表情が一瞬にして塗り変わる。

 明るい笑顔から無表情に。けれどすぐ傍にいた『彼女』には、子供の変化の理由が感情の欠落ではなく、逆に今この瞬間子供の中で爆発を起こした激情の嵐に、思考の処理が追い付いていないためだと理解できた。


 だってこんな光景、子供は初めて見たのだ。

 初めて見たから――自分が『こういった犯罪』に関して、理性も危ういほど心が荒れ狂う性質だったなんて、子供自身が知るわけもなかったのだ。


 ――駄目だ、と子供の前に出る。

 割って入ってはならないことを、『彼女』は何処かで理解していて、けれど当の子供がそんなことを知る訳もなく。


 顔を歪め、薄暗がりでの光景に背を向けて、ふらつくように立ち塞がろうとした『彼女』の胸を、真っ直ぐ突き抜けて子供が疾走した。

 一秒でトップスピードに乗った子供の足が、男の右腕を蹴り上げる。バキッと音がして、ナイフがくるくると宙を飛んだ。


 突如として出現した第三者に男は目を見開いて、少し遅れて状況を理解し、顔を真っ赤に染め上げた。

 怒りか、はたまた十にもならないような幼い子供に初撃を取られた羞恥のためか。蹴り飛ばされて地面に刺さったナイフは無視し、もう一振りを引き抜こうと手を伸ばしたところに、子供がその顎を蹴り抜いた。


 ごぎんっ。

 堅い音がして、男が一瞬白目を剥いた。

 顎も手も、恐らく罅くらいは入っているだろう。

 尻餅をついた男の前で、子供は地面に刺さったナイフを引き抜く。それを突き付けて見下ろす子供の目は、底冷えする冷たさと、地獄の釜のように煮えたぎる怒りを等分に含んでいた。


 ただの義憤ではない。もっと濁った、子供自身にも理由が分かっていないような、八つ当たりじみた憤怒の気配がそこにあった。

 今にもこちらを殺しそうな表情を真っ向目にして、男の顔が引きつる。慌てたように何事か言いかけた男の頬を掠め、物も言わずにナイフが飛んだ。

 ひくりと男の体が震え、そして跳ねるように立ち上がった。横道を飛び出していく男の背中を、子供は何も言わずに見届けた。


 ――男の気配が完全になくなってから、子供はようやく緊張を解き、一度大きく息を吐いた。


 怒りで真っ白になっていた頭が、ようやくまともな思考力を取り戻したのだろう。感情任せに突っ込んだとは言え、対人で荒事に首を突っ込んだのは初めてで、今更のように背筋に震えが走ったようだった。

 背後に庇った少しだけ年上の少女を振り向き、子供は困ったような笑顔を作った。


 ――あの、大きな怪我とか、ないかな。


 へたり込んで震える少女に、子供は優しい声で問うた。


 ――ごめんよ、治療道具とか、何も持ってないんだ。おうちはどこ? 良かったら送って行くけど。


 問いを重ねる子供を、少女は茫然とした顔で見ていた。助かったことに安堵しているというより、ただ濁った目で、放心したように子供の顔を映していた。


 少女の口が開いた。あまり艶のない、乾いた唇がゆっくりと動く。


 ――どうして助けたの。


 絞り出すように少女が問うた。血を吐くような声だった。


 ――わたし、自分であの人に買ってもらったのに。


 少女の声には絶望と自暴自棄と、それでも捨て切れなかった苦悩と屈辱がこびりついていた。

 子供の顔が凍った。

 二人の姿を前にしながら、『彼女』はただ、血が滲むほど唇を噛み締めた。




※※※




 ――……自分で、って。


 何を言っているのか分からないとでも言うように、鸚鵡返しに呟いた子供に、少女がゆっくりと瞬きをした。子供の姿をじっと見て、それからまた少し、少女の表情が仄暗さを増す。


 心臓がピキリと痛んだ気がして、『彼女』は無意識に胸を押さえた。

 目の前に佇む子供は、もう笑みなど浮かべていない。ただ少女の言うことを理解しようとするように、或いは逆に理解することを拒むように、動揺に目を泳がせながらも少女の声を追っている。


 だって、お金が要るんだもの。

 呟くようにそう言って、少女の唇が初めて笑みを形作った。罅割れるような笑みだった。


 少女の言葉に、子供は何も返せなかった。無責任に事情を知りたがろうとしない程度には聡明で、即座に最善の対応を思いつけない程度には凡愚であったその子供は、握り締めた拳へと無意識に力を込める。

 ぱきん。硬い何かに、小さな罅が入る音がした。


 ――お姉ちゃんが病気なの。


 何も答えられない子供に向かって、少女はそう続けた。弱音を聞いて欲しいというよりは、まるで自分自身の負った傷を、触れて確かめて抉ってみせて、その手で広げようとしているかのようだった。


 ――娼館で働いてたんだけど、病気のせいでお客さんが取れなくなったって。もしもこのまま治らなかったら、お姉ちゃんは部屋に置いてるわたしと一緒に、娼館を出て行かなきゃならないんだって。だから、わたしが代わりにやろうと思ったの。まだ歳が行ってなくて娼館じゃ使えないから、自分で外に出て、お客さんを探したの。


 充分に幼さを残した声が、ぽつりぽつりとそう話す。薄く濁った緑色の目が、じっと子供を見上げ続けていた。

 姉に養われ、娼館に居住しているというなら、確実に親はいないだろう。娼館を出たところで、家も財産も持たない人間が行く当てなどあるわけがない。


 ぱき、ぱきん。どこからともなく響いてくる、乾いた音が連鎖する。


 ――やっと見つけたお客さんだったのに、どうして止めたの。


 蒼白になって立ち竦む子供に、少女は虚ろな声で問うた。

 丸みに欠けた白い顔が、ことりと人形のように傾けられた。



 ――ねえ。それとも、あなたが助けてくれるの?



 僅かな――ほんの僅かな、期待を込めた声だった。

 その声に――子供は答えられなかった。


 子供が個人的な資産など持っていないことを、『彼女』は知っていた。住処を追い出された少女たちに提供できる資金はなく、新たな職場を紹介できるだけの人脈もない。

 現金ではなく、親に与えられた衣服や玩具ならば、家に帰ればあるだろう。けれど一般市民の手にはおよそ届かないほど高価なそれを売り払う手段を子供は持たず、よしんば出来たところで子供に仕える周りの人間に怪しまれる。紛失したと言い張るにしろ、度重なれば今度は周りの者の方が罰を受けるに違いない。


 だから子供に出来るのは、ただ空回りする思考を必死で働かせながら、まるで言い訳のように、見つかるはずもない「最良の答え」を探し漁ることだけで。


 子供が応えられないことを理解したのだろう、少女が笑声を洩らした。諦め切ったような声色だった。


 ぱきぱき、ぱきぱき。連なる乾いた罅割れの音は、少女の耳にも、子供の耳にも届かない。

 ただ、音と繋がるように痛みを増す心臓が、『彼女』の中で主張の声を大きくしていく。


 ――子供は、一片の悪意も蔑みも有していなかった。少女を見つけた瞬間から、事情を教えられた今この時にも。

 けれどだからこそ子供の言動は、少女に対して何処までも残酷だった。

 善意と正義感を持って自分を助けようとした、健康的で肌艶の良い年下の子供の姿に、少女が何を思ったのかは分からない。

 けれど、最早何を言うこともなく、少女は静かに立ち上がった。投げ捨てられていた上着を羽織り、ぼろぼろのワンピースをぞんざいに覆う。別の客を探しに行くのだろうと、『彼女』にはすぐに分かった。


 佇む子供の傍をすり抜けて、少女が横道を出て行く。

 ただ茫然と見守るばかりの透明な『彼女』の身体を突き抜けて、横道の入口で一度だけ振り返った。

 少女が足を止めた気配を察して、子供がのろのろと振り向いた。怯えたように眉根を下げ、大きな青灰色の瞳に暗闇を映した、乾き切った眼差しだった。

 ぱきん、とその目の奥で、新たな、そして真っ二つになるほど大きな罅が刻まれた。


 子供と目を合わせて、少女が口を開く。作り物の笑みすらとうに無い、奈落の底から見上げてくるような双眸だった。

 ぎり、と己の胸を鷲掴み、『彼女』はきつく目を閉じた。


 ――さようなら。


 短く落とされた言葉に、ありったけの感情が込められていた。

 薄っぺらな感謝と、自嘲と羞恥と皮肉と憤怒と失望と嫉妬と虚無と羨望と絶望と慨嘆と。

 そんなものを纏めて吐き出すように告げた少女は、踵を返して子供の視界から姿を消した。



 ――――ぱき、ん。



 今までで、一番大きな音がした。

 心の中の、何処か大切な芯をぽっきりと折られた青灰色の瞳の子供が、全ての力を失ったように崩れ落ちた。




※※※




 ノヴァ側の圧倒的優位というある種の均衡が崩れて、ラトニとノヴァの攻防は加速度的に激化していった。


 ラトニの放った水の矢が豪雨のように降り注ぎ、ノヴァの魔力盾(シールド)に防がれる。水の矢を貫いて撃ち出されたノヴァの黒杭が、ラトニの水刃に真っ二つにされて落ちた。

 間を置かず、石床を貫いて何十もの黒杭が隆起した。ラトニの周囲だけ綺麗に発現を妨害された黒杭は、ビキビキと音を立てた床によって空中に持ち上げられ、ラトニ目掛けてミサイルのように撃ち出される。

 一斉に発射された黒杭を、無数の小さな水弾が迎撃。機関銃のような音を立てて、雨霰と打ち込まれた水弾が片っ端から黒杭を破壊していく。


 可視化するほどに濃度を増した魔力は、最早暴風となって空間に吹き荒れていた。上空の月とオーロラの光すらかき消す勢いで生み出される魔力の閃光が、対峙する両者の横顔を煌々と照らし出している。


(魔力の削り合いになれば僕に分があるかと思いましたが、予想以上に消耗してくれませんね。この男のキャパシティも、存外底無しということか……っ!)


 くるりくるりと回避し続けるノヴァの動きを歯を食いしばって追っていたラトニが、ばちん、と弾けた光に目を見開いた。

 ノヴァの手のひらに、赤く輝く球体が凝っていた。

 魔力弾だ。気付くと同時に轟音が響く。ノヴァの放った魔力弾が、水の弾幕を食い破って一直線にラトニへと迫ってきた。


 ぱしゅんっ!


 咄嗟に上方目掛けて弧を描いた小さな指先から、青い水の帯が発生する。

 魔力を込めた水を通り道として、魔力弾が水の上を滑った。上空へと軌道を逸らされた魔力弾は、オーロラの光を吹き散らすような爆発を起こして消滅する。


(これくらいじゃ駄目だ。もっと複雑に魔術を組み上げなければならない。構成を読まれないように、あの男が迎撃しにくいように。もっと、もっと、もっと……!)


 ラトニの意思に応え、燐光を散らして魔力が踊る。

 そんな少年の姿を観察しながら、一方でノヴァは喜悦に唇を釣り上げていた。


 目の前の少年が振るうそれは、まさに天賦の才と言って良かった。

 具体的なやり方など何一つ教えていないというのに、ラトニはノヴァの魔術を観察し、異常な成長速度で自らの魔術を再構築しつつあるのだ。


 当初のラトニの魔術が極太の毛糸で大雑把に編み上げた単色のセーターだとするなら、今のそれは細い毛糸を何色も使い分け、複雑な模様を編み込んだセーターである。

 構成の理解が間に合わなければ魔術消去は使えず、迎撃のために払わねばならない魔力と意識が多い分、攻撃に向けられる力も削られる。


「――暴走による威力の増大でなく、意図的に正確で強大な魔術を行使したいならば、絶対的に強い意志力が必須とされる。だから魔術師は精神を鍛えるんだ。魔力回路に対する精神の揺らぎの影響は、肉体に対するそれより遥かに大きいから」


 レーザーのようにこちらを狙ってきた水の一撃をステップ一つで避けながら、ノヴァは独り言のように口を開いた。


「仔猫を沈めた『深層』は、その魔術師ですら滅多なことでは触れられない、文字通り精神の底近い深みだ。一度落ちたら最後、下手に外界から干渉すれば仔猫の自我は砕け散る。

 目覚める手立ては仔猫が自力で這い上がることだけ。だが、自身の内面を映し出した心象世界にもしも囚われ、現実を見失ってしまったら、二度と浮上は出来なくなる。

 浮上の前に精神が弱り、心が折れるようなことがあっても結果は同じ。精神の弱体化は、そのまま肉体の死に直結するだろう」


 ラトニが突出した魔術の才能を有しているのは明らかだ。そして同時に見てとれるのは、歳に似合わぬ精神面の成熟度。

 だからノヴァは、ラトニを揺さぶる。

 オーリを抱えてあの場から動けないラトニが、圧倒的な実力差を突き付けられて尚これほど食い下がれる理由を、彼は是非とも突き詰めたかった。


 抱いた少女が目覚めないと知った時、目の前の少年が見せる反応はどんなものなのだろうか。

 異常で不可思議な子供たちが自分の期待を見事に超える瞬間とは、一体どんなものなのだろうか。


「番犬。いつ目覚めるとも知れない、目覚めるかどうかも分からない人間一人抱え込んで、何故お前はそこまで粘ろうとする? お前ならばこの戦場から逃げ出すことも可能だろうに、それを選ばずただ盲目に仔猫の目覚めを待つのは何故だ?」


 恐らくは、オーリを守る意思とノヴァに対する敵意こそが、今のラトニの最大の支えだ。噛み締めた唇を食い切りそうになるほど感情と魔力を荒れ狂わせながら、それでも彼はギリギリで手綱を引き切って、オーリに流れ弾の一つも当てず魔力の暴走も起こさず、制御技術さえ覚えつつある。


 興味深い、とても興味深い。

 オーリが今まさにノヴァの投げつけた問いへの『答え』を探そうと足掻いているように、きっとラトニもまた、ノヴァの好奇心を惹き付ける何かを持っている。


「――愚問」


 腹の内の読めぬ男の問いを、ラトニは一言で切って捨てた。

 長時間の集中と魔術の連続使用は、結構な勢いでラトニの体力を削り続けている。

 血色の悪い頬にぼたぼたと冷たい汗を流しながら、ラトニは唇だけを獰猛に釣り上げた。


「あなたが彼女とどんな会話をしたかは知りませんが、あまり彼女を舐めない方が良いですよ。

 僕の惹かれた彼女が、心の一つや二つへし折れたくらいで、母屋丸ごと倒壊するような軟弱な人間であるものか。折れる覚悟もなく善人の真似事(あんなこと)をやり続けるほど、彼女は愚かでも妄信的でもない」


 喋りながらも、ラトニは魔力操作を更に続行。隠蔽に使う魔力も回して、小規模な魔術を次々とノヴァに叩き込んでいく。

 単調ではあるが、足止めとしては確かに有効な手だ。ノヴァはそれらを全て撃ち落とし、或いは回避。隙間を縫うように繰り出される黒杭を、ラトニは湯水のように魔力を注ぎ込んで展開したドーム状の魔力盾(シールド)で強引に防御する。


 ノヴァから突き付けられる問いに、ラトニは揺らがない。信仰にも似た強さで、ラトニはラトニの唯一を信じている。


「無力であることも、自己満足であることも、彼女はとっくに全部分かっていますよ。

 それでも止めないと、自分で決めたんです。一度や二度や三度や四度、折れた心を理由に『今』を投げ捨てたりはしない。

 だって彼女は猪みたいに一本気で、頑丈で図太くて複雑怪奇でエゴイストで、呑気で現金で、底が浅いようで深くて、馬鹿な癖に計算高くて、薄情な癖に人の好い――」


 強化一辺倒で細かい構成を後回しにしていた魔力盾に、ビキリと細い罅が入った。僅か見えた隙に吸い込まれるように、黒杭が空気を切り裂いて突き刺さる。

 硝子の割れるような音と共に、盾の一部と、ぶつかった黒杭が砕け散った。


 考える間もなく、ラトニはオーリの上に覆い被さった。

 弾丸の速度で飛んだ破片が、ラトニの前髪の一房を切り飛ばし、左目に直撃した。


 風。そして衝撃。

 一秒と間を置かず、新たな結界が完成する。凄まじい速さで魔力盾の修復が終了し、レースのように広がった青い水がその上から降り注いだ。


 二重の防壁。更にはノヴァの周りで適当に暴れさせていた水の『右腕』と『左腕』を呼び寄せて結界を囲い込ませ、防御を四重に。


 酷使した魔力回路のせいで軋む身体も、被害の程度すら分からない左目も、全て思考の埒外に置いてラトニは最後の答えを紡ぐ。腕の中で眠る少女にだけ、ほんのりと雪解け水のような微笑を向けた。


「――この僕が、指針と定めた人なんですから」


 堅固過ぎるほど堅固な防御態勢を整えたラトニに、ノヴァが表情を険しくした。

 しかし今更魔術反応など探ろうが、既に罠は張り終えている。ラトニがこの空間に留めているのは、水の使役に紛れて分解し続けた水分子から生み出された、大量の水素。火花一つで爆発を起こす、無色無臭の天然爆薬である。


「着火」


 びりびりと肌を粟立たせるほどに警戒したノヴァが、魔力盾(シールド)を張りつつ空間を脱出しようと後退する。それを待たずに、ラトニは最後の一手を打った。


 水分子の摩擦から生じる静電気。煙も上がらない小さな小さな火花が、空間中に立ち込める水素の起爆剤となった。


 ――そして、閃光。



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