9:傷付けたくない人がいる
シェパの警備隊が本拠とする駐屯所は、中心部からやや外れた位置にある。街中に点在する小さな詰め所とは違い、三階建ての建物は、常時数十を越える隊員が詰め、書類仕事や外回りに勤しんでいる。
その三階の一角にある、南向きの大きな窓を備えた一部屋。個人に与えられるものの中では二番目に広いだろうその部屋に、今は男の姿が一つあった。
僅かに風が吹き込む程度に開けられた窓を傍らに、資料を幾十と広げたデスクを苛々と指で叩き続けている。忙しなく紙面を駆け巡る視線が、抑え切れない険しさと苛立ちを含んで揺れていた。
――瞬間、男の視線が上を向く。気配を察知して警戒すると同時に、体当たりで窓を開けて飛び込んできた二つの影が、激しく椅子を薙ぎ倒して床を転がった。
――ガゴゴゴンッ!
鈍い音を立てて家具に叩き付けられる人影に、男は大きく目を見開く。見覚えのある二人の姿に誰何の声を上げるより先、かけられた声に顔を跳ね上げた。
「――警備隊には随分とヒマな奴らがいるんですね」
鳥が鳴くように響いたのは、幼さを孕んだ高い声。大きく開かれた窓の縁に足をかけて、こちらを見据える子供の姿には馴染みがあった。
未だ十にもならないだろう矮躯は昂然と背筋を伸ばし、目深に被ったフードはオリーブ色。彼女が以前着ていた覚えのあるダークブラウンの上着は、今は彼女の背中に負ぶさった、もう一人の子供の体を包んでいた。
「誘拐犯捕縛失敗の汚名を返上するために必死こいて総掛かりで働いてると思ってたんですけど、思い違いでしたかね。こんな非常時に、路上で女の子に絡む暇のあるアホ共がいるようで」
「――っはは……。面目ねぇ、鳥の嬢ちゃん」
痛い所を容赦なく突いてくる幼子の言葉に、男はくしゃりと苦く笑う。
薄緑の瞳が複雑な感情を孕み、彼らを映して緩く弧を描いた。
シェパ警備隊の総副隊長――イアン・ヴィーガッツァは、灰色がかった銀髪を短く整えた、二十代後半くらいの男だった。下級貴族の出だと聞いているが、オーリは詳しいことは知らない。この年齢で№2に昇り詰め、仕事をしない貴族出身の総隊長に代わって隊を取り仕切っているのだから、それなりの技量もコネもあるのだろう。
警備隊そのものも、大して真面目とは言えない隊員が多数を占める。勿論真面目に街を守ることに身命を懸けている者たちもいるだろうが、犯罪に関与したり賄賂を要求したりする者は後を絶たなかった。オーリがまともに関係を保っているのは、イアンを含むごく一部だけだ。
「警備隊の副隊長と交流があったとは知りませんでした。顔が広いんですね」
気絶した隊員二人を廊下に放り出した後、勧められた長椅子に座ったオーリの隣に腰を下ろし、ラトニはそう言った。
「今日キミを連れてくる気もなかったんだけどね」
フードの下からじろりと睨み、機嫌の悪そうなオーリがそう返す。
ラトニから誘拐犯一味の捕縛失敗を知らされたオーリは、彼に本日解散を言い渡し、自身は即座に警備隊の駐屯所へ向かった――はずだった。
誤算は一つ。走り出したオーリの背中にラトニが素早く飛び付いて、子泣きじじいよろしく離れてくれなかったことである。
磁石よりもがっちりしがみ付いてくるラトニを振り払うことは諦めたものの、事件に対する怒りと焦燥が相俟って、途中、花売りの子供に難癖を付けている警備隊員を見付けた時のオーリの顔は凶相と言うに相応しかった。彼女はラトニを張り付けたまま屋根から飛び降りて二人の隊員を蹴り倒し、気絶した彼らを掴み上げて、勢いのまま副隊長室を強襲したのだ。
「まあいいじゃねーか。そいつだろ? 最近連れ回してるって相方は。孤児院の奴だとかストリートのガキだとか聞くが……」
「この子のことなら今回は関係ありませんよ」
切って捨てるように言い放つオーリに、イアンははいはいと手を振った。
毛を逆立てた猫のように威嚇する姿は、マイペースな態度の多い彼女には珍しい。面白いものを見る心地で彼女の様子を横目に見ながら、ラトニの方に言葉を投げる。
「坊主は知らないだろうが、嬢ちゃんには三回ほど手を貸してもらったことがあってな。一度目は街中で窃盗犯を捕まえた時、二度目は街の子供がごろつきに手を出されそうになってた時、三度目は部下のジョナサンが嫁に逃げられかけた時。
うちも正直、人手が足りてなくてよ。非公式にだが、嬢ちゃんとは時々情報提供し合うようになったんだ」
「一部変なのが混じってたんですが」
「夫婦喧嘩の時、まだ生きてる魚を投げ付けたら嫁がブチ切れたそうでな。鬼の形相で眼鏡を粉砕されて、とても恐ろしかったと言っていた」
「魚も眼鏡もどうでも良いです。どうしてそんなものを投げようと思ったのかもどうでも良いです」
心の底からそう言って、ラトニはオーリの膝を叩いた。苛々と貧乏揺すりをしていたオーリが、舌打ちせんばかりに口を挟む。
「そんなことより、誘拐された子供たちの方はどうなってるんですか」
「お前は本当に子供のこととなると余裕がなくなるなあ」
苦笑いするイアンを、オーリは鋭い視線で睨み上げた。
イアンがこの警備隊の誰よりも真剣に事件を追っているだろうことは、オーリにだって分かっている。それでも八つ当たりをしたくなる程度には、彼女も余裕がないらしい。
「……失敗したっていうのはどういう意味ですか?」
「逃げられたんだよ」
イアンが短く答える。オーリの爪が彼女の口の中で、がり、と鈍い音を立てた。
「三十二番通りに近い廃屋の一つだ。そこが拠点だと情報を得て、その日の夜の内に踏み込んだんだが、既に空だった。随分と急いで撤収したような形跡があったから一応周囲を確認もしたが、逃げた奴らの手掛かりはゼロ。被害者の姿もどこにもなかった」
「……それって」
ぽつりと呟く。オーリの瞳が暗さを増し、虚ろな重みが視線に乗った。
「隊内に内通者がいる可能性がある、ってことですよね」
オーリの言葉に、イアンは答えなかった。ただ苦みを増した双眸だけが、彼の胸中を語っている。
纏まらない隊員に、意味を為さない隊規に、最も手を焼いているのがイアンだった。顔も本名も知らない幼い少女の協力を、「危険だから」で拒否できない。それほどに、今の警備隊は本分を全うしていなかった。
「一度街を出られたら、追いかけるのは困難です。追い付けたとしても、向こうが自棄になったら子供たちに危害を加えるかも知れない。一度失敗したからには犯人たちだって一層注意を払うでしょうし、正攻法で捕捉するのは――」
がりり、と強い音がする。それまで黙っていたラトニが溜息をついて、爪を噛みながらぶつぶつ呟いていたオーリの右手を取り上げた。薄桃色の爪を削る異音が、部屋の中から静かに消える。
「――まだ手遅れと決まったわけではありませんよ」
不格好に削れた爪に、花びらでも愛でるように触れながら、淡々とした口調でラトニが言った。
「警備隊が拠点の情報を手に入れたのは二日前で、作戦が失敗したのはその日の夜です。もしも犯人たちが襲撃の情報を手に入れたのが当日で、慌てて移動したのならば、まだ街を出る用意が整わず、近くに潜伏しているかも知れません。誘拐された子供たちの死体がなかったなら、売買目的で連れている可能性が高いでしょう。荷物が多いほど、連中の動きは鈍る」
「…………」
オーリの手が資料を取る。黙って目を通し始めた彼女の姿を、ラトニは無言で見つめていた。
――全ての紙をめくり終えるまでに、十五分ほどもかかっただろうか。最後の文章を読み切ったオーリは、顎に指を当ててしばし沈黙する。
思考に沈むオーリを、イアンは黙って待っていた。伏せられた青灰色の瞳が、一瞬鋭い光を瞬かせたような気がした。
やがて、オーリが顔を上げる。イアンを見上げて口火を切った。
「イアンさん、喉渇いたんですけど」
「お前って、時々ヘンに図太いよな」
真剣な顔でそう返してから、イアンは疲れたようにげっそりと溜め息を吐いた。なんかもう、こんな時までマイペースなんだけどこの子。
手にしていた資料を置いて立ち上がり、彼はわしわしと頭を掻く。
「……水で良いのか」
「ナカ葉とキコメイジのブレンドでお願いします。仕上げにシナモンを加えて、コトンミルクをスプーン一杯に、あと出来れば、砂糖を少し」
「坊主淹れてきてくれ」
即断でパスされて、ラトニが嫌そうな雰囲気になった。
ラトニは物言いたげな視線でイアンを見返してみるが、イアンは座り込んだきりそっぽを向いている。
じいっと見つめたまま少し粘って諦めて、ラトニは渋々立ち上がった。如何にも面倒臭そうなその仕草を横目で見ながら、オーリも肩を竦め、おいおいとわざとらしく首を振る。
「何だ、結局イアンさんは淹れてくれないんですか。そうやって人をパシってばっかりいると、体に脂肪が増えるんですよ」
「余計なお世話だよ! 図々しい注文した張本人に言われたくねぇよ!」
「イアンさんも、もう若いって年じゃないんですから、意識して自己管理しないと。座りっぱなしじゃ足腰弱くなりますよ。先日だって何もない所で躓いて、酒場のミーニアおばさんが悲しい顔を」
「余計なお世話だって言ってんだろうがああああ!! だったらお前が行ってこいよ! 自分で足腰鍛えてこいよ! つーか、毎度毎度何でそんないらんこと知ってんだボケええええ!!」
「ラトニ、簡易キッチンは隣の部屋だよ。ついでに茶菓子の一つでも漁ってきて」
「持ってくるので鼻から飲んでくださいね」
抗議の悲鳴を上げるオーリを放置して、ラトニがドアから出て行く。再び静かになった部屋に、二人の人間が残された。
「――坊主には聞かせたくない話なのか」
声のトーンを落とし、ぼそりと問うたイアンに、オーリは僅かに目を伏せて、資料の文面を指し示す。
「今夜辺り、危ないと思いませんか」
小さくそう返したオーリに、イアンも頷いた。
「そうだな、連中が街を出るとしたら今夜だ。ただし移動ルートが絞り込めていない。どこに内通者がいるか分からないせいで、多く人員を使うこともできないんだ」
「東の門、は無さそうですね。あそこから出る道は、大荷物を持って移動するには不適切だし」
「今街の中にいる連中は、門を出る前に確保するつもりだ。お前は捕縛よりも、誘拐被害者の奪還を優先したいんだよな?」
「ええ。だから、早く子供たちの居場所を確定させたい。潜伏場所の候補は――これだけですか」
「それでも精一杯なんだよ。幾つか懸案事項もあってな、悟られたら今度こそ逃げられる」
早口に意見を交わしていたオーリが、そこで少し口を閉じた。指を唇に当て、数秒黙り込んだ後、小さく吐息を吐く。
「――仕方がないですね。それなら、やっぱり連中に連れて行ってもらう方が確実でしょう」
そう告げたオーリの顔を、イアンが険しい表情で見た。オーリはイアンの態度に構わず、言うべき言葉を淡々と紡ぐ。
「今夜、私が迷子を装って連中に接触します。今日を最後に街を出るなら、獲物は一人でも増やしたいはずだ。子供たちの居場所さえ正確に分かれば、隊員を保護に回せるでしょう? 捕縛はそちらに任せます」
「危険性は分かって言ってるんだろうな」
「分かっていないと思われますか? ごろつき十人相手にして無傷で勝てる子供なんて、私以外にそうそういないと思いますけど」
「深入りせずに、もっと俺たちに任せて欲しいってのは……」
「ただでさえまともな隊員が足りないんですよね? 子供たちの保護と護衛まで手が回りますか?」
控えめな文句を封殺して、オーリは大きく嘆息した。
「イアンさん、心配してくれるのは有り難いんですけど、他に適任者はいないでしょう。後がないんですから、確実な手段を取るべきです。
……話が決まったら、早く細かい打ち合わせを済ませておきましょう。ラトニがいつ戻ってくるか分からない」
落ち着いた様子でそう言って地図を広げたオーリに、イアンは複雑そうな顔をしながらも従った。
――何時のことだっただろうか、初めて少女の姿を見たのは。
少女との馴れ初めと関わりは、先程あの少年に語った通りだ。けれど実はその前に、イアンは一度だけ彼女の姿を見たことがあった。
雲一つ見えないほどよく晴れたあの日、ダークブラウンの上着とフードで顔を隠した小さな子供は、人気のない路地裏に立っていた。
そこにいたのは子供の他に、倒れ伏す大柄な男が二人と、へたり込む汚れた赤毛の娘。赤毛の娘は十前後の年齢に見えたが、フードの子供の体格は、それより更に幼かった。
フードの子供が女の子だということに、イアンは子供が声を発して初めて気付いた。
『おいで』
小さく震えている赤毛の娘を振り向いて、少女は言った。己よりも年長の相手に、まるで小さな妹にするように手を差し伸べて。
『きっと、キミはもう家には帰れない。キミを守ってくれる親は、大人は、ルールは、既にキミから失われた。
だから、これからはキミがキミを守らなきゃ駄目だ。――キミはもう、取り零されてしまったんだから』
容赦のない少女の言葉に、娘の顔が悲痛に歪んだ。けれど娘はぐっと拳に力を込め、零れ落ちそうになった涙を我慢する。倒れ伏す男たちと目の前のフードの少女を見比べて、強く唇を噛み締めた。
そんな娘を見つめながら、少女は淡々と言葉を紡ぐ。
『生きたいのなら、一緒に来なよ。キミにはそうする権利がある。
誰に取り零されたとしても、そのまま大人しく地面に叩き付けられてやる義理なんて無いんだから』
言われた言葉に、娘の眉間に力が入った。目の前の少女ではない何かを真っ直ぐ睨み付けるような眼差しで、強く奥歯を噛み締める。
――フードの少女が差し伸べた手のひらを、娘の手がゆっくりと掴んだ。
『キミの助けになってくれる人たちの所に連れて行ってあげるよ。そこにはキミと同じ、取り零された子供たちがいる』
赤毛の娘を軽々と引き起こし、フードの少女はそう言った。
――ひく、と。
一度だけ、娘の喉から小さな嗚咽が聞こえた気がした。
――後で調べて分かったことだが、あの赤毛の娘は最近両親が病死して、やって来た親類に家を追い出されたらしい。どうすれば良いのかも分からないまま街をさ迷い、人攫いに遭いかけていたところを、たまたま通りかかったフードの少女に助けられたのだ。
あの時イアンは、「天通鳥」と呼ばれる少女のことなど全く知らなかったけれど。
それでも、己自身で己を守れと子供に諭す、更に幼い子供の姿が、酷く衝撃であったことを覚えている。
警備隊すらも彼女たちにとっては味方足り得ない。それはままならない組織を持て余しかけていたイアンにとって、非常に重い事実だった。
――あの時の赤毛の娘は、恐らくストリートチルドレンに組み込まれたのだろう、とイアンは考える。
わざわざ問い質す気などないが、少女は曰く「取り零された子ら」の受け皿に関して、ストリートチルドレンに一定の信用を向けているようだった。子供を見捨てることが嫌いな彼女が、一つでも多くの選択肢を欲しがっていることを、イアンは知っている。
家も家族も失った娘に容赦なく現実を突き付けて、心を抉って。
それでもあの少女だけが、娘に手を差し伸べたのだろう。
あの手に乗っていたのは、娘自身がその身を生かす選択だ。掴んだ娘は、きっと今もこの街のどこかで生きている。それを少女が望んだ通りに。
(この様子を見る限り、相方に対しても甘くする対象なのは変わってないか。嬢の意向通り、本当にあの坊主だけは巻き込まねぇように注意した方が良いらしい)
下手に巻き込めば、本気で少女を怒らせる。
彼女がイアンの前で少年の名前を呼んだのは、イアンならば少年に危害を加えないだろうと思ったからだろう。ついでに、万一の時は助けろとの期待もあるのかも知れない。その程度の信頼は、二人の間にもあると信じたかった。
道化、聡明、怜悧、異様。多くの側面を持つ彼女が、本当はいつだってただ我武者羅であることに気付いたのは、一体何時の話だっただろう。
今も真剣な声で事件の分析と提案を続ける少女の姿は、その矮躯にも拘わらず決して頼りなく見えるものではなかった。けれどその事実こそが、何よりもイアンを戸惑わせてならない。
彼女本人もまた幼い子供に過ぎないことから、彼女が意図的に目を逸らしていることを知りながら、イアンは今日も彼女を利用する。
※※※
その夜、ようやく傍付きを帰して自室に鍵を掛けたオーリは、急いで窓から屋敷を抜け出した。
ストリートチルドレンと思われるように粗末な衣服と鬘で変装し、目元を気休め程度に前髪で隠して、上から例の上着とフードを被る。暗がりならば、顔の詳細は分からないと祈りたい。
約束の場所に辿り着けば、既にイアンの姿があった。二人の警備隊員が傍にいて、彼から指示を受けている。残りの人員は既に散っているのだろう、周囲に姿は見えなかった。
「お待たせしました、イアンさん! 遅れてすみません!」
こちらに気付いて声を上げようとする隊員の傍を通り過ぎ、イアンに駆け寄って挨拶をする。イアンはオーリの言葉を聞いて、何故か一瞬硬直した。
「――は? え、嬢ちゃん? 鳥の?」
ぱちぱちと瞬きをするイアンに、オーリは首を傾げた。
「どうしたんです? 何か不測の事態でも?」
眉を顰めて問いかければ、イアンの表情が不可思議な形に歪められた。傍らにいた隊員たちが両者の様子を見比べて、恐る恐る声を上げる。
「……あの。鳥の嬢って、今回囮役をやることになってた、例の女の子ですよね?」
「そうですけど」
頷くオーリに、隊員は困った顔で言った。気弱そうに、やや掠れた声だった。
「……囮、三十分前に出ちゃってるんですけど」
「――――は?」
一瞬、何を言われたか分からなかった。曖昧な呻き声を上げるオーリを、イアンがうろつく視線で見下ろした。
「いや、その。三十分前に、サイードの……コイツの所に、お前と同じ、フードを被った子供が来て。時間がないからすぐに作戦開始させてくださいって言って、そのまま走って出ちまったんだと。俺たちは、今からその追跡を始めようとしてたとこだったんだけど」
「ちょ、っと待って。子供? 私の前に?」
「はい。協力者の説明は受けていたので、てっきりその子のことだと思ったんです。発信器も、何も言わずとも持って行きましたし」
隊員の一人――サイードの証言に、イアンが手元の板を覗き込む。発信器とセットになった探索器は、街の一点を確かに指していた。
「じゃあ、今連中の所にいるのは――誰だ?」
探索器を見つめるイアンが、掠れた声でぽつりと呻いて。
――オーリの顔から、夜目にも分かるほど血の気が引いた。




