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いつか見る果て  作者: 笠倉とあ
シェパ・野盗と遺跡編
85/176

83:追跡開始

 年が明けるよりもっと前の話、オーリは一度だけ、ペットを飼ったことがあった。


 家の用事でシェパを離れて王都に行った際、何処からともなく現れた、水色の羽の綺麗な小鳥。

 ラトニのいない隙間を埋めるかの如く、それは王都にいる間中当たり前のように彼女の隣を陣取って、そしてシェパに帰ってくる間際に姿を消した。


 思えば単にペットと呼べるほど定義しやすい存在ではない、小鳥の癖してやたら表情豊かで毒舌(勿論言葉を話したわけではないが、その鳴き声が絶妙に機嫌の上下を主張していた)な奴だったこともあって、往々にしてラトニ(本来の相棒)を想わせた小鳥の行方を、一度情が移ればとことん入れ込む性質のオーリが惜しまなかったはずもない。


 彼女が「クチバシ」と名付けたその小鳥は見た目に反してひどく知能が高く、それこそ並の大人を相手にしたとて一歩も引かない強固な理性と自意識を確立していた。


 だからこそ、かの小鳥が自らの意思でオーリの元を離れたのなら、最早舞い戻ることはないのではないかと予想しつつ。

 それでも、心底可愛がった小鳥が、やはり相手もまた同じように己のことを慕ってくれていたと知っているからこそ、いつか再会できる日が来ればと願うことだけはやめられなかったのだ。


「――だが要するに、お前の元ペットがお前の元から逃げたことには変わりないんだろう?」

「この人ほんとに身も蓋もない」


 しょんと肩を落としてヘコむオーリに、しかしノヴァの方は少女と小鳥の種族を越えたハートフルストーリーになど微塵の感銘も受けないらしい。

 出涸らしの鰹節でも見るような眼差しをしながら、長く骨張った彼の指は目まぐるしくパネルの上を駆け巡り、びっしりと文字の並んだ画面を次々と虚空に浮き上がらせながら複雑な操作を押し進めている。指の動きが軽やか過ぎてピアノでも弾いているかのようだ、と思いながら、オーリは不服そうに下唇を突き出した。


「と言うか、その逃げたペットがあそこにいるのと本当に同一鳥だという確証はあるのか? 別に首輪が付いてるわけでもあるまいに」

「それはほら、あの子がさっき引っ張り出してたの、多分私のチョーカーから落ちた飾りですから。あの子、私の落とし物については物凄く目敏かったんですよ。失くすくらいなら自分に寄越せって感じで、巣に抱え込んでメイドにも触らせないの!」

「うちの子は甘えたで困っちゃうなあみたいな顔で笑ってるが、それ人間の異性とかに置き換えたら若干怖いものがあるぞ」


 倫理の破綻している男に冷静な声でツッコまれて、オーリは解せぬと首を捻った。

 可愛い小鳥がヤンデレ入った偏執狂だなんて答え、割と身内贔屓な彼女の思考回路は打ち出してくれない。多少オーリにべったりで他者に攻撃的な態度を見せようが、精々ちょっと嫉妬深いかな程度の感覚である。


「――繋がったぞ」


 ピン、と最後にパネルを弾いて、ノヴァが端的に宣言した。

 同時に空間がばぢんと火花を散らす。陽炎を纏って大きく裂けた空間の向こうに、瓦礫に埋め尽くされた薄暗い何処かが透けて見えた。


 仕事が早い、見事だ。跳ねるように半円の操作フィールドを飛び降りたオーリは、迷わず転移門へと突進していく。


「ノヴァさん流石! ありがとうございますっ!」

「二十分程度しか開いていられないから、さっさと鳥を捕まえて戻ってこい」


 どうでも良さそうにひらひらと手を振って告げるノヴァに、オーリは「はーい!」と返事をして。


 それから小さな人外の友人の名を叫びつつ、転移門へと飛び込んでいった。




※※※




 オーリが動力室と瓦礫の広場を繋ぐ転移門に飛び込んだ瞬間から、時間は僅かに遡る。


 ぐらぐらと定まらない姿勢の中で、ストラガはうっすらと目を開けた。

 軋む身体を起き上がらせようとして、それを妨げる何かがあることに気付く。

 ぐっと力を込めて上半身を持ち上げれば、ぶちぶちと太いものが千切れる音がした。


 そこは、張り巡らされた木の根や蔓で、不格好な足場のようになっている場所だった。


 どうやら年月が経つうちに自然と出来たものらしく、足場は非常に不安定で、あちこちにぽかりと大穴が空いている。

 一体どれほどの高さを落ちてきたのか、見上げた先にはただひたすら遠くに、暗い天井が存在していた。


 足場に這いつくばって、穴を覗き込んでみる。

 三メートルミルほど下方に床があり、穴を突き抜けて落ちた瓦礫が床の上で幾つもの小山を作っていた。どうやらあちらが本来の階層で、この足場はたまたま繁茂した植物の集合体が、屋根のように被さっているものらしい。


 随分と高い位置から落ちたようだが、この屋根に引っかかったお陰で助かったのか。

 そう悟って、ストラガはゆっくりと立ち上がる。落下した衝撃で全身を絡め取っていた蔓を全て引き剥がしてから、人の気配を求めて視線を巡らせた。


「ウェーザ。起きろ」


 幸い、同じように近くに引っかかっていた仲間の存在はすぐに見つかって、ストラガは低い声でその名を呼んだ。

 意識がないのか蹴飛ばしても呻くだけだったので、軽く殺気を当ててやる。今度はすぐに反応して、跳ね起きたウェーザが反射でナイフを繰り出してきた。


 ヂッ、と擦れるような金属音。首を掻っ切られる寸前でストラガのナイフが刃を弾き、ウェーザが意識をはっきりさせるまでの時間を後退することによって稼ぐ。

 ストラガと目を合わせたウェーザが、一呼吸の間に覚醒。己と対峙する人間の姿を認識して肩を跳ねさせ、きょろきょろと周りを見回し始めた。


「なっ――ストラガ。……そうか、ここまで落ちてきたのか」


 ようやく状況を呑み込んで、ウェーザが申し訳なさそうに眉根を下げる。それから溜め息混じりに舌打ちを零して、赤銅色の髪を掻き回した。


「手間をかけさせて悪かったな。ところで、あの女(アリアナ)はどうした。死んだのか?」

「さあな。運が良ければ、この屋根に引っかかり損ねて墜落死しているだろうさ」


 その場合、彼女は瓦礫の山に押し潰されて死体も見えなくなっているだろう。

 そうなってくれていた方が有り難い、という意図を隠しもせずに、ストラガはするりと穴を潜る。危なげなく床に着地した彼の隣に、続いてウェーザも降り立った。


「……おい、ストラガ」


 どちらに行くべきか、と考える暇もなく。

 ぺたぺたと歩く足音の存在に、ウェーザが眉間に深く皺を寄せた。


 ――ぺたぺた、ぺたぺた、ぺたぺた。


 聞こえる足音は一つではない。あっちこっちの瓦礫の向こうから、扁平な身体を這わせた小さな魔獣たちが、ざわざわとこちらへ向かってきていた。


 一瞬、まさか自分たちを襲うつもりか、と思いはしたが、すぐにそうではないらしいと悟る。

 魔獣たちの視線はストラガたちを無視して、真っ直ぐにその向こうへと向けられていた。


(こいつら、何処に行こうとしているんだ……?)


 二人の傍を通り抜け、寄り集まった魔獣たちはそのまま群れとなって一方向へ進んでいく。

 その背を追って振り向いたストラガは、石壁にアーチ型をした大きな入り口が存在しているのを見て眉を寄せた。


(道の続き、か。上階で床が崩れたのは、この場所に導くためだったのか?)


 考え込むストラガの足に、ふと、ぐい、と強い力がかかる。咄嗟に見下ろせば、魔獣が数匹、ストラガとウェーザの足をぐいぐい頭で押しているところだった。


「付いて来い、ということなのか……?」


 困惑したようにウェーザが呟く。

 もしもこの魔獣が遺跡を訪れた者を先導する役目を負っているというのなら、後をついて行けば、そこには確実に遺跡の重要機関が存在するはずだ。

 魔獣たちは迷うことなく入り口へと吸い込まれていく。

 更にしばらく考えて、ストラガは決定を下した。左腕に着けた六角盤と黒石に損傷がないことを確認してから、横目でウェーザを見て宣言する。


「追ってみよう」

「了解した」


 短い言葉を交わして、二人は足を踏み出した。

 ぺたぺたと進み続ける魔獣たちは、やはり彼らに一瞥もくれないまま、ただ脇目も振らずに暗い入り口を見つめ続けていた。




※※※




 ストラガたちの姿が道の奥に消えて、僅か数十秒後。

 ばぢん、という音と共にその場に現れた転移門から、小柄な少女が飛び出した。


 猪のように突進してきた少女――オーリは、危うく床を這う魔獣たちを踏みそうになって踏鞴を踏む。

 魔獣が群れ集う異様な光景に何だ何だと目を瞬かせながらも、小さな鳥の姿を求めてそわそわと視線を巡らせた。


「うわ、本当に瓦礫だらけ……クチバシ! 私だよー! 何処にいるのー! 危ないから早く出ておいでー!」


 手乗りサイズの小鳥一羽、早いところ保護せねばうっかり崩れた瓦礫にでも埋もれてしまいやしないかと、オーリは忙しなくその名を呼ばわる。足元の魔獣たちを慎重に避けながら、小鳥の姿を見かけた辺り目指して駆け出した。


 静かな広場では、高い子供の声はよく響く。応えてピィ、と鳴く声は、すぐさまオーリの耳に滑り込んできた。


「――クチバシ!」


 水色の弾丸が、一直線に。

 どうやら隠れるつもりはなかったようで、林立する瓦礫の小山の向こうから胸元目掛けて飛び込んできたのは、小さな水色の鳥だった。見覚えのある茶色いぼろぼろの毛玉をちまっとした爪にしっかり掴み、結構な勢いで突進してきた小鳥を危なげなく受け止めて、オーリはぱぁと顔を明るくさせる。


 彼女がクチバシに会うのは、王都訪問の時以来だ。

 何の予告もなく姿を消してしまった小鳥をずっと案じていた身としては、思いがけない再会に頬も緩もうというもので、しっかり小鳥を抱き締めて、嬉しそうに柔らかな身体へと頬を寄せる。

 心なしか自らも体をすり寄せながら、小鳥は大人しくされるがままでいてくれた。


「クチバシぃぃぃぃ! 会えて嬉しいよ、久し振り! 元気だったぁぁぁぁ!?」

「ピッ」

「ちゃんとご飯食べてた? 危ないことしてない? 怪我もないし羽の艶も良いけど、冬の間何処にいたの? 鳥仲間にいじめられたりしてない?」

「ピィ」


 微妙に上京した息子を心配する田舎の母ちゃんみたいな台詞を吐くオーリに、クチバシは一々返事をしてくれる。

 クチバシの方もまた、顔を合わせたオーリの様子に安堵したような、しょうがないなとでもいうような雰囲気で、言葉よりも能弁なその空気や賢さに、やはりあの日いなくなった小鳥で間違いないと確信した。


「ねえクチバシ、ここで私と同年代の男の子か、長い鳶色の髪の女の人を見かけた覚えはない? ラトニ……の方は、前に話したことがあるよね。女の人はアリアナさんって言って、三人で一緒にこの遺跡に来たんだけど、はぐれちゃって」

「チッ」

「知らないか、残念……。あ、しまった、二十分以内に戻らなきゃならないんだった。

 クチバシ、私さ、今ノヴァさんって人と一緒にいるの。物凄く腕の良い魔術師なんだけど、なんか目的があってこの遺跡にいる人でね」


 転移門を開いていられる時間はおおよそ二十分程度。それを思い出して、オーリは早口に説明する。

 つんつんと指で頭をつつかれていたクチバシが、きょろりとこちらを見つめてきた。

 小鳥の視線から目を逸らし、オーリは自分をここに送り出した時のノヴァの横顔を思い浮かべる。

 少し視線を上に向けて、呟くように言った。


「……あの人、私にも、何かやらせたいことがあるみたいなんだよねぇ」


 ――そして多分、クチバシにも。


 否、やらせたいことと言うよりは、期待していること、と言った方が正しいか。

 何故なら、恐らくノヴァは結果そのものより、そこに至る過程で『誰が』『何をしたか』の方に興味を持つタイプだからだ。思考を形成するためにある程度の誘導はするが、『ノヴァ自身の意思をトレースさせて』『完全に意のままに動かす』つもりはない。


(ノヴァさんは私に情報を与え、加えてあの動力室に導いた。それは私が、今ここで何が起こっているのか、何をすれば良いのか、何一つ分かっていなかったからだ。つまりあの人の行動は、私に一定の知識を与え、私の思考に方向性を加えるためのもの)


 実際、オーリはこれまで一度たりとも、ノヴァから直接的に『××をしろ』と命じられたことはない。

 ノヴァがオーリに期待していること、動力室に案内された理由。そんなものは、きっとオーリが与えられた情報の断片を掻き集め、自分で推測しなければならないのだ。ノヴァに出会ってから、ずっとそうしてきたように。


(で、その『何か』を果たすために、クチバシが必要になるってこと、だと考えられるわけだ)


 虚空に投影された映像の中、クチバシを見つけた一瞬に、僅かに揺らめいたノヴァの瞳を、オーリは目敏く察していた。

 動いた眉根に見て取ったのは、ほんの微かな興味と関心。次いでちらりとオーリに視線を落とし、それから彼は無言で転移門を繋げる操作を開始した。


 クチバシの持つ何が、ノヴァに一目でそんな感情を抱かせたのかは分からない。

 けれど、わざわざ連れて来る手助けをしてくれた辺り、決してオーリの勘違いではあるまい。


(私に期待している何か――いや、『ノヴァさんが』『私がこれから選択すると期待している行動』の何処かに、クチバシの出番があるのか。そう考えたから、私にクチバシを迎えに行かせた? でも、だったら『何を』? 言ってみればたかが小鳥一羽だし……ああくそ、考えが纏まらないなぁ。単純な善意って可能性も、まあ無いことは無い、と言えないことも無きにしもあらずだし……)


 久方振りに爪を噛む癖が出て、がしがしと親指の爪に歯を立てる。

 眉間に皺を寄せて唸る彼女に、クチバシが鳴き声一つで先を促した。下唇を尖らせて、彼女は小鳥に向き直る。小鳥を映す目が罪悪感を含んでいることに、自分でも気付いていた。


「……クチバシが、どうしてこんな所にいるのかは分からない。でも、出来れば今は私と一緒に、ノヴァさんの所に来てくれないかな。

 ノヴァさんが直接的にキミを傷付けることはないと思う。ごめんね、キミは人に使われることが好きじゃなかったけど、私としても取れる手札は全部取っておきたいんだ。

 ……それに、これから何が起こるか分からない遺跡でキミから離れるのも嫌だし、手が増えればラトニやアリアナさんを探す余裕も出来るかも知れないから」


 ノヴァが何を求めているのか分からないが、先程の地響きといい、遺跡の異様な構造といい、現状には不穏な要素が多過ぎる。

 その点クチバシは気心も知れているし、鳥類らしからぬ知能も合わせて、仲間としては非常に優秀だ。


 日頃の道化た空気を綺麗に拭い去り、真摯に頼むオーリへと、クチバシは短く一声鳴いてみせる。それから彼女の肩に飛び移り、軽く頬に身を擦り付けてから丸くなった。

 王都にいた頃、オーリと共にいたクチバシの定位置。行動でもって受諾の意を示したクチバシに、オーリの眉尻がふやりと落ちた。


「ありがと、クチバシ。――なら、一緒に行こう」


 嬉しそうに笑って、オーリが踵を返す。転移門のある場所へと、真っ直ぐ駆け出して――


 爆音が降り注いだのは、その直後だった。




※※※




「――見つけたっ!」


 少女が小鳥と合流した、まさにその瞬間。遠く離れた水路の深い深い水の中、一人の少年が歓喜の叫びを上げた。


 少女の元へと小鳥を飛び込ませ、心底嬉しそうに輝く少女の笑顔に自身も唇を綻ばせる。

 次いで表情を引き締めたラトニは、小鳥の存在を目印として座標指定。繋がる魔力の(ライン)を確認し、途切れないようにしっかりと張り直した。

 周囲にあるのは大量の水、水、水。ラトニの魔力が膨張する。周囲の水に干渉、解析。小鳥へと続く最短距離を、遺跡中へと繋がる水路の水を介して割り出していく。


 ――するり、と滑らかな感触が足を撫でて、ラトニは獣たちの存在に気付いた。


 それは奇妙な光景だった。

 緑白の毛皮を持つ獣たちが水流の奥から次々姿を現し、ラトニが向かおうとしている場所と同じ方向へと泳いでいく。

 まるで、何かに呼ばれているかのように。見事に統制の取れた一つの群れとして、遺跡中に散らばっていた獣たちが何処へかと吸い寄せられていくのだ。


(さっきの地響きといい、獣たちといい、一体この遺跡で何が起こっているんでしょうか。ノヴァとかいう男は、この事態にどう関わっている?)


 小鳥と繋げている聴覚から届くオーリの声に耳を傾けながら、ラトニは思考と魔力を巡らせる。


 自己が水へと溶けゆく感覚。小鳥が存在する位置の最至近にある水と、自分が今いる水を繋いでいく。

 水路は遺跡中に張り巡らされている。隔てるもののない複数箇所の水を、互いに溶け合う同一のものとして認識。更に自分自身の存在を、そこに丁寧に混ぜ込んでいく。


「――さあ、連れて行ってもらいますよ――――【呼び水(アモル・ケイジ)】」


 鋭く囁いた次の瞬間、ラトニは一気に加速した。

 周囲を泳いでいた獣たちが、瞬く間に置き去りにされる。前方を見据える琥珀の瞳が金の光にゆらりと揺れ、火花のような燐光が散った。


 ――ラトニオリジナル、高速移動魔術【呼び水(アモル・ケイジ)】。

 ごくごく最近になってラトニが作り上げたこの魔術は、水中でのみ使用できる移動術である。

 擬似転移の要素も含めて構成してあり、物理・魔術含むある程度の妨害をクリアできる代わりに、目標地点に自身の魔力を多分に含んだ目印を置かなくてはならず、また水の外を移動することは出来ない。


 未だ開発途上ではあるが、一応の発動が可能なレベルにまで仕上がっていた幸運に、ラトニはひっそり感謝した。

 代償に膨大な魔力と、ラトニにとって最も魔力親和性が高い大量の水を利用する必要があるが、一度限りなら大して消耗が過ぎることにもならないだろう。


 ――とは言え、やはり精度は落ちるか。


 凄まじい速さで後にしていく周囲の景色を横目に見て、ラトニは僅かに眉を寄せながら考えた。


(先程の地響きから、水路の水そのものに異常が出ているせいでしょうか。水が含む魔力の量が心なしか上がっているばかりか、気を抜けば僕の魔力までじわじわ吸い出されている)


 不完全な魔術は、ただでさえ頻繁にブレが出て操作が難しい。更に数秒考えて、彼は小鳥の操作を切り離すことを決断した。


 もう一つの視界の中、手札が欲しいから一緒に来て欲しいと、小鳥相手に真剣に頭を下げてみせるオーリに苦笑する。

 恐らく、ここで小鳥が逃げたなら、彼女は追いかけないのだろう。

 時間も手札も足りぬという中、連れて行ってから説明したとて何処からも文句は出るまいに、選択の余地を与える少女は実に律儀で間抜けている。

 それでもそれが彼女らしいと、彼女の頬に小鳥の身をすり寄せ、ちょこんと肩に止まらせたのを最後に、操作を完全自動操縦に切り替えた。


 視覚、聴覚。他、小鳥と繋げていた全ての感覚をシャットダウン。魔力の消費を最小限に抑え、移動速度に全神経を注ぎ込む。


 ――くん、と速度が僅かに上がったその時、遥か離れた何処かの広場で、一人と一匹目掛けて爆音が降り注いだことなど知るよしもなく。



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