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いつか見る果て  作者: 笠倉とあ
シェパ・野盗と遺跡編
80/176

78:一歩踏み込もう、その深淵に

 天井に施された照明魔術が効力を失い、あちこちに暗がりが影を落とすその一角で。


 書き上げた報告書を、彼は細く折り畳んで結ぶ。そうして取り出した小さな箱に、紙を放り込んで蓋を閉めた。


 粗末な造りをしたそれは、一見すれば安物の煙草入れだ。少し待って再び蓋を開ければ、先程入れたばかりの紙は影も形もなくなっていた。


 手早く全ての作業を終えたストラガは、無表情のまま身を翻す。

 ここに来て次々と不確定要素が出現するせいで、『本来の役目』に集中できない。

 自分たちのような斥候などではなく、早く専門家を寄越して欲しいと書き送った文面は、経過報告と合わせてまた上司を悩ませるのだろう。



 ――ぺたん。



 不意に何処かから軽い何かの音がして、ストラガは背後を振り向いた。


 見れば道の向こうから、小さな影が近付いてきているところだった。

 蠢く黒い物体は、僅かな明かりの下に入ってその全容を晒す。


 ――それは、トカゲかヤモリのようにぺたりと身を伏せて進む、平たい生き物だった。


 巨体の猫、よりも更に一回りは大きいそれの身体に鱗はない。代わりに短い白い毛が全身を覆い、緑色の光沢が光っている。


 足は非常に短い――と言うか、あまり陸上生物のそれには見えない形をしていた。

 (ひれ)、と言い表すのが一番近いだろうか。

 水掻きのようなものが付いた扁平足はお世辞にも攻撃に向いているようには見えないものの、よく見れば小さな蹴爪を持っている。


 ぺたりぺたりと、見た目通りの鈍足さでやってきた平たい魔獣は、そのままストラガを一瞥することもなく、隣を通り過ぎていった。


 ――そう言えば、ここにはあんな生き物もいたんだったな。


 名前も知らないその魔獣の背中を何となく見送って、ストラガは幾分気の抜けた吐息を吐いた。


(いつからこの遺跡に住み着いているのか知らんが、幸いこれまであれらが攻撃してくる様子を見せたことは一度もない。尤も、あれらも魔獣である限りは怒らせたらどうなるか分からないから、無闇に攻撃するなとの指示は撤回しないつもりだが)


 ストラガが覚えている限り、あの平たい魔獣が人間に接触してきたのは、それぞれ一人につき一回きりだ。

 初めて魔獣に出くわした時、丁度座って焚き火を囲んでいた野盗たちの前に現れた数匹の魔獣たちは、野盗の周りをぺたぺたと歩き回り、やがてもたもたと膝によじ登ってきた。

 匂いでも確かめるように一頻り這い回った後はそのままあっさりと立ち去ってしまい、以降は存在を無視されているので、こちらからもあまり近付かないよう気をつけている。


 聞いた話では、あの時焚き火の所にいなかった者たちも、様々な所で例の魔獣に遭遇し、一通り這い回られたらしい。

 一体全部で何匹が、この遺跡に生息しているのか。ストラガの把握する限り、全員が一度は魔獣の洗礼を受けて――


 ――否。

 そう言えば、未だこの魔獣に出くわしたことのない人間がいた。


(……そう、確か、あの二人はまだのはずだ。アリアナ・イグラ・ニルギリ、そして確か、リアとかいう名の少女)


 少女の方は捕らえてすぐに監禁し、逃げられてしまってからは行方を把握していない。尤も、逃げた先でたとえ彼女が魔獣に遭遇したとしても、目立った害のあるわけでもなかろうが。


 ――ふと。

 ストラガの脳裏に『三人目』の顔が浮かびかけた気がしたが、意識が完全にそちらへ向かう前に、ストラガは思考を切り替えた。

 そうだ。今はもっと重要なことが別にある。



 ――アリアナ・イグラ・ニルギリが、籠もらせていた部屋から姿を消した。



 腹の奥に蟠るような懸念と共に、ストラガはその件に思考を向ける。


(やはり、腹に一物抱えていたと見るべきか……)


 噛み締めた奥歯が微かに軋むのを感じる。最後に見た時の賢しげな女の言動が思い浮かんで、ふつふつと沸き続ける怒りを無理やり抑えつけた。


 アリアナは、謎の多い双子の兄や『人形王弟』に関する情報を有し、フヴィシュナでの内通者候補が送って寄越した、『自分たち』にとっての重要な駒となりうる人物だ。

 だからこそ、敵対していない現状において彼女をぞんざいに扱うことが出来ず、拘束とは野盗たちに対する名目ばかりで、実際には足枷の一つも付けていなかったのが仇になった。


 彼女の逃亡をウェーザが知ったなら歯軋りするに違いない。彼は初めから、あの女を警戒していた。


 ストラガにとってこの場で唯一の仲間であるウェーザは、あれで存外曲がったことが嫌いな質だ。アリアナが【まつろわぬ影の眼(ハクサ・ディオード)】のみならず、その所有者である一般人の少女を売ったことで、ウェーザは随分と苛立ちを露わにしていた。


 個人的な感情で行動することが許されるなら、彼は決してアリアナを引き込むことなどしなかっただろう。捕らえた少女に対しても、野盗たちが危害を加えないよう隔離し、拘束も大分緩めていたくらいだ。


 ――尤も、その結果少女に逃げられたと分かった時は、酷く自己嫌悪に苛まれていたが。


(シェパへの転移は、今も停止したままだ。ならばアリアナとて、何処にあるかも分からないこの遺跡から逃げ出すことは出来ないはず。こそこそと何をしているのかは知らんが、俺たちが数か月かけて未だ把握し切れていないこの遺跡の全容を、短時間で探り出せるわけがない)


 ――彼女が何を企んでいるのかは分からない。

 けれど愛する母国の計画だけは絶対に邪魔をさせるわけにいかない、と強く思う。


 勿論、アリアナの雇い主がこちらに寝返る意思を持っているなら、アリアナとて下手な真似は出来ないだろう。しかし、この状況下で不確定要素が好き勝手に出歩いていること自体が、ストラガの不安と苛立ちを誘うのだ。


 アリアナが、ただ寝返りの打診のためだけに送り込まれたとは思っていない。

 油断すれば足元を掬われるだろう。恐らく、自分たちが考えもしなかった形で。


 ――予測できないものは、好きでない。


 眉間に深く寄せた皺だけに、内心の荒れを表して。

 ストラガは今一度、懐に閉まった小箱の感触を確かめた。

 ついさっき送ったばかりの報告書の内容が、何故だか意識の片隅に引っかかり、奇妙な警鐘を打ち鳴らし続けていた。




※※※




 カーキ色の首布を着けた男が、足早に立ち去ったすぐ後。

 真っ黒な壁から浮き上がるかのように、ゆっくりと出現した姿があった。


 まるで、大きな水槽に一滴の墨を落としたように。

 常人ならば目と鼻の先にいようが気付かれないだろうと思えるほど、その身の纏う気配は薄い。


 しなやかな体躯を軽装に包み、さらりと鳶色の髪を靡かせた女――アリアナは、ストラガが去っていった方向を眺めて、狩りに取りかかる獣を想わせる仕草で目を細めた。


 そのまま彼女は、何処かへ向かって足を踏み出そうとして――



 ――――パキンッ。



 小さな小さな乾いた音に、ぎくりと肩を跳ねさせた。


「――――……」


 踏み出しかけたまま立ち止まり、彼女はほんの少しだけ眉をひそめ、左耳に着けた大きな艶無し銀の耳飾りに手を当てる。

 そのまましばらく耳を澄ませて、何の音も聞こえないことに、幾分苦々しく口端を歪めた。


 ――何事か、ひっそりと呟いたその言葉は、結局音にはならぬまま、赤い唇を滑り落ち。

 光の届かぬ空間で、紫暗の双眸だけが奇妙な光を映して揺れた。


 するりと身を翻して、一歩。

 音もなく踏み出した女の身体は、幽、と闇の中、溶けるように掻き消えた。




※※※




 ――こくん、と。


 少女が唾を呑み込む音は、存外大きく辺りに響いた。


 命をチップにした己の演技を、あっさり見抜いて手のひらで弄ぶその男へと、オーリはゆっくり口角を吊り上げてみせる。


「……困りましたね。私、猫被るのは結構年期が入ってるつもりなんですけど」


 努めて軽い声色で。

 ノヴァを見据えて、オーリは笑う。


 困惑したように。

 挑発するように。


「ただの、食い意地の張った子供を装ったつもりだったのに。いつからおかしいと思ってたんですか?」


 ――虚勢だ。


 彼女がその胸中で激しく毛を逆立てていることを、ノヴァはしっかり読んでいる。

 そして彼女自身もまた、読まれていることを知っている。


 それでも。

 圧倒的な格差を悟ってなお、彼女は笑わずにはいられない。


 命を掴まれた自らを鼓舞するために。

 男の笑みと発する威圧に、その心を折られないように。


「最初から、かな」


 オーリはきちんと、爪を隠していた。それはその年頃の子供には相応しくないほど、真剣に、丁寧に。


 けれどそこには、やはり穴があったのだ。


 オーリの虚勢を丸々悟り、ノヴァはうっそりと笑みを浮かべ続ける。

 一片の罅も入らぬほどに整い造られたその笑顔は、或いはノヴァが決してオーリを、ただの凡愚と侮ってはいないという証左でもあるのか。


「元より自力で野盗共の拘束を逃れ、誰も招く気のなかったこの深層まで降りてきている時点で、お前が見た目通りの幼子であるとは考えていない。そのつもりで見れば最初から、お前の行動は警戒に神経を尖らせる人間の態度そのものだった」


 ――一番最初。ノヴァがオーリを食事に誘った時、オーリはあっさりそれに乗った。

 けれど。ノヴァがリゾットを作っている間、少女がノヴァの手元から目を離した時間など、それこそ一瞬たりとも存在しなかった。


 食べ物に監視の目を向けて。

 尚且つ、食器に事前に仕掛けを施されている可能性を警戒したから、彼女はノヴァから器を取り上げ、二つの容器をその手で交ぜた上で、自らの手でリゾットを注いだ。


 ――如何にも意味ありげに飴を差し出された時、本当は迷ったのだろう。

 飴を口に入れた後、しばらく音がしなかった。恐らくあの時、彼女は飴を前歯に挟むことで可能な限り口中の接触面積を減らし、その味を舌先で確認していたのだろう。


 慣れた薬の味がしないか。つついた舌先に痺れるような感覚がないか。


 警戒していたのだ、最初から。

 得体の知れない手に問答無用で口を塞がれた、その瞬間から。


「うわぁ、参ったなぁ……大抵の人は、私の外見だけで大分油断してくれるんですけど」

「それは、これまで随分と運が良かったんだな。長く荒事に身を置いている者の中には、見た目に頓着しないどころか、無力に見えるからこそ警戒する、なんて考え方の奴はごろごろ転がっている」


 元来オーリは、演技でなくても人懐っこい性格だ。ノヴァに対して好意を、興味を感じたこともまた確かなのだろう。

 しかし、それを理由にノヴァを信用しない程度には、彼女は賢明だった。


 少しでも油断を誘うために、少しでも情報を引き出すために、オーリは警戒しながらも、与えられた食べ物を口にしてみせた。

 一片の疑惑も表情に出さず、懐っこい子犬のような笑顔で。


「疑っていただろう、毒物を。だから自分の手で器を選び、リゾットを注ぎ、更にはオレがそれを食べてみせるまで口に入れようとしなかった。そうして尚、お前は安心できなかった」


 一つ釜の毒入り飯を共に食らい、後で自分だけこっそり解毒剤を飲む、なんて、割と使い古された手口だ。

 けれど実行されたなら、確かにそれはとても効果的で、だからこそオーリは、その後ノヴァが口にするものを、全て己にも寄越せと強請ってみせた。


 如何にも怪しい飴に、気圧されながらも食い付いたのは。

 呆れるほど甘ったるいメープルシロップを、顔を顰めながらも袋半分空けたのは。


 腹を空かせた幼い子供が、差し出された食事を食わねばそこには見えない壁が出来る。

 自衛を理由に断ったとしても、きっとノヴァは気を悪くなどしなかっただろう。

 けれどオーリは、一つでも多く情報が欲しかった。考え足らずの幼子を装ってノヴァを油断させ、ほんの少しでも彼が口を滑らせることを期待すると同時に、有事の際の身の安全を確保したかったのだ。




 ――今一度確認しよう。

 この遺跡の中はオーリにとって、右も左も分からぬ敵陣のど真ん中である。




「……まあ、そう固くなるなよ」


 けれど、幾許かの間を置いて。

 ふぅ、と聞こえたその溜め息は、仕切り直しの意図を含み。


 つ、と緩めた眦にノヴァが込めたのは、沈黙する少女に止めを刺すための圧ではなく、一歩引いてみせる妥協の意思だった。


「責めているわけじゃない。オレは馬鹿は好かんからな。お前くらい警戒心が強くて、考えて考えてドツボに嵌まるくらいな奴の方が好感が持てる。余程に話がしやすくて良い」

「……それ、手のひらの上で転がしやすいから、っておまけが付くでしょう」


 にんまり笑って空気を変えたノヴァと同時に、少女もまた、深く深く息を吐き出した。

 張り詰め切っていた緊張を呼気と一緒に僅かに抜いて、オーリはノヴァの双眸をぐいっと見上げる。


「でも、そうですね、確かにその通り。ノヴァさんのこと全力で疑ってました警戒してました用心してました、実は今もそうです」


 おどけた仕草で両手を挙げてみせ、オーリはへらりと笑みを浮かべる。

 ただし目だけは笑わせない。未だ全てを投げ出してなどいない一対の青灰色が、密やかに濁った紺瑠璃の双眸を真っ向見据えて輝いた。


 警戒していた。警戒している。

 だからオーリはいつだって、何かあった時ぎりぎり逃げられそうな距離と体勢を保っていた。

 距離を縮めるための一見軽い世間話の中で、最も信頼する相棒(ラトニ)のことを、存在さえも匂わせなかった。


「でもノヴァさん自身も、私の行動を許容してましたよね? 私の警戒を認め、むしろそれを善しとして、鼻先に情報をぶら下げて。

 お陰で確信を得られました。


 ――あなた、野盗とつながってるでしょう」


 ――にぃ、と。


 ノヴァの口の端が、大きく吊り上がった。


 遥か雲上から地上を見下ろす高次存在のように。

 無知な人間を不条理な契約へ誘う悪魔のように。


 突き付けられた一言に、一片の動揺すら見せず。

 ノヴァはその興味が赴くまま、目の前の少女の動向を観察する。


 ――やりにくい。


 唇を引き結ぶ傍らで、オーリはひっそりと考える。


 例えばノヴァがオーリの味方として振る舞っていたならば、野盗との関係を指摘した彼女の一言は、絶対的な弾劾ともなり得ただろう。


 けれど実際には、二人はただ偶然出会っただけの友人ですらない関係で。


 だからこそ、ノヴァは動じない。


 彼がオーリに真実を語ってやる理由も義務も、そもそも何処にもありはしないから。


 悠然として、オーリの言葉を否定すらしないその態度でもって、ただ無言のうちに先を促す。


「……【導け(ドゥケレ)】という鍵言葉(コマンドワード)について話した時、あなたは『この深層には誰も招く気はなかった』って言ってました。

 あれ、『だから、ここに来るのに必要な鍵言葉を誰にも教えていない』って意味だったんじゃないですか?


 唯一深層に至るルートを知るあなたはそれを誰にも教えておらず、実際に彼らがここまで降りてきたことがないのを知っていた。

 そうである以上、鍵言葉が野盗から私に洩れることはまずあり得ない。私自身にも、鍵言葉を自力読解するほどの知識はない。

 だからああも、私がここに辿り着いた手段を追及してきたんでしょう。……その理由が、自分の領域に入り込んできた人間への警戒か、それとも単なる好奇心かまでは知りませんけど」

「確かに、その一言は『失言』だった」


 くつくつ笑いながら、ノヴァは嘯く。


 ――それだけではないだろう、と問うように。


 ――落としてやった重要な『失言』を、お前はきちんと拾ったのだろう、と囁くように。


 瞬きを忘れていた目を、思い出したように一度閉じ。

 オーリは再び、掠れ始めた喉を動かす。


「……さっき、アウグニス神国の大図書館の話、しましたよね?」


 オーリが時折家庭教師や傍付き侍女に強請って聞かせてもらう、「御伽噺」に、「御伽噺みたいな本当の話」。

 いつかラトニと一緒に見に行きたいと思った大図書館の伝承を、オーリはしっかりと覚えていた。


 ごくり、と唾を呑み込んで、オーリは抑えた声で続きを紡いだ。


「――『赤芥子の間』は二つある」


 それは先程の「世間話」で、オーリが仕掛けたキーワード。

 アウグニス神国の大図書館。秘められ、閉ざされたその一室。


「『赤芥子の間』と呼ばれる部屋には、『映らない鏡』が置かれている。ノヴァさんは、それを見たと言いました。

 ――その部屋のこと、私も知ってるんですよ。私自身は行ったことなんて勿論ないけど、色んなことを話して、教えてくれる人たちはいるから。


 一つ目の『赤芥子の間』にある鏡も、確かに『映らない鏡』と言われてる。だけどそれは、いつも靄がかかってるみたいに鏡面が曇って、何も見えないから『映らない』と言われるんです。

 ノヴァさんが言った、『人間だけを映さない鏡』は、赤芥子の間の更に奥――もう一つの『赤芥子の間』に置かれたもののことでしょう」


 第二の『赤芥子の間』に入るために取らなければならない行動、合言葉、目印の在処。そんなものはオーリは何も知らないし、家庭教師たちもそこまで教えてはくれなかった。

 けれど、分かっていることが一つ。

 その部屋に入れる人間とは、その部屋に入る資格を持つ人間とは、即ち――


「野盗たちと協力関係にあり、この巨大な遺跡の仕組みを誰よりも把握し、シェパにつながる転移魔術の機能を止めた人――


 ノヴァさん。あなた――――魔術師だったんですね」


 確信を持って投げかけられた、その言葉に。



「――――正解だ」



 刹那。

 世界が青く染まった、ように見えた。


 ぎょっと顔を跳ね上げたオーリの周囲にある全てが、一斉に目も眩みそうな輝きを放つ。薄闇に慣れた視界にはいっそ暴力的に思えるほどのそれは、凄まじい速さで広がりゆく光の嵐だった。


 壁が、床が、天井が。

 ノヴァの座す地点を起点に走り始めた細く青い光の線で、見る見るうちに幾何学的な模様を刻まれていく。


 複雑過ぎていっそ芸術的なその模様は、僅か十秒オーリの目を奪い、そして唐突に消失した。


「――――……っ……」


 つぅ、と、オーリの頬を冷や汗が伝い落ちた。


 知らぬうちに息を詰めていた彼女は、正答の褒美と言うには高度すぎる余興の余韻に深々と息を吐き出す。

 無意識に立ち上がっていた彼女へと、ついさっきその圧倒的な技量の一端を垣間見せたばかりのノヴァが、笑みを含んだ声をかけた。

 平然とした声音は奇妙な寒気を誘う癖に、特徴の薄い、けれど小綺麗に整った顔に浮かべた笑顔ばかりは、まるで教え子が期待通りの回答を寄越した時の教師を想わせるものだった。


「――さて仔猫、興がそそられたなら座ると良い。どうやらお前は、オレが時間を割くに値する存在であるようだ」


 ただ一言の言葉すら放たず遺跡の機能を掌握してみせ、疲労の欠片も見せずに傲然と愉うその姿は、果たしてオーリの手には負えない爆弾か、はたまた絶大な威力を誇る切り札となるのか。


 いずれにせよその選択権は、己ではなく目の前にいる男こそが一手に握っているのだろうと、ビリビリ肌を刺す緊張感の中、オーリは唇を噛み締めて意識を引き締めた。




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