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いつか見る果て  作者: 笠倉とあ
シェパ・野盗と遺跡編
78/176

76:新たな役者が舞台に上がる

 野盗たちの生活区に程近い一角。

 飲料水の確保にも使われている、さらさらと澄んだ水が流れる水路の傍を、ウェーザは足早に歩いていた。


 今回の件について、共にこの一団に潜伏している仲間――ストラガが、ウェーザを非難していないことは分かっている。

 それでも、あの青灰色の瞳の少女に逃亡を許した責任は、本来見張りを受けた自分にあるのだと分かっていて、座して待つことは出来なくて。ウェーザはこうして遺跡の中を、一人捜索することを選んだ。


(遺跡から逃げることを第一に考えるなら、自ら深い所には潜らないだろう。まして幼い子供なら、この状況下では好奇心より恐怖が先に立つ。転移の罠で何処かに飛ばされたのなら、上の階層に戻っているかと思ったんだが……)


 きつく寄せた眉の下で忙しなく思考を巡らせながら、彼は視線をあちこちに投げかける。


 少女を生かして確保することは、ウェーザとストラガにとっての絶対条件だった。【まつろわぬ影の眼(ハクサ・ディオード)】。かの少女には、奇しくも手に入ったジョーカーを自分たちの手札に出来るか否かが懸かっている。


 幸いにして、彼女が掛かったという転移の罠で、少女が死亡することはないはずだ。

 何処かの部屋に閉じ込められている可能性はあるが、出現した先に即死級の罠――例えば燃え盛る炎や、びっしりと槍を生やした床など――が待ち受けていることはない。『この遺跡は』、『そういう風になっている』。


「この辺りに仕込んでおいた対人用の仕掛けにも反応無し……やっぱり転移で妙な場所に飛ばされたのか? くそ、小娘と言い女と言い、やらせなきゃならないことがあるってのに揃って手間が掛かる……」


 ぶつぶつ言いながら、誰かが通った形跡はないかと、辺りの仕掛けをチェックして回る。


 備え付けられていた転移の魔術を用いなければ外部との行き来が叶わず、現在地すら定かではないこの遺跡の全容は、ウェーザも未だに把握し切れていなかった。

 言葉巧みに言いくるめた野盗たちを動員して調査を続けてはいるが、調査人の大半が魔術の知識もない素人となれば、精々粗末な地図を作るのが限界なのだ。


 更に、どうやらこの遺跡はウェーザの予想以上に広大らしかった。

 壁があるにしては厚すぎる空白の地帯も幾つか存在し、低層に行く道もまだ見つかっていない。


(手が少な過ぎる。こっちの内情を野盗連中に喋れない以上、大っぴらに奴らを動員することは出来ないからな。あの女は……言えば協力するだろうが、極力情報を与えたくない)


 ――アリアナ・イグラ・ニルギリ。

 双子の兄は『人形王弟』の懐刀で、彼女自身もその兄を彷彿とさせる不気味な空気を隠し持っている。

 幼い少女一人あっさり自分たちに売り渡したあの女を、ウェーザは微塵も信用していなかった。

 監視だって、本当なら少女よりもあの女の方を見張っておきたかったところを、仮にも一時協力者という立ち位置や、手が足りないことを理由に断念したくらいだ。


 小綺麗な顔をして食えない笑みで取引を持ちかけてきた女の姿と、その女に告げられた言葉を思い出し、ウェーザは幾度目かの舌打ちを零した。


 ――国を救いたいんでしょう、と。


 不敵に唇を吊り上げて囁かれた言葉に、責任感の強いストラガが抗えないことを知っていた。


(お前如きに言われなくても、端からそのつもりだ)


 ウェーザたちの母国は、長年とある大国の被支配国として辛酸を舐めてきた。ようやくにして機が巡ろうとしている今、独立に向けて動いている主君の助けに、彼らは少しでもならねばならないのだ。


 逃げた小さな少女一人、遺跡の奥に迷い込んだなら、闇雲に探して見つかる可能性は低いだろう。

 それでも、絶対に逃がすわけにはいかないという意識に、焦りが募ってウェーザの足を早めさせる。


 やはりあの時、「仲間」に呼ばれたからとて見張りを離れるべきではなかったのだ。野盗の中に少女を恨んでいる男がいると知っていながら、「野盗仲間」として振る舞うことを優先した自分のミスだった。

 万が一、その男――サイジェスが先に少女を見つけてしまえば、また激情に命じられるがまま少女に危害を為さないとは限らない。そうさせないためにも、少女の身柄は速やかに確保する必要がある。


「――全ては、我らが故郷のために」


 自らに言い聞かせるかの如く、小さく呟いた言葉は無意識で。


 束の間、深さを増した双眸の色は、彼が踵を返すと同時に再び奥へと押し込められた。


 ――もう一度、牢のあった一角を調べてみるか。


 そう考えて来た道を戻っていくウェーザの後ろ。

 底も分からないほど深く澄んだ水面が、音もなく一度、ゆらりと揺れた。




※※※




 赤銅色の髪を持つ男の姿が、完全に見えなくなったのを確認し。

 魔術の照明で照らされた水面に、ゆるりと影が現れたのは程なくのことだった。


 ――ぱしゃん。


 薄い色の影はたちまち濃く大きくなり、そこから一人の子供が姿を現す。

 軽い飛沫の音を立てて肩より上を水から出した少年は、ウェーザが消えた方向を見つめて静かに目を細めた。

 その肩に水色の小鳥が舞い降りて、硝子玉のように感情のない瞳で命を待つ。


 しばし時間を置いても、誰かがやってくる気配がないのを確認し。

 上着や頭髪をぐっしょりと濡らしたその少年――ラトニは、前髪を鬱陶しげに掻き上げながら、僅かに抜けた緊張感に小さく溜め息を吐いた。


(――成程。どうやら、オーリさんは自力で逃走したようですね)


 小鳥の耳目を通して得たウェーザの言動を反芻しながら、ラトニは右手を口元に当てて考えた。

 オーリに限って言えばあまり非道な真似はされないだろうと予想してはいたが、無事に逃げたことが確信できればやはり安堵が胸に落ちた。

 今はどの辺りにいるのだろう。

 あのアグレッシブな少女ならば、怯えて縮こまるなんてことは絶対にない。閉じ込められていないのなら、移動しながら事態の打開を図っているはずだ。


(問題は、捜索対象が止まっていてくれない以上、術人形を飛ばしても捕捉しにくいことか。

 遺跡の中で迷子になっていないかが心配ですね……僕も術人形に先行させていなかったら、即座に道に迷っていたでしょうし)


 ――三十分ほど前。

 遺跡内に侵入することを決めたラトニは、まず第一に水路を利用することを考えた。


 水系魔術はラトニの十八番だ。自分は水中に潜って排水口から遺跡に入り込み、カメラの役を小鳥の術人形で補えば、水路が続いている限りは何処までも深部に潜ることが出来る。


(ただ、困ったことと言えば、ここの水が通常より扱いにくいことですね……。もしかしてこの水、魔力を含んでいるのか?)


 重く垂れ下がったラトニの前髪から、透明な水が一滴落ちる。己の魔力干渉に対して僅かな反発を返してくるその水に、少年は小さく眉を寄せた。

 大量の水が流れる遺跡の中なら自分の得意領域だと思ったが、どうやらそううまくはいかないらしい。


(ここの野盗たちの状況も、何やらややこしいことになってるみたいですし。この際アリアナさんでも良いから、早く見つけて情報の摺り合わせをしたいんですけど)


 オーリに比べれば大分ぞんざいな扱いをしながら、妙にジドゥリに嫌われる女の顔を思い出す。

 アリアナの現状に関して詳しいことは分からないが、彼女はあれで一筋縄ではいかないようだし、野盗に「手が掛かる」と評されているのなら、決して好き勝手に扱わせてはいないのだろう。


 それより問題は、どうやら野盗たち――の一部――が、オーリたちに対して、何かやらせたいことがあるらしい件だ。

 全ては故郷のために。男の口から零れ出たあの台詞が、ラトニの警戒心を引き上げる。


 ――連中は、彼女に何を求めている?


 男の去っていった方を睨みながら、ラトニは自問する。


 遺跡の入り口付近にあった罠は、てっきりギルドや警備隊の追っ手を想定して作られたものだと考えていた。だからこそ、警戒されるなら大人――つまり同時に捕まったアリアナの方だと思っていたのだが、野盗たちがオーリに何らかの価値を見出したというのなら、その前提が崩れる可能性がある。


(やらせたいこと、の内容にもよるが、それが「手足の一本や二本奪っても」でないことを祈るしかありませんね……。

 やはりまずは一刻も早くオーリさんと合流することが先決か。幸い水路は随分と長く続いているようですし、もうしばらくこのまま水中を進んでみましょう)


 水中は少々肌寒いが、魔力でカバーすれば我慢できないほどではない。

 むしろ、そのひんやりした感触は、冬の大気の寒さなんかよりもずっと穏やかで過ごしやすかった。――尤もこれは、ラトニ自身が「水」に強い適性を持っていることが大きいのだろうが。


 これからの行動を決定して、ラトニは再びとぷんと水路に体を沈ませた。

 ひんやりと纏わりつく、重たい、けれどどこか心を静める感触。薄暗い水の中、彼はくるりと器用に身を翻した。


 拍子に、ポケットから何かが飛び出す。音もなく底へと落ちていきかけたところを慌てて掴めば、それは木台の懐中時計だった。


(……そう言えば、こんなものも持ってましたね……)


 掴んだものの何となく扱いに困ったような表情で、ラトニは懐中時計を眺めた。


 以前ジドゥリの巣に行った時、アリアナから受け取ったそれは、ポケットに入れたまま忘れて放置していたものだった。

 止まったきりの時計の針は、未だ動き出す様子もない。もしや水に漬けたせいで完全に修復不能の域まで来てしまったかと、ラトニは若干焦りながら時計板を見て――ふと、首を傾げた。


(……この針、こんな位置でしたっけ?)


 完全に止まっていたはずの長針が、幾分か前に進んでいるような気がした。


 五時五十七分。


 提示された時間をじっと見つめた後、ラトニはぱちりと瞬きをして、もう一度懐中時計をポケットにしまい込んだ。




※※※




 ――ぽたん、



 どこからか水滴の落ちる音がして、男の視線が微かに動いた。


 ひどく冷めた目の男だった。長い睫は軽く伏せられ、しかしそれだけが理由ではない暗い色が、双眸に密やかな陰りを落とす。

 ゆっくりと動かし続ける右手には、どろりと重く纏わりつく手応え。

 ぱちり、火の粉が散って、赤い炎がゆらりと揺れた。


 温もりを灯さない双眸と、感情の読めない面差しと。


 薄い唇を結んで作業に没頭している男のその姿に、



 ――ぐぎゅるるるるるるるるうぅぅ。



 向かいに座るオーリの腹が盛大に鳴り響いた。

 ゆわりと立ち上る小鍋の香りに、開けっ放しの口から涎が垂れた。




※※※




 ――時は、ほんの二十分程を遡る。


 膨大な量の木の根に蝕まれた、あの広大で不気味な部屋で。

 背後から伸びた手に捕らえられたオーリは、碌な抵抗をする間もなく壁の中へと引きずり込まれた。


 文字通り、壁の中、だ。どんな仕掛けかはたまた魔術か、穴も空いていない壁を空気のように突き抜けた手は、そのままオーリの身体をも引き寄せた。


『――――……っ!』


 塞がれた口から声は出ず、たとえ出たとしても助けてくれる者がいるわけでもない。

 視界に映る景色ががらりと変わり、己が先程とは別の場所に移動したのだと悟った瞬間、オーリは目一杯上半身を捻っていた。

 相手の胸倉を鷲掴み、体のバネだけでその身を跳ね上げて、拘束する腕を振り払う。


 己を捕らえた犯人の顔を確認するため、同時に先制攻撃を仕掛けるため。


 こちらを見上げる男のそれと、視線が交錯したのは一瞬のこと。

 身を浮かせたオーリは虚空でぎゅるりと回転し、狩りにかかった獣のように双眸を光らせて、男目掛けて全力の回し蹴りを叩き込んだ。




※※※




(――で、あっさり防がれたんだよねー……)


 全身の力を込めたはずの蹴り足は、指先一本動かさないまま、硬質な音を立てて弾かれた。

 細身の男を蹴り抜く代わり、足に伝わったのは堅い感触。微動だにせぬ男を守った不可視の盾に、少女の目が驚愕に見開かれた。


 今の攻撃は本能的な恐怖に駆られ、手加減する余裕もなかったはずだ。それが相手に通じないと悟った瞬間、背筋を駆け抜けたのは膨大な寒気。


 ――反撃を食らう。


 咄嗟にその覚悟を決めながら、もう片方の足でその盾を蹴って距離を取り、オーリは警戒した猫のように背中を丸めて構え――


 けれど直後、男が己に向かって告げた第一声に、ぱちくりと目を見開いた。



「――――食いつきそうな目で見ても、まだ仕上がらんぞ」



 目の前でくつくつ煮える小鍋をじぃっと熱心に見つめていたオーリに、幾度目か降ってきた言葉はやっぱり落ち着き払っていた。


 大きな青灰色の目をかっ開き、待てを命じられた犬のような顔で涎を垂らしているオーリに、男の視線が向けられる。

 白い湯気の立ち上る小鍋を掻き回しながら、彼は何だか飼い犬を窘める飼い主のような目で少女を見ていた。


 その表情には親しみこそ籠もっていないが、同時に明確な敵意も害意も浮かべていない。

 それが単純な無関心からなのか、はたまたオーリがそんなものを向けるほどの脅威ではないと判断しているのかは定かでないが。



『――昼時だ』



 己を攻撃してきた名も知らぬ少女に、男はその一言であっさり背を向けた。

 そうして混乱するオーリを肩越しに振り向き、口の端を吊り上げた彼は、落ち着いた声で誘いの言葉を紡ぐ。


『「上」は随分と騒々しくしているようだな。進む当てがないなら来るといい』


 ――その言葉に、警戒しなかったわけではない。


 オーリの蹴りを防いだ魔術の正体は分からないが、どちらにせよ物理攻撃が通じない以上、オーリには逃げるくらいしか対抗策がないのだ。

 それとて痛めた足では難しく、男が防御以外の魔術も持っている可能性を考えれば、これ以上男のテリトリーに踏み込むのは気が進まなかった。


(でも、確かにこれ以上進む当てなんかなかったし、現在位置も分からないし。どうも野盗の仲間には見えなかったから、賭けてみようと思ったんだけど……)


 そうして微妙に距離を開け、恐る恐る付いて行ったオーリに、彼はうっすらと双眸に微笑を浮かべ。

 ぽっかりと開けたこの小さな空間に到着しても、男はやっぱりオーリを拘束しようとはしなかった。


(あまつさえ、今はこうして食事のご相伴にまで預かっちゃってるというわけで)


 どうも最初の「昼時だ」の後ろには、「なので昼食を作る」という言葉が続いていたらしい。

 何だか緊張感に欠ける人だなあ、と、オーリは短い溜め息をついた。


(マイペースなのか、無関心なのか……そもそもどうしてこの人、こんな場所にいるの? 野盗にも冒険者にも、遺跡の発掘家にも見えないけど)


 膝に両手で頬杖をつきながら、ぼんやりと疑問を並べていく。

 見たところ、そこそこ鷹揚な人間ではあるようだ。が、寛容、という言葉には当てはまらないような気がした。

 オーリに対する彼の態度には、徹頭徹尾温度がない。小鍋を掻き回す男の姿を、オーリはこっそり観察する。


(読みにくい、んだよねぇ……。色んな意味で)


 ――オーリから見た男の第一印象は、「ちぐはぐな人間」だった。


 見た目はまだ若いように思えるが、厳密な年齢は分からない。細身の身体に纏う奇妙な風格のせいもあって、おおよそ二十代後半から四十代の何処だと言われても納得できる気がした。


 あまり身嗜みに気を使う方ではないのだろうか、所々を纏めた長髪はピコピコあちこちが跳ねていて、一際突き出た一房がススキのようにふよふよ揺れているのが目に付いた。

 頭髪の左側は暗い紫に近い黒で、右側は薄鈍色。紺瑠璃の目に温度はなく、よく見れば整ってはいるが、特徴が薄い顔立ちをしている。


 着ている服は野盗たちのそれとは全く違っていたが、遺跡探索に向いているようにも見えなかった。

 左右異色の奇妙な服だ。それもまた、男の印象をちぐはぐでアシンメトリーなものにするのに一役買っている。


「おい、身を乗り出すなよ」

「分かってます、私はちゃんと待てる子ですよ。あとどれくらいで出来ますか、ノヴァさん」

「オレは確か、その質問を一分置きにされているんだが」


 ――ノヴァ。


 己の名を、短くそうとだけ告げた男は、闖入者の存在を傍らに置き、さっさと料理を開始してしまった。

 尤も、名字も、本名かどうかすら分からない名前を名乗ったのは、オーリの方も同じではあるのだが。


 こんな場所で何を作るのかと最初は不安に思ったが、男――ノヴァが木箱から取り出した食材は、極めてありふれたものばかりだった。


 シェパでは冬によく見かける、オレンジ色のウキナグサ。イラクサに似た形状の茎を、茹でて冷水にさらし、一本一本皮を剥いた後適当に刻む。

 一方、こちらもやはりシェパではメジャーなイラナ麦と、家畜であるコトンのミルクを、小鍋でゆっくりことこと煮込んで。

 最後に刻んだウキナグサと、赤いベリーを加えて調味すれば。


「ほら、出来たぞ」

「やっほーぅ!」


 傍らに置かれていた椀にノヴァが手を伸ばした隙に、小鍋を掻き回していた大きな匙をオーリの手がかっ攫う。

 鼻息を荒げながら「はよ! はよ!」と身を揺するオーリに、彼は若干呆れた目をしてから椀を渡してくれた。


 小鍋の中身を素早く二つの椀に注ぎ、うち片方をノヴァへと渡す。自分の椀に鼻を近づけたオーリは、ほわほわと優しいミルクの香りに、嬉しそうに顔を綻ばせた。


「良い香りですねー。ノヴァさん、料理得意なんですか?」

「あまり複雑な調理はしたことがないな。人に食わせることも滅多にないから、客観的に評価しようにもよく分からん」

「へー」


 問いかけるオーリを余所に、ノヴァはさっさとリゾットを口にする。それを視界の端に映しながら、オーリもいそいそとリゾットに口を付けた。


 ウキナグサとベリーのミルクリゾットは、綺麗に薄赤く色付いたイラナ麦をたっぷりと湛えていた。

 木製のスプーンで掬って、まずは一口。調味料はほとんど入れなかったのに、丁寧な火加減のお陰かコトンミルクの甘みがよく引き出されている。

 リゾットにベリーを入れるのは初めての体験だが、ほんのり香るベリーの香りと甘酸っぱい味は、予想以上に新鮮で美味しかった。はふはふ言いながら一口呑み込めば、とろりと柔らかな感触が渇いた喉に沁みた。


「うまいですー」

「そうか。なんか野良犬に餌をやってるような気分になるな」


 ノヴァが唇が苦笑の形に吊り上がり、オーリの眦がふへりと緩む。

 一口食べれば完全に空腹を思い出して、次を寄越せと言わんばかりに荒れ狂う胃袋に応えてがふがふとリゾットをかっ食らいながら、オーリはキラキラと無邪気に輝いた目でノヴァを見上げた。


「ノヴァさん、お代わり良いですか! あとお水も!」

「良いから好きに食え。ベリーはお前が提供したものだしな」

「ありがとうございますノヴァさん! 男前過ぎて眩しいな!」


 見た目の通り、ノヴァはお世辞にも大食らいではないらしい。ちびちび麦を咀嚼しながらどうでも良さそうに許可されて、オーリは見えない尻尾をぶんぶんと振った。


 オーリの服は現在脇腹の辺りが赤黒く汚れてしまっているが、その下は別にスプラッタなことになっているわけではない。

 これは最初にノヴァに捕まった時、目一杯ポケットに詰め込んでいたベリーが、半分近く潰れてしまったせいだった。

 真っ赤な果汁が染み出したために服は大分汚れたが、そのお陰で美味しい食事を振る舞ってもらえたのなら、まあオールオッケーと言って良い。

 オーリは割合、美味しいものをくれる相手に弱かった。


 懐っこい子犬の如く尻尾を振りたくる小娘に、男が若干呆れたように眉を上げ、「まあ、あからさまに威嚇してくるより随分マシか」と呟いた。


 聞かせるつもりはなかったのであろうその台詞をひっそり耳に入れながら、オーリはまた一口、リゾットを口にする。

 身の程知らずに飛びかかる子ネズミをそっぽを向いたまま尻尾であしらう、眠たげな狼の姿が浮かんだ気がした。


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