69:明日のための下準備
シェパの街におけるストリートチルドレンの一大派閥を束ねるリーダーであり、同時に獅子を想わせる豪奢な金髪と野生の獣じみた強気な美貌を持つその少女――イレーナ・ジネは、現在ひたすら困惑していた。
「――山小屋に現れたその真っ白な女は、茫然と凍りつく男に問うた。『ここで何をしているのですか?』
外は吹雪だ。こんなワンピース姿の女が一人、高い山をうろついているのはおかしい。男は恐怖を感じたけれど、答えなければ女を怒らせるかも知れない。
一人で登山に来たのですが、吹雪をやり過ごすためにこの山小屋を借りています。寝具も火も無いので、私は眠らずに夜を明かすつもりです。
そう答えた男に、女は睫を伏せた。どこもかしこも霜の降りたように真っ白な女は、そこだけ薄く色づいた唇を開いて、美しい声でこう言った――
『では絶対に眠ってはいけない寂しい夜のお供に、クールな漫談でも。そうそれは丁度こんな寒い山小屋で起きた話、四人の男と一つの死体が過ごした奇妙な一夜のこと……』『嫌がらせかァァァァァ! こんな極寒の夜に背筋が凍るホラーストーリー語ろうとしてんじゃねーよ!!』」
「……何やってんのよ、あんたたち……」
微妙なものを見る目でツッコんだイレーナに、その空き地にいた者たちが一斉に彼女を振り向いてきた。
下は十の半分にも届かぬほどの歳から、上は十代半ば程度まで。
十数人の子供たちがイレーナに注目する中で、そのうちの一人――上着のフードを目深に被り、鉢の中身をゴリゴリ摺り潰しながら『異説・雪女』を紡いでいた少女が、真っ先に唇をにょんと笑わせた。
「お帰り、イレーナ。お邪魔してまーす」
「ええ、いらっしゃいオーリ……まだ日が高いけど、例の相棒には張り付かれてないのね」
「ラトニは新しく友達が出来たみたいだから、今日のところは解散したんだよ。イレーナは他のエリアのリーダー格と会ってきたんでしょ? どうだった?」
「ああ、北の連中とちょっとモメたけど……って、そんなことより何なのよ、それ。料理してるってわけじゃなさそうだけど、揃って何作ってるわけ?」
イレーナたちがねぐらにしている、路地裏の一角。廃棄された粗大ゴミや廃屋に囲まれた空き地の中には、現在きゃいきゃいと騒ぐ幼子たちの声が響いていた。
普段はばらけて行動することも多いチームメンバーの一部が、今は集まって何かの共同作業に従事しているらしい。
オーリという呼び名しか知らぬかの友人は、イレーナたちの間では薬師の役目も負ってくれているから、もしや今回もその関係だろうか。
三人ずつ固まった子供らが何やら大きな麻の袋を踏み付けているのを横目で見つつ、イレーナはオーリの方へと歩み寄る。「イレーナ姉ちゃんお帰りー」「お疲れ様です、姉さん」と声をかけてくる被保護者たちに一々言葉を返しながら、彼女は小さく鼻を動かした。
「随分と衝撃的な臭いがするわね……劇物?」
「気持ちは分かるけど違うよ、イレーナ。これはオレたちの食料になる予定」
爽やかな笑顔で答えたのはオーリではなく、その傍で鍋をかき回していたチームメンバー――イルコードという名の少年だ。
せっせと作業に勤しむ仲間やオーリを傍らに、木べらで鍋を混ぜるその手付きは極めて丁寧なものである。
イレーナの隣に並んでも見劣りしない、やや童顔ながらも極めて整った容姿を持つ彼だが、食堂勤めのおばちゃんじみた白いエプロン姿は何故かこの場で一番似合って見えた。
年の頃は十四か五か。
イレーナとほぼ変わらない年頃に見える彼は、海を想わせるエメラルドグリーンの髪をさらりと揺らし、己のリーダーに視線を返した。
「ほら、前に話してたオレの故郷の料理。作業に凄く力が要るから作る予定はなかったけど、丁度オーリが訪ねて来たから手を借りてるところなんだよ」
「ああ、そう言えば……明日はイルコードが翠月夜を予測した日だったわね。あんたが残念がってた、『翠の月の夜の特別なレシピ』。そのための下準備か」
思い出したように相槌を打つイレーナに、イルコードは嬉しそうに「そうそう」と頷いた。
――翠月夜。それは文字通り、空に鮮やかな翠の月が昇る夜のことだ。
オーリは一度もその目で見たことはないが、ここ数日屋敷の中が静かに浮き足立っていたことには気付いていた。
翠月夜は数年に一度の割合で訪れ、「夜空の祝福」などと呼び表されることもある貴重な事象だ。
恐らく、紛失した首飾りに意識を奪われていなければ、使用人たちがささめく言葉ももう少し耳に入っていたのかも知れないが――
「私は翠月夜のことなんて、イルコードに言われるまですっかり忘れてたけどね」
鉢の中身を摺り上げて、オーリはのんびりと言葉を繋ぐ。
「家の人たちがちょいちょい翠月夜について話すのは耳に入ってたけど、明日だったっていうのは初耳だな。ここに到着するなりイルコードがすっ飛んできて、『丁度良かったその馬鹿力貸して!』って叫ぶもんだから驚いたよ」
「成程。そう言えば、前に翠月夜が巡ってきたのは五年以上前だったわね。オーリが翠月夜を見るのは今回が初めてか」
「うん。だからちょっと楽しみ。翠の月ってどんなのなんだろう」
「イルコードがはしゃぐのも分かるくらいには神秘的よ。一度見たら忘れられないわね。あたしも今までに二回見てるけど、前回の翠月夜は、あんたがまだ物心もついてなかった頃じゃなかったかしら」
雌獅子を想わせる美貌をふっと綻ばせる姿は、オーリにも否応無しに期待を抱かせる。イレーナがそこまで言うならば、きっと次回からは『翠月夜が来るなんて忘れてた』などとは言えなくなるのだろうと予想しつつ、同じく翠月夜を見たことのないラトニはどう考えているのだろうとふと思った。
「イレーナがそうだったんだよね。昔は『単に月の色が変わるだけでしょう』とか言ってた癖に、初めて翠月夜を見た時はぼうっと見惚れちゃってさ。見上げ過ぎて尻餅ついてもまだ目を離せなくて、あの時は可愛かったなぁ」
「余計なこと言わないでよイルコード! あんたがうるさく綺麗だ神秘的だってアピールするから、うんざりしてたせいもあるんだからね!」
「あはははは! イレーナはあの頃、今よりずっとツンツンしてたから、そういう姿見てちょっと親近感が湧いたんだよね」
何せオレが故郷で初めて翠月夜を見た時も、見上げ過ぎて尻餅ついたから。
そう言葉を繋げてから、イルコードは話を戻す。
「――で、レシピの話だけどさ。今は原料になる木の実を、子供たちに踏み砕いてもらってるとこ。オーリには練りの工程で頑張ってもらう予定だよ。さっきの御伽噺は、この子たちがオーリに暇潰しを強請ったわけ」
「御伽噺にしては斬新だったみたいだけど」
「子供たちが面白がるなら良いんじゃないの? 尤もオレとしては、この前聞いた恋愛物語の続きの方が気になるけどね。丁度痴情のもつれで刃傷沙汰になりかけたシーンだったし」
「分かってたけど、イルコードって割とひどい趣味してるわよね」
「マリアとアンナとシュザンナとカトリーヌとエリカは、結局誰と誰がくっつくんだろう」
「五角関係の上に全員女なの?」
「孤島の女学院を舞台にしたドロドロ百合ドラマなんだよ。男は地下のワインカーブで発見される白骨死体役でしか出てこない」
「本当にひどい趣味ね」
疲れたように肩を落とすイレーナに、イルコードはまた朗らかに笑った。
※※※
――何処とも知れぬその空間。
リアとラトと名乗った子供たちが、転移装置に送られ姿を消すのを見届けて。
鳶色の髪と紫暗の瞳を持つその女――アリアナは、くるりと身を翻した。
向かい合うのは、神殿を象った石造りの遺跡。
全身に仕込んだ艶消しナイフの重みを感じながら、彼女はぽっかりと暗く開かれた入り口へと、ゆっくり足を踏み入れていく。彼女が子供たちを入らせなかったその遺跡は、音もなく彼女の身体を呑み込んだ。
遺跡の中はひんやりとしていた。
予想よりも空気に湿気が高く、あちこちから濃い苔の匂いがする。
そう言えば、外にも川だか堀だかがあったのを確認している。内部にも水が引かれているのかも知れないと考えつつ、折れ倒れた石の柱を乗り越えて、彼女は探索を続行した。
(やっぱりね。多人数が頻繁に行き来している痕跡がある)
大きな罠は、今のところ見つかっていない。小さな罠なら幾つかあった。発動させないよう、しかし解除もせずに、注意深く回避する。
五つに分岐した道で、分からないように目印一つ。小さな傷を壁に刻み、彼女は少し考えて、最も埃の少ない真ん中の道を進むことにした。
土の上でも罅割れた石床でも変わらず音を鳴らさぬ足取りは、間もなく近付いてくる気配を察知して、静かにその身を潜ませた。
――話し声がする。男のものが複数。ここを拠点にしている野盗たちだろう。
どうやら彼らは、アリアナ及び先程別れた子供たちへの対処、そして『仕事』をする場所の変更のことで揉めているようだった。
一際粗野な喋り方をする声が叱りつけるように大きく張り上げられたのを見計らって、アリアナはするりと柱をよじ登る。
あちこちが欠けた石の柱を取っ掛かりにして、三秒とかからず天井付近の隙間に潜り込む。それからナイフを一本取り出し、天井の特に罅割れて脆くなっていた部分を、ガツガツと柄で叩いた。
パラパラと石粒を零していた天井は、すぐにぼろりと大きな石片を落とす。
アリアナは素早くそれを掴み取り、野球ボールにするように一度投げ上げ受け止めてから、思い切り腕を振りかぶった。
――ガッ!
投げ放たれた石が遠くの柱にぶち当たり、そこから複数の破片が零れ落ちる。
落下した破片たちは床で砕けたが、それが朽ちかけていた柱のバランスを更に崩した。ぐらりと傾いたのは柱の上方――人の頭ほどもある大きな石が、がらがらと音を立てて落下した。
ガシャアンッ!
直後、絡繰りじみた大音量が遺跡を揺るがした。
見れば石が落ちた地点には、ぱっかりと四角い穴が開いている。
明らかに人工的に作られた落とし穴が、両開きの蓋を下方に垂らし、キィキィと錆びた音を上げて、真っ暗な闇を覗かせていた。
「――おい、今のは何の音だ!」
「何かの罠が作動したんだろ、お前らも来い!」
「まさかあのガキ共か!? ここが見つかったんじゃねェだろうな!」
すぐさま慌ただしい叫び声と足音が近付いてきて、アリアナは息を潜める。見覚えのある顔を含む野盗らしき男たちが数人、作動済みの落とし穴を見つけて駆け寄ってきた。
「こいつか。誰が落ちたんだ?」
「見えねェな……明かり、いや、見に行った方が早いか」
「ギルドの人間かも知れねェぞ。見つけても殺すなよ」
言い合って、最後に発言した一人をその場に残し、男たちが何処かへと移動していく。
残された男はしばらく穴の中を見つめていたが、やがて首を振って、元来た方へと踵を返した。
――刹那。
柱に足を引っ掛けて素早く逆さまにぶら下がったアリアナの左手が、男の口を音もなく塞いだ。
蛇のように男の首へと纏わりついた右腕が、頸動脈を締め上げる。
呼吸の音が一つ、途切れた。
※※※
イレーナたちが雑談をしている間に、やがて子供たちが粉砕作業を終えたようだった。
粉になった木の実を袋の一つに集め、オーリの摺り潰した鉢の中身を袋に空ける。
次にイルコードが鍋の中身を少しずつ加えて、袋の口を固く締めてしばらく揉んで。
「よし準備完了。オーリ、行くよー」
「いつでも来い!」
男前に言い放ったオーリに、イルコードが材料袋をぶん投げた。
それを足で受け止めたオーリは、そのまま蹴り足を跳ね上げて袋を虚空に浮かせる。
落ちてきたところで、更に身を捻って回し蹴り。先程より高く垂直に飛んだ袋目掛け、下方から跳躍したオーリの拳がねじ込まれた。
ドッ! ドッ! ドッ! ズドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドッ!
袋に声があったなら、「もうやめたげてよぉ!」と涙の訴えが入っていたに違いない。
拳を、爪先を叩き込み、時に掴んでブン回しながら、オーリは容赦なく袋を攻撃し続ける。
二秒と空けず繰り出されるラッシュで延々と宙に浮かされ続ける材料袋を、イルコードは満足そうに、イレーナは呆れたような目で眺めた。
「凄いわね……地面どころか突き出た屋根や壁にまで、一度も掠らせてないわ」
「練り終わるまで地面に付けちゃいけない決まりだからね。オレの故郷では男たちが交代で手に持って練り合わせてたけど、あんな豪快な手段を取れる奴は見たことがないよ」
――ふ、と。
イルコードの黄色い瞳が、仄かに懐旧の色を帯びて瞬いた。
「練り上げた生地を一晩翠月の光に当てて寝かせるんだけど、この練りの時間を短時間に収めるほど、寝かせた後で味が馴染む。オレの故郷は力自慢の男が多くて、その点は随分助かったな」
「へえ。なら、完成品はさぞかし美味しかったでしょうね」
軽い様子で語るイルコードを横目で見ながら、イレーナは笑う。
「あんたが翠月夜が近付くたびそわそわしてたのは知ってたけど、あんたが言う『レシピ』の味だけは他の誰も知らなかったものね。初めてその味を知れるのかと思うと、何だか感慨深いわ」
「うん。だから、オレもオーリには感謝してるんだよね」
決してありふれてはいない木の実や薬草を含む原料と、それらを纏めて練り上げる腕力。全て揃えることが出来たのは、彼女たちが『薬師』と呼ぶ少女が、この路地裏を訪れるようになったからだ。
生涯支えると決めた金髪の雌獅子を見下ろして、イルコードはゆるりと笑みを零す。
「一度で良いから、あのレシピをイレーナにも食べて欲しかったんだ。オレはあの味が本当に好きだったから」
――イレーナは知っている。
今よりずっと幼い頃に己の故郷から引き離されたイルコードが、こうしてシェパに居ながら、故郷を懐かしんでいることも。
それでも、イレーナや仲間たちを置いて故郷に帰るなんて選択肢を、たとえ今この瞬間与えられたとしたって、イルコードが決して選ばないだろうということも。
家族のことを覚えていない子供も、家族との思い出すらない子供も、彼らの中には沢山いる。
イルコードは、彼らには珍しく幸せな故郷と家族の記憶を持っている人間で、それ故に、それを持たない仲間たちに遠慮して、イレーナ以外に故郷のことをあまり語ろうとしない。
――だからこそ、今のイレーナはひっそりと、安堵と満足感を覚えてもいたのだ。
日頃は年長組の一人として惜しまず子供らの面倒を見、イレーナのサポートに徹してくれているイルコードが、ずっと作りたがっていた『翠の月の夜のレシピ』を試せることに。
それを果たしてくれたのが、自分の認めた『薬師』であるということに。
――弾かれ、寄せ集められた仲間たちと共に薄暗い路地裏で生きようとも、『家族』を想って悪い理由などないのだと、彼女は信じている。
※※※
誰とも知れぬ人間の手に、背後から口と首を封じられ。
けれど男が呼吸と動きを止めたのは、半秒にも満たない間のことだった。
己に纏わりつく女の腕が首の血流を止める寸前、隙間へと強引に差し込んだ男の腕が女の腕を弾き飛ばす。
勢いのまま繰り出された男の肘を顔を逸らして避けたアリアナの姿を、振り向いた男の視線が捉えた。
明かりもろくにない暗がりの中、僅かな光を映して男の瞳が鋭く光る。
その眼光が尾を引いたと思ったと同時に、アリアナは両手両足で柱を突き、そこから思い切り跳んでいた。
アリアナが一瞬前までいた空間を、男の手と、鋼の煌めきが通り過ぎる。
もしもアリアナがそのまま逆さ吊りになっていたなら、彼女の首は男によってねじ切られていただろう。
もしも身体を持ち上げ、柱の上に逃れようとしていたなら、男の袖に仕込まれた刃で、無防備な背中を切り裂かれていただろう。
一旦男との距離を取り、獣のようなしなやかさで着地したアリアナは、即座に再び攻勢へと転じる。
仲間を呼ぶために大声を上げようとしていたらしい男は、舌打ちをしてアリアナの蹴りを受け止めた。
蹴り足を止めた手のひらから、バシンッ、と破裂するような衝撃音。足を振り払われたと思った直後、男は急激にアリアナとの間合いを詰めていた。
鋭い呼気と共に繰り出される、胸部を狙った右の掌底。肘で僅かに逸らしたアリアナの身体を掠め、男の手のひらが行き過ぎる。
直撃は避けたにも係わらず、軋んだ肋骨にアリアナの奥歯が鳴った。
伸ばした手を引き戻しざま、男の袖からナイフが飛び出す。同じくアリアナの袖に仕込んだ艶消しナイフがそれを弾き、そのまま顔面を狙った艶消しナイフを男の拳が跳ね上げた。手刀の形に揃えた男の指が、アリアナの喉を狙って突き出される。無駄のない動作で続けざまに打ち込まれてくる連撃を、アリアナはじわじわと後退することで凌いでいく。
――体勢を立て直さなければ。
考えて、アリアナは一際大きく飛びすさって距離を取る。
しかしそれを読んでいたかの如く、鞭のようにしなった蹴撃が、彼女の視界を刹那に占めた。
狙いは頭部。掌底の威力から考えて、受ければ一撃で意識が飛ぶだろう。
交錯した視線が告げてくるのは、混じり気のない殺意一色。ギラギラと輝く瞳の色を見て、己も同じ眼差しをしていることにふと気付いた。
――ガチリ。迫り来る一撃を前にして、アリアナの奥歯が無意識に鳴る。
獰猛に。口の端を吊り上げて威嚇する、肉食獣の表情で。
上半身を前に傾け、猛烈な踏み込みを行う。
音はしなかった。男の蹴撃が、靡いた髪を僅かに掠める。
ひゅおん。微かな空気の流れだけが、アリアナの動きに付いて来た。
影のように流れたアリアナの姿を、男は咄嗟に見失った。
不覚を悟ってビキリと眉間に皺を刻んだ男の腕関節が、細い左手に拘束される。その首に今度こそしっかりと、アリアナの右腕が巻き付いた。
――まるで、戯れに恋人へと抱き付く女のように。
男の背中に身を寄せたアリアナが、男の命を掴んだ腕に力を込める。
うっそりと吊り上げた艶めかしい唇が、男の耳元で小さく動いた。
『――――――?』
男の目が見開かれ、動揺を孕んで大きく揺れた。




