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いつか見る果て  作者: 笠倉とあ
シェパ・野盗と遺跡編
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63:手掛かりが来い

 オーリが屋敷を抜け出すと連絡もしていないのに何処からともなくラトニが現れる(信頼する相棒が小鳥型の術人形で日常的に自分をストーカーしていることをオーリは知らない)のはいつものことだが、どうやらアリアナの方も似たような不思議スキルを持っているのかはたまた単なる偶然か、詳細な時間など約束していなかったはずの彼女とオーリたちは割合速やかに再会することができた。


 アリアナがひょっこりと現れたのは、オーリたちが冒険者ギルドで遭遇した三人連れの冒険者たちと別れ、シェパの門を出て程なくのことだ。


 出没する野盗を恐れてか、それとも単にタイミングの問題か、街道には今日も人気がない。代わりにちらほらと背の高いブナやカガネノキが立ち並び、松ぼっくりに似たカガネノミがころりころりと転がっていた。

 暖かな風に混じる長閑な鳥の声、ぽつぽつ雲の浮かんだ高い青空。

 彼ら三人は、そんな街道の真ん中で――


 現在揃って、モンスターの群れに襲われているところだった。



「――じゃあ次のテーマね。『絶対に自分は言われたくない、人に言われたら怖い台詞』。『キミ、明日から来なくて良いから』」


 飛びかかってきたグラーシェルラットの頭部を、無造作に振るったナイフの柄で殴り飛ばし。

 街中のカフェでお茶でも飲んでいるかのように呑気な声色で宣ったアリアナに、こちらはアリアナ目掛けて跳躍したグラーシェルラットの背中へと蹴りを叩き込みながら、オーリはぞわっと背筋を震わせた。


「ひいい、社会人のトラウマになる一言! 遠回しな言い方に微妙な憐れみとえげつなさを感じる!」

「隣のね……席の人がね……。ポンッて肩叩かれて……」

「体験談だった! 超怖い! そして隣の席の人に言葉がかけられない!」

「あの時は真剣に怖かった……逆隣の人の顔が真っ青だった……。ほら、次リアちゃんの番だよ」


 完全に艶を消したアリアナのナイフが、曲刀のように長く湾曲したグラーシェルラットの爪を受け止める。金属をこすり合わせるような異音が途切れる間もなく、鞭のようにしなった尻尾が彼女の首を狙って放たれた。

 アリアナは眉一つ動かすことなく、左手のナイフを閃かせる。グラーシェルラットの尻尾がナイフを絡め取り、易々と切り裂かれて地に落ちた。


 小型の犬ほども大きさがあるグラーシェルラットは、ガラスのように特徴的な光沢の爪を持つ鼠系魔獣だ。

 鼠と分類されている癖に、猫系魔獣を好んで襲うというこの奇妙な魔獣は、その長い爪が良い素材になるらしいが、動きが素早く捉えにくいため、新米冒険者には少々やりにくい相手である。


 身軽に動き回るアリアナの姿を横目で見ながら、オーリもぐるんと体を捻った。

 視線も向けずに爪先を蹴り上げ、次いで跳ね上げた拳を背後へ叩き込んだかと思えば、勢いのままに下方へと振り抜く。

 足元を駆け抜けようとしていたグラーシェルラットが虚空でまともに打ち据えられ、短い悲鳴を上げて大きくバウンドした。痙攣するグラーシェルラットを無視して、少女は流れるように次の獲物へ。

 そうしながらも彼女はしばし黙考し、それからようやく口を開いた。


「……『次は法廷で会おう』」

「ぎゃああ、色んなヤバい背景が想像できる! 何があったの、そいつらの間に何があったの!」


 悲鳴を上げたアリアナが、顔も向けずにオーリの方へと右手を閃かせる。同時にオーリは手近なグラーシェルラットを鷲掴み、アリアナ目掛けてぶん投げた。

 オーリの背後で二匹のグラーシェルラットがナイフに貫かれ、アリアナの足元で一匹のグラーシェラットが飛んできた仲間に激突されて吹っ飛んだ。


 何事もなかったかのように戦闘を続行しながら、二人は新たなグラーシェルラットの集団が接近しているのに気付く。

 ざわざわと草木を揺らす小さな足音の群れを聞きながら、オーリは嫌そうに顔を歪めた。


「訴訟沙汰って真剣に怖いですよねー……。経歴にも傷が付くけど、何より自分に非があると思ってるにしろ思ってないにしろ、国家権力の介入って聞くと条件反射で冷や汗掻きます」

「あー分かる分かる。学院で教師に呼び出し食らうと、何の心当たりもなくても『ヤッベ』って思っちゃう的な」

「それですそれです。大分スケール違うけど」

「……この期に及んで緊張感の無さに呆れれば良いのか、それとも馬鹿話をしながらも的確に魔獣をさばき続けるその器用さに感心すれば良いのか……」


 そんな二人からかなり離れ、何やら盛り上がっている女二人を頬杖突いて眺めながら。

 一人樹上に避難していたラトニはぼそりと低くツッコミを入れた。


 現在ラトニが座っているのは、高いカガネノキの枝である。時折グラーシェルラットが根元をうろちょろするが、彼らの爪は木登りには適していないので心配はない。

 戦闘要員ということで魔獣の撃退にかかっていたオーリとアリアナは当初は普通に戦っていたはずなのだが、いつの間にやらアリアナの職場で流行っているという言葉遊びゲームが始まって今に至る。

 ジドゥリから逃げたり野盗から逃げたりと、あまり戦闘が得意でなさそうな印象を受けていたアリアナだが、どうやらその点はラトニの思い違いだったらしい。やはり荒事も多い職業柄、ある程度の腕っ節は必須ということか。


 ――時間にして、およそ三十分というところか。

 オーリとアリアナはダベりながらも程なく群れの大半を撃退し、いい加減勝ち目はないと判断した残りのグラーシェルラットたちが逃げ出した後でようやく手を止めた。

 比較的低級とは言え何十匹という魔獣の死体が転がる街道をぐるりと見回して、流石に疲労を感じながら、オーリは軽く息を吐いた。


「随分わらわら出てきたけど、この辺りに巣でもあったんですかね。素材はどうしよう。アリアナさん、要ります?」

「あー、いや、私は良いよ」


 グラーシェルラットの爪は、武器屋に持って行けば良いナイフの原料になる。

 けれど艶消しのナイフを鞘に収めたアリアナは、周囲にちらりと視線をやった後、少し嫌そうな顔をして否定した。


「素材って言っても稀少な品ってほどではないし、仕事中に余計な荷物を増やすことは避けたいしね。それよりほら、木にグラーシェルラットの縄張りの印があるよ。グラーシェルラットは情報伝達早いから、一度撃退されたらしばらく襲ってこないと思うけど、早めにここを離れた方が良いね」

「へえ、噛み痕かな」


 投げ出された鋭い爪がキラキラと街道を照らす中、オーリはグラーシェラットの縄張り印を覗き込む。遠目にはただの傷にしか見えないだろうが、深々と抉られた小さな傷は確かに故意に付けられたものだ。


 するすると木を滑り降りたラトニが、オーリの隣に寄って来る。

 戦闘には参加していない彼は、当然だが汚れの一つも付いていない。

 ばさばさとオーリの上着を払ってやりながら、彼は大きな帽子の下からオーリとアリアナを交互に見て、それからゆっくりと視線を明後日の方向に移動させた。


「あの、それよりも。移動の前に一つ、いい加減気になることがあるんですけど……」

「あー……」


 控えめに切り出すラトニに、オーリとアリアナも微妙そうな顔をする。

 ラトニの視線を追うように顔を向けると、注目されたその巨大な影は、何やらビクッと震えて木の後ろに隠れた。


 ――三本脚に深緑色の羽、大人二人くらいなら軽く乗れてしまいそうながっしりした体躯。

 それは今の季節、シェパの周辺では決して珍しくない動物だが、彼らが好んで人に近寄ってくるという話は聞いたことがない。


 木陰からおずおずとこちらを見つめているジドゥリの姿に、オーリはフードの下で困ったように眉を寄せた。


「ちょっと前からずっと付いて来てるけど、何なんだろうね、あれ。寄ってくる様子も見せないし」

「グラーシェルラットの群れが現れた時には逃げるだろうかと思いましたが、結局少し距離を空けただけで、いなくなってはいませんしね。腰は引けているようですが」

「縄張りに入り込んできた外敵認定されてるってこともないはずよ。襲ってくる様子がないし」


 ひそひそ話し合いながらちらちらジドゥリを見ているうちに、深緑色のジドゥリはどうすれば良いのか分からない風情でおろおろ目を泳がせ始めた。何だあれ、どう見ても挙動不審なんだけど。


「…………」


 ふむ、と一つ呟いて、ラトニが地面に落ちていたカガネノミを拾い上げた。

 松ぼっくりに似たその木の実を、何となく手のひらの上で弾ませて――


「……あ、追いかけた」

「やはり鳥頭なんですかね」


 ぼそりと呟いたアリアナに、ジドゥリの方へとカガネノミをぶん投げたラトニは、崩した姿勢を引き戻しながらそう言った。


 脇目も振らずに投擲された実を追いかけたジドゥリは、空中で実をキャッチして、いそいそと食事に取りかかった。小さなカガネノミをつついて中身を啄み、実を飲み込むと同時に己の目的を思い出したらしい。

 はっと我に返ったジドゥリが愕然とした顔でオーリたちを振り向いたのを眺めつつ、オーリが「餌目当てじゃなかったみたいだね」とコメントした。


「なんか『弄ばれた!』みたいな表情してますね。でも餌目当てじゃないのなら、尚更何のつもりなんだか……」

「懐かれたんだったりして」


 ぽつりとそう言ったアリアナに、子供二人が揃って彼女の方を見やった。

 疑問符を頭上に浮かべて己を見上げる二人の視線に、アリアナは肩を竦めて親指でジドゥリを指してみせる。


「あの深緑色のジドゥリ、確か昨日、私と一緒くたに別のジドゥリに追い回されてた奴だよ。追ってきた方のジドゥリは昨日リアちゃんが狩ってたけど、確かその巣に深緑色の羽が一杯散らばってたわ」

「昨日狩ったジドゥリの巣が、あそこにいるジドゥリから奪ったものだったってことですか?」


 アリアナの言わんとすることを理解して、オーリはことんと首を傾げた。

 雄のジドゥリが別の雄の作った巣を強奪することは、決して珍しいことではない。ただし一から巣を作るのはかなりの時間と手間がかかる上、巣を持たねば雌に求愛することもできないため、追い出されたジドゥリの方はかなり気の毒なことになるが。


 大切な巣から憎き怨敵を追い出してくれた上、当の怨敵に追い回されている時に助けてまでもらったというのなら、それをやらかした張本人(尤も本人としては徹頭徹尾自利を追い求めた結果だったのだが)であるオーリに被害者ジドゥリが懐くのもあり得るかも知れない。

 そう仮定して見てみれば、心なしか深緑色のジドゥリの視線は真っ直ぐオーリの方を向いているような気がしてきた。その瞳が妙にキラキラ輝いて見えて、オーリはひくりと頬を引きつらせる。


「…………」


 無言のまま、そっとラトニの影に半分に体を隠してみる。

 ジドゥリの視線がゆるりと移動した。動物特有のキラキラ輝く真っ直ぐな目が、オーリの上へと固定される。

 もう一歩、更に移動。完全に隠れたオーリの上から、ジドゥリの視線が離れない。


「……アリアナさんが当たりだったみたいですね」

「あれはちょっと、気軽にペットにするわけにはいかないサイズねぇ」


 冷静に呟くラトニとアリアナの傍らで、オーリはがくりと項垂れた。いやいやいや、懐かれても普通に困るから!


「巣を取り戻せたのがよっぽど嬉しかったんですかね。言われてみればあのジドゥリの羽に付いてるガラス玉、昨日の巣にあったやつだったような」

「あの巣、私たちのせいでわりと血なまぐさくなってたはずなんだけど、平気だったのかな……。野生動物って図太い……」

「ジドゥリって共食いするわよ?」

「ぎゃああああ、今そんなグロい話聞かせないでー!」


 悲鳴を上げるオーリを、ジドゥリはまだちらちらと熱心に見つめている。木陰に隠れながら時折顔を覗かせる姿はあたかも絶賛片思い中の純真な女子高生のようだったが、現実はやたらと図体のでかい巨鳥なので、正直全く可愛くはなかった。


 深々と溜め息を吐いて、オーリはツッコミを諦めた。


「あー、もうどうでも良いよ! 早く行きましょう、ラトもアリアナさんも。ここで見つめ合ってたってどうしようもないもの」

「あれ放置するんですか?」

「手懐けたって仕方ないじゃない。街まで付いて来られたって飼えないし、懐いてくるもんを狩って食べちゃうわけにもいかないし」

「あ、その辺はちゃんと良心があるのね……」

「私はこの世に生まれた瞬間から善き心の塊ですよ」

『どの口が言うか』


 思わずツッコミをハモらせたアリアナとラトニに背を向けながら、オーリは投げやりに唇を尖らせた。


「わざわざ追い立てるほどでもないし、こっちが構いさえしなければそのうち飽きてどっか行きますよ。時間だって余裕がないんだから、せめて今日中に野盗の手掛かりくらいは見つけておかないと――」


 ――眉間に皺を寄せてぶつぶつ言う、オーリの言葉を切り裂くように。


 どぉんっ、という籠もった音が、直後、だるんだるんになった空気を塗り替えた。



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