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いつか見る果て  作者: 笠倉とあ
シェパ・野盗と遺跡編
59/176

57:手のひらから零れ落ちる

「いやー、助けて頂いてありがとうございました。恙無(つつがな)くとは行かなかったけど」

「お姉さん、実はあんまりありがたがってないでしょう」


 頭から爪先までしっとり濡れたその女にガタガタ震えながら礼を言われて、オーリは若干明後日の方向に視線を逃がした。

 隣に座っているラトニが、無言で小枝を投げ込み焚き火を燃え上がらせることに集中する、振りをして、二人の会話から距離を空ける。どうやら微妙に人見知りを発動しているようだった。


 オーリがジドゥリとの激闘を制した後、ややあって目を覚ました女は、周囲の光景を見てすぐに状況を理解した様子だった。

 ラトニの魔術で乾かすわけにもいかず、女とオーリは未だ濡れたままだったが、このまま火に当たっていればそのうち乾くだろう。

 ジドゥリに蹴り飛ばされた拍子にあちこちを痛めたらしく、ややぎこちないその動きには若干の罪悪感を覚えないこともない。


「野盗とジドゥリに追いかけられるなんて災難でしたね。まあ寛いでくださいよ、我が家だと思って。あ、携帯懐炉要ります?」

「あたかも君の自宅みたいに言ってるけど、ここ野外だからね? 懐炉は要るわ。あと、あっつあつのラガーを飲みたい」

「それは普通にないです」


 ちなみにラガーは日本で言うビールのようなもので、イラナ麦を使ったアルコール飲料である。夏場は冷やして、冬場は温めて飲むのが一般的だ。

 意外と好みが豪快な人だ、と思いながら、オーリは女――アリアナと名乗った彼女が、のそのそと焚き火の傍に座り込むのを眺めていた。


 彼女の容姿は、一見して町の酒場で看板娘を張っていてもおかしくない元気なお姉さん、といった風情だろうか。

 可愛い美人と表現しても、異論を唱える人間は少ないだろう。

 年齢は恐らく、二十代前半か、それより手前。

 背中まである鳶色の長髪はよく手入れされていて、小さな赤い筒状の髪留めで留められている。髪の下から覗くのは、左耳にだけ付けられた、艶のない銀の耳飾り。ぱっちりと大きな紫暗の瞳は日光に晒されて、若い娘らしい明るい光を映していた。


 携帯懐炉を受け取って、アリアナはほっと息をつく。

 寒風に晒されてカチカチ歯を鳴らしながら、寒さから気を逸らすためか、彼女は会話の続行にはそこそこ乗り気のようだった。

 ぎゅう、と絞った服の裾からアリアナの細い腹と腰が見えて、オーリはさり気なく目を逸らした。


「にしても、リアちゃんって強いのねぇ……。ジドゥリと真っ向勝負して恙無く追い返せるような子供なんて、私、一人くらいしか知らないわよ」


 同席しているのが子供だけだという安心感のためか、胸や太腿を際どくさらけ出しながら、アリアナが身支度を整えていく。

 こちらも靴を逆さにして火に当てながら、オーリは「へえ」と相槌を打った。


「一人とは言え、居るには居るんですね。世界って広いんだなぁ……その子も心無い大人に剛猿(ゴリラ)呼ばわりされてるの?」

「君が誰かにそう呼ばれたのを根に持ってることは分かったわ。あの子は、何て言うか、直接誰かと戦ったところは一度も見たことがないし、全く強そうにも見えないんだけど、誰かに負ける姿が想像出来ないって言えば良いのかな。

 あ、もしかしてそっちの子もリアちゃんみたいに強いの? ええと、ラト君って言ったっけ」

「あはは、ラトは頭脳要員ですよ。腕っ節の方は空っきし。ね」

「はい。今回もずっとリアさんに守ってもらっていました」


 散々に踏みつけられて痛んだキャベツを一つ一つ調べながら、オーリはさり気なくラトニの傍に身を寄せた。

 話題に上げられたラトニがぴくりともせずに意識だけを尖らせ、単調な声で返事をする。

 幼さに似合わず淡々とした態度だったが、どうやらアリアナはラトニを落ち着いた子供だと判じたらしい。特に追及することもなく、「へー、バランスの良いコンビねー」と呑気に笑った。


「見たところ、君たちも野盗に追われてたんでしょう? ジドゥリが蹴散らしてくれたとは言え、子供だけで逃げ切れたのは運が良かったわね。近くの村の子?」

「ああいえ、私たちはシェパの街に住んでるんです。今日はお使いで出て来たんですよ。――私たちのことよりも、アリアナさんはどうしてここに? 行商人には見えませんけど」


 拳で野盗を叩きのめしました、なんて子供にあるまじきことを、自ら告げる気は微塵もない。

 そうそう襤褸が出るような話運びをするつもりはないが、深く聞かれて都合が悪いのは確かである。これ以上話を振られる前にと、オーリはさり気なく話題を変えた。


 アリアナの装いは、体のラインが分かりにくいやや大きめの服に革の軽装、ブーツに短剣、腰や背中に着けた頑丈そうな物入れなど。

 これだけなら一見してただの旅人にも思えるが、判断要素がもう一つ。

 彼女を池から引き上げた際、オーリとラトニが見つけたものは、彼女の足や袖の中、至る所に仕込まれた――


「あー、ひょっとしてちょっと怪しんでる? これは護身用よ、後ろ暗い職には就いてないから安心して」


 ――身動きしようが擦れる音すら鳴らないそれらは、まるで彼女の身体の一部であるかのように寄り添って。


 明らかに護身の域を越えたそれ――十や二十は下らないだろう、様々な種類のナイフをちらりと見せながら。

 アリアナは、何の含みもないというよう顔で明るく笑ってみせた。


(……どう思います?)

(……、疑う要素は今のところ少ない……と思うけど)


 そっと囁いてきたラトニに、オーリは少し考えて囁き返す。


 アリアナの服の下に隠されたナイフの群れには、明らかに刺突用らしき細いものから如何にも怪しげな黒塗りのもの、どう使うのかも分からないような形のものまで数多存在していた。

 今こうして彼女の振る舞いを見ていても動作に全く違和感がないから、恐らくその扱いにも相当熟達しているに違いない。溺れた彼女を介抱する時に気付いていなければ、見ただけでナイフの存在を悟ることは出来なかっただろう。


 ただしこれは、旅人や冒険者の装備として考えるなら、決して異常ではない範囲である。

 確かに素人が使いこなせるとは思えないレベルの装備だが、如何せん野盗や魔獣のごろごろ発生するこの世界、そこらの新米冒険者より遥かに腕の立つ旅人や行商人など、探せば決して少なくない。


 アリアナの事情に深入りするつもりのないオーリたちにとって、差し迫って彼女が害のない人間でさえあるなら、本来彼女の装備など追及する必要もない。

 こうもナイフを持ち歩いているような人間がただの一般人とは思いにくいが――極端な話、「実は仲間割れで追われていた野盗の仲間でした」などということでさえなければ、たとえ彼女が暗殺者の類であろうと、オーリたちには何の関係もないのだ。


「アリアナさん、冒険者なんですか? シェパでは見かけない顔ですけど……」

「ああ、ここにはお仕事で来てるの。冒険者じゃないからギルドカードは持ってないけど、街の通行証はちゃんと持ってるわよ」


 軽く鎌をかけてみれば、アリアナはあっさり外部の人間だということを明かしてくれた。

 ならば問題はないだろうと、二人はさっさと追及を打ち切ることに決める。だからその後、「へー、お仕事って何なんですか?」と問うたのは、適当に濁した返答が返ることを前提とした、完全な世間話のつもりだったのだが――


「うん、今回は諜報で出向してきたんだけど――あっしまった」


 うわこの人、口滑らせやがった。


 濁す余地もなくさらけ出されたその答えに、子供たちの顔が見る間に引き攣っていく。

 あたかも絶望的に高次な決定不能命題を突き付けられた数学者のような眼差しになったオーリとラトニ(尤もフードと帽子で隠れているから、彼女からは見えないだろうが)に、アリアナの顔色が勢い良く青ざめた。目を泳がせながらばたばたと手をばたつかせて、彼女は「違う違うの今のナシ!」と叫び始める。


 ぶっちゃけ見るからに挙動不審だ。諜報員ってもうちょっとこう、周囲に溶け込んだり影を薄くしたりするもんじゃなかったっけ?


 慌てるアリアナの姿に、オーリは深々と溜め息をつく。

 余計な情報を知らされて、アリアナの都合に踏み込みたくないのはオーリも同じだ。眉間に皺を寄せながら、彼女は何とかアリアナのフォローに回ろうとした。


「……あー、はいはい。分かってますよ。アリアナさんが諜報員とか、そんな賢そうなこと出来るようには見えませんし。ジョークですよね、小粋なシティジョーク」

「な、失礼な! 私これでも有能なんだからね! 彗星の如く現れた、組織期待のルーキーなの!」

「あんた、バラしたいのかバラしたくないのか、はっきりさせてくれませんかね!?」

「…………」


 思わず絶叫したオーリの隣で、頭痛を覚えたらしいラトニが疲れたように額を押さえた。

 彼女が一体何を諜報しにシェパまで来たのかは知らないが、正直言って全力で関わりたくない。なにこの困った大人、彗星の如く速やかにクビになりそうな人なんだけど!


 困惑と動揺に口元をひくつかせるオーリの前で、しかしアリアナの方もまた激しく動揺しているようだった。

 或いは、今まさに上司の怒声の幻聴が彼女の耳に響き渡ってでもいるのだろうか。

 視線をふらふら彷徨わせながら、彼女は整った顔を苦悶に歪めてギリィと奥歯を噛み鳴らす。それからカタカタと震える手で膝を握り締め、意を決したようにギッとオーリたちを睨み据えた。


「くっ、あの性格の悪い上司から呉々も用心して任務に当たれと言われていたのに……。この話が広まれば、恙無く任務を終えることは困難になる。かくなる上は……!」

「やだ不穏な気配」

「高いお菓子買ってあげるから、今聞いたことは恙無く忘れてください!」

「予想外に平和な解決案提示された!!」


 見事な土下座で叫んだアリアナに、オーリは全力でツッコんだ。こいつ、謝り慣れてやがる……!


「――まあ、こんなことで一般人を一々排除していたら切りがないでしょうしね。殺せば揉み消しにはお金と時間と手間がかかりますし、明らかに敵というわけでもない子供なら、ある意味取るに足らない存在だとも判断できます。……尤も僕らとしては、」


 ――彼女が(クビ)切られようが(くび)切られようが、全然全く一向に構わないわけですけど。


 ぼそっ、と。


 焚き火に小枝を放り込みながら至極どうでも良さげな顔でラトニが小さく付け加えた一言に、オーリは慌てて「あああああ!」と声を張り上げた。ヤバい、ダメな大人の愚行に刺激されて、ラトニの機嫌が急激に悪化しつつある!


「いやいやいや、そんなコロ何たらいう物騒な話、こんな爽やかな青空の下でさらりとするもんじゃないよ! て言うかー! 別にお菓子とか買ってもらうような話してませんよねー! だってコレ聴講生の話ですし! 近年王立学院の社会人聴講生の数が減ってきて国内高年齢層の学力の低下が懸念される的な話ですしー!」

「えっ私たちそんなカッコ良い話して……たねうんしてた間違いなく!」


 カッと開いたオーリの双眸にターゲットをロックオンした殺し屋の如き殺気を込めて凝視され、はっとしたアリアナが冷や汗を流しながら追従した。さらりとえげつないラトニの台詞は、どうやら聞こえていなかったようなので良し。

 うんうん何度も頷いて、オーリが即座に話の軌道を修正にかかる。唸れ我が舌、今こそ氷の如き冷静さを以て過去を捏造する時だ!


「そうですよね、アリアナさんも聴講生だって言ってましたもんね! 大変ですね学院も色々と、そのアレ、校舎の建て替え費用で現役生の学費が上がるけど新校舎が出来上がる頃には当の現役生はもう卒業しちゃってるみたいな重要問題とか、だからトイレのタイルは混沌のような白一色!」

「そうなの、もう大変なのよ! お陰で人間関係が混沌に落ちたから木彫り科のカリキュラムは総当たり戦で、手製の木彫りスライムが今一番流行りのホットなトレンディー!」

「あなたたちの会話が何よりも混沌色に染め上げられていますよ。なりふり構わず数分前の現実を消去したいのは分かりますが、まずは落ち着いてくださいリアさん。木彫り科アピールしたいのかは分かりませんが、ナイフで小枝をおがくずに変えるのはそろそろやめて頂けませんか、アリアナさん」


 どっちも冷静じゃなかったらしい。


 冷ややかなラトニのツッコミに、機関銃のような早口で喋り立てていた二人はようやく我に返って口を閉ざした。

 なんかすみません。いやこちらこそ。真顔で謝罪のアイコンタクトを交わした後、どちらからともなく誤魔化すような笑顔を作る。


「その、それにしてもリアちゃん、聴講生なんて言葉よく知ってたねぇ。貴族には見えないけど、ひょっとして王立学院の推薦枠狙ってるの? さっきちらっと瞳が見えたけど、その色なら魔力は持ってるんでしょう?」


 話を変えるためか、はたまた単純に疑問を覚えたためか、アリアナが首を傾げてそう問うた。


 聴講生、なんて言葉もそのシステムも、何ら学問や魔術に縁のない市井の子供がほいほい知っているようなものではない。

 ならばこの年齢から余程調べて学院のことを知っているのかと思えば、或いはアリアナにとっては将来有望な子供を見つけたと言えるかも知れないわけで。


 少しだけ感心を含んだようなアリアナの声に、オーリは意味もなく雲の数を数えながら、「ああ」と曖昧に頷いた。

 オーリが純粋な興味から王立学院についてあれこれと調べているのは確かだが、彼女は別に野心と悲願を背負って熾烈な貴族社会に飛び込もうとしているわけではない。


「推薦は狙ってないけど、確かに興味はありますよ。何せ国内最高峰の学院だし、何より私、いつか魔術の勉強がしたくて――」


 何気なく、そこまで返しかけて。

 ゼンマイが切れたかのように、オーリはぴたりと停止した。


 …………。


 ………………。


 ……………………。



 ――『瞳の色』?



 ぎ、ぎ、ぎ、と。

 表情を凍らせたオーリの顔が、ぎこちなくアリアナの方を向く。

 傍らのラトニが、焚き火に棒を突っ込もうとした体勢のまま動きを止めているのが分かった。

 異様な態度を見せる二人の反応に、アリアナが口元をびくりとひくつかせたのが見える。


 オーリの手がゆっくりと、自身の上着の下を探った。

 その手に触れる冷たい感触は――ない。


「……アリアナさん。私の目、何色に見えますか」


 震える声で問うたオーリに、アリアナは少し黙ってから恐る恐る答える。

 少女の有する魔力の証――フードの下から覗く一対の瞳を彩る、その色を。


「青灰色……だけど」

『…………っ!!!』


 ばっ、とラトニがオーリを見やる。まさか、と問うような少年の視線に、オーリは真っ青になった顔色で返した。


(く……黒石の首飾りが無くなってる……っ!)


 オーリは黒石の魔術具を用いて、常に自分の身に「容姿を認識されにくくする」幻術をかけている。

 けれど自分の上に幻術がかかっているかなど鏡でも見なければ分からないし、一番近い距離にいるラトニは、元より素顔をよく知るが故に認識阻害を受けにくい。


 ――つまり、いつから幻術がかかっていなかったのか、分からない。


(屋敷に忘れてきたことはあり得ない、だって今朝もきちんと装着したのを確認してきたもの。何処だ、何処で無くした……!?)


 便利な魔術具であるという点以外でも、あの黒石はオーリにとって大切な物だ。最後に黒石を見た時の記憶を探して、必死で頭を巡らせる。

 村を訪ねた時や野盗に追われていた時、ジドゥリに出くわした時の光景が、走馬灯のように高速でオーリの思考を横切っていき――そこで再度、オーリの動きが急停止。


「…………」


 ――村。キャベツ。野盗。池、アリアナ、ジドゥリ――はいここクローズアップ。


「………………」


 閃光の封珠を食らって、野盗たちを蹴り飛ばしながら暴れ狂うジドゥリ。オーリの攻撃に凄まじい立ち回りで迎撃と反撃を繰り返し、威嚇の叫びを上げるジドゥリ。


 振り回される長い首と、振り回される脚。記憶に引っかかるその姿を、オーリは更に拡大再生。ジドゥリの分厚い羽の中、バサバサとしたそれに埋もれていた、黒い石の――



「――――――あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!?」



 甲高い少女の絶叫が、爽やかな青空に悲痛な尾を引いた。



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