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いつか見る果て  作者: 笠倉とあ
シェパ・蛇と魔獣編
45/176

44:戦略的撤退って良い言葉だと思う

 ルシアと名乗った精霊から、何やら意味ありげな託宣を受けて数日。

 あれから、ルシア曰く「今世で確実に再会する、前世からの因縁の主」について、オーリは割と真剣に考えた。

 祈年祭で屋敷に籠もっている間中、考えて考えて考えて、そして結論。



 ――ラトニじゃね?



 て言うか、ぶっちゃけ心当たりが彼しかなかった。

 ラトニが自分の存在に固執していることなど、如何に唐変木(とラトニに罵られる)のオーリとてとうに気付いている。

 その相手にまだ出会っていないというなら話は別だが、現時点では、わざわざオーリなんかをふん捕まえようと生まれ変わってまでしぶとく張り付いてきそうな人間など、初対面からオーリに妙な執着を向け、何だかんだと傍を離れたがらない上、いつの間にやら相方の地位までがっつり勝ち取ってくれていたあのツンデレ少年くらいしか考えられない。


 そういうことで、オーリは割合あっさりそれっぽい人物に行き当たり――しかし、そこで新たな問題が発生した。


(……何て言って確かめれば良いの?)


 聞けと言うのか、真っ向から。「あのー、ラトニって、私が好き過ぎて諸共生まれ変わっちゃったりした経験ある?」なんぞと、間抜けな顔で。


「ハァ?」と歪み切った軽蔑の顔で聞き返されるだけなら御の字だ。宗教に嵌まったと思われれば真剣にカウンセリングを勧められるだろうし、或いは医者か休養か、場合によっては「寝ぼけてるんですか?」とその場で強烈なお目覚めビンタを食らうに違いない。

「あなたがそんなにナルシストだったとは知りませんでしたよ、その愉快な脳内劇場に今すぐ幕を下ろしてあげます」と逆エビを固められる自分の姿を想像した辺りで、オーリはシミュレーションをやめた。


 ――うん、放置しよう!


 思考数分、きっぱりと心にそう決めて、オーリは一時ルシアの情報を闇に葬ることにした。


 だって正直、今考えても仕方がない。

 いきなり前世の話なんてどう振って良いのか分からないし、外した時のラトニの反応だって怖過ぎる。


 更に、万が一肯定されてしまった時も、それはそれで問題だった。

 何せその場合、次の焦点になるのは失われたオーリの記憶である。

 当のオーリが『前世(にどめ)』の記憶を失った状態で、恐らく高確率で記憶と執着心を保持しているだろう相手に当時の話を持ち出すことは、個人的にかなり気が引けた。

 自分だけ相手を覚えていないということにも引け目を感じるし――何より「忘れたいほどの何かがあった」と推測できるのが、真面目な話一番怖いのだ。


 それは例えば、日本で生きた鷺原桜璃が、その人生を終えた時。

 その死の瞬間を、原因を。

 今のオーリが、引き継げなかったのと同じように。


(前々世のことは覚えてるのに前世は忘れてるなんて、なんか不穏なものを感じるなあ……。それに、下手につついて『桜璃(いちどめ)』があることまで明るみに出るのも――少なくとも今はまだ、心の準備が出来てない)


 ルシアとて、無理に思い出すより現在の方を優先しろと言っていた。

 まだ前世の人物がラトニだと確定したわけでもないのだから、突き詰めるのはもっと後でも良いような気がする。

 うん、他にやること一杯あるしね! ラトニの反応だって怖いしね!


 世間一般にそれを問題の棚上げと言うのだが、人は目先の安全に弱いものである。

 一人でこくこく頷いて、オーリは全ての憶測を記憶の底に封じ込めた。


「美味しいですね、これ。中のクリームがとろけて、適度に粘りがあるのにしつこくない後味が上品です」


 そんなオーリにかけられる、何も知らない冷静な声。その言葉に隣を歩いているラトニの存在を思い出し、オーリは急いで思考を切り替えた。


 時刻は昼食直後の時間帯。三日間に渡る祈年祭も終わり、今日は新年第一回目の逢瀬である。

 現在オーリはラトニと共に、二十番通りと呼ばれる道をてくてく並んで歩いているところだった。


 二人の服装は、愛用の上着に防寒具。

 オーリはいつものようにフードを目深に被り、ラトニの方は真新しい紺色の帽子を被っている。


 ちなみにこの帽子は、オーリが王都で知り合った某冒険者コンビから譲られたもので、認識阻害効果のある魔術具(ウズ)だったりする。

 何でも、彼らもまた別の知人から譲られたは良いものの、いまいち使い所がなくて死蔵されていたのだとか。

 オーリの有する黒石の首飾りと違って極めて軽い効果しかないため、強い魔力を持つ者や親しい知人にはあっさり見破られてしまうが、街や農村の人々程度なら問題なくごまかせるだろうということで、彼女は有り難く貰い受け、相方の防備に回すことに決めた。


 付け加えるなら、オーリもオーリで王都で手に入れた黒石の魔術具(ウズ)を用い、認識阻害の幻術を纏っている。

 お陰で外部からの二人の評価が、「なんか揃って顔を隠したヘンな子供たち」から「容姿の印象すら記憶に残らない怪しい子供たち」に変わり、天通鳥コンビ=実は妖怪説に拍車をかけているのだが――まあ、それは余談である。


 心なしか機嫌の良さそうなラトニを横目で見やり、オーリはほわっと白い息を吐き出した。

 体温が低い割に寒さには強い体質らしいラトニと違って、オーリはせっせと熱を作らないと凍えてしまう。

 吹きさらしの寒風が肌に痛くて、彼女は小型の懐炉を握り締めながら、マフラーの下でふるりと首筋を震わせた。


「ああ、それはガナッシュっていうんだよ。チョコにお酒とか生クリームとか混ぜ込んであるの」


 少しばかりが欠けたチョコレートをちびちび大事に齧っているラトニの隣で、舌の上で転がしていたチョコレートの欠片を飲み込んで、オーリは解説してやった。


 オーリが王都土産に買ってきた一粒だけのチョコレートは、向こうでお茶の時間に食べた中で、オーリが一番気に入った一品だ。

 綺麗な模様のついたダークブラウンのチョコレートは楕円に膨らみ、中にたっぷりのガナッシュが詰められている。キャラメルやドライフルーツとは違う、丹念に練られた餡子のようなガナッシュの舌触りは、かかった手間を大いに偲ばせる、ごく少量でも味の濃い一級品だった。


 尤も、その分ちょっとお高めで一つしか買えなかった上、その三分の一はオーリの口に入ったのだが、ラトニはそれでも満足そうなので構わないだろうとオーリは思う。

 ともすればずり落ちるほど大きな紺色の帽子の下で、ラトニは頬を緩めてチョコレートを咀嚼していた。


 本日の二人の予定は、薬師であり二人の師でもあるジョルジオに頼まれていた薬草採集である。

 授業料など払えない代わりに、オーリたちはしばしば山で薬草を採ってはジョルジオに提出していた。

 ただし今日は山に行く前に、この通りにある菓子屋に顔を出して欲しいと言付けを受けている。


(また相談かな? 今度はご母堂が体調を崩したとか言うんでなきゃ良いんだけど)


 日々を地道な活動に費やすオーリは時折、街や村の住民相手に簡単な相談を受けることがある。

 その菓子屋の店主もまた、以前にオーリが二度ほど依頼を受けたことのある人物だった。


「おう嬢ちゃん、相方の坊。久し振りだな!」


 二十番通りに店を構える、煉瓦造りの小さな菓子屋。

 市井の一般人から少し裕福な商人辺りをターゲットに絞ったそこは、今日もクッキーやビスケットの香ばしい匂いに満ちていた。


 木製のドアを開けてその店に入ると、壮年の店主は客の包みを作りながら、ニカッと笑顔を向けてきた。

 こんにちはー、と手を振るオーリと無言で頭を下げるラトニに、店主は「少し待っててくれや」と親指で店内を指してみせる。


 言葉に甘えて歩き出せば、数ヶ月前に見た時に比べてほんの少し菓子の種類が減り、代わりにほんの少し別の菓子が増えていた。

 最も大きな違いは、店の真ん中。大きな台が設置され、以前はこんもりと盛り上げられていたはずの茶色いマフィンの籠が、その数を大幅に減らして棚に移動されていた。


「あー、マフィンはなー、他の店にも広まっちまったんだよ」

「ああ、やっぱり。あちこちで見かけるようになってましたもんね」

「済まねぇな、折角嬢ちゃんが教えてくれたレシピだったのに」


 紙袋を抱えて出て行く客を見送り、店主は申し訳なさそうにそう言った。


 この店を発祥地とし、売り上げの目玉を誇っていたマフィンだが、どうやらとうにレシピを探り出され、或いは独自に開発されて、アドバンテージを取れなくなっていたらしい。

 とは言え、別に特殊な材料を使っていたわけでもなければ、食べ物のレシピなんてどんなに隠してもいずれは広まるものなので、オーリは特に気にしなかった。


 それよりも、聞けば店主は他店との差別化のため、更に別の菓子を開発したらしい。地道に努力しているようで実に結構だ。


「今日来てもらったのは新商品の味見と、また新しいレシピを思いついたら教えて欲しいって頼むためなんだよ。ホレ、もうすぐ店に出す予定の菓子。『常緑樹のケーキ』って仮名を付けてるんだが、もっと良い名前があったら言ってくれや」

「わあ、緑のケーキなんですね。それで常緑樹ですか」


 手のひら大のその菓子は、スライスしたナッツをたっぷり乗せて焼き込んであるらしい。緑色の生地に緑色のクリームを包んであるが、匂いからしてこちらも多分ナッツだろう。

 随分と手の込んだレシピを作り上げたらしく、これならそうそう真似はされないだろうと、オーリは感嘆と共に考えた。


(これ多分、ライバルの菓子屋だけじゃなくて、パン屋対策も含めてるんだろうな)


 マフィンのレシピが広まってからというもの、オーリはしばしば、パン屋の棚にマフィンが並んでいるのを見たことがある。

 クッキーやマフィンくらいならパン作りの傍ら作れても、大量のナッツを加工し、クリームを詰め込む手間までかかる小型ケーキにも手を着けるとなれば、躊躇う職人は多いだろう。


(どこも顧客の獲得に必死らしいね。客商売は大変だなぁ)


 一部の農村でメープルシロップが作られるようになってから、それらは主にシェパの街の菓子屋やパン屋を中心に出回り始めている。

 これまで市井の菓子作りが発達しなかった一因は砂糖の高価さにもあったようで、こうして代替品が現れた今、停滞していた菓子開発が進められるようになってきたのだ。


 尤も、製造量に限りがあるため、広告塔として安値で一定量を卸している王都の某喫茶店を除けば、メープルシロップは外部にほとんど流通していない。

 唯一、王都に一軒だけ品を卸している商店があるが、値段を下げられるのは大分先になるだろう。シェパ以外の街にとって、メープルシロップはまだそこそこ高価な嗜好品である。


「メープルシロップが手に入るようになって、少しずつ菓子の種類が増えてきたは良いんだが、この調子だといずれ店同士の生存競争が厳しくなるかも知れないって、女房が心配しててな……。だからウチの身代潰さないためにも、また助言頼むぜ、嬢ちゃん」

「心得ました」


 キリッとした顔で告げる店主に、オーリは重々しく頷いて、山吹色ならぬ緑色の菓子(賄賂)で膨らんだ大袋を受け取った。

 隣のラトニも興味を持ったようで、無言で紙袋を覗き込み、ふんふん香りを嗅いでいる。どうやら彼の好みの香りらしいと思いながら、彼女はいそいそ袋を抱え込み、一拍置いて店主に告げた。


「時にご店主。男性客の取り込みとして、これより柔らかく焼き上げたスポンジに、更にがっつり酒を仕込んだシロップを染み込ませるのはどうでしょうか」


 所謂「ババ」という菓子である。

 ちなみに、ブリオッシュの台に紅茶味やキルシュ風味のシロップを染み込ませ、クリームや果物でトッピングすると「サヴァラン」になるので、混同しないよう注意。


 店主は重厚に頷いて、棚から別の袋を取り上げ、紫色のジャムを挟んだ小さなスポンジケーキを、無造作にどさどさ詰め込んだ。

 渡された袋の重さを確かめ、更にオーリはアレンジを追加。客の好みによって酒を混ぜ込んだ生クリームや、酒に漬け込んだ果物を乗せる案を提示する。

 店主は厳かに頷いて、蜜漬けのポウを固めた飴の瓶を、無言で幾つか追加した。


 ――ぐっ、と無言で突き立て合った親指に、彼らは互いの満足度を確認し合う。

 どうやら今日も良い取引が出来たようだ。

 寸劇を見る目で二人を眺めていたラトニが、みっちりと中身の詰まった袋を一つ抱え、「あの、お客さんが困ってますよ」と控えめに突っ込んだ。




※※※




 友人同士らしい三人客に対応を始めた店主の姿を後にし、ラトニを伴って菓子屋のドアを閉めた瞬間、オーリは袋を掲げてこう叫んだ。


「キャッホウ儲けた! おっちゃんマジ太っ腹!」

「このテンションの切り替え」


 呆れた顔で呟いたラトニにも、ぐいぐい袋を見せ付けながらオーリは笑う。


「ほら、見て見てラトニ! 今日はおやつが一杯だよ、全種類味見しようね!」

「ええ、楽しみです。……にしても、ご店主が少し気になることを言っていましたね」


 ――曰く、近辺の山で、最近ちょっとした異変が起きているらしいから気を付けろ、とのこと。

 どうやら冒険者ギルドにも依頼が行っているようだから、多分大事にはならないと思う。それでも、ただでさえ山は獣や魔獣が住んでいるのだから、行くなら極力注意を払わねばならないだろう。


 下唇を尖らせて唸るオーリを見ながら、ラトニがことりと首を傾げた。


「……どうします? 山に行くのはやめておきますか?」

「んー、んー、でもそうしたら、市場で薬草を買わなきゃいけなくなるよね? あの診療所はあんまりお金がないし、旬のうちに沢山採り置きしておきたいんだよねぇ」


 師であるジョルジオの経営は、お世辞にも余裕があるとは言えないものだ。すぐに困るというほどではないが、倹約するに越したことはない。


 そう言うと思っていました、と言いたげに、ラトニが肩を竦めてみせる。

 彼も彼でジョルジオには世話になっている分、元より強硬に反対するつもりはなかったのだろう。オーリの肩に手をかけて、ひょいと背中に飛び乗った。


「じゃあ、今日もお願いしますね、オーリさん」

「うん、任された。舌噛まないでねー」


 建物の影に身を隠しながら、オーリは賄賂に貰った菓子の大袋を持参の革鞄に入れる。当然留め金が留まらないので、落っこちないよう腹に密着させるように巻き、小さい袋はラトニの持つ布鞄に入れて。

 慣れた動作で負ぶさるラトニをしっかり両腕で支えれば、極めて不格好だが準備は完了だ。


「んじゃ、遅くならないうちに行ってきますか!」

「沢山採れると良いですね」


 周囲に人がいないことを確認しつつ、のんびりとした言葉を交わし。


 タンッ、と軽い跳躍音と共に、二人の姿は道の上から消え去った。



「どうしてフラグを回収しない……っ! 聞くだろ普通……っ! 馬鹿……っ、馬鹿……っ! この大馬鹿……っ!」


 ラトニ……切実……切実……っ! 魂の……叫び……っ!!



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