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いつか見る果て  作者: 笠倉とあ
王都編
19/176

19:フレンチトーストとミルクティー

 店の棚と、保存庫と。ついでに自宅用の棚まで漁って、出てきた食材は予想以上にしょぼかった。

 卵にミルクに瓶詰め少々、塩漬けのベーコンと魚の燻製、バターの塊と調味料と、古いチーズに古いパン。茶葉は幾らかあるようだが、野菜などの生鮮食品は自宅分の量しかない。

 カウンターにごろんと転がる、岩石のように固くなったパンの塊を見て、オーリはそっと店主の胸倉を掴んだ。


「……あんた、客商売ナメてんですか?」

「あああっ、子供なのに腕力と威圧感が凄いっ!」


 半泣きで悲鳴を上げる店主を横目に、シエナがパン屑をクチバシに差し出し、そっぽを向かれて苦笑いしている。犬も食わぬという言葉があるが、鳥さえ食ってくれぬのも情けない。


「これだけあれば、今日のお昼のサンドイッチくらいは何とかなるかしら……」


 ぼそりと投げやりに独りごちるシエナに、オーリは気の毒そうな目を向けた。これ、何事も無ければ早晩潰れてたんじゃなかろうか。

 店主の首を手放して、改めてカウンターに目をやれば、色々と扱いに困る食材の数々が目に入る。はてさて、どう手を着ければ良いものか。


(ラスク……は駄目だ。砂糖が結構要るし、喫茶店でやるには数が出ない。持ち帰り用に売り出すにしても、イートインが伸びないのなら意味がない。

 サンドイッチに代わる新しいランチメニューを作るか? でも資金が不安だしお客にウケない可能性もあるし、まだ下手なものは試せないなあ)


 やっぱりパンを使いたい、と思って、オーリは頭の中のレシピ帳を捲った。出来れば、新たな仕入れは最小限にしたいのだが。

 相変わらず鳥らしくない観察するようなクチバシの視線を感じながら、顎に指を当てて小さく唸った。


(いくら薄く切っても、このパンじゃサンドイッチは無理がある。砕いてクルトン……そんな大量のクルトンどうやって使い切るんだ。パン粉にしてフライ……これも駄目か、揚げ物は油を大量に使う。第一、ベーコンや魚の燻製を揚げたって大したものにはならないし。……コロッケ食べたい。ウスターソースをビタビタにかけ回して……)


 コロッケなら、じゃが芋と玉ねぎと肉が手に入れば比較的簡単に再現できるだろう。

 どうでも良いが、オーリは最後の一個に真っ黒になるまでソースを吸わせ、ご飯に乗っけて突き崩して、コロッケライスで食べるのが好きだった。本当にどうでも良いが。


 時々脱線しながら、眉間をぐりぐり親指で揉みつつ考えを巡らせる。ピィ、と聞こえた声に振り向けば、丁度クチバシがオーブンの掛け金に飛び乗ったところだった。

 店主の祖父が備え付けたという、古い鉄の扉のオーブンだ。サイズは店で一番大きな皿が二枚入る程度だが、小さな店には充分だろう。

 熱源は薪ではなく、熱を発生させる封珠を使っているようで、煤も灰もほとんど出ないお高めの品だ。

 どうやらこれは、店主の祖父の代から取り付けてあるものらしい。オーブンの煤で顔が黒くなったことに気付かず街を出歩いてしまった記憶がトラウマになっているオーブン職人の男と、倒れた薪で小指を挟んでから薪を憎むようになった女の壮大な冒険活劇ラブストーリーを作り上げた辺りで、オーリは妄想に飽きて思考をやめた。


 ぼそりと「ヘンゼルとグレーテルを思い出すデザインだな」と呟くと、意味が分かったかのようにパッとクチバシがオーブンから飛び離れる。

 ポサリと音を立てて頭頂に戻ってきた小鳥は、恐ろしいことを言うなと言いたげに低い声で一声鳴いた。「めんごー」と軽くあしらいながら、オーリは選択肢を絞り込んでいく。


 ――やっぱり、あれしかないかなあ。


 忙しなく視線を動かして思考を纏めながら、オーリは脳内レシピに付箋を付けた。やれやれ、王都に来てまで経営コンサルタントの真似事をするとは思わなかった。


「――しかし、今更何かやっても、本当にお客が戻って来てくれるのかねぇ……」

「戻りますよ。多分」


 頭を掻きながら気弱なことを呟いた店主に、オーリはクチバシに指先をふにふに甘噛みされながら即答で返した。

 後半を濁したのがやや残念だが、ここで動かねばどの道ジリ貧なので仕方がない。店を潰したくないのなら、日和見店主にもいい加減覚悟を決めてもらわねばならないだろう。


「王都は、フヴィシュナのどこよりも人口が多い街です。人が多いってことは、それだけでメリットなんです。人口の少ない田舎にどれだけ大きなカフェを構えたところで、一日の来客数なんて知れたものでしょう?」


 オーリの言葉に、シエナが「そう言えば」と頷く。

 確かにシエナの母の故郷にも、食堂兼用の小さな酒場が一軒あるだけだった。生まれた頃から王都の喧騒に慣れていたシエナは、子供の頃田舎に行くたびにそれを不可思議に感じていたが、それが田舎で維持できる限界だったのかも知れない。


 注記しておくと、オーリは別に、この店を大繁盛させたいとまでは思っていなかった。

 オーリの役目は、経営に不安を抱かなくて良い程度まで立て直すこと。そこから先は、新たな策を考えるなりもっと専門知識を持った人間に頼るなり、シエナたちが考えるべきことだ。

 オーリは専門家ではない。手助け以上のことは出来ないし、するつもりもないのだ。


「今回は物珍しさも手伝って新しいカフェに人を取られましたけど、一つでも新たな売りが出来れば、お客さんはまたここに来るようになります。田舎風ミルクティーと一緒に、ここの限定として売っていけば良い」


 ここでしか食べられないものがあれば、客は食べに来るだろう。少なくとも、小さな店一つ維持するには充分なほどの人数が。

 尤も、料理のレシピに特許はなく、余所の店にレシピを取られる危険はある。

 レシピを秘匿して時間を稼いでいる間に「元祖」として地位を確定し、更に新たなメニューを作るか固定客を得られれば良いのだが――まあ、その辺はシエナが何か考えるだろう。少なくとも、父親よりは思い切りが良さそうだし。


「この店、サンドイッチがメインメニューだって言ってましたよね。パンはどうしてたんですか?」

「先代から付き合いのあるパン屋から買ってたんだよ。最近は使い道がなくて買わなかったんだけど、少し安めに卸してくれたから助かってたね」


 オーリの質問には店主が答えた。

 それなら、とオーリは呟き、カウンターの食材をじっと見る。


「例えば、ですよ。そのパン屋から、こういう――」


 こつん、と。

 鈍器になりそうな古パンを軽く叩いて、オーリは続けて問うた。


「売れ残りの古いパンを。更に安値で譲ってもらうことはできますか?」


 その言葉に、店主とシエナは揃って首を傾げた。


「それはまあ……売れ残りの処分品だし、交渉は出来るだろうけど。でも、何に使うんだい? サンドイッチには出来ないだろう」


 不思議そうにしている二人に、オーリは大きなパンを片手で持ち上げてみせた。


「売りになる物を作るんですよ。古いパンを使う方が美味しい、シエナさんのお茶によく合う料理があるんです。


 ――フレンチトースト、って言うんですけどね」




※※※




 カシカシと大きなフォークを操るオーリの手元を、店主とシエナと、ついでにクチバシが覗き込んでいる。

 最初にボウルで少量の砂糖とコトンのミルクを混ぜたオーリは、次に溶いた卵を混ぜ込んだ。フォークが一回りするごとに、濃い黄色にミルクの白が溶け込んで、柔らかな色に落ち着いて行く。

 続いてコトンのクリームを加え、泡立たないように混ぜた後、スライスしたパンの切れ端にじっくりと卵液を吸わせる。


「豪勢に見せたいなら、切らずに塊のままで使っても良いですよ。その分、卵液に浸す時間が要るでしょうけど」


 喋りながら、オーリはフライパンにバターを落とす。

 濡れそぼったパンを軽く焦げ目が付く程度に焼いた後、小さなオーブンに放り込んだ。

 パンが薄いので、焼く時間は長くない。程なく漂い始めた香ばしい香りに誰かが唾を呑んだ頃、オーリは焼き上がったフレンチトーストを取り出した。


 白い皿に形良く盛って、仕上げを一つ。

 先程店を出て買いに行った茶色の小瓶を、黄色いパンの上で傾けた。


 ――とろり、と滴る琥珀色の液体に、シエナがぱちくりと目を瞬く。


「シェパの農村特産、『メープルシロップ』です。どうぞ、食べてみてください」


 差し出された皿に、親子が顔を見合わせる。ピィ、と高い声でクチバシが鳴いて、それに背中を押されるようにフォークを取った。


「味は――良さそうですね」


 一切れずつ口にしたシエナたちの反応を観察して。

 自分の分のフレンチトーストを小さく切りながら、オーリは安心したように笑みを浮かべた。


「うわ、何だいこれ……どうしてあのパンがこんなにふわふわになるんだい?」

「メープルシロップって言ったかしら、これも美味しいわね。そんなに高くなかったし、しつこくなくてこのパン菓子によく合うわ」


 もぐもぐとフレンチトーストを頬張りながら、シエナたちはどことなく興奮したように言い募る。

 銀色のフォークをくるりと回して、オーリは口の端を吊り上げた。


「硬くなったパンで美味しく作れるし、果物とかクリームがあれば色々アレンジも可能です。まあ、私の好みはシンプルイズベストなんですけど……あいたっ、はいはい、次ね。キミは毎回ツッコミのタイミングがラトニとそっくりだなあ……本当に乗り移ってるんじゃないの?」


 少しでもオーリの意識が逸れると不機嫌そうにつついてくる辺り、一々シェパに残してきた某相方を彷彿とさせる。

 彼女はじとりとクチバシを睨んで小さな頭を軽くつつき、けれど小鳥は素知らぬ顔でそっぽを向いた。


「……まあ、そんなわけないか。そんなにガツガツ食べるとデブって飛べなくなるよ」

「チッ」

「え、今舌打ちした?」


 胃の大きさが心配になる雑食小鳥に追加のパン切れを咥えさせて、オーリは自身もフレンチトーストを口に入れた。

 砂糖が少ないから甘さは控えめだが、その分メープルシロップの味が引き立っている。これならシロップの名も売れるだろうと考えて、満足げに頷いた。


 オーリが王都で果たしたかった目的の一つ。それこそが、自らプロデュースしたメープルシロップの購買層を広げることである。

 現在メープルシロップを卸している店は、王都には一軒しか存在しない。いずれ生産量を増やしつつ、シェパからじわじわ知名度を上げていく予定だったが、今回この店からフレンチトーストを売り出せれば、おまけでシロップの話題も発信できるだろう。

 未だ大量生産の出来ないメープルシロップだが、店一軒賄う程度ならオーリの権限で充分用意するに足る。販売代表特権を利用してこの店を広告塔に使わせてもらえれば、後はシロップに興味を持った人々が、店になりシェパになり勝手にやって来てくれるに違いない。


「まあ、気に入ったら試してみてくださいよ。定期的に購入することにでもなれば、メープルシロップの仕入れについては私からも協力させて頂きますから」


 目の前に甘い餌をぶら下げてにんまりと笑うオーリの顔は、その瞬間新たな化け猫の皮を発現させていた、と。

 シェパに残った某少年は、のちに胡乱な目でそう呟くことになる。




※※※




 黄色くふわりと焼き上げられたパンの塊を一切れ食べて、彼は、へえ、と目を瞬いた。


「これが、例の古パンで作ったパン菓子? 成程、あれだけ騒がれるのも頷ける」

「ふふ、そうでしょう。今日もほとんどのお客さんがこれを注文してくれたお陰で、この一皿分しか材料が残らなかったのよ」


 特製のミルクティーをテーブルに置き、この店の娘――シエナ・フロッツァが嬉しそうに笑った。


「フラスカが買い付けから帰ってきたら、真っ先にこれを出したいと思ってるの。きっと甘いものを食べたがるでしょうから」

「ああ、確かにあいつの好きそうな味だな。今回はザレフの方に行くと言ってたから尚更だろう。あそこはフヴィシュナよりも砂糖が高い」


 フラスカという青年はシエナの恋人であり、彼にとっては友人兼部下に当たる。フラスカの紹介で知り合ったシエナの淹れる素朴なお茶は、彼にとっても気に入りの一つだった。

 ただしシエナは彼とフラスカが主従関係にあることは知らないので、この店で仕事の話は出来ない。この店では、彼らはあくまで、ただの一般人の友人同士だった。


 親子二人で切り盛りしている小さな喫茶店は閉店時間を幾分過ぎて、昼の賑わいの気配はない。

 奥で仕込みをしている店主は、まだしばらく店には顔を出さないだろう。彼が訪ねて来るなり「シエナに恋人がいるなんて嘘だよねぇぇぇぇぇ!?」と縋り付かれたのには驚いたが、どうやら愛娘とフラスカが恋仲であることを最近まで知らなかったらしい。


 柔らかな香りのミルクティーを一口含み、彼は満足そうに目を細めた。新たに切り取った一切れにメープルシロップをたっぷりと絡め、蜜が滴るのも構わずぱくりと頬張る。


「これ……メープルシロップ、だったか? 蜂蜜を使わないのは高価だからかと思ったが、量を食べるにはこちらの方が甘みが控えめで良いな」

「リアちゃんはそう言ってましたよ。あの子ってばどうやったのか、少し安値で卸してくれるようにお店と交渉してくれたらしくて。お陰でケチらずにお客に出せるの」

「でもこんなに美味しいのなら、何も古パンを使わなくても良いようなものだけどな。焼き立てのパンじゃいけないのか?」

「古くてカチカチのパンで作った方が美味しいんですって。元々古いパンの再利用を目的に考えられた料理なんだって言ってたわ」


 すらすらと答えるシエナに、それ以上の質問をするのは止めて、彼は残りのフレンチトーストを味わうことにした。卵とシロップの香り豊かなこの菓子は、是非とも温かいうちに食したい。

 ふんわり優しい黄色と、茶色い焦げ目のコントラストを視覚で楽しむ。蜂蜜よりもくどくない琥珀色のシロップは、上品かつ繊細な味で彼の舌を包み込んでくれた。珍しさも手伝って、幾らでも腹に入りそうだ。

 これは、一体何から採れるものなのだろう。メープルなどという植物は聞いたことがないのだが。


 そうして、最後の一切れでシロップを綺麗に掬い取ってから、彼は満足そうにカトラリーを置いた。


「ご馳走様、本当に美味しかったよ。こんなお菓子、きっと貴族だって食べたことがないんじゃないかな。何よりこのミルクティーと合うところが良いね」


 カップを持ち上げてみせながら、彼はほっこりと穏やかに微笑する。シエナにフレンチトーストを教えた人間はこの店の売りをよく分かっているらしい、と感心を抱いた。

 高価な紅茶より、コーヒーより、このパン菓子はシエナのミルクティーと相性が良い。それは、この店の茶を気に入っている彼にとっては何よりも高評価に値した。

 世辞ではないことが分かったのだろう、頬を緩ませながら称賛する彼に、シエナも自分のことのように嬉しげに笑った。


「友人が凄く褒めてたって、リアちゃんに伝えておくわ。あの子、三日後にまた店に来る予定になってるの」

「ああ、そう言えば聞いてなかったけど、その子ってどこに住んでるんだ? 近くの家の子?」

「ううん、家族で旅行に来てるらしいわ。フレンチトーストがあっという間に話題になって、お礼をしたいって言ったら、一日王都を案内して欲しいって頼まれたのよ」

「それはまた……随分と欲のないことだな」


 少し目を見開いて、彼はそう呟いた。

 メニューに出してから十日も経っていないにも拘わらず、喫茶店にはこれを目当てに連日行列が出来るほどの客が訪れている。

 もしもレシピに特許があったならどれだけの特許料が入っていたかも分からない。そんなアイデアを出しておいて、代価を一日王都案内だけで済ませようというのも酔狂な話だ。


「そのうち目新しさが無くなればお客も減ってくるだろうし、他店に真似られることもあるだろうから、自分は窮状の打開以上のことはしてないって言うんですよ。丸一日人様の時間を割いてもらうんだから、それで充分だって」


 ――へえ、と。


 少し音調を変えて呟いて、彼は顎に指を当てる。少し考えた後、にや、と唇を引き上げて、皿を下げていくシエナをちらりと見上げた。


「――なあシエナ。その女の子の一日エスコート、俺にやらせてもらえないか?」

「え?」


 突然の提案に、カウンターの向こうへ引っ込んだシエナは驚いたように振り向いてきた。拒否の台詞が返らないうちに、彼は次々と言葉を並べていく。


「シエナはその日も店があるだろう? フレンチトーストの話題が新しいうちは、店を休むつもりはないって言ってたじゃないか。親父さん一人じゃ、あの大人数の客を回すのは無理があると思うけどな」

「そ、それはそうだけど……」


 言葉に詰まる素振りを見せたシエナに、彼は続けて畳みかける。


「それに案内って言っても、シエナが知っている場所は限られてるだろ? 俺なら上級者向けの穴場も知ってるぞ」

「上級者向けって……リアちゃんはまだ七歳だって言ってたわよ」

「子供に見えないほど頭が良くてしっかりした子だって言ってたじゃないか。それなら、子供向けの遊び場や菓子屋よりも、地元民の穴場の方を面白がりそうだ。それに俺なら、何かあっても守ってやれる」

「うっ、それは確かに……」


 当たり屋に絡まれて子供に助けられた身としては、反論の言葉が見つからない。本格的に迷い出したシエナに、彼はこっそりとほくそ笑んだ。


「頼むよシエナ、シエナが恩を感じてるってことは分かるけど、俺もその子に興味が出たんだ。店が繁盛してることはその子も分かってるだろうし、忙しいシエナの代わりに俺を案内役として紹介したってことにすれば、要望には充分当て嵌まってると思うんだけどな。シエナがどうしても納得行かないのなら、後日改めて別の形で礼をすれば良い」

「……、……仕方ないわねぇ……」


 主張を重ねてくる彼に、シエナはとうとう折れたようだった。一つ溜息をついて、困ったように苦笑してみせる。


「いいわ、あの子には次来た時に話しておきます。三日後、貴方はここに来られるのかしら?」

「いや、その日はちょっと先約があって……だけどその翌日からしばらくは空いてるから、その子の予定を聞いておいてくれ」

「分かりました、伝えておくわ。人見知りするような子じゃないから、多分あっさり頷いてもらえると思うけど」

「感謝する」


 シエナの了解を得て、彼はようやく席を立った。

 少し予定より遅くなったから家人が怒るかも知れないが、後悔はしていない。彼が興味を惹かれた珍しい人物と、遠からず対面できると思うと口の端が吊り上がった。


「……性格の悪い顔してますよ。間違ってもリアちゃんに変なことしないでくださいね」

「七歳の子供相手に何をすると思っているんだよ」


 にんまり顔を苦笑に変えて、彼は控えめに反論する。まだ疑わしそうなシエナに手を振ってみせ、カウンターにコインを置いて身を翻した。


「三日後の夜にまた来るよ。俺の分のフレンチトーストを取っておいてくれ」

「はいはい、しっかりしてるんだから」


 仕方がなさそうに笑って、シエナは店を出て行く彼を見送った。

 ドアの向こうの夜闇に消えていった微かな足音にしばらく耳を澄ませた後、再び洗い物に戻る。

 人当たりは良いがどこか掴み所のない彼を、あの賢い子供はどうあしらうのだろうと、少しだけ好奇心を擽られた。


 先日頂いた感想に、「ずっと傍にいる侍女がオーリの行動に気付かないのはおかしい」的なご意見があったのですが、とりあえず今のところアーシャにバラす予定はありません。何せバレたら、オーリは確実に一人歩きが出来なくなる。

 オーリは両親との間に真っ当な家族愛こそありませんが、嫡子としては普通に尊重されているし大切にされている。しかも性別が女ともなれば、目的も実績も関係なしに、当主の許可もない一人歩きなど使用人として見逃せないし見逃すべきではない。全てを知ればアーシャ一人は確実にオーリの味方になってくれるでしょうが、野放しにしてくれるかは話が別なので、現時点では展開に無理があるという理由でアーシャにはまだバレませんメタですが。

 ご指摘下さった方、参考にさせて頂きます。感想ありがとうございました。

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