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いつか見る果て  作者: 笠倉とあ
シェパ・春告祭編
172/176

166:ブバルディアを抱えた交渉人

 突貫チームの再結成が成り、三人はまず、互いの状況を整理する。

 そうしたところ、とにかくまずはワクチンを作り上げなくては話にならないとの結論になった。


「以前燃やされた水薬は、厳密には『ワクチンのベース』の段階で、更に『浮島』で採れる薬草を調合することでワクチンが完成することは話しましたよね? でも、肝心の『浮島』の薬草は、やっぱり手に入らなくて。ベースのサンプルの方も、ルシャリから取り寄せられないなら一から作るしかないと思ったんですけど、貴重な材料や道具が必要で、それも足りない。

 それで昨日、思い余って商業ギルドにもう一度突撃したら、たまたま支部長に出くわして、でもわたしを見るなり真っ青になって『出て行け』って怒鳴ってきたから、ろくに話もできなかったんです」


 成程、それで八方塞がりになって呆然としていたというわけか。


「『浮島』の薬草以外に足りない材料は何ですか?」


 懐から這い出てきた小さな灰色の雛――サテが肩によじ登るのを手で支えながら、オーリはそう問うた。ええと、と指折り数えつつ、サラがいくつかの名を挙げる。ぱちりと目を瞬いて、子供たちが顔を見合わせた。


「……ラト、」

「……流石に、まず先方に聞いてみないことには……クチバシを送ってみます」

「じゃあ状況説明は私が書くよ」

「頼みたいことは僕が書きますね」


 ごそごそ紙とペンを取り出して、噴水台を机代わりに並んで手紙を書き始める。サテがうごうごと覗き込んだ拍子に頭から転げ落ちたので、キャッチしてサラにパスした。「ンビ――……」ちょっと預けるだけだから待ってなさい。


 たちまち不服そうな顔で抗議の爆音絶叫を始めようとしたサテの嘴を、サラが慌てて軽く抑える。ふしゅふしゅ嘴の隙間から空気を洩らしながらじっとりとオーリを睨みつけるサテに、オーリは急いで手紙を書き上げた。

 どこからか呼び寄せたように見せかけて、ラトニが青い小鳥の術人形を出現させる。ラトニの書いたものと重ねて細く折り畳み、クチバシの足に結び付けた。

 お願いね、とクチバシを一撫ですると、小鳥は軽く頭を擦り付けた後、勢い良く飛び立った。

 

「ンビブシュー!」

「ちゃんと視界の中にいるでしょうが。人間不信かキミは」

「残念でしたね、彼女は手のかかるお子様よりクチバシ(ぼく)の方が信頼できるそうですよ」

「動物相手にキャットファイトを始めるな」

「ふふ、リアちゃん、クール美人幼馴染と新参の甘えたロリ美少女に挟まれるやれやれ系冷静主人公みたいですね」

「サラさんはそのピンポイントな若者知識どこから持ってきたの? 怒らないから言ってみて?」

「時々入ってくる新人や買い出し係の若い子たちが、鞄の二重底に隠したり、バラして油紙に包んでパンの中に仕込んだりしてこっそりと」

「それ密輸ー!!」

「水面下で着々と俗世に染まってますね、修道院」


 そんなことより用が済んだならはよ帰せ、とばかりにサテがばたつき、サラの手から逃れるなり滑空してオーリの頭に飛び降りた。ちょいちょい髪を整えて巣を作り、満足そうに高い声で「ひよ」と鳴く。


「………………」

「あー、ラト、向こうの様子はどう?」


 イラッとしたように目を細めるラトニにコソコソ問いかけると、ラトニは「今読んでます」と言った。


「ちょっと考えてるみたいですけど……あ、オッケー出ました」

「よっしゃ解決」


 頷いたオーリが、疑問を顔一杯に浮かべているサラに振り向いた。


「足りない材料の大半と、設備がある場所、確保できました。あと問題は『浮島』の薬草と、『雫』だけですね」

「えっ、もう? 凄いですね、リアちゃんたち……」


『雫』というのは、ルシャリ固有のとある木の葉につく夜露のことである。生きた枝についた、枯れていない葉から滴る夜露を、日が差す前に採取しなければならないとのことで、通常は特殊な瓶に少量入ったものが、目の玉が飛び出るような価格で流通している。


 今までの苦労は何だったんだと虚ろな目をするサラに、オーリは軽く説明してやる。


「実は、私たちの薬師の師匠が最近王都から帰ったばっかりで。いろんな材料を買い込んできてたんです」

「さっき手紙を送ったら、詳しく事情を話すならウチを使っても良いって。あの人は知識欲も強いですから、珍しい薬のレシピを知りたかったんでしょう」

「成程……師弟揃ってありがとう……。で、これで薬を作る場所はできたとして、足りない材料はどうしましょう?」


 妙に精密な情報伝達の手段についてツッコまないのはサラの美点である。春告祭が終わるまでは診療所を閉じる予定だったはずだから、こっそり彼女を連れ込めば、ワクチンのベースはジョルジオの診療所で作ることができるだろう。あとは残り二つの材料を手に入れるだけだ。

 サラの疑問に、ふふん、とオーリが胸を張った。


「任せてくださいよ。実は良い作戦を思いついてるんです」

「違法ですか? 脱法ですか?」

「私のことをどう思ってるのかよく分かった」


 即座に聞いてきたラトニに、オーリの目つきが平ったくなる。うとうとしはじめたサテを懐に押し込み、彼女は宣言した。


「商業ギルドで貰ってくるんだよ。――きちんと合法でね」




※※※




 昨日は厄日だった、と、商業ギルドシェパ支部副支部長であるブルーノは考えた。

 昨夜、ギルドが閉まる間際になってやってきた例の娘――サラは、散々シェパを探し回った後、それでも全く足りない薬草を求めて来たらしい。

 それに運悪く行き合わせたのは、とかく彼女を忌避する支部長その人で、午後の外出から帰って以降酷く過敏になっていた彼は、手荒く彼女を追い出したのだ。


『――春告祭が終わるまで、二度とあれをギルドに入れるな! 何を頼まれても拒否しろ!』


 加えて支部長は、彼女が新ルシャリ公国と連絡をとることを酷く嫌がり、荷物送付魔術陣で届くルシャリからの荷物は自分が全て中身を検分するとまで言い出した。

 流石に無関係な客の荷物にそれをするのは信用問題だからと慌てて止めたが、ギルドの注文した荷物や手紙は残らず確認すると宣言され、毎日どれだけの荷が届くと思っているのだと、ブルーノは酷い頭痛を覚える。


 受付嬢に口角泡を飛ばして青筋を立てる支部長は今にもヒステリーの発作を起こしそうで、いっそそのままぶっ倒れてくれれば春告祭終了まで入院してもらう理由ができたのに、と思いつつも、逆らえないのは後ろ盾のことを思えばこそである。


 希少な魔術道具や情報の扱いもする商業ギルドはおおよそ貴族からの信頼が厚く、ギルド内の地位が高いほど高位の貴族との付き合いも多い。支部長も例に違わずシェパの上級貴族と繋がりがあり、ブルーノにも教えていない個人的なコネがいくつもあるらしい。


(尤も、今の支部長の惑乱も、その『個人的なコネ』が原因らしいが)


 随分厄介なことになっているようだが、今や手を切ることもできないのだろう。距離の測り方を間違えたのだと冷めた目をしながらも、その支部長を切り捨てる理由を見つけられない以上は、自分やギルドさえ巻き込まれかねない状況に歯噛みするしかない。


 ザレフ帝国の流行り病のワクチン、その完成を妨害する支部長の姿を見ていれば、背後にあるのがろくな事情ではないことなど子供でも分かる。

 まともな商人なら誰だって、泥舟に乗る趣味などない。ただでさえ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「あ、ブルーノ副支部長、外出ですか?」


 書類鞄を持って事務室を出ると、倉庫から大きな箱を持って出てきた職員が話しかけてきた。

 恐らく商品の入れ替えだろう。ギルドに併設している個人客向けの店舗は、この時期、祭り関連の商品で店頭が埋まる。頻繁に出ない商品は倉庫に入れ、今しか売れない商品を大量に並べるのだ。


「ああ、新しい商品の開拓に。何件かリストアップしたものが回ってきたから、販路や職人について確認しに行こうかと思っている」

「おや、それくらいなら営業に言ってくだされば」

「貴族の肝入りが入っていて、利権がややこしい所が一つあってな。他はついでだ」

「成程、お疲れ様です。あ、事務長が二件ほどアポを入れたいと言っていたので、今日中に連絡が行くと思います」

「了解した」


 軽く手を振って歩き出そうとした時、入口の方が騒がしくなった。

 何事かと眉を寄せたブルーノに、職員が苦笑する。


「もしかしてあの女の子でしょうか」

「あの……支部長が絶対に入れるなと言っていた女性か?」

「ええ、入れるなと言われていたので、入口で張り込んでいたらしいんです。さっき支部長も外出の用意をしてるのを見たから、彼女に捕まったんでしょうねぇ……」


 張り込んでいるのを知りながら何も言わずに無視していたあたり、職員にも支部長の行動を疑問視する人間はいるらしい。

 何せ商業ギルドのモットーは「公明正大」、対価さえ持ってきたなら相応のサービスを提供する。にもかかわらず、前払いで荷物送付魔術陣を予約した人間を拒否したという支部長の采配は、ギルド本部への報告が上がってもおかしくない。――或いは、未だに本部からの問い合わせがないことが、握り潰しの可能性すら示唆している。


「……裏口から出るか」

「ハハ、その方が良いでしょうね」


 溜息を吐いてブルーノが呟くと、職員はあっさりと笑って同意した。

 ナンバー2はいつの時代もトップに振り回される。中間管理職としてのブルーノの苦労も、職員たちはよく知っていた。


 入口の彼女――サラも余程に追い詰められているのか、いつになくしぶとく続く喧騒に背を向けて、裏口のドアを開ける。帰ってからまた情緒の悪化した支部長に対面するのが億劫で、今からどう回り道をしようかと考えたブルーノの耳に、ふと、聞き慣れない音が届いた。


 ひよ、ひよ、と甘えるような鳴き声だ。


 存外声が近かったことと、耳障りな怒鳴り声が精神を削っていたことが、ブルーノの背中を少しだけ押した。

 何か動物が入り込んだのかと、角の向こうに回り込む。


 商業ギルドの裏庭には井戸がある。その井戸の上に、ふわふわした灰色の、鳥の雛のような生き物がちょこんと座っていて、ブルーノに気付いて可愛らしく小首を傾げてきた。


「なんだ、お前、どこから迷い込んだ?」


 井戸はしっかりと蓋が閉まっていて、雛はもぞもぞと退屈そうに身じろぎしたり転がったりしている。


 猫にでも連れてこられたのだろうか?

 少し迷ったが、見覚えのない種類であることがブルーノの興をそそった。ひとまず事務室にでも預けておけば、動物好きの誰かが喜んで面倒を見るだろう。

 そんなことを思って、ブルーノが雛を抱き上げようと手を伸ばした瞬間、


 がしっ。


 何かが、否、誰かが、ブルーノの腕を掴んだ。


 反射で振り切ろうとした腕はびくとも動かず、同時に雛が、まるで見えない手に掴まれたかのように姿を消す。


 僅かに視界が眩んだ次の瞬間、ブルーノはどことも知れぬ森の中に立っていた。


「手荒なご招待をしてすみません。どうしても、私たちだけで話をしたかったものですから」


 ブルーノの腕を穏やかに離し、灰色の雛を胸に抱いた少女が一人、ゆるりとそこに立っていた。


 東方風の愛嬌ある顔立ちをした、濃茶色の髪に澄んだ灰色の瞳の少女だ。

 サラと一緒にいるところを一度だけ会ったことがある、華奢で幼い子供。無垢げで真っ直ぐな眼差しが、その奥底に奇妙な理知と、春の下萌の如き強い意思を湛えてブルーノを見つめていた。


 さらさらと、足元を川が流れている。ぱしゃりと跳ねた大きな魚が飛沫を上げ、虹色のプリズムに輝いた。

 萌え出づる柔らかな緑の匂いの中、光と水飛沫を浴びながら、少女は笑った。


「まあ、まずはボードゲームでもしませんか? お互いを理解し合うには、頭を使うゲームをするのが手っ取り早い」


ブバルディアの花言葉:交流、親交、情熱。


下萌:去年の枯草に隠れるように早春の草の芽が生え出ること。春の訪れと厳しい冬を耐えた生命力の表現。

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[良い点] 薬と言えばそうだ、ジョルジオさんがいる!軍属していたと思われるような厳つめの大人と、おとなしげな(実は中々強かな)修道女サラさん···。2人の絡みも面白そうです( *´꒳`* ) という…
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