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いつか見る果て  作者: 笠倉とあ
シェパ・春告祭編
171/176

165:精一杯の誠意

 祭りのフィナーレを翌日に控え、歓楽を極める人々の間を、オーリとラトニは駆けていく。

 黄色とオレンジの花びらが噴水のように舞い上がり、熱帯魚の鰭のような衣装を棚引かせて情熱的に踊る踊り子の群れに降り注ぐ。器用に大玉の上でジャンプや逆立ちをする道化師がくるくるとナイフを投げ、人混みだからか艶のない玩具のナイフを、時折刃を引っ込めたり、観客の子供に投げたり触らせたりしては喜ばせている。

 あちこちから聞こえるドラムや弦楽器の奏でる音楽は、時にぶつかり合って不協和音となりつつも、それさえ浮かれ騒ぐ人々のスパイスと化していた。

 遠い東の空に浮かぶ雲さえ色鮮やかに輝いているように見えて、軽やかに駆けてくる春の足音が聞こえるかのようで。


「『浮島』の行方を決める南方領主会議は、祭りが終われば閉会される。だから勝負は、春告祭が終わるまで!」


 懐に雛、背中に相棒。両手足をしっかり回して捕まってくるラトニに、オーリはそう宣言した。


「他国の王族がシェパの中で暗殺者に命を狙われてたなんて、とんでもない厄ネタだからね。ぶっちゃけそれだけで開戦の理由にもなり得るのに、よりにもよってその雇い主がシェパ貴族。中途半端な情報を流せば、揉め事を恐れてサラさんごと『隠蔽』しにかかる連中は絶対にいる!

 サラさんが『ルシャリ王族の血が継ぐ力』とやらを取り戻すこと、ザレフに蔓延る病気のワクチンの完成、新ルシャリ本国との連携、全ての手札を揃えた上で、直接南方領主会議にねじ込まなくちゃいけない」

「できますかね?」

「やるしかない。と言うか、今んとこそれしか思いつかない」


 解決策を完全に揃え、必要な人間全てに同時に情報を開示し、隠蔽の暇を与えない。そのためには、フヴィシュナ南方領の主だった貴族が全員揃っている南方領主会議は絶好の機会だ。これを逃せば、サラはいよいよ王都に単独で乗り込まなければならなくなるし、そうなれば暗殺のリスクも跳ね上がる。


「南方領主会議に乗り込む伝手は?」

「ない!」

「つまり?」

「侵入!」

「申し開きする前に捕まって投獄されないといいですね。あなたのお父上に話を通せれば楽だったんですけど……」


 溜息をつくラトニだが、「オーリがブランジュード家権限を使えば、サラを会議場に送り込むくらいはできるのでは」とは言わない。それをした場合、今回の事件についてオーリの関与を全て詳らかにすることに繋がるからだ。そうすると、「そもそも両者はどこでどうやって出会ったのか」という話から始めることになり、いくら何でもオーリのリスクが高すぎる。


(いえまあ、それはそれで亡命アタックチャンスになるから良いんですけど、今回は見送りということで)


 別にラトニが優しさを発揮したわけではない。つい昨日、オーリに「当主位を継いで、自分で結婚相手を指定する」という新ルートが開けたことを知ったため、亡命ルートに背中を押すのはちょっと見送っても良いかな、などと思っただけである(ちなみに彼は当然のように「婿に指名されるのは自分だ」と思い込んでいるわけだが、この二人、別に恋人関係ではないことを明記しておく)。


「あ、いましたオーリさん、あそこです」


 屋台やステージからは外れた位置、商業ギルドに程近い噴水に座り込み、悄然と肩を落としているサラを、ラトニが見つけて指差した。彼女の傍には、先程彼女を見つけた旨を連絡してきた青い小鳥が一羽。無事に合流したと見て、小鳥は無音で消失する。


「――サラさん!」


 たん、と目の前に着地した子供たちに、サラはビクッと肩を震わせた。躊躇うように少し置いてからのろりと目線を上げる。

 前回別れてから何日も経っていないのに、随分と窶れているように見えた。顔色が悪く、目の下に薄い隈がある。迷子の子猫のような顔だった。


「『黒いローリエ』の解毒薬って、もう完成してますか?」


 単刀直入に問うと、数秒置いてサラの顔から血の気が引いた。


「何故それを、」


 掠れた声で言いかけて、言葉を飲み込む。「黒いローリエ」のことは、彼女が二人に話していない話だ。もう関わらないと告げて去った二人が、何故その情報を持って戻ってきたのか分からず、警戒と猜疑に小さく震える。


「やっぱりそれも作れたんですね」


 もそもそと背中から下りたラトニが言った。


 ガルシエ邸での探索の後、二人がふと引っかかった疑問がそれだった。

 執拗にサラの殺害をせっつくガルシエ爵に、あの時ギルファは確か「まだ指輪を奪えていない」と答えた。


 指輪。ただの貴重品ではないだろう。在処が分からない限りは殺すことも難しい。つまり、「サラに使わせたくない」のではなく、「他所に流れたら困る」のだ。


「初めてサラさんとギルファが遭遇した時、ギルファはサラさんの髪飾りを破壊しました。恐らくギルファの雇い主は、あなたが『髪飾り』と『指輪』に、二種類の薬を仕込んできたことを知っていたんでしょう。あの男は髪飾りを焼き払うことで、『ワクチンのベース』を処分した。なら、指輪の方に仕込んであるものとは?」

「考え得る可能性は多くない。サラさんが『王族の資格』を取り戻すために必要なアイテム、或いは――『黒いローリエ』の解毒薬」


 淡々と推測を連ねるラトニに、オーリも口を挟んだ。


「前者である確率は低い。だってサラさんさえ殺してしまえば、指輪だけあっても意味がないじゃないですか。なら、王位じゃなくて『黒いローリエ』関係かなって」

「思い返してみると、初めて会った時から、サラさんは指輪なんてつけていませんでしたよね。シェパに来る前に隠したか、信頼できる誰かに預けたか――後者の場合、黒幕には非常に都合が悪い。何せ、対処不可能な特殊毒物であるはずの『黒いローリエ』に対応策があるとなれば、商売上の優位が崩れるし、あなた以外の誰が敵なのか、いつ仕掛けてくるかも分からないまま待つ羽目になる」


 次々と並べられる言葉に、サラの目がうろうろと泳ぐ。

 否定の言葉は、ない。


「……その、リアちゃんたち、『黒いローリエ』の話はどこで知ったんですか? その話は本当に、関係する国のほとんどで、厳重に管理されてる機密なんだけど……」


 ぎゅう、と胸元を握り締め、青褪めた顔で問いかけるサラに、ラトニは何となく彼女の思考を悟った。


 ――恐らく、二人が黒幕に抱き込まれ、サラを陥れる手駒に使われていないかを疑っているのだろう。


 分からなくもない、とラトニは思った。二人はサラの前では、「ちょっと顔が広くて妙に強い、そこそこ人の良い子供」の側面しか見せていない。「黒いローリエ」に直接の恨みがある警備隊員と繋がっているだの、何なら片方は事件の黒幕から機嫌を取られる立場にあるだなんて、普通の人間は想像しやしないのだ。


「『黒いローリエ』を潰したいと思ってる人から、協力の約束を貰えたんです」


 しかしオーリの方は、サラの疑惑にも恐怖にも気付いていないようだった。

 正面切って、とまでは行かなくとも、サラを助ける理由ができたことが嬉しいのだろう。ぐいっと身を乗り出した少女に、サラがビクッと目を瞬かせる。


「八年前、『黒いローリエ』がこの国で禁制品指定された時、どさくさに紛れて冤罪を着せられた人を、凄く慕ってる人がいて。その人が持ってる情報を開示してもらえたんです。私たち、貴族の家の使用人とかにも顔が広いから、内部の情報を調べることと引き換えに」

「えっちょっ、危ないことしなかったでしょうね!? この話は権力者も沢山関わってるんですよ! リアちゃんたちみたいな子供だって、嗅ぎ回ってるのがバレたらどうなるか……!」


 所々嘘を交えながらもぐいぐいにじり寄るオーリの説明に、サラは心が揺れ始めたようだった。

 元より彼女はシェパに来た時から、ずっと二人に助けられている。信じたい気持ちはあったのだろう。

 ふんすと鼻息を荒くして、オーリは言い募った。


「そうですよ危険ですよ! そういうこと色々考えて、一度はサラさんを見捨てました! 今でも引け目に感じてます!」

「えっいや別にそんな、わたし、リアちゃんたちには散々お世話になったし!」

「だからって謝る気はないけど!!」

「謝らないの!? いや別に謝って欲しいとも思ってないけど!!」


 思い切りがいい!


 実際あの時サラを見捨てたのは、少なくともオーリにとっては、あの時点での最善であり最良だった。もしも王都から帰還したジョルジオが「黒いローリエ」に関わる情報をくれなければ、あのまま彼らの縁は切れていただろう。


 最早完全にオーリのペースに巻き込まれているサラに、ラトニは、問題なさそうですね、と思った。

 時間との勝負という状況に当たってネックになるのは、一度袂を分かったサラとの信頼関係だ。離脱の件をきちんと納得してもらえないことには、四方八方敵だらけのサラには信じてもらえない。


 その点で言えば、淡々と理詰めで話すラトニより、基本的には一直線で情に厚いオーリの方が、問答無用の説得力があった。釣られて感情を引き出され、彼女の主張に巻き込まれてしまうのだ。

 特にサラのように、本質が善良な人間ではそれが顕著になる。ままならない状況に自棄を起こすでもなく、まだ他者の話に耳を傾けようとするから、オーリの言葉と感情を真っ向から受け取ってしまうが故に。


 ――助けを求めるサラを、助けることができる。


 ただその一点に、心底喜び、安堵した少女の感情を。


 打算もある。しかし、善意も好意も嘘ではない。

 それは多分、単に「人がいい」というだけの理由ではなく。


 ――彼女が「他者を見捨てる」という行動に対して奇妙なまでに罪悪感を抱いていることを、ラトニはいつからか察していた。

 恐らくそれは、ラトニがオーリに『再会』する前に得た何らかの経験による傷だろう。


 彼女の心に引っ掻き傷を残した『何か』の存在は酷く気に食わないが、敢えて追及することはしないと決めている。

 ラトニは――ラトニだけは、如何なる時も、彼女の治りかけた傷口に爪を立てるのではなく、柔らかな手で覆って守ってやる人間であるべきだからだ。


 追い詰めるのは、ラトニ以外の誰かがやればいい。

 寄り添い、支える役はラトニが担う。


 ――オーリがサラの膝に両手を置いた。

 もう震えていないサラの手には触れることなく、ただ訴えるように少しだけ力を込めた。


「サラさんは『黒いローリエ』のことを知るだけでも危ないと思って、私たちには黙っていたんでしょう? でも、私たちは自力で知ってしまったし、自国が食い物にされようとしているのを座視できない。

 ねえサラさん、麻薬がどんな人間でも国でも、枯れ枝みたいにスカスカにできるってこと、私、知ってるんですよ」


 かつて大国清とイギリスとの間に起きた、阿片に端を発する侵略戦争。その結末は、オーリの前世の学生なら誰でも習う。


「………………、」


 静かな訴えに、サラはオーリを見つめ返してきた。少しだけ眉尻を下げた、母猫の呼び声を探す子猫のような顔だった。


「何とかしましょう。サラさんの封印の解除でも、薬草の入手でも。それがシェパの街を、フヴィシュナを守ることにも繋がる。サラさんやルシャリのことは、その延長線だけど……所詮は他人事だって考えてるわけじゃないのだけは、分かって欲しいです。

 何でも……とはちょっと言い切れないけど、可能な限りのことはやります。どうすればいいのか、全部、一つ一つ、一緒に考えましょう」


 自分のためだ。自国のためだ。

 でも、確かに、サラのためだ。


 ――しばらくの間、サラは黙っていた。

 オーリを見て、ラトニをちらりと見て、いつも通り無表情で見守る少年に苦笑する。

 それから恐る恐る手を伸ばし、自分の膝に乗ったオーリの手の甲に、白い手を重ねた。


「――そこは嘘でも『何でもやる』って言ってくれたら心強かったな」

「正直者なもんで」


 ようやくサラが浮かべた表情は、今日初めて見せた、気負いのない笑顔だった。


「オーリの心の引っ掻き傷」については、90話「何度でも繰り返し、同じ答えに辿り着く」参照。

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[良い点] うあああ更新ありがとうございます。2度見しました。また春告祭読み直しました。ありがとうございます! もうヤバいです。ウヘウヘです。もう冒頭から作者様の描写の美しさが際立ってて(ฅωฅ`)‬…
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