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いつか見る果て  作者: 笠倉とあ
シェパ・春告祭編
163/176

番外:ある心理問題について

 ――あなたはこの後、どうしても避けられない事故で、一人、無人島に漂着してしまうことが分かっています。一つだけ望みのものを持って行けるとした場合、何を選びますか? ただし、生物も可とする。



「安楽死できる毒薬かな」


 いつも明朗快活で元気な子イノシシのような少女が数秒考えて返した答えに、シェパ警備隊総副隊長イアン・ヴィーガッツァは白目を剥きそうになった。


 今日は特に切羽詰まった事件もなく、総隊長は短期出張中で街におらず、貴重な平穏を味わえる日だ。

 二人揃って詰所に顔(ただし変装)を見せに来たリアとラト(ただしやっぱり偽名で本名はオーリとラトニ)にビスケットを出してやり、呑気な世間話を交わしながら、何となく思い出して、話のネタにと提供してみた心理問題だった。


 安酒場で冒険者らしき若者たちが喋っていた、酒の肴の馬鹿話の一つ。

 やれ愛用の武器だの、日持ちする食料だの、通信できる魔術道具だの、いや恋人を連れて行って二人きりのユートピアを作るんだだの、げらげら笑いながら、彼らは来ない「もしも」を楽しんでいた。


 どう考えても頭がやばい回答を返したオーリは、イアンが何に驚愕しているのか分からないと言いたげに、ぼりぼりとビスケットを齧っている。

 彼女の隣に座ったラトニが、ちょっと眉を顰めて彼女を見て、「どうしてですか?」と聞いた。


「えー、だって、条件が不透明すぎて楽観視できないんだもん」

「通信用魔術具は? 島の外に助けを求められそうですが」

「魔術具の圏外だったら意味ないじゃない。島の位置も分からないなら、どこに助けを呼べばいいのかも分からないし」

「水や食料は?」

「持ち歩ける量なんてたかが知れてるし、食べ尽くしたら終わりだよ。食べ尽くすまでに助けが来る保証があるなら別だけど」

「武器とか」

「そもそもその島、生き物いる前提なの?」

「火起こしの道具とか便利そうですが。あなたなら、そこらの枝で魚釣りくらいできるでしょうし、釣った魚を焼いたり暖をとったりできますよ」

「あるに越したことはないけど、それだけあれば安心できるかって言われると……」

「いっそ船とか」

「どこにあるかも分かんない島から、どっち目指して船出すのさ」


 漂流するのがオチオチ、と手を振るオーリに、ラトニは「あなた変なとこヒネてますねぇ」と呟いて紅茶を啜った。温かさに、ほう、と息を吐き、またビスケットに手を伸ばす。


「――いやいやいやいや、穏やかにティータイムに戻っていいシーンか今!? すげえ予想外の返答だったぞ! 無邪気な子供の意外な闇にびっくりしたわ!」


 と、そこでイアンが全力のツッコミを入れた。

 ラトはもう少し驚けよ、お前の大好きなリアが死ぬ気満々のアイテム選んでんだぞ!


「警備隊と裏取引して犯罪者殴りに行く無邪気な子供って何ですか? サイコパス?」

「純粋無垢は狂気と紙一重ですよ。無邪気ゆえに危険や倫理が理解できず、行く先が破滅だろうと構わず笑顔で突っ走ってしまうんですね」

「そういう無邪気じゃねぇよ! 確かに裏取引はしてるけど!」


 イアンだって後ろ暗いんだから、そういうこと言うのやめて欲しい。未来ある子供と犯罪者の情報やりとりしてる罪悪感で心が死ぬ。


「つーか、生き物アリならラトを選ぶかと思ったんだよ。よく分からんが、ラトは魔術道具も使えるし、頭もいいんだろう? 二人いて助け合えば、うまく生き延びて帰ってこられそうじゃねぇか」

「再三言うけど、先行きが不透明過ぎて嫌なんですよ。地獄への片道切符かも知れない漂流に、道行き増やす気はありません。人間を連れて行くなら、有能だけど死んでも困らない、何なら事故に見せかけて消しても構わないようなクソ野郎を選びます」

「お前の深層心理、氷河期でも広がってんの?」


 震える声で問われても、オーリとしては実に思いやりに溢れた選択だとしか思えないので、首を傾げるばかりだ。

 ラトニが溜息を吐いて、イアンに一応のフォローを入れた。


「別にリアさんだって、即座に悲観して自殺しようなんて思ってはいませんよ。いざとなった時、楽になれる手段を持っていると思えばこそ、安心して足搔けるということもあるでしょうし」


 要するに彼女は、どうしようもなく希望が断たれた状況下で、緩やかな飢えと孤独に苛まれながら幾十日も生き続けるのが怖いのだろう。

 感情に素直だから深くものを考えていないように見えるが、彼女は基本的に臆病だ。その小さな頭の中は、いつだって利益とリスクが天秤にかけられている。


 生きていれば自分が必ず助けに行く、なんて、ラトニは言えない。

 いつ来るかも分からない、来る保証すらない助けに縋ってひたすら待つなんて、生温い地獄に他ならない――何より彼女は、そんな時間に耐えられるほど、自身の生に執着していない。


「夢がない! 俺はこう! もうちょっと! 軽いノリで愉快な漫談をしたかったんだよ! 見た目可愛いガキの意外な闇に胃を痛めたかったわけじゃねぇぇぇぞ!!」

「えー、そんなこと言われても。実際、救助の保証もない無人島旅行なんて、地獄の道連れ増やすだけじゃないですか? 無制限に手荷物増やせるなら別ですけど、人間連れてく選択肢はやっぱりチャレンジャーですよ」

「そうだな俺も自分が道連れに選ばれたら速やかにキレる気がする。だがそういうことじゃないんだ……危険に慣れ親しんだ冒険者連中でさえ、恋人とのユートピアなんて浮かれた回答出してたのに……!」

「人間って極限下では殺し合いか相互依存の二択に走りやすいから、恋人だろうと信用はできないと思いますよ。責任の押し付け合いが始まったら破滅へのプレリュード」

「やめろぉぉぉぉ!!!!」


 耳を抑えてのたうち回るイアンに、オーリがやれやれと首を振った。

 機密情報を漏洩したり、オーリたちがボコった犯罪者を回収したりしている癖に、イアンはまだオーリたちに夢を見ているらしい。子供らしさを期待している、とも言う。


「もー、じゃあそういうイアンさんなら何持って行くんですか?」

「あんだけ次々駄目出しされて、この上どんな選択肢が残ってるってんだよぉ!!」


 イアンが拳と額でダァンと机を叩いた。忙しい男だ、と思いながら、ラトニは最後のビスケットを二つに割り、オーリと分けた。

 他人事のような顔をしているラトニに、しばらく呻いていたイアンがギッと顔を上げた。


「ならラト、お前はどうだ! 無人島に何を持って行く!? なんか夢のある回答をしてくれ!」

「リアさんを連れて行きます」

「お前こんな会話した直後によくその選択肢選んだな」


 精神モンスターか。


 イアンが真顔になった。オーリは渋い顔になった。

 ラトニが首を傾げて問いかける。


「嫌ですか、リアさん?」

「かなり嫌だけど、まあラトがどうしてもって言うなら仕方ないね。飢え死にしないように善処するよ」

「お前らこわい」


 地獄への片道切符すら迷いなく分け合うラトニと、受け取るオーリの思考回路が、真っ当な人間であるイアンには心底分からない。


「進んで死ぬ気はないですけど、どうしても死ななくてはならないのならリアさんと一緒がいいです」


 連れて行かないのがオーリの愛なら、連れて逝くのがラトニの愛だ。


 ラトニは、オーリのいない世界で一秒たりとも息をする気などないが、オーリにもまた、自分のいない世界の空気を一秒たりとも吸って欲しくない。

 ましてや、自分のいなくなった後で、誰かが自分の後釜としてオーリの隣に座るかもなんて、考えただけでも歯軋りしたくなる。


 ラトニが生きている限りは、オーリのために何でもしてやる。やりたいことは何でもやらせてやるし、行きたがる所にはどこだってついて行ってやる。

 その代わり、死ぬ時くらいはラトニにくれたって良いと思うのだ。


「僕が死ぬ時はリアさんと一緒と決めています」

「それは死なば諸共って言うんだぞこわい」


 どうやらラトニは、生還の保証がないからこそオーリを連れて行くつもりらしかった。

 一人で死ぬくらいなら、冥の川の向こうまで共に。孤独死に前向きな少女と心中大歓迎な少年は、正直どっちも子供の皮を被った謎の生き物にしか見えなくて、イアンはぶるぶると震えた。叶うならほんの十分前に戻って、余計な話を振るなと自分を殴りつけたい。


「……お前らが無人島に漂着しないよう祈ることにする。どんな化学反応が起きるか分からなくて、ただただこわい」

「起こらないに越したことはない事故なんで、是非ともそう祈っててください」

「右に同じ」


 非常にどうでも良さそうに話を締めた後、オーリは「結局これ、どんな意味のある心理問題だったんですか?」と聞いた。

 ラトニは、オーリとイアンのカップに紅茶のお代わりを注いでやった。


「もう忘れた……」


 屠殺される寸前の牛のような声でそう呻いて、イアンは紅茶を飲み干した。


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