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いつか見る果て  作者: 笠倉とあ
シェパ・春告祭編
162/176

157:進む先は、光か、奈落か

 重い音を立てて閉ざされた扉は、向こう側の明かりを完全に遮断して沈黙した。

 素早く扉に耳をつけて、向こうから何のアプローチもないことを確認。ギルファの追撃がないと判断してから、オーリはようやくずるずるとへたり込む。


「っ……やらかしたあぁぁぁ……!」


 がっつり顔を見られた。


 両手で顔を覆って呻きながら、膝をついて痛恨のミスを悔いる。

 あんな場面でぼやぼやしていないで、さっさと扉を閉めてしまえば良かったのだ。てっきり床と一緒にギルファも落ちたと思い込んで、天井に張り付くなんて忍者みたいな回避策を取っていたことに気付かなかったのが敗因だった。


 ――尤も、状況は絶望的、というほどのものではない。

 何故なら、ギルファにオーリの素顔を見られたことは、実のところ大きく危険視するようなことではなかったりするからだ。


 フードや帽子だけで顔を隠していた数ヶ月前ならいざ知らず、黒石の魔術具を手に入れてからのオーリは、屋敷の外で一切素顔を晒していない。

 ラトニの証言によれば、ギルファがシェパの街にやって来たのは春告祭の時期になってからのようだし、それ以前に素顔のオーリと会ったこともないはずだ。


 また、ガルシエ爵とギルファのやり取りを信じるなら、ギルファはブランジュード邸に侵入するような真似はしていない。だから、家で「オーリリア」としての姿を見られることもない。


 この館からいとまを告げる前に、「客人のオーリリア」としてうっかり顔を合わせてしまえば勿論詰みだが、その辺は雇い主であるガルシエ爵が全力で気を配ってくれるはずだ。

 高貴で純粋培養の「オーリリア嬢」に、日陰者の暗殺者であるギルファが接触するなんて、オーリの父であるブランジュード侯爵に知られたら、不敬を買うなんてものじゃない。


 唯一不安なのは、ギルファから報告を受けたガルシエ爵が、今館を訪問している「オーリリア嬢」との容姿の類似に気付くことだが――その辺はまあ、必殺「わたくし何のことか分かりませんわオホホ」が使えるだろう。

 と言うか、プロの暗殺者と徒手空拳で渡り合い、カーテンぐるぐる巻きで服装も髪色も分からない侵入者と、性別・年頃が同じとは言え、風にも当てない育て方をされてきた侯爵家のお嬢様が同一人物だとか、まともな思考回路を持つ人間だったらまず信じない。幻覚か妄想を心配し、優しくビンタを放って正気に戻してやる。


 つまり、ギルファがオーリの顔を知ったところで、それだけを手掛かりにオーリの身元を割り出すことは、現状なかなか困難なのだ。


「あー、でもラトニなら、敵に素顔を見せたってだけで不機嫌になりそうだな……。何て言い訳しよう……」


 憂鬱そうにブチブチ呻きながら、オーリは念のため、何度か扉を押したり引いたりしてみる。

 鍵がかけ直されたのか、扉はびくともせず、開く様子はない。こちら側には「導け(ドゥケレ)」の紋様もないから、鍵言葉で開くこともできなさそうだ。


 ――どうやら、奥に進むしかないらしい。


 小さく溜息をつき、オーリは全身に巻いていたカーテンを脱ぎ捨てる。ゆっくりと周りを見回しながら歩き始めれば、石造りの廊下に硬い足音が反響した。


 オーリが足を踏み出すたび、ぽ、ぽ、と微かな音を立てて、数メートルミル置きに掲げられたランプが、彼女を導くように白い光を灯していく。

 通る者の魔力に反応しているのだろう。ささやかな灯りを投げかけるランプは、オーリが通り過ぎてしばらくすると光を消した。

 振り返れば背後は既に真っ暗闇で、扉の存在すら分からなかった。カンテラなんて持ち歩いていないので、灯りが取り付けられていたのは心底ありがたい。


(――ギルファのこと、廊下に入る前に撒けて良かったよ。今回搦め手が通じたのは、私を完全に舐めてたおかげだから、次はないだろうけど)


 プロの人殺し相手に、殺す覚悟すらないオーリなんて、最初から勝負になるはずがない。

 だからオーリは精神的に圧されている様を装って、自分から攻撃をすることを控え、仕掛ける瞬間まで「ギルファがオーリを追い詰めている」という状況を崩さなかった。


 前提として、ある程度ギルファとの距離が近くなければ、超接近戦型のオーリに反撃の手段はない。

 だから、まずは魔術や鎖鎌で速攻に仕留められないよう、軽口を叩いて「ちょっとくらい戯れてやろうか」と思わせた。


 次に、距離を詰めなければならないとなった時、こちらから踏み込むのではなく、ゆっくりじりじりと後ずさり、わざと向こうから距離を詰めさせた。追いつかれたところで、リーチも違うし、こちらは足がすくんでいるとなれば違和感もない。


 そして、充分に油断を誘ったところで札を一枚切る。即ち――()()()()()()()()()()使()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 そうして見せる幻術は、一瞬で最大限にギルファを揺さぶるものでなくてはならなかった。

 所詮質量のない幻術、一目見た瞬間にイニシアチブを取れなければ、偽物だと見抜かれる。


 まず候補に上がったのは、ギルファの雇い主であるガルシエ爵――しかしこれは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()というプロセスが必要になる。

 敬意も忠誠心もなく、何故か突然その場に現れて自分を掣肘してくる「雇い主」に、ギルファが不審を覚えないとは思えない。


 故にオーリが選択したのは、以前一度だけ、ギルファが大きく感情を揺らがせた人間――旅の傭兵・ローランドだった。


 あの時――数日前、ギルファがサラを狙ってきたあの場所で。

 思い返せば、たまたまオーリの叫び声を聞いて助けに入ってくれたローランドに、ギルファは「ただの邪魔者」に対する以上の苛立ちを向けていたように思える。


 見る限り、ローランドはギルファに対して知己らしき様子は示さなかった。

 だがもしもギルファが、何らかの事情で一方的にローランドのことを知っていて、それを理由にローランドを忌避しているのなら。

 ローランドの姿は、ギルファの意識の死角を突き、思考に制限をかける絶好のカードになりうるのだ。


(実際、「ローランドさんの攻撃を避ける」ことに意識を持っていかれたギルファは、「こんな所にローランドさんがいる」という状況の奇妙さを後回しにせざるを得なかった。「ローランドさんに攻撃を受けている」と思えば、対処に全力を注がないわけにはいかないもの)


 幻術は質量を持たないが故に、何の物理的攻撃力も有さない。

 だがその代わり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 そうして隙を作って黒石を取り戻したなら、後は逃げるのみ。


 額縁に嵌め込まれていた鍵は十中八九フェイクだと思っていたので、それを利用して部屋に仕掛けられていた罠を作動――この罠が、うまくギルファを足止めするに足るかどうかが、まず第一の賭けだった。


 最後に、第二の賭け――黒石の魔術具による扉の開錠。

 普通の錠前ならアウトだったが、魔術の鍵なら勝算はあった。何せこの黒石は、かつて異相世界(エノルメ)の遺跡を丸ごと操ってみせた実績がある、謎のポテンシャルを秘めた魔術具だ。鍵言葉さえ当てれば扉くらい開けるだろうと思っていたが――大当たりだった。


 ――こうしてオーリは、何とか五体満足で逃げ切って、探索を続行できているというわけだ。

 黒石さえあれば、ガルシエ爵がギルファから報告を受けて捕らえに来たとしても、逃亡することくらいはできるだろう。

 それまでに、何らかの重要な情報でも掴めればいいのだが。


「ギルファに顔を晒しただけで終わったとなったら、ラトニに言い訳ができないもんね。せめてガルシエ爵がクロか、シロか。それだけでも掴んで帰らないと」


 進行方向に灯る明かりが、道以外のものを浮き上がらせ始めた。

 暗闇から滲むように姿を現したのは、ここに入ってきた時と同じ、木と鉄でできた一枚の扉。


 今度の扉には鍵穴がなかった。

 ただ、手形のような凹みがあり、最初の扉と同じ紋様が刻まれている。


 オーリは迷わず黒石を押し付け、短く鍵言葉を唱えた。


「――導け(ドゥケレ)


 光と共に鍵を開けた扉の中へと、オーリは慎重に踏み込んでいった。

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