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いつか見る果て  作者: 笠倉とあ
シェパ・春告祭編
160/176

155:暗殺者、対峙

 ――さてここで、時間は少々巻き戻る。


 ラトニ(in小鳥)が金庫の中で証拠書類を漁っていた丁度その頃、オーリも手際良く現状の把握に努めていた、というわけではなく、


「ひえええええ! どこ行ったの! 黒石! クチバシー!」


 本棚にかかっていた黒いカーテンを剥ぎ取り、ぐるぐる全身に巻きつけた怪しい格好で、真っ青になって床を這い蹲り、棚の隙間やら絨毯の下やらを探し回っていた。


 四つん這いでカサカサと高速移動する姿は、そこはかとなく頭にゴがつく黒い虫を連想させたが、現状オーリにそれを気にする余裕はない。

 何故なら今、オーリの胸元に黒石の首飾りが存在しない。


「あそこにもないここにもないそこにもない! 黒石! どこに吹っ飛んだー!!」


 転移の拍子に外れたらしき首飾りは、代替のきかないオーリの命綱である。

 ラトニと違って魔術を使えない彼女は、魔術具の補助がないと幻術を使うことができない。つまり今のオーリは素顔そのまま――隠密行動に伴うリスクが跳ね上がるのだ。


 大きな花瓶を逆さにしてブンブン振りたくり、涙目で「ないー」と叫んで、諦めきれずにまたブンブン振りたくる。

 明らかに混乱しているオーリの姿をラトニが見たら、速やかに彼女のこめかみに嘴をブッ刺してツッコミを入れてくれただろうが、残念ながらここには有能で冷静な相棒はいない。


 この部屋の扉は鍵がかかっていた。現在地も分からない、埃をかぶって髪も荒れた格好で、入れるはずのない部屋に入り込んでいるのを見咎められたら、いくら「ガルシエ爵の大切なお客様」であるオーリでも、道に迷ったでは済まないだろう。

 動揺のあまり頭からぐるぐると巻きつけたカーテンが、大して意味がないわりには怪しさに拍車をかけているということにも気付かずに、彼女は「ゔえぇー」と泣き声を洩らした。


(ああああああ、どうしようほんとコレ冗談抜きでやばい! 見つけられないままこの部屋を出ちゃったら、もう探しには来られないかも知れないのに! しかも万が一価値の分かる誰かに拾われたら、二度と私の手には戻ってこない……!)


 ガルシエ爵の造反の証拠は未だ見つかっておらず、今日を逃せば当分この館を訪問するチャンスはないだろう。優先順位は時間的猶予のない「黒いローリエ」の方が高く、その証拠を掴む、或いはガルシエ爵がクロ或いはシロだという確信を得るのが最優先。

 ならば今は黒石を諦め、身なりを整えて、「客」の顔をしてラトニを探しに行くべきか――いや、でも、あの黒石は……!


(ゔー……!)


 ガルシエ邸訪問の目的や「黒いローリエ」の情報、サラやイアンたちの顔までもが、とりとめのない思考に混じって頭の中をぐるぐると回る。

 賢い選択は分かっている。だってもう十五分近く探しているのだ。いつ誰かが来るかも分からない部屋に、いつまでも留まっているべきではない。

 そうだ、優先順位は理解している。だが、この先オーリが変わらず街で行動を続けることを考えると、幻術を操れる黒石を失うことはあまりにも――


 オーリは頭に巻き付けたカーテンの中に手を突っ込み、埃っぽい頭髪をぐしゃぐしゃに搔き回した。ただでさえ乱れていた髪が跳ね回って余計にひどい有様になったが、構わなかった。

 ずび、と鼻をすすって、情けなさに零れかけていた涙を乱暴に拭う。そうして、


「――ぬあー!!」


 雄叫び一発。床に膝をつき、頭突きをぶちかました。


 ゴガァン!


 激突の音は床を揺らし、ついでにオーリの脳味噌も揺らしたが――正気に戻るには丁度良い。


「クソ痛い! でも目は冴えた!」


 仁王立ちになって、ぐっ、と拳を握り締め、眦を吊り上げてオーリは吼えた。


 非常事態であればこそ、ぐだぐだと悩んでいる暇などあるものか。痛烈な刺激によって意識を切り替え、チカチカする視界を閉じて優先順位を再検討。

 仕方がないなと言いたげな、ラトニの呆れた顔を思い浮かべる。ひりひりする額を剥き出しに、バシィンと両頬をぶっ叩いた。


(ごめんラトニ! 証拠集めはいったんそっちに任せる!)


 心の中で相棒に謝って、オーリはふんと鼻から息を吹き出した。


「黒石を見つける! このおかしな部屋を調べる! クチバシとの合流はその後! 館からトンズラするのは、必要なもの全部持ってからだ!」


 ガッ、と犬歯を剥いて叫び、彼女は超特急で室内探索を再開した。




※※※




 ――そうして、一通り室内を調べ回った後。

 今、オーリは入り口のドアから向かって右の壁に掛けられたタペストリーの前で難しい顔をしていた。


 緑なす大樹を刺繍した重たいタペストリーはそこそこ値打ちものだろうが、問題はタペストリーそのものではない――タペストリーの下に隠された、一枚の扉だった。


(やっぱりこれが一番怪しいんだよなぁ……)


 この部屋に転移してきた時、オーリは確かに、『何か』にぶつかって跳ね飛ばされた。

 それを不審に思い、黒石捜索の傍ら部屋中のものを片っ端から叩いて回ってみたところ、このタペストリーからだけ、反発するような手応えがあったのだ。


 布をめくったその下には、頑丈そうな木と鉄の扉。

 謎の防御が施されているのは、タペストリーではなくこの扉だったようで、弱く叩けば弱い反応が、強く叩けば強い反応が、魔力を込めて叩いてみれば、ゴムが弾けるような音と共に、激しい勢いで拳を跳ね返された。


 扉にはぽっかりと空いた鍵穴があり、それを取り囲むように複雑な紋様が彫り込まれている。

 ちなみに、鍵穴に合いそうな鍵らしきものは、向かいの壁から見つかった。

 この扉の真正面には、大きな金縁の絵画が掛かっている。渦巻く炎を纏った、勇猛な鎧の女神の絵だ。その額縁をよく調べれば、絢爛な飾りに紛れて金色の鍵が嵌め込まれていた。

 触らないまま指で測ってみたところ、鍵穴のサイズ的には丁度合う寸法――これを使ってください、と言わんばかりである。


(でもこれ、なぁんかクサいんだよなぁ……)


 オーリはむう、と尖らせた下唇に親指を当て、眉を顰めてそう考えた。

 わざわざ防御魔術をかけて守るような扉の鍵を、果たして同じ部屋、しかも調べれば分かるような場所に置くものだろうか? 罠か、ガルシエ爵が余程の無精か、或いは、侵入者にはこの部屋を発見できないという自信があるのか。


(て言うか今気付いたけど、鍵穴周りのこの紋様、魔術紋だよね? 見たことあるぞ……何だったか忘れたけど……)


 んんぐぐぐぐぐ、と唸りながら、悩ましげに腕組みをしたオーリの頭が肩につきそうなほど横へ横へと倒れていく。眉間にきつく皺を寄せ、じーっと紋様を見つめながら、記憶の棚をせっせと漁る。


 はて、一体何だったか。自室の天井の模様じゃなくて、リビングのカーペットじゃなくて、薬学の師が描いた落書きじゃなくて、先日ラトニが山で噛まれた謎のムカデっぽい生き物じゃなくて……。


 ――いや、思い出したぞ。


 記憶の棚をひっくり返してはいらん思い出ばかり発掘していた脳内オーリが、ようやくそれらしい記憶を見つけ出し、オーリ(本体)はピコーンと電球を閃かせた。

 そうだ。確かこれは、オーリが以前、異相世界(エノルメ)の遺跡に閉じ込められた時に見た紋様だ。確かあの時は、この紋様が示す鍵言葉(コマンドワード)を唱えることで、隠されていた通路を開くことができたのだった。


「何だっけー……ヴィーア・ノーヴァ……違うアレは転移だ……えーと、開けゴマ系の……でもなくて……寄らば斬る、じゃなくて、あー、そこをどけ、みたいな感じの……」


 ぶつぶつ頭を捻るオーリ。ラトニがいれば一発で思い出してくれただろうが、悲しいかなオーリは典型的な、テストが終われば覚えたことをおおよそ忘れてしまうタイプだった。


「あ、それにひょっとしたら鍵言葉だけじゃなくてアイテムとかもいるのかも……。このへこみ、なんか手形っぽく見えるし……うああ、なんか重要そうな場所見つけたのに、結局入れないってこと?」

「何だ、そこに入りたいのか? ガキってもんは妙な所に潜り込みたがるなー」

「狭い所と秘密の場所に惹かれるのは、子供の本能だもん。ねー、鍵の在り処知りませんかー?」

「俺に聞かれたってなー。ほら、俺、雇い主にはあんまり信用されてねぇからさあ」

「あらやだ、日頃の行いが悪いんじゃないですか? 暗殺者だけに!」

「それを言っちゃあおしまいだろうが」


 はっはっはっはっはっはっ。

 はっはっはっはっはっはっ。


 軽口を叩き合った二人は、呑気な笑い声をハモらせて――


「―――――〜〜〜〜〜〜〜〜っっっ‼︎‼︎‼︎」

「おっと逃がさねぇぞ」


 瞳孔をかっ開いてダッシュで逃げようとしたオーリの首根っこ――に巻いたカーテンを、いつの間にやらすぐ後ろに立っていたギルファがひっ摑んだ。オーリの喉から「グギェ!」と怪鳥のような悲鳴が上がる。


 カーテンをぐるぐる巻いた顔で振り向いて、オーリはひくりと口の端を引きつらせた。

 青ざめたオーリを猫の子のように片手で吊るし、本日三度目の遭遇を果たした青年がにんまりと笑う。


「ぎ、ギルファギリム……!」

「んー? あー、いいからいいから、長いからギルファで。毎回フルで呼ぶの疲れるだろ」

「はははそれは折角ご縁があったことだし末永く仲良くしようね☆って意味ですか? ならまずはこの手を離して友情のシェイクハンドから」

「不機嫌極まりない雇い主のご機嫌をとるために、これからお前を差し出して、折ったりねじったりちょん切ったりしながら色んなことを聞き出さなきゃいけないから、多分そこそこ密接なお付き合いにはなるだろうなーって思ってる☆」

「HAHAHA!」

「HAHAHA!」


 小粋なジョークを言い合うノリで再び軽快に笑い合った後、二人は顔を見合わせたまましばし沈黙し――


「せいやうらァッ!」

「うおっ!?」


 己の首根を掴むギルファの右手首を掴み返し、それを軸に全力で体を捻ってギルファの顔面を蹴り上げた。

 仰け反って躱したギルファの手首を掴む手に、更に骨を折らんばかりに力を込めながら、勢いを殺さず縦に回転。


 ――メキ、

 

 握った手首に軋む感触を覚えた瞬間、ギルファの右腕が引き寄せられた。オーリを振り払うことなく、逆に首根を掴む手を緩めないまま、繰り出されたのは腹部を狙った左の貫手!


 ――ブチブチブチィッ‼︎


 掴まれていた部分の布を、オーリが力尽くで引きちぎった。貫手が軽く脇腹を掠めるのも構わず、今度は横に高速回転し、ギルファの腕を弾いて豪速のローリングソバットを放つ。


 ばぢぃんっ‼︎


 引き戻されたギルファの右手が、オーリの蹴りを迎撃した。

 構えて受け止めるのではなく、攻撃エネルギーの向かう方向を僅かに逸らして無効化する上級技術。ギルファの両足はその場に佇んだまま微動だにせず、一方己の勢いを受け流されて軽く吹き飛んだオーリは、危ういところで無事に床に降り立った。そのまま床を蹴って距離を取れば、千切れたカーテンの端がほどけ、長く尾を引いてひらりと揺れた。


「――あっぶねぇ、へし折れるかと思った。魔術なしでそれって、お前本当にガキかよ?」


 痛めつけられた右手首を振りながら、ギルファが呆れたようにそう言った。


「その戦い方、お前はすばしっこい方のガキで間違いないな。魔術具使いまくる無愛想なガキといい、シェパには規格外のガキがいるんだなぁ。将来が怖いわー」


 その規格外のガキ相手に、微塵も気取らせず背後を取れる暗殺者には言われたくないな、とオーリは思った。

 あの登場は本当に心臓が止まるかと思ったぞ。某気がついたら後ろに立っているメリーさんですら、訪問前には電話連絡くらいくれるというのに!


 かつ、とわざとらしく足音を立てて、ギルファが一歩踏み出す。形の良い唇が、毛を逆立てる猫のように身構えるオーリを見下ろして皮肉っぽく弧を描いた。


「ところで、さっきから思ってたんだが――その布切れ、何のつもりだ?」


 ひら、とカーテンの端がオーリの視界を泳ぐ。

じり、と一歩後ずさって、オーリは脂汗を一筋、頰を伝わせた。


 かつ。ギルファがまた一歩距離を詰める。無造作に構えているように見えて、どこに打ち込んでもカウンターを食らう気がしてならない。


「俺は何度かお前らに遭遇して、言葉も交わしてる。魔術使いのガキの方は、何でかツラが曖昧だが、おおよそお得意の魔術具で認識阻害か何かかけてたんだと思えば納得がいく。

 だが一方お前のことは確かに顔を確認していたはずで、今もはっきりと容貌を思い出せて、お前自身もそれを承知していて――なのに、おかしいなあ? 俺と真っ向交戦するしかないこの状況下で、未だにその視界を狭めるばかりの布切れを取っ払う様子がないってのは」

「っ…………!」


 ぐ、と息を呑み込む。

 巻き付けた布の下から覗く『青灰色の瞳』を見据えて、ギルファが喉の奥で短い笑いを零した。


「顔も体も布切れぐるぐる巻いて、隠さなきゃならねぇモノ……ひょっとして、あの時俺に見せてたものは変装した姿だったりするか? 今、何らかの理由でその変装が使えず、()()()()()()()()()姿()()()()()()()()()()()()()()、それを見られて正体を掴まれないために、そんなお粗末な対策とってんのか?」


 ――ひゅんっ!


 風切り音がして、オーリは咄嗟に顔を逸らした。

 ガッ、と背後に艶消しのナイフが突き刺さる。

 頰に風を感じて慌てて手をやると、切り飛ばされた布切れがひらりと落ちるところだった。


「――っっ……‼︎」


 鼻から下が剥き出しになり、青ざめた顔から滝のように汗が噴き出した。

 ああやっぱり、と楽しそうに嘯いて、ギルファが何かを取り出した。


「もしかして、お前の変装って――コレの力、使ってたりしたか?」

「なっ……!」


 その指先に引っ掛けられた、黒い石の首飾りに。

 オーリは思わず目を見開き、動揺の声を上げていた。

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