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いつか見る果て  作者: 笠倉とあ
シェパ・春告祭編
145/176

140:暗殺者、再び

 手分けして草を掻き分け、三人は説明された薬草を探す。

 野生の蛇たちとは時々目が合った。どこかピリピリしているような雰囲気はあったものの、オーリたちが反応しなければ、特に興味なさそうに離れていく。

 サラだけは一々びくびくしていたが、あからさまに毒持ちの色をした蛇さえ人を襲う気配を見せないと分かってからは、薬草探しに集中しているようだった。


「黄色い葉っぱに青い葉柄、黄色い葉っぱに青い葉柄……ない、見つからない……!」


 二時間以上無言でうろついた後、とうとう両手を投げ出したオーリが情けなさそうにそう叫んだ。


 細かなギザギザのある葉に蔓性植物、葉の色だってそこそこ個性的だから、あるならすぐ目につくだろうと思ったのだが、残念ながらここまで葉っぱの一枚も見つかっていなかった。

 離れた所で黙々と植物を調べているサラにちらりと目をやって、傍らのラトニに声をかける。


「ラトー、見つかった?」

「駄目ですね。似たような形状のものならあるんですが、色が緑一色ですから」


 ラトニの予想通り、良質な水と魔力に満ちた冬駕籠の滝は、近辺の山にも生えていないような貴重な薬草が無数に繁茂していた。

 恐らく、薬師や商人が見たら目を輝かせる――を通り越し、涎を垂らしてダイブしていくだろう。


 しかし、肝心の目的物がないのなら、どれほど貴重な薬草が採取できたって意味がない。サラが探しているものは、他の薬草では代替できない代物なのだから。


「やっぱり『浮島』に行かないと駄目なのかなぁ……」

「リアさんの家は『浮島』に関する権利も一部所持していましたよね。なら、そこに生えている植物のサンプルを確保したりはしていませんか?」

「ごめん、聞いたことないや。でもサンプルなら、あるとしても少量だろうし、なくなったらすぐバレるよ。盗み出すのは無理だね」

「そうですか……では、いっそシェパの外で探すというのは?」

「シェパ中の薬草を買い漁った奴が、近辺の街にも手を伸ばしてないとは思えないな。何に使うつもりかは知らないけど、そいつは手当たり次第に問題の薬草を集めてる。貴族の権力に加えて商業ギルドを味方に付けてるなら、少なくとも個人の移動圏内にある店は全滅だよ」


 そもそも薬草が採れるのが『浮島』だけである以上、市場に出回っているものだって元は『浮島』から出たものだ。

 つまり、絶対数が絶望的に少ない。確実に出回っている場所なんて、南方領主筆頭が治めるこのシェパか、或いは王都くらいのものだ。


 加えてサラは、シェパという街に固執している。名前も顔も知らない彼女の『探し人』が見つかるまでは、何度刺客に殺されかけてもあの街を離れないだろう。


 八方塞がりだ。

 薬さえ作れれば逆転できると、冬駕籠の滝に一縷の望みを懸けてはいたが――


「元々、分の悪い賭けではありましたけどね」


 溜息を吐いて、ラトニが掴んでいた蔓(何やら微妙にうぞうぞ動いているのだが、これ本当に植物か?)を手放した。


「ルシャリの領土である『浮島』にしか生えず、ルシャリの者であるサラさんにしか扱えない薬草ですよ。どう考えてもルシャリに固有の代物、可能性があるとすれば冬駕籠の滝だとは思ってましたけど、それでも見つからない可能性の方が遥かに高いとも思っていましたから」

師匠(ジョルジオさん)の居場所が確定してれば、郵便鳥を送って王都の薬屋を探してもらうこともできたんだけどなぁ……」


 肩を落とすオーリの足に、小さな蛇がするりと纏わりつく。ひんやり湿った肌を撫でようとした手を避け、小蛇はちろちろ舌を鳴らした後、すいっと身を翻して去ってしまった。


「――リアさん?」


 雰囲気の変わったオーリに、ラトニが怪訝そうに呼びかける。

 つ、と眉を寄せたオーリが、敵の侵入を察した肉食獣のように視線を巡らせた。


「いや……何となく……」


 蛇の言葉など分からないが、僅かな接触に野生の本能が警告を告げる。

 一体何だ、何が起こる。何がいる。

 ざわ、と揺らぐ梢の音。滝音に潜む気配を探し、灰色の瞳を光らせた。


 気配には疎いラトニも、釣られて空気を尖らせる。

 サラに呼びかける間も惜しく、オーリは彼女の方へと駆け出して――


 さんっ!


 跳躍した少女の回転蹴りが、何処かから飛来した何かを柔らかく巻き込んだ。


 拳ほどのサイズの丸いそれは、オーリの足に受け流され、勢いのまま方向を変えてあらぬ方向へと飛んでいく。

 木にぶつかって固い音と共に砕けたそれは、猛烈な勢いで白い霧を吐き出した。


「睡眠薬とは穏便なことでっ!」


 枝の上からぼとぼと落ちてくる鳥の姿を横目に見ながら、サラの手を掴んで一散に逃げ出す。

 案の定、背後からぬるりと現れたのは、赤い双眸を細めた若い男――暗殺者、ギルファギリム。


「まーたお前らかよ……ルールに抵触しそうで面倒なんだがなぁ」


 嫌そうに気怠げな息を吐き、ギルファは軽く手を振り下ろした。

 鎖鎌。自分たちの背中を狙う刃を、しかしオーリは顧みない。咄嗟にオーリを庇おうとするサラの手を強く引き、走る速度を上げた彼女の背後で、ガギンと異様に固い音がした。


 ラトニの出した水の盾が、その一撃で砕けて消える。

 やはりあの男、魔術的な仕込みをしているようだ――その魔力要素の正体は、まだ確定できないが。


「どうやって逃げますか?」


 自分の元まで戻ってきたオーリとサラに視線を向けて、ギルファを警戒していたラトニが短く問うた。

 上空には既に青い小鳥型術人形(クチバシ)が旋回し、感情のない目でギルファを見下ろしていた。


 戦う選択肢はない。対抗手段は逃げ一択。

 相手の機動力が高い以上、走って逃げるのは不可能。以前のように通りすがりの警備隊や冒険者の助けも期待できない。


 しかし一方、希望がないこともない。

 暗殺者と名乗ってはいるものの、ギルファはサラに対して他の刺客たちほどのやる気を見せていなかった。

 或いはそれこそが、先程ギルファが口にした『ルール』の一部なのか。何らかの邪魔が入る、もしくはある程度距離を開けられれば諦めてくれる可能性があるのだから、そこを突くのが最善だろうか。


「……さっきの鎖鎌、どっちを狙ってた?」

「僕の動体視力では、そこまでは。でも、多分防がなくても刃は当たりませんでしたよ。鎖で捕らえようとしていたのではないかと」


 囁き合う二人の視線の先で、ギルファはやはり追撃する様子がない。弾かれた己の鎖鎌を引き戻し、まじまじと、まるで初めて猫じゃらしを見た猫のような目で眺めている。


 本当にやりにくい男だ、とラトニが眉をしかめた。

 何が目的か分からないから、行動が読めない。些細な行動一つが計算なのか単なる気紛れなのかも分からずに、考えれば考えるほど深みに嵌る。


 ぱ、とギルファが鎖鎌を離した。刃こぼれ一つない鎌が、鎖に吊るされてふらふら揺れる。


「なあ、お前らここで薬草探してたんだろ? 見つかったのか?」


 呑気に問うてくる声色は、たまたま酒場で隣り合った客と世間話でもするかのようだ。


 豹みたいな男だな、とオーリはふと思った。

 細身の体躯や猫科の動物らしい気紛れも――いざ狩りに移る前の静けさや、その実前世アフリカでは危険な猛獣ベスト5に数えられるほどの脅威であったことも含めて。


「……ごく少量ですが、ついさっき見つけたところだ、と言ったらどうします?」


 ギルファを睨みつけたサラの答えに、子供たちはぱっと彼女を見上げた。


 ハッタリだ、と即座に判断する。

 襲撃前のサラは、変わらず黙々と薬草探しに勤しんでいた。あれほど欲していた薬草を見つけたのならもっと感情表現があるはずだし、オーリたちにも告げるだろう。


 ギルファから情報を引き出す目的か――或いは、狙いを自分一人に絞らせるためか。


「へえ? 見たとこ、何も持っちゃいないようだが」

「ついさっき、と言ったでしょう。採取しようと思ったところであなたが来たんですよ」

「ふぅん?」

「知っているかも知れませんけど、わたしなら、僅かな植物でも元があれば『増やせ』ます。薬が作れれば後ろ盾ができる。利益の推移によっては、あなたの雇い主も意見を変えるかも――」

「あー、それはない」


 言い募るサラを、しかしギルファはあっさり切り捨てた。


 笑みすら浮かべた男の人差し指が、指揮者のようにゆるりと立つ。

 ちらりと覗く犬歯に不吉な予感を覚えた時、筋張った指がパチンと鳴った。


「その選択は不正解だからな」


 次の瞬間迸った炎に、ギルファ以外の全員が目を見開いた。

 真っ赤な炎は草木を這ってたちまち燃え広がり、焦げ臭い臭いを上げ始める。山火事すら引き起こしかねない凶行に、オーリは一瞬で蒼白になった。


 ――そこまでするか!


「何てことを……!!」


 サラが悲鳴を上げると同時に、ボコリと勢い良く大地が盛り上がった。

 根だ。丸太ほどの太さがある根が無数に飛び出し、まるでそこが畑ででもあるかのように一帯を掘り返す。小規模な土砂崩れの如く大量の土が降り注ぎ、延焼を始めていた炎の大方を鎮火した。


 炎に巻かれた蛇たちの、声無き悲鳴が聞こえた気がする。次々と滝壺に飛び込み、或いは盛大に掘り返された地面を這う蛇たちが、一刻も早くギルファから離れようと逃げていく。


「ザレフも割れてるんだ。強硬派が焦って、フヴィシュナの一部と手を組んだ。警備隊も、警備隊総副隊長も動けない」


 眉一つ動かすことなく、平然と。

 言葉を紡ぐギルファの声は悪意の爪先も見て取れず――だからこそ、ただ凍りつくほどの怖気が走る。


 一瞬とは言え強力な魔術を使ったサラが、胸元をきつく押さえて、僅かに息を乱している。

 ちらりと、ギルファが子供たちを見た。赤く染まった瞳と目が合って、ひく、と無意識に息を詰める。


「連中は諦めない。それは刺客でない奴らも同じだ。俺とは違って、誰を、何を巻き込もうが平気だ。――こんな風に」

「やめ、」


 再びギルファが指を鳴らす。弧を描くように火の粉が散った。

 サラが耐えかねたように飛び出しかけ――けれど今度は、遥か上空で何かが弾ける音が重なった。


(ラトニか!)


 シャボン玉のように爆ぜたのは、旋回していたクチバシだ。水色の小鳥はその質量に全くそぐわぬ大量の水と化し、局地的な雨となって降り注いだ。


 ――ざあっ!


 木々を、大地を打つ雨に、流石のギルファも驚いたように空を見上げる。

 僅か数秒で止んだ雨は、しかし辺りをびっしょり濡らすには充分だったようだ。これでもう、火はつけられない。


「――ねえ、あなた、誰の配下なんですか?」


 ギルファに生じた微かな動揺が消えないうちにと、口火を切ったのはオーリだった。


 震える手で拳を作ったオーリの背後には、既にラトニが移動している。

 よしんば怒らせたとしても、最悪、最初の一撃はラトニが防ぐだろう。そう信じて切り込んでいく。


「あなたがシェパの外から来たらしいって聞いて、雇い主も『外』の人なんじゃないかと思ってたけど。でもその割にはあなた、妙にシェパの事情に通じてるんじゃないかな。ねえ、もしかして雇い主って――シェパの住人なんじゃないの?」


 すう、とギルファがオーリを見た。

 澄んでいるのか濁っているのか、それすら分からない眼差しで、じっと少女の顔を見つめる。


 今、この国の上層部は、ルシャリやザレフに対する外交態度を未だ決定していない。

 それはつまり、遠からずどちらに敵対してもおかしくない状況ということであり――けれど同時に、『上層部の決定が下る瞬間までは、二国のどちらも敵に回してはいけない』ということでもある。


 そんな中で、今、フヴィシュナの貴族がルシャリに対して明確な妨害行動をとっていることが発覚すればどうなるか。

 それは即ち、王と上層部に対する叛逆とすらなり得るのである。


「その雇い主さん、もしも正体がバレたら――とってもまずいですよね?」


 道化のように唇を歪め、ギラリと目を光らせて笑ったオーリに、初めてギルファが真っ直ぐ向き直った。


 少女の笑顔はささやかな虚勢。

 怯えを押し隠し、羽を膨らませる梟のように威嚇するオーリの内心を正確に把握しながら、ギルファの口の端が釣り上がる。


「へえ……そりゃあつまり、うちの雇い主の正体を割り出す手段があるってことか?」


 一体どうやって、どんな伝手で。

 言えるものなら言ってみろと言わんばかりの問いかけに、オーリはこれ見よがしに片腕を広げてみせる。


「分不相応だと思いませんでしたか? こんなに強力な魔術具、子供が持ってるのって――どう考えてもおかしいですよね」


 ぽたり、雫の音がする。

 ギルファの髪から零れた水滴。さっきの『雨』で身に受けた、魔術の水。


「私たちの知人に、強力な魔術師がいます。さっきの雨を降らせた手段も、その魔術師からもらったもの。あの水を浴びたことで、あなたにマーキングができていたとしたら?」


 じわり。

 正体の知れない「後ろ盾」の存在を示唆されて、墨が滲むようにギルファの表情が変わる。

 気怠げだった双眸へ、隠した刃がちらつくが如き鋭さを帯びた。


「……マーキング、ね。だが、見たとこ今の『これ』はそういった魔術じゃねえ。ならばマーキング効果は副次品――つまり、まだその魔術師自身が『出来る』と言ったわけじゃない。

 現状分かっているのは、俺が魔力を帯びた水を浴びたことだけ。お前の言葉は、魔術師の技量を当てにした希望的な仮定に過ぎない」

「そうですね。でも、分の悪い賭けじゃなさそうです。マーキング自体は困難な魔術じゃない。実際、あなたもサラさんに同じことをしてるんじゃないですか? だから、こんな所まで追ってこられたんでしょう?」


 サラがぎょっと目を見開いた。きょろきょろと全身を見下ろしたり服を叩いたりし始めるが、暗殺者がその程度で取れるようなものを仕込むわけもなく、やはり魔術的な仕掛けだろう。


 ギルファが面白くなさそうに唇を尖らせる。背後に控えるラトニの空気が警戒を増した。


「私たちは、確実にその魔術師の協力を仰げる。その人はとっても優秀です。あなたの行った場所、会った相手、話したこと、全部全部突き止めたら――あなた、雇い主にどう思われるかな!」


 ばぢんっ!


 猛烈な平手でも食らったかのような音がして、オーリの眼前で火花が散った。

 同時に、足元に設置してあった封珠の一つが小さく輝く。ギルファの魔力に釣られ、連鎖反応を起こした封珠に込められていた魔力は確か――


「雷だ!」


 叫んだオーリの言葉に応え、即座にラトニが水の構成を編み直す。

 オーリに視認できない速度の魔術、黄色い光、炎。それらの要素から絞っていた可能性の一つが確定となり、対抗策を打ち出す。


「魔術要素が分かったところでどうなるよ? さっきから見てりゃ、その『魔術師』から預かってるのは水系魔術の魔術具だけなんだろう。水は雷と、ちぃっとばかり相性が悪いぜ?」


 ギルファの口元から犬歯が除く。ぱち、と音がして、手のひらから黄色い光の糸が伸びた。


「そもそも、素直に使わせる気もねぇんでー」


 糸は見る見るうちに巨大な網となり、四人を囲う檻と化す。同時に、ラトニの手から水が消失。魔術封じの効果もあるようだ。


 魔術なしでこの檻を内側から破るのは骨だろう。呑気に檻と向き合っていれば、ギルファ本人の妨害が入る。

 逃がすつもりは最早ない。完全に油断を捨てたギルファの行動に、しかしオーリは冷や汗を垂らしながら笑ってみせた。


「あれー、良いんですか? こんなでっかい魔術使っちゃって。結構消耗するんじゃないの?」

「気にすんなよ。多少の負担くらい、明るい未来のための投資と思えば安い安い」

「明るい未来も良いけど、今日のご飯代のこと疎かにしてたら飢え死にしちゃいますよ。ご利用は計画的に!」


 軽口を叩きながら互いの距離を測る。

 ギルファがゆるりと手を持ち上げた。超接近戦型のオーリを警戒してだろう、近付くつもりはないようだ。


 しかし、オーリの方もそちらの方が都合が良い。むしろサラの手を引いて後退り、にんまりと唇を曲げてみせる。


「心配には及ばねぇよ。手前(てめぇ)の懐具合くらい把握してる」

「嘘だあ。――だってお兄さん、知らないでしょう?」


 笑う。笑う。

 天敵の前で両翼を広げる鷹のように。牙を見せて威嚇する山猫のように。

 ギルファの思考に爪を立てて、一秒でも長く、彼の意識を引きつけるために。


「ここが、『本来は』『誰の場所なのか』ってこと」


 ドゴォォォンッ!!!!


 その瞬間。

 高速で疾駆する車がそのまま壁に突っ込んだような、凄まじい轟音がした。


 巻き起こる土煙を突っ切って、悲鳴も上げずにギルファが吹き飛ばされていく。


 代わりにその場に降り立ったもの――ギルファ目掛けて猛烈な勢いで体当たりをしたそれは、大人を何人でも丸呑みにできそうな巨体の生物だった。


 鈍い艶を放つ鱗は、自然界に存在するとは思えないショッキングピンクにド紫。何処が首だか分からない、にょろりと長い、けれど丸太よりも太い体格。

 そして何より異様なのは、蛍光グリーンの目が輝く、二つに別れた頭部である。


 フタマタノオロチ。

 なんかのパチモンか浮気性みたいな名前を持つそれは、歴とした双頭の大蛇であり、この山の頂点に立つ魔獣の一角だった。

 以前会った時は人語を話し、愛嬌のある言動も見せていた大蛇は、しかし今、外敵を前にして完全に魔獣の本性を露わにしている。


 ――大掛かりな魔術で周囲一帯に網を張り、仕留めるべき相手(オーリたち)を逃がさないようにする。

 それは確かに効果的で、けれどあまりにもあからさまな真似だったせいで、この地の守護者がやって来たのだ。


 冬駕籠の滝は山中の蛇たちの冬眠場所であり、巣であり、貴重な魔力に満ちた地だ。双頭の大蛇はそのトップ、ならば縄張りのど真ん中で凶行に走る外敵を許す理由などどこにもない。


 ギルファと同じく部外者であるサラが蛇たちに見逃されたのは、トップ直々に立ち入りを許されたオーリとラトニが一緒にいたからである。

 そのオーリたちに敵対し、蛇たちを巻き添えに植物を焼き、大規模魔術まで使ったギルファのことが、双頭の大蛇にどう伝わるかなんて想像に難くないのである。


 閃光が走る。炸裂音と共に、黄色い光が大蛇を貫いた。

 未だ収まらぬ土煙を突いて飛び出してきたギルファが、大蛇目掛けて鎖鎌を振り下ろす。


 鈍い音が響いた。雷を纏った鎖鎌を、大蛇の鱗は真っ向受け止め、弾き返す。

 直後、強靭な尻尾が瀑布の勢いで叩き付けられた。交差させた鎖鎌でギルファが受け止め、しかしメキッと音を立てて、踏み締めた大地に罅が入る。


 ギルファが奥歯を噛み締める。初めて浮かべる本気の形相で大蛇を睨み上げ――雷轟。

 一瞬だけ威力を増した雷が、大蛇の押し潰しを弾いてのけた。


 大重量の攻撃をしのいでも、すぐには追撃が叶わない。その勢いに流されるまま、ギルファも反対方向に飛び退る。赤と蛍光グリーン、六つの視線が交錯する。


 双頭の大蛇が牙を剥いた。二つの頭の思考は等しく、ただ招かれざる客の排除を望む。

 巨大な二つの口がカッと開く。血の色に似た口腔の赤。びっしりと並んだ牙も剥き出しに、大蛇はビリビリと空気を震わせて咆哮を上げた。


 殺気が爆発する。


 小さな津波のように押し寄せる大蛇の身体が、ギルファを呑み込まんと突撃した。


 背後で上がる破壊音の行方を見届けることなく、オーリたちは全速力で冬駕籠の滝から逃げ出した。


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