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いつか見る果て  作者: 笠倉とあ
シェパ・春告祭編
144/176

139:薬草はいずこ

「場所や送付手段も必要だけど、一番大切なのって、原料になる薬草だよね。薬草採取とかよくしますし、生える環境が分かってるなら、シェパ付近で似たような条件がないか探すの手伝いますよ。それとも季節外れ?」


 師匠のジョルジオがシェパにいれば、診療所にストックがないか聞いてみるのだが。そんなことを考えて残念な思いをしつつ、オーリはサラを見上げて問いかける。

 サラは少しだけ緊張が抜けたように頬を緩めながら、それでも申し訳なさげに首を横に振った。


「ううん、駄目なんです。シェパの近くで生える場所はあるんだけど、今そこ、訳あって封鎖されちゃってて」

「封鎖?」

「まさか、それも敵方の差し金ですか?」


 随分大掛かりな真似ではあるが、敵が上級貴族ならそれくらいはやってのけるだろう。顔を顰めたオーリとラトニが顔を見合わせ、どうにか忍び込む手段を探すかと無言の意思疎通。


 しかしサラは首を横に振り、悔しそうに言葉を紡いだ。


「違うわ――そこ、『浮島』なの」


 その一言に理解する。成程、それは駄目だ。


「『浮島』、ですか? 領土問題で揉めている、とかいう……」

「フヴィシュナと新ルシャリとザレフの三つ巴でね。元は新ルシャリの領土だったんだけど、新ルシャリがザレフの植民地だった頃、フヴィシュナがザレフからの戦利品として分捕ったの」

「新ルシャリの元領土が、シェパの近くにあるんですか?」

「小島ではあるけど推進機関みたいなもんついてるらしくて、今はシェパ近くの海に浮かんでるみたい」


 国際情勢にはオーリほど明るくないラトニが首を傾げたので、使用人やリーゼロッテからもこの話題が出ることの多いオーリが解説してやった。


『浮島』を巡る王国フヴィシュナ、新ルシャリ公国、ザレフ帝国の三竦みは、貴族間では大ニュースだが、庶民の間ではまだそれほどに流布していない。現所有者たるフヴィシュナが動きを決めかねていることを理由に、情報統制でも敷かれているのかも知れなかった。


 ともあれ『浮島』は、このシェパ近辺――更に言えばフヴィシュナ南方領土において、現在最も繊細に扱わねばならない重要案件の一つである。


 ならば封鎖を指示したのは、恐らく南方領主筆頭たる父、オルドゥル・フォン・ブランジュードか、さもなければ王の勅命か。

 悪辣貴族の嫌がらせ程度ならともかく、いずれにせよ『こっそり忍び込む』にはあまりにもリスクが高過ぎる相手だ。


 如何なる目的のためであれ、バレた時点でこの場にいる全員の首が飛びかねない。


「成程、『浮島』を返還することでどちらの国に貸しを作るか、はたまたこのまま借りパクするかで、上層部の足並みが揃わないというわけですか。たかが小島に推進機関がついていたり、随分と高い値段がついているものだとは思いますが……まあ、その辺りは僕らが考えたって仕方がないことですね」


 教えられた情報を注意深く咀嚼して、ラトニがふむと首を傾げた。


 今回の領土問題には、三つの国の利益だのメンツだのがかかりにかかって揺れている。

 封鎖された場所と指示した人間によっては、最悪、『南方領主筆頭の一人娘』という巨大な免罪符を持つオーリが一人で侵入するという強攻策も取れたのだが、そうと分かればこの案は、投げ捨てる以外に道はない。


(公的な立場のある人間の暴挙は、恩赦どころか重罪化の理由になりかねません。国家間の火種になるでしょうから)


 ブランジュード侯爵自身は揉み消そうとするだろうが、如何せん、発覚すれば生家の権限も及ばないほどの国際問題。『浮島』封鎖にブランジュード侯爵以上の人間が僅かでも絡んでいた時点で、彼女の首はただで済まない。


(貴族位剥奪か生涯幽閉か国外追放か、その辺りで済む確証があるのなら、うまいこと唆して単独侵入させることも考慮に入れたんですが……)


 ちらぁり、とオーリに流し目を送りながら考え込むラトニに、オーリは野生の本能で察知して、口の端をひくつかせながら「またなんか不穏なこと考えてるな」と呟いた。おい、私の信義を優先する決意固めてくれたんじゃなかったのか。


「とにかく、薬草の生息地には行けないってわけですね……。『浮島』の環境はシェパのどことも違う特異なものだから、シェパの山で似たような環境を探すのは難しい。街中の店は探したんでしょう?」

「ええ、昨日から走り回って……」

「一本もなかったんですか? いくら希少でも、シェパほど大きな街になれば、取り扱っている店はあると思いますが」

「その、取り扱い自体はあったんだけど、最近どこかの貴族が買い占めちゃったらしいの。お陰で干したもの一つ残っていなくて……」


 言いにくそうにもごもごと告げて、サラがしゅんと肩を落とす。

 恐らく彼女は文字通り、大商店から小さな個人店まで、片っ端から当たってみたのだろう。一瞬、薬草を買い占めたという貴族を見つけ出して分けてもらうという手も考えたが、賭けにもならないと諦める。


 うんうん唸りながら考え込むオーリに、ラトニがそろりと寄ってきた。


「……リアさん、これ正直言って詰みかけだと思うんですけど。ここまで邪魔が入る状況下です、たとえ薬を完成させたところで、届け先に送る前にまた邪魔が入りますよ」

「私もそう思うけど、まだギリギリ詰んでない。ワクチンの現物さえ提示できれば、万が一、商業ギルドの妨害を跳ね除けられるほどの強力な後ろ盾を得るチャンスがあるかも知れないもの。最悪そのまま商業ギルド本部にカチ込むとしても、対応の真剣さが違うはずだし」

「粘りますねぇ……本音は?」

「サラさんを助ければ、ルシャリに恩ができる。縁故取引で米が手に入るかも知れない」

「食い意地か」


 お米と書いて魂の故郷と読む。呆れたようにラトニが溜息を吐いて、それから渋々といった様子でちらりとサラを横目に見た。


「……なら、『浮島』と似た環境でなくても、良質な薬草の群生地を僕らは知っているでしょうに。シェパ近辺では最も魔力に溢れ、魔力や水脈のせいで極めて異質な環境となっている土地ですから、希望があるとすればあそこくらいでしょう」

「えっ、どこ!? そんなとこあったっけ!?」


 驚いて問い返せば、ラトニは『こいつやっぱり忘れてやがったな』という目でオーリを見た後、溜息をついて告げた。


「――冬駕籠の滝ですよ」




※※※




 ――そんなこんなで。


 一冬振りに訪れたその場所は、もうすっかり春の芽吹きに包まれて、緑の匂いで満たされていた。


 射し込む細い日差しを浴びて、どうどうと流れ落ちる滝は澄んだ水飛沫を散らし、あちらこちらに小さな虹をかけている。

 魔力に満ちた水と土地によって育まれた良質な薬草が、今が芽吹きの時とばかりに高々と葉を伸ばし始めていた。


 冬駕籠の滝。

 山中の蛇たちの越冬地となっている場所ではあるが、既に彼らの姿はそこにない。

 滝の裏側、地面の穴倉、木の根元。様々な寝所から這い出た無数の蛇たちは、冬眠明けの餌を探しに、この美しい場所を後にしている。


 そうして、今回蛇たちの庭に入り込んだサラはと言えば、


「――おぼぅえぇぇぇぇぇ……っ!」


 絵のような風景など何のその、真っ青な顔で嘔吐いていた。


 へたり込んで口元を押さえ、ひたすらげえげえと呻くサラの背を、申し訳なさそうに引きつった顔でオーリが撫でる。

 昨夜から碌なものを食べていなかったらしく、出てくるものが胃液だけなのが殊更哀れだ。


「ご、ごめんねサラさん……落ち着いたらお水汲んできてあげるから」

「そう言えばリアさんの走りって、わりと暴走運転でしたね。抱える相手が僕一人ならともかく、大人一人追加したら、姿勢も崩れるし、上下運動で気持ち悪くなって当然でしょう」


 つまり乗り物酔い。


 片腕にラトニを、片腕にサラを抱えて、いつものように地上や樹上をほいほい突っ走ってきたオーリは、多分場所を覚えさせないためにわざと荒い走り方をした部分もあったのだろう。


 しかし、文句も言わずにひたすら耐えていたサラが、俯いたまま揺さぶられる体勢と圧迫された腹部とに、どんどん顔色を悪くしていっていたことには気付かなかったらしく。

 到着して下ろす瞬間まで吐くのを我慢してくれたサラの努力こそが、今回一番のファインプレーだ。

 

「大丈夫ですよ……仕方がないわ……リアちゃんの体格じゃ、ラト君にするみたいには綺麗に抱えられないもの……。担ぐしか、ないって分かって……おぅぶえぇぇぇぇぇっ……!」

「あああああっ、無理してフォローしなくて良いですから! 胃液でも恨み言でも全部吐いちゃって! 腹の底から吐いちゃって!」


 悲鳴を上げるオーリの足元を、ここを常駐の住処にしているらしい蛇がにょろにょろと通り過ぎていく。

 蛇の住処に潜り込みながら勝手に体調不良で自爆しているヘンな人間たちを、丸っこい頭の小さな蛇が「なんだこいつら」と言いたげな目で二度見してくるので、ラトニは「本当にすみません」という意味を込めてそっと頭を下げておいた。ついでに軽く水脈を探って、異常がないか確認しておく。


 ――今から季節を一つだけ遡った頃、この冬駕籠の滝は、とある竜種に乗っ取られ、成体化のための巣にされていた。

 例年この地を越冬地にしていた蛇たちが追いやられ、これでは冬眠が出来ぬとなった挙句、オーリとラトニに解決を依頼してきた相手こそ、蛇たちのボスである魔獣、人語を話す双頭の大蛇である。


 問題の竜種は、ラトニの魔力で無理やり成体化を早めることにより平和的に追い出すことができたのだが、その後ラトニがほんのり危惧していたのは、事件中、盛大に弄られた水脈だった。

 魔力を豊富に含む水を求めた竜種は水脈を弄って無理やり水を引き寄せ、更にラトニが莫大な魔力を叩き込んだことにより、辺りの地質や水質にも影響を与えてしまっている。


 万一甚大な後遺症でも出ていれば、山のボスの一角である双頭の大蛇が黙ってはいないだろうが――まあやらかした人間の責任として、アフターケアはするべきだと思うので。


(とは言え、特にやばい影響とかはなさそうですね。水質は良く、枯れている気配もない。滝の水が含む魔力がちょっと多くなったくらいか……周辺植物に影響があるかも知れませんから、今日はついでに調べていこう)


 淡々と考え込むラトニに背を向け、毛玉を喉に突っかからせた猫のようにおえおえやって、ようやくサラが静かになった。


 背中を数回強く撫でた後、オーリが滝の水を差し出した。

 大きな葉っぱをくるりと巻いて作ったコップを両手に持って、サラが昇天しかけのゾンビのような顔色で微笑んだ。


「ありがとうリアちゃん、落ち着きました……。ここ、本当に良い魔力に溢れた土地ですね」

「ああ、はい、なら良かったです……あの、目的の薬草はありそうですか?」

「一見したところは見当たらないけど、色んな種類の薬草があるから、腰が抜けてるのが治ったら調べに行こうと思います。特徴を教えるので、リアちゃんたちも協力してくれますか?」

「ええ勿論です頑張りますよ腰まで抜けてたとか本当に申し訳ありません」

「こんな所で一般人の脆さを再認識することになるとは」


 サラが若かったのだけが幸いだろう。お年寄りとかだったら、多分心臓麻痺を起こす。


 結局、サラが立ち上がれるようになるまで十分を要した。

 生まれたての子鹿のような足取りで薬草探しに行こうとするサラに、オーリがお願いだからもう少し座っててくださいと縋り付いた。


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