134:助っ人一名入ります
とりあえず、目が点になった。
割と衝撃的な第一声に全員が沈黙する。大剣を携えた乱入者は、そんな一人と三人を見比べて、歳と容姿に似合わぬ表情できょとんと不思議そうに目を瞬かせた。
「…………悪質な変質者が下半身を露出して婦女子に襲いかかり、口に出すのも憚られるような蛮行に及ぼうとしていたのではないのか?」
何となく聞き覚えがあるような気がしなくもないダンディな美声で、男が呟く。
数拍置いてギルファが俯いた。大きく息を吸い込み、そして力の限り叫ぶ。
「――脱いでねぇよッッ!!」
怒声と同時に刃が走った。鋼色の閃光が風切り音を伴ってダンディ(仮)目掛けて襲いかかる。
非常に殺傷力の高いツッコミを、ダンディは素早く頭を傾けて躱した。皮一枚の距離を通り過ぎていった凶器の存在を意に介す様子もなく、惚けた表情で「こらこら」と言う。
「怯える婦女子と幼子ににじり寄っておいて、指摘されたら怒るのは非常識だろう。そういうのを逆切れというのだと、知り合いが言っていた」
「俺の仕事は暗殺者だ! 断じて変質者じゃねぇっ!」
いやいや、堂々と言っちゃっていいのかソレ。
内心ツッコミを入れるオーリだったが、折角逸れた矛先がこっちに向いたら困るのでお口にチャックする。
先程の一撃をこともなげに躱した辺り、ダンディ(仮)もまたかなりの手練れか。
幸いオーリたちを助ける方向で動いてくれるらしいので、下手に割り込んで足手纏いになるよりも、後方で大人しくしていた方が良いだろう。
――まあ、私の口から出まかせを素直に受け取って助けにきてくれたことには罪悪感を覚えないでもないけど――結果危機を乗り越えられたので、これはこれで良しっ!
警戒しつつも待機に入ったオーリの前で、虚空で緩やかな弧を描いて戻ってきた武器を、忌々しげに歯軋りするギルファが視線も向けずに片手で受け止める。
顎だけ動かしてギリギリと奥歯を噛み締める姿は、さっきまでの余裕ありげな雰囲気と違い、絡繰り仕掛けの人形じみていて何だか不気味だ。
パシリと武器を握り込むや否や、ギルファは間髪入れず地を蹴って、ダンディ目掛けて突進。迎え撃つダンディは正面から大剣を振り下ろし、しかしその刃は獲物を捉え損ねて空を切った。
大剣が翻る。
まるでそうあることを最初から予定していたかのように、地面に刺さる寸前だった剣先がダンディの脇を抜けて背後を向いた。
突風。
ダンディの背後に回り込んでいたギルファが、豪速の刺突を両手で受け止める。手にした武器は二本に増えており、それらを交差させてダンディの大剣を挟み、流す。
ガギュリッ、と耳障りな金属音がして、双方の武器が互いから逸れた。
弾く勢いに乗ってギルファが空中で回転。旋風のような斬り上げに続いて振り下ろされた蹴撃をダンディが大剣の柄で弾き、更に一歩前方に踏み出す。
「――オオォッ!!」
気合いの声と共に大剣が閃いた。その重量からすれば信じ難いほどの速度で繰り出される刺突の嵐に、しかしギルファは即座に対応。着地と同時に体勢を立て直し、圧倒的に巨大な大剣へと両手の武器を真っ向から打ち合わせる。
ガギャガガガガガッ!! 耳が痛くなりそうな異音に、見ているだけのオーリの方が怯んでしまいそうだ。
(あれ、鎖鎌か!)
一瞬見えたギルファの武器の正体を悟って、オーリは目を眇めた。
長い鎖に分銅のついた片手サイズの鎖鎌は、相手取るにはかなり厄介な武器である。近距離・遠距離どちらにも対応できる上、拘束や投擲にも使えるそれを、ギルファは少なくとも熟達と言えるほど巧みに操っている。
初手からあれを出されていれば、オーリの首はものの数秒で刈り取られていたに違いない。
ギルファの目的はサラの誘拐或いは殺害――しかし、こうして横槍を受ける隙を与える程度には、オーリたちをナメていてくれたのが幸い、ということか。
(いや、待て。それにしては登場のタイミングが……結局あの男、私たちが戦う所を、どのあたりから見てたの?)
ふと覚えた違和感の尻尾を掴みかけた時、しかしひそりとかけられたラトニの声によって少女の思考は霧散した。
いつの間にか傍に来ていたラトニが、短く囁きかけてくる。
「リアさん、今のうちに逃げますか?」
問われてそっと背後を見れば、どうやら僅かに正気を取り戻した様子のサラが、どうしたら良いのか分からない表情でギルファとダンディの戦闘を見つめていた。
大分顔色が良くなっているように見えたが、よく見れば血の気が戻っているのは両頰だけなので、手っ取り早くラトニにしこたまぶっ叩かれたらしい。
これなら連れて逃げるにも不都合はないだろう――が、一方で、ダンディ一人置いて逃げるには些か問題がある。
「いや、もうちょい様子を見よう。あのダンディさんを置いて行った場合、サラさんのことについて口止めができない。後でダンディさんが警備隊に事情を説明して、万一警備隊がサラさんに目をつけちゃったら、何か不都合が出るかも知れない」
「ああ、その問題がありましたね……」
警備隊に――権力者に関わりたくない。サラの制限は厄介で、理由が分からない以上、オーリとラトニは素直に希望に沿うしかないのだ。
ギルファも、そしてダンディも、恐らくまだ全力を見せてはいないだろう。取り敢えずダンディが形勢不利になるまでは、ここで観戦を決め込ませてもらうとしよう。
そうこうしているうちに、ギルファとダンディの剣戟はじりじりと速度を増していく。
暗殺者であるギルファは速度特化と予想できるが、オーリの身長よりも大きそうな大剣を振り回すダンディも負けていないのは意外だった。
ギルファの鎌がダンディの首を狙い、ダンディは皮一枚を犠牲に、体を強引に捻って回避。腹に響くような重い踏み込みと共に、バックスピンをかけて斬り込んだ。
ガギィッ!
まともにギルファの顔面を捉えた――かに見えた剣先は、ギルファの掲げた腕で止められていた。
服の下にも何か仕込んであったのだろう、衝撃に逆らわず後方に跳んだギルファは、そのまま数度跳躍を繰り返して距離を取る。
――つぅ、とギルファの額から、鮮血が零れて鼻筋を伝う。
――筋肉に覆われたダンディの首筋を、溢れる赤が滴って襟を汚した。
「参ったなぁ……俺ぁアンタみたいな面倒な奴と戦りあう予定、立ててなかったんだが」
「ならば退くと良い。お前が彼女たちを襲う理由は分からんが、今は特段義務もない身だ、逃げるなら追わんぞ」
「義務がないならそっちが退いてくんねぇ? 俺の依頼主、気難しいんでー」
「目の前で女子供が害されようとしているのに、背を向けるわけにもいかん」
「あー」
実に真っ当な返事を寄越されて、ギルファは気怠そうに首を掻いた。
依頼主とやらにはあまり忠実ではないのだろうか――しかし仕事は真面目にする主義らしく、細い両目が油断なくダンディの一挙手一投足を観察しているのがよく分かった。
「悲しいことに、そういうわけにもいかなくてなぁ……これでも信用商売なんだ、給料分は仕事しねぇと」
どちらともなく、チャキ、と鋼の刃が鳴った。
前傾姿勢を取ったギルファに、ダンディも両手で大剣を構え、片足を前に身を低くする。
「俺も暗殺者に遭うのは珍しくないが、因果な仕事だと心から思う。お節介だが、早期の転職を勧める」
「なぁに、この仕事だって長所もあるんだぜ――どんな不況でも需要が絶えない」
ギルファの顎から赤が落ち、ダンディの指が己の首の赤を払う。
ぬるりと光る互いの鮮血が雫となって地に砕けるその瞬間、両者は全力で互い目掛けて踏み出そうとして。
しかし、その瞬間。
ぴたりと動きを停止したのは、鎖鎌の青年――ギルファギリム。
まるで見えない何者かに呼び止められたかのように不自然な体勢で急停止したギルファは、数秒置いて顔を顰める。
ややあって肩の力を抜き、つられて踏み込みを止めていたダンディを見やって深々と溜息をついた。
「――やめだ。別件が入った」
「そうか。なら行くと良い」
前言の通り追う気はないらしく、ギルファの宣言にダンディは驚くほどあっさりと構えを解いてみせた。
大剣すら鞘に収める姿に、見ているオーリとラトニの方が驚いた。この上攻撃されることなど微塵も案じていない態度は、鷹揚なのか何も考えていないだけなのか判断に迷うくらいだ。
対峙するギルファさえ、同じことを思ったようだった。呆れたように眉を寄せて、サラとダンディを見比べる。
「おいおい、良いのかそれ……唐突に俺の気が変わってあの女を狙ったら、アンタ止めるの間に合うのかよ?」
「微妙なところだが、お前はせんだろう」
尤もな提言にも、ダンディは淡々と返す。濃いブラウンの瞳を賢い肉食獣のようにゆるりと輝かせ、不満そうなギルファの顔を映し出した。
「はあ? 何で」
「何でって、お前、今、暗殺者は信用商売だと言っただろうが」
「……………………」
何と言えば良いのか分からなさそうな微妙な顔で、ギルファが沈黙した。
いや、敵相手なら騙し討ちとか普通にやるんだけど。そんなことを言いたそうに口をもぞもぞさせた後、何だか面倒臭くなったらしく、数度首を振って武器を収める。
「あー、もういい、やめだやめ。アホな会話で時間食ってる暇はねーんだよ、俺ぁこれでも売れっ子なんでー」
ひらり、動作も軽く手を振って、ギルファはさっさと身を翻す。その途中で一度だけ振り向いて、己を見つめているサラの顔を見た。
「――それとアンタ。アンタを狙うのをやめたわけじゃねぇからな。明るいとこには気を付けろよ」
それだけ告げて、緩い暗殺者は今度こそ振り向かずに姿を消した。
……、……明るいところに?
「……暗いところ、の言い間違いかしら?」
『さあ……?」
ぽそりと呟いたサラの疑問に、オーリとラトニは揃って首を傾げた。