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いつか見る果て  作者: 笠倉とあ
シェパ・春告祭編
138/176

133:舞台挨拶はインパクトから

「――とりあえずさー、まずはここ離れねぇ?」


 この異常極まりない状況下で、一体どこに緊張感を忘れてきたのかと問いたくなる声音で告げられて、ようやく時間が動き出したかのようにぎくしゃくとサラが反応した。


 状況に押されて警備隊を呼んでこいとは言ったものの、関わらなくて良いならやはりそちらの方が望ましいようだ。先導するように踵を返した男の後を、反射的に追おうとする。


「あ、そ、そうですね、まず移動しないと……、あの、リアちゃん、ラト君……」

「ここまで来たらもう少しくらい付き合いますよ。あの人、ちょっと怪しいし」


 後半は小声で呟いて、オーリはサラの傍に駆け寄った。


 転がる死体から目を逸らすサラは浅く呼吸を繰り返し、小刻みに震えていた。

『こういったこと』が起こる覚悟はしていても、実際に襲われれば恐怖もひとしおだろう。ましてサラは争いに慣れている様子もなく、先程の魔術を除けば戦闘手段すらほとんど持たないようだった。


(本当にこの人、修羅場慣れしてないんですね。どうにも反応が一般人の域を越えない。それでも咄嗟に僕らを庇おうとしたあたりは、やっぱり善人なんでしょうけど)


 無言でオーリの隣に並びながら、ラトニはそんなことを考える。


 どうしても果たさねばならない目的があると言ってはいたものの、元来気が穏やかで修道院育ちでもあるサラは、その実いざとなれば目の前のオーリやラトニを見捨てることはできないだろうと予想をつけていた。

 彼女が自分たちを盾として使い捨てたりしないと分かっていたからこそ、オーリは厄介事の気配を感じながらも助力を提案したし、ラトニもあっさり賛同したのだ。


(まあ、今はこうして、新たな懸案事項が出てきてしまったわけですが)


 少し眉根を寄せて、前を行く男の背中を睨みつける。


 あまり筋肉質には見えない男だ。ボサボサだがボリュームのある髪は頭頂で結ばれ、大型犬の尻尾のように背中でふらふらと揺れている。

 ゼファカといた時に出会った男――得体の知れない旅行客。何を思ってこんな場面に乱入してきたのか知らないが、ああもあっさりと人の命を刈り取れるような人間、絶対にまともな奴じゃないに決まっている。


(……それに関しては、僕も人のことは言えませんか)


 さっきだって、昨日だって。咄嗟にオーリの目を意識しなければ、ラトニは間違いなく襲撃者たちを殺していたに違いない。

 いっそ何もかもバレてしまえば、それはそれでオーリを縛る鎖になる――なんて狂気じみた望みを、己の枷を壊す斧にして。


 手にしていたナイフを、ぽいと投げ捨てる。

 断面の溶けたナイフは気になるが、いつまでも持っていたって仕方がない。

 代わりに油断なく琥珀色の目を光らせながら、オーリの方へと身を寄せた。


「ねえねえサラさん、サラさんって魔術師だったんですね」


 一見呑気に歩いているだけの――実際にはやはり目の前の男の動向へと意識を割いているのだろうオーリが、気分を切り替えるようにサラへ話しかけた。


 オーリは魔術が好きだし、魔術師に憧れている。

 心なしかキラキラした目で見上げる彼女に、サラは申し訳なさそうに苦笑してみせた。


「ああ、あれは違うんですよ。まだわたしだけの力では魔術は使えなくて、アイテムを利用したんです」


 正しい意味で魔術師と呼べるのは、自前の魔力で魔術を構成し、発動できる人間だけだ。

 民間にも流布している封珠(フルーレ)魔術具(ウズ)を始めとして、魔術発動の補助(と言うか、道具がメインで人間が発動補助をしているとも言う)を行う道具は数多ある。

 高位のアイテムになるほど操作難度は上がるが、アイテムのレベルに拘らず、そういった補助を利用して魔術を使う人間を『魔術師』とは言わない。


「『まだ』ってことは、いつかは魔術師になるために修業中なんですか? 植物系の魔術に適性ある人って、私初めて見たなぁ」

「魔術師修業はしてないんです。ええと、魔術師そのものを目指してるわけじゃないんだけど、うまく『目的』を果たせれば、結果的に魔術師って呼ばれるような存在にはなれるって言うか……ああごめんなさい、うまく説明できない……」


 言えないことが多くて、としょんぼりするサラに、オーリは慌てて手を振った。言いにくいなら問い質そうとは思わない。


「いえいえ、私たちにも言えないことくらい沢山ありますし! ほら例えば、ラトの持ってる魔術具(ウズ)の提供元とか!」

「ああ、そう言えばラト君、さっき魔術で助けてくれましたね。かなり強い魔術具を持ってるんだろうとは思ってましたけど、どんなのを使ってるんですか?」

「色々です。例えばこの帽子なんかも魔術具ですよ」


 話を振られたラトニは、興味を惹かれたらしいサラをつらりと誤魔化し、指先でちょいと帽子を持ち上げてみせた。


 水の矢、短距離転移、水の盾。サラには止むを得ず色々と見せてしまったが、魔術師だとバレるより、身分に不釣り合いな魔術具を多数所持していると思われる方がずっとマシだろう。

 どうやらあっさり納得したらしく、興味深そうに首肯して笑うサラは、「あの盾は助かりました」などと礼を言っている。


 うまく誤魔化せたらしいことに、オーリがそっと息を吐いた時、ぴた、と少し前を行く背中が止まった。

 釣られてオーリたちも足を止め、路地裏から足音が消える。


(――あれ?)


 何かに違和感を覚えた気がしたが、その正体を掴む前に男がゆっくりと振り返る。

 向き合った男の表情には相変わらず緊張感がなく、へらりと緩んだ笑みの気配が張り付いていた。


「ここまで来りゃあ、警備隊にも見つからねぇだろ」


 小首を傾げてそう言った男に、サラが一歩前に出た。


「あの、わたし、サラと申します」

「んー、ああ。俺はギルファ。ギルファギリム」

「ギルファさん。さっきは危ないところを助けて頂いて、本当にありがとうございました」

「あー、いいっていいって、ンな馬鹿丁寧に礼なんざ言わなくても」


 大して気のない様子で名乗り返した男――ギルファは、がり、と乱暴に頭を掻く。あまり手入れが行き届いていないのか、金とブラウンの髪が無造作に散った。

 サラは深々と頭を下げて、もう一歩、おずおずと前に出た。


「そういうわけにはいきません。訳あって事情は話せませんが、ご助力には心から感謝いたします。

 それで、あの、その髪紐、返してもらって良いですか?」


 言われてオーリは、ギルファの手がまだサラの髪紐を握っていることを思い出した。


 いつもきっちり三つ編みにしていた髪はばらばらと肩や背に流れ、サラは居心地悪そうに指先で髪を払ったり、前髪をつまんだりしている。

 大分ぐしゃぐしゃになってしまっているから、若い娘としては早く整えたいのだろう。


 片手を差し出す彼女に、ギルファは手にした髪紐をまじまじと見た。

 何の変哲もない、群青色の紐で編まれた細い髪紐だ。先端についた球形の飾りと、一本だけ編み込まれた銀色の糸だけがささやかな彩りを添えているが、それだって、サラの髪を結べば髪の中に隠れてしまう程度のもの。


「んん、そうだなぁ。いつまでも持ってるのもおかしな話だし――」


 その手を持ち上げ、ギルファは笑う。

 口の端を歪め、微かに犬歯を覗かせて。


 サラが髪紐を受け取ろうと、もう一歩前に踏み出して。


「――早く手放そう」


 バリンッ。


 ギルファの手の中で。

 飾りの球が握り潰された。


 ぐしゃりと潰れた髪紐を、事態の急転についていけなかったサラが、ぽかんと開いた双眸で見つめる。


 砕けた球の中から、水のような何かが少量溢れる。それがギルファの手を濡らした直後、ボッと音を立てて髪紐が炎に包まれた。

 小さな炎は見る間に髪紐を燃やし尽くし、そしてあっさりと消失した。

 ギルファの広げた手のひらから、僅かな灰がさらさらと風に溶けていった。


「――――な……」


 呆然と、サラが掠れた声を上げ。

 現実を理解し切れない表情でふらふらギルファに歩み寄ろうとした彼女を、直後、我に返ったオーリとラトニが無理やり引っ張って後退した。


「サラさんしっかりして!」


 ギルファから大きく距離を開け、仔獅子が威嚇するようにオーリが鋭く吼えた。


「この人は敵だ!『通りすがりのお人好し』なんて都合の良い人間、やっぱりそうそういるわけなかったんだよ! 当然下心があると疑うべきだった!」

「いやソレお前が言うん?」

「サラさんを誘き寄せて何をする気だったの!?」


 さらりと的確なツッコミを食らったような気がしたが、オーリは速やかに受け流し、キッとギルファを睨みつけた。


 この状況下であの行動、単なる嫌がらせであるわけがない。

 あれは敵対宣告だ。それも、先程の襲撃者たちよりずっとたちの悪い人間からの!


「――だから言っただろ? 礼なんていいってよー」


 空っぽになった手のひらを見せつけ、ギルファが嘯く。

 感情の読めない赤い瞳がぬらりと輝いた。その目が映し出すのはサラの姿。


 ようやくオーリは思い至る。先程覚えた違和感の正体。


 ――この男、全く足音を立てていなかったのだ。


「何せ俺ぁ、これが仕事なんでー」


 男の爪先が、トン、と一度、おどけるように地面を鳴らす。



 ――――ゴッ!!



 次の瞬間、その足が容赦なくオーリの腕に食い込んだ。


 掲げた両腕からミシミシという音がする。軋むほど奥歯を噛み締めて、オーリは真正面にいる男の顔を凶悪な目付きで睨み上げた。


 オーリの動体視力すら追いつかない速度で間合いを詰めてきた男の蹴りを、咄嗟にガードできたのは奇跡に近かった。

 即座に押し負けて弾かれた腕をその勢いのまま背後に投げ出し、飛び後ろ回し蹴りに移行。追撃をかけてきた男の足をギリギリで蹴り払い、体を捻って更に攻撃、と見せかけて、砂を蹴り上げ牽制する。


 その全てを危なげなくいなしたギルファは、上着を大きく翻して視界を塞ぎ、影から礫を撃ち出すことで、水の矢を放とうとしていたラトニの追撃を阻止。

 バックステップで後退し、再び三人と距離を取った。


「あ……ああああああ……」


 ようやく事態を理解したらしいサラが、掠れた声でガタガタと震え出す。

 真っ青な顔はギルファ――ではなく、どこか虚空を見つめていた。灰となって散った髪紐を追っているのかも知れない、とオーリは思った。


「何て……何てことを……わたしの、わたしたちの大切な……」


 不明瞭な声で何やらぶつぶつ呻き続けるサラをちらりと見て、オーリは舌打ちした。

 髪紐一つにそこまでショックを受ける理由は分からないが、彼女は軽い恐慌状態にあるらしい。これでは戦力どころか一人で逃げることすらできないだろう。


「ラト、私が二人とも抱えるから、全速力でさっきの場所まで戻ろう。相手が一人なら何とかなる、キミは防御と、遠距離攻撃で牽制お願い」


 早々に勝つことを諦めて、オーリは迷わず逃走を選んだ。


 先程、襲撃者たちを置いてあの場所を離れる時、数人の話し声と駆ける足音が聞こえてきた。

 恐らく、警備隊が到着したのだろう。今ならまだ立ち去っていないはずなので、急いで戻れば合流できる。目撃者が増えれば、ギルファも追ってはこられない。


「逃げる前に、大人しくその女渡してくんねぇ? 俺の依頼主が用があるんだってよ」

「嫌ですよそんなの。そういうあなたは、さっきどうしてサラさんを助けたんです? 放っておけば私やラトを排除できて、サラさんだってもっと弱っていたはずですよ」

「そりゃ依頼主の意向。万一にもそいつがザレフに連れて行かれることは望ましくないんでー」


 阻止するか、できないならいっそ殺せってさ。


 じりじりと距離を計りながら時間稼ぎに投げた問いかけに、予想以上に物騒な答えがあっさりと返ってきて、オーリは顔を引きつらせた。


「へー……ちなみに、お兄さんの雇い主っていうのは?」

「んー、それは流石に秘密なんでー」


 先程の襲撃者たちの雇い主はザレフに確定。ザレフはサラを生かして捕らえたいらしいが、一方ギルファはそれを妨害し、サラを確保する立場にある。

 ただしギルファの条件は生死問わず。つまり「捕まった後で隙を見て逃げる」は、リスクが高くて使えない。


(そして厄介なことに、こいつはさっきの連中より格上だ!)


 一度蹴りを合わせただけでも、ギルファの技量がオーリを上回ることは理解できた。つまり、ここはラトニに頼るしかない。

 ラトニが防御魔術を発動させた瞬間に、サラとラトニを担いで一目散に逃げ出す予定――なのだが。


(ラトニ君まだですかあぁぁぁぁぁ!? ちょっとこれ以上は引き延ばせないんですけどー!!)


 元より話すことなどそうそう無いのだ。どうして無視して追撃にかかってこないのかは知らないが、何故かギルファは面白そうにオーリたちを眺めるだけで、何かするならやってみろと言わんばかりである。


「リアさん、おかしいです。さっきから盾を出そうとしているのに、魔術が発動しません!」

「げろ」


 珍しく焦った様子のラトニが訴えてきて、オーリはだらりと冷や汗を流した。


 間違いなく、あそこでニヤニヤしているギルファの仕業だろう。ラトニが魔術を操ることがバレていたとは言え、こうもあっさり対策を打たれるとは思わなかった。


 これはまずい非常にまずい。

 魔術という鬼札が使えないとなれば、ラトニは無力化されたも同然。この状態で逃げたところで、人二人を担いでスピードが落ち、両手の塞がったオーリなど、あっさり追撃されておしまいだ。


「――警備隊の人ォォォォォォ!! 近くにいたら今すぐ来てくださーい! ここに美女を誘拐拉致しようとする変質者がいますよォォォォォォ!! きゃああああパンツ脱ぎ出したぁぁぁぁぁぁ!!」

「あっちょっお前そういうやり方ねぇだろ!」


 自棄になって絶叫を始めたオーリに、わりと本気で焦ったらしいギルファがまた一瞬で接近して取り押さえてくる。

 慌てながらも当て落とそうとしてきたので、オーリは背負い投げで仕掛け返す。

 オーリの背中に手をついて跳んだギルファが一回転して着地。再度オーリ目掛けて駆け出そうとして、弾かれたようにあらぬ方向へと飛び退いた。


 たん、たん、と身軽に跳躍を繰り返して着地したギルファは、顔を上げてその場所を見る。

 同じ方向に顔を向けて、オーリとラトニと――ついでにサラも、茫然と動きを止めていた。


「おいおい、『通りすがりのお人好しなんて都合が良い存在いるわけない』って、ついさっきあのガキが言ったとこなんだが――」


 ギルファの口の端が吊り上がる。呆れと感心と、そして警戒をふんだんに込めて。


「このタイミングで横槍とか、ちょっと格好良すぎねぇ?」


 ――数秒前までギルファが立っていた場所に、がっちりした壮年の男の背中があった。


 大剣を振り下ろした体勢で停止し、ギルファの挙動を視線だけで追っていたその男は、ギルファが動きを止めるのを確認するとゆっくり立ち上がる。

 そして微かに眉をひそめ、中年趣味(おっさん好き)なら鼻血を噴きそうな低い美声で口を開いた。


「む? ――パンツは穿いているようだが?」

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