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いつか見る果て  作者: 笠倉とあ
シェパ・春告祭編
134/176

129:秘密の守り手

 未だ白目を剥いているサラを空き家の一室に寝かせておき、誘拐・殺人未遂の男たちは簀巻きのまま道の端っこに転がしておく。

 そのままイレーナたちのもとを出たオーリとラトニは、こっそりイアンの巡回経路で待ち伏せて、男たちのことを通報することにした。


「――何だ、じゃあお前ら、仲直りしたのか」


 そんなこんなで。

 一人でいるところを見計らって捕まえたイアンは、並んで自分を見上げる子供らを見比べ、安心したように目尻を下げた。


「ここ数日、坊主が一人でふらふら徘徊してるところを二、三度見かけたが、なんか雰囲気怖くて声をかけられなかったんだよなぁ。毎回どんどん目が死んでいって、腐敗を進めながら海面を漂う真夏の魚の死体を見てる気分になった」

「あはははは、喩えが怖いですよイアンさーん。鮮明に想像できるからマジやめて」

「何で喧嘩したのかは知らんが、やっと嬢ちゃんと仲直りできたから、今はそんなに機嫌が良いんだな。可愛いところもあるじゃねぇか」

「…………」

「おにーさん傷付くから、無言でヘッドバンキングするのやめてくれねぇ?」


 無遠慮に頭を撫でくり回してくる大きな左手を静かな拒絶で追い払い、ラトニは隣のオーリにスススと身を寄せた。

 そのついでに、同じくオーリの頭を撫でていた右手の方もべしっと払う。イアンがしょっぱそうな顔をして、「癒しが足りねぇ……」と呟いた。


「イアンさん、なんか疲れてますね。またお仕事が忙しいんですか?」

「あー、ちぃっとな。……一応聞くけどお前ら、最近起こってる不審死騒ぎのこと聞いてねぇか?」


 声を潜めて問いかけられ、子供たちは顔を見合わせる。


「ひょっとして、家内(メイド)の噂で聞いたアレかな。貴族や平民の家で、何件も起こってる死亡事件。死因はどれも見るからに心臓病なんだけど、健康に気をつけてる人とか、当主と息子が纏めて死んだ例まであって、どう考えても怪しいって」

「興味なかったので聞き流してましたけど、師匠がなんか喋ってましたね。本命の標的は貴族で、平民の死亡は大体撹乱工作だろうけど、もしかしたら標的の違う複数犯で同じ手口を使ってる可能性もあるそうです」

「新しい流行病の可能性は低いよね。平民よりずっと不健康な生活してるはずのストリートチルドレンには、今んとこ被害ゼロらしいもん」

「俺から聞いといて何だけど、ほんとお前らなんでそんなこと知ってんの? 一応箝口令敷かれてるはずの情報を、不審死騒ぎの一言であっさり取り出してくる裏事情、真剣に知りたい」


 げっそりした顔で呻くイアンに、オーリはばっちんとウインクを飛ばしてみせた。


「やだーイアンさん、子供の可愛い秘密を暴こうなんて無粋ですよ。キラキラした夢一杯の秘密基地は、十八歳以上立ち入り禁止なの」

「まったくキラキラしてねぇよ! ドロドロした現代社会の闇に満ち溢れてるじゃねーか八歳児!」

「でも、それくらいの情報網も持ってない相手に、イアンさん相談なんかしないじゃない。で、何か私たちに協力できそうなことはあるんですか?」


 シェパ警備隊総副隊長の地位にあるイアンは、当然守秘義務も課せられている。

 オーリたちが――厳密にはオーリが――その例外となっているのは、単純に、その人脈と情報網に期待を受けているからだ。


 一年以上前、圧倒的な人材不足に悩まされていたイアンと、とにかくシェパのために何かをしたかったオーリの需要が一致。

 時に距離を置き、時に踏み込む両者の協力関係が今日まで崩れなかったのは、オーリが己の有用性を証明し、同時にそのバランス感覚で絶妙な距離を保ち続けてきたことが大きいだろう。そうでなければ外部の、しかも幼子であるオーリを使うことに、真面目なイアンは早々根を上げていた可能性が高い。


 ぺしぺしと足を叩かれ催促されて、イアンは仕方なそうに息を吐き出した。少し考えるような素振りをした後、首を横に振る。


「いや、今んとこはない。ストリートチルドレンに被害が出てないって分かったのは有り難いな。実は上の指図で捜査がしにくい状況で、病死の一点張りで深入りを止められてるから、こうして地味に手掛かりを探っていくしかないんだ。ついでに、噂がどこまで広がってるのかも確かめたかったんだが……お前らじゃ基準には不適格だったな」

「良かったら、街で聞き込みをしてきましょうか? 僕らなら、そこらの店くらいには易々と入り込めますが」

「いや、万一があるとまずい。……人材不足が解消したら、もうお前らに危ない橋を渡らせるつもりはないんだ。ヤバい奴に目ェ付けられるような真似は控えろ」


 その「ヤバい奴」というのは、きっとイアン自身の上役も含んでいるのだろう、とオーリは思った。


 一昔前に色々とあったらしく、イアンは己の所属する隊のことすら、心から信頼してはいない。

 だからこそ、一部の例外を除いて、彼はオーリたちとの協力関係を警備隊にも隠し、詰所内では姿を見せないようにとまで言い付けているのだ。


 イアンの目が僅かに暗くなったのを察して、オーリはわざとらしく切なげな顔をする。そっと目を逸らし、涙を堪えるように口元に手を当てた。


「あんなに熱心に私が必要だって言ってくれたくせに、ひどい人。使えるだけ使って、用が済んだらチリ紙みたいにポイ捨てする……あんなことやこんなことまでして必死に尽くした私は、所詮あなたにとって都合が良いだけの女だったのね」

「リアさんを捨てるなんて、なんて見る目のない男でしょう。純粋な少女を甘い言葉で騙して良いように弄んだ挙げ句、あっさり新しい相手に乗り換えて縁切り宣言する不誠実の代償は、とりあえず小指一本から応相談」

「不名誉な誤解を招くような言い方やめろ!」


 心なしか通行人たちの目が冷ややかになっていくのを感じつつ、イアンは跳ね上がりそうになるトーンを必死で抑えた。一番タチ悪いのは紛れもなくお前らだよ!


「とにかく、勝手に危険なことをするなよ! タイミングからして今回の事件は、南方領主会議――ひいては王都の大合議に関係している見方が強いんだ。もしそうなら、黒幕は相当にタチの悪い貴族。下手に首突っ込んで見つかったりしたら、お前らなんて本当にどうなるか分からねぇんだからな!」


 真剣な顔で諭されて、オーリとラトニはもう一度顔を見合わせる。

 平民まで巻き込まれているあたりは如何にもまずいが、貴族同士の謀略戦には関わらぬが吉、と無言で意見が一致して、イアンに向き直って頷いた。


「分かりました、関わらないようにしておきます。噂を集めたりも、しない方が良いんでしょ?」

「そうだ、事件が収まったらちゃんと教えてやるから、大人しくしてろ。……例の誘拐未遂犯共については、すぐに部下をやって回収させる。お前らも今日は早めに帰れよ」


 念を押された二人は、はぁい、と良い子のお返事を返した。




※※※




 子供たちと別れ、警備隊詰所に戻ったイアンは、見かけた数人の隊員に誘拐未遂犯の回収指示を出してから執務室に向かった。

 と、丁度そのドアを別の部下がノックしようとしているところだったのを見て、背後から声をかける。


「サイード? 何か報告か?」

「あ、副隊長。ちょっと問題が」


 問題、と言うわりには書類などを持っている様子もなく、サイードは苦笑いして、何やら小さな瓶をゆらゆらと揺らしてみせた。


 見覚えのある小瓶だ。何だったか、と考えて、以前オーリたちに預けられたひったくりからの押収品だと気付く。

 蓋を閉め直された小瓶の中身は空っぽで、何が起こったのかすぐに予想がついた。


「押収品の棚に置いてあったんですけど、隊員の一人が勝手に飲んじゃったんです。そう問題にはされないでしょうけど、罰則は言いつけてありますから」

「あー……了解した。任せる」


 何となく受け取った小瓶を弄びながら、イアンは渋い顔をした。


 遺失物は引き取り手が来ないことも多く、こういったちょっと高級そうな酒なんかだと、勝手に飲んだり売っぱらったりする部下がいて頭が痛い。

 重大事件の証拠品というわけでもなく、たかだかひったくりから取り上げたものなら、確かにサイードの言う通り、大した問題にはならないだろう――と言うか、問題にしていては切りがない。


 仕事に戻るというサイードを見送って、執務室のドアを閉める。

 空っぽの小瓶の始末をどうつけようかと、明かりに透かして見た時――ふと違和感を覚えて目をすがめた。


「………………?」


 流麗な文字で飾られたラベルの下にもう一枚、一回り小さい紙が貼り付けられていた。


 中身があった時は、酒の色に邪魔をされて分からなかったのだろう。

 少しだけ迷って、イアンはどっかりとデスクに座り、出しっ放しになっていたペーパーナイフを手に取った。


 どうせ引き取り手の来なかった瓶だし、その中身も今日失われたのだ。

 好奇心に身を任せることにして、彼はペーパーナイフの切っ先をラベルの端に当てがった。




※※※




 翌日の空は、抜けるように青い快晴だった。

 たなびく白い雲のさ中を、ぽっかりと浮いた一抱えほどの雲がすいすいと泳いでいくのが見える。


 楽器を打ち鳴らし、陽気な歌声を張り上げて響く賑やかな音楽は、まるで青空をも華やかに彩るようで、春告祭を楽しむ人々の笑顔を呼んでいた。


 今しも美しく澄んだ歌声が、最後の一音を惜しむように、高く高く大空に響いて消えていく。

 生まれてこのかた薔薇の朝露と菫の花蜜しか口にしていません、と言われたら信じてしまいそうなほど妖精じみた歌声に、ほう、と溜息をついたのはどの客か。

 額に汗を滲ませた歌い手が一礼したのを合図に、集まった観客たちから爆発的な拍手が湧き上がった。


「――うわぁ、どの歌も素敵だったけど、最後のは特に凄かったねぇ。思わず飴舐めるのも忘れちゃってた」


 賑わう街中に突貫で作られた小さなステージ、細い肢体に纏わりつくようなスパンコールを散らした黒いドレスの美女は、たった今惚れ惚れするような美声で観客を魅了した時の雰囲気から一転し、背後の楽団と一緒に満面の笑顔で手を振っている。

 手が痛くなるほど夢中で拍手をした後、設置された籠目掛けて小さなコインを投げ入れたオーリは、隣で今もぱちぱちと拍手を送っているラトニにうっとりと話しかけた。


「はい。今の時期の芸人は玉石混交だそうですけど、この楽団は見事でしたね。音楽の教養のない僕にも分かりました」

「後夜祭には呼ばれるかな。それなら私、是非また聞きに行きたいんだけど」

「どうでしょう、それは運もありますし……でも個人的には、呼ばれてもおかしくない完成度だったと思います」


 同意するラトニの口は、思い出したように小さなパラソル型の飴を舐め始めている。

 オーリの口にも咥えられたそれは、ピンク色の飴の中に、赤や黄色のグミのような飴を混ぜ込んだ一品だ。食感の違いが面白くて美味しいが、歌に聞き入っている間はつい味わうことを忘れてしまった。


 ステージを囲む観客たちも、大凡オーリたちと同意見のようだ。

 見事だった美しかったと満足そうに囀り合う観客たちの噂話に聞き耳を立てて、オーリはカリッと飴の端を噛んだ。


「へぇ、今日はまた時間を変えて、どこかのストリートでやるんだってさ。ゲリラ公演みたいだから場所は分からないけど、行きあえたら嬉しいなあ」


 何せ、家の教育のせいでそこそこ耳が肥えているオーリにとっても、大したお捻りを出せないのが申し訳なくなるくらいの演奏だったのだ。実際周囲からは、オーリが投げたものより一回り大きいコインや、綺麗にリボンをかけられたお菓子の袋、小さな花束、キラキラ光る銀貨や金貨などが次々と飛び交っている。


 歌、楽器、演劇。春告祭は、種々の芸人があちこちから集ってくる期間だ。

 観光客が多く、祭りで財布の紐が緩むから、実入りが大きいせいもあるだろう。

 しかし一方で、己の芸を磨いてのし上がることを夢見る芸人たちの目的は、パトロンになってくれる貴族か、何よりも最終日の舞台への招待状を手に入れることである。


 春告祭の最終日は、夜を徹して盛大な後夜祭が行われる。これでもかと篝火を焚き、魔術の灯りでイルミネーションが作られ、中央の大舞台で華やかな歌や踊りが披露されるのだ。


 そうして、全日程の何より絢爛に輝く大舞台には、街で特に目を惹くパフォーマンスをした芸人たちがランダムに招致される。

 一旗上げることを夢見ながら地方で細々とやってきた多くの芸人にとっては、そうなれば一気に名が上がり、舞台報酬という名の賞金を得るばかりか王都での公演も夢ではなくなるというのだから、皆何とかしてチャンスを掴もうと必死だろう。


 きっとこの楽団もそのうちの一つであろうから、是非その願いが叶って欲しい、とオーリは思う。

 名前も聞いたことのない楽団だが、あの歌は本当に好ましかった。降るような星を散りばめた夜空の下、鮮やかな光に浮き上がる大舞台で紡がれる彼女たちの音楽は、壁と天井に囲まれた広間で教師が奏でる上品な音楽より(勿論それだって充分素晴らしいには違いないのだけど)、ずっとずっと胸を打ち付けるような精彩を放っているに違いない。


「それでリアさん、次はどこに行きましょうか。何か見たい店やイベントはありますか?」


 飴を舐め終えたラトニに言われ、オーリは口を噤んだ。視界の端で次の公演者が準備をしているのを眺めながら、うぅんと首を捻って考える。


「イベントじゃないんだけどさ、ちょっとマリーさんのバーに寄って良いかな? サラさんの様子を一目確認しておきたいんだ」

「ああ、成程。昨日、薬を浴びせた切り、イレーナさんたちの所に置いてきてしまいましたからね」

「うん。自力で帰るまではイレーナたちが見張っててくれただろうけど、やっぱりちょっと心配だから。訳ありっぽい様子がなければ、イアンさんにでもついでに回収を頼んだんだけど」

「分かりました。バーの位置は……丁度この近くですね。マリーさん、起きていると良いんですが」


 喋りながら踵を返す。

 楽団のいなくなったステージには奇抜な色合いと服装をした道化師が立ち、早くも次の公演を開始しているところだった。


 おどけた仕草をアクセントに行われるジャグリング。ナイフとデビルスティックを器用に混じえたパフォーマンスに、通りがかった子供たちや親子連れがぽつぽつと立ち止まり始める。


 少しずつ増えていく観客たちの間を縫って、二人はその場を後にした。


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