13:決着はまだ先
激烈な熱と痛みが全身を貫いて、オーリは青灰色の双眸を限界まで見開いた。
「――ッあ゛……!」
勢いのまま容赦なく壁に叩き付けられ、掠れた苦鳴が吐き出される。
恐らく雷系の一撃だろう、持ち上げようとした手足がビリビリと痺れていた。オーリの耐久力でなければ、骨の数本は折れていただろう。
「あれ、まだ意識あるんだー。威力設定弱かったかなぁ」
惚けたことを言いながら、ジルが歩み寄ってくる。激しく咳き込みながらも抵抗を示すように床を引っ掻いているオーリの傍に、殊更のんびりした動作でしゃがみ込んだ。
「こ、の……!」
縺れる舌で呻いて、オーリは途切れそうになる意識を全力で繋ぎ止めた。
激痛、熱、痺れ、目眩、激痛、激痛、目眩。本来痛みに弱い彼女の神経が泣きながら弱音を吐いてくるが、ここで意識を失えば、次に起きた時はラトニ諸共国外退去済みということになりかねない。
ふんふんと鼻歌を歌うジルの手が、オーリの額に奏醒盤を押し当てた。何かを吸い取られる感触がした後、ジルはあっさりそれを離して首を傾げる。
「あれ、なんかキミ思ったより魔力量多くないんだけど……あーそっか、常時肉体を魔力で強化する方に使ってるんだー。道理であんな動き出来たり、素手で結界壊せるはずだよー。恒久発動型なんて凄いねぇ、よっぽど高位のモノからの加護があるのかなぁ。
んー、どうしよう。一応キミも連れて……いや、でもほとんど肉体強化の方に特化しちゃってるから、それ以外の魔術適性はあんまりないのかなぁ? スキルとしては凄いけど、魔術師には向いてない感じー?」
ぶつぶつ呟きながら奏醒盤を弄っているジルに、オーリは歯軋りした。好き勝手言いやがってこの野郎……!
とは言え、ラトニのように意識を失うほどのダメージを受けないのは幸いだった。
ジルの言を信じるのなら、オーリはあまり魔力が多くない。だからこそ魔力もすぐに回復するし、雷のダメージさえ収まれば問題なく動けるようになるだろう。
ふと、ジルの表情が変わる。無気力な瞳が色を深め、ちろりと燐光が瞬いたように見えた。
「……あれ、何これ。なんか変な……んー、欠けて、るのか? や、違う、それにしては欠損が――あ、ひょっとして、『元は一つ』だったの? ラトニ君の方も何かおかしいなぁとは思ってたけどー……。じゃあ、ここまで適性に差があるのも――」
――その時。
キィン、と小さな耳鳴りがした気がして、オーリは視線を上げた。
ぶつぶつ独り言を零していたジルが、ふっと眉を顰めて口を噤み、不快そうな顔でポケットを探る。
通信機のようなものなのか、小型の箱に見えるものを覗き込んでしばらくしてから、えー、という間抜けた呟きが、形の良い唇から零れて落ちた。
「うっそー。ひょっとして、先に出た奴ら全員捕まっちゃった? 相手は誰だろう、もしかして警備隊……? 貴族らしき子供はいなかったから、貴族の私兵じゃないと思うし……。……げえ、ここにも来てる。意外と仕事する気あったんだー」
子供のように顔を顰めているジルに、オーリは顔を跳ね上げた。
警備隊が捕縛に動いた。それは現状を変えるに足る情報だ。
「――はっ――ねえねえおにーさん、あそこの副隊長と右腕はやり手ですよ。お荷物連れて逃げ切る自信はあるんですか? ここがバレてるなら、踏み込んでくるのも時間の問題だと思うんですけど」
見え見えの挑発であっても、精一杯憎たらしい顔で言いのける。少しでも揺らいでくれればと思った台詞に、しかしジルは床に這い蹲る少女を見下ろし、フフンと肩を竦めてみせた。
「心配ありがとー。でもこれ、なーんだ」
そう言ってジルが見せたのは、紫色の光を閉じ込めた小さな封珠だった。オーリが一瞬疑問を浮かべ、それから、まさか、と息を呑む。
「そ、これ転移の封珠。流石に貴重で一個しかないんだけどねー」
ジルはけろりと笑って宣言した。
「廊下には迷いの幻覚が仕掛けてあるから、仕組みに気付いてこの部屋まで来るには少しだけ時間がかかると思うよー。そんでオレは、オレとお荷物一人くらいなら、一瞬でオレの住む国に移動させられるわけー。あ、他の連中は好きにして良いよー。利用し合ってただけだし、もう用はないし。一応国を出るまでは付き合うつもりだったけど、こうなったら仕方ないよねぇ?」
「…………っ!!」
ギリィ、と奥歯を噛んで、オーリは食い殺しそうな目でジルを睨んだ。
――本格的にまずい。転移を使われたらそれこそ詰みだ。だってオーリは、この青年がどの国に所属しているのかさえ知らないのだから。
一度逃げられたら、オーリではまず追いかけられない。ラトニは連れて行かれて、道具みたいに扱われる。
ジルやジルの『上』が魔力の強い子供を探してどうするつもりなのかは知らないが、誘拐などという手段に訴えている時点で碌なものではないだろう。そもそも子供にぶっ倒れるほどの苦痛を与えて平然としているような人間を、信用なんて出来るわけがない。
じわじわと焦げ付くような焦燥が、思考を蝕んでいくのが感じられた。
ジルと名乗ったこの青年は強い。それもオーリでは敵わないほどに。
先程の雷だって、恐らくはもっと威力を上げられたに違いない。更に、部屋を覆うように網状の雷でも放たれれば、如何にオーリが敏捷だとしても回避は不可能。
では警備隊は、と思っても、やはり期待はできないだろう。
副隊長のイアンは確かに強い。けれどジルには、真っ向勝負で勝つ必要などどこにもないのだ。
今この瞬間イアンが扉を開いても、ジルは余裕で逃げられる。彼が手に持った転移封珠を発動させるには、一秒あれば事足りるのだから。
――つまりどうあっても、オーリが何とかしなければならないのだ。
唇を噛み締めて、袖口に仕込んだ虎の子の存在を確認する。
選択肢は少ない。躊躇は半秒。己が手で己が肉を抉る覚悟を、オーリは淡々とした思いで決めた。
――ピィ、と鳥の声が聞こえた気がした。
ずだんっ!と激しい音が響いたのは一瞬だった。
仕掛けたのはオーリ。両腕を使って体を跳ね上げた少女が、倒立の体勢でジルの顎を狙ってくる。
「げ、もう動けるようになったのー?」
空気を切って蹴り上げられた爪先を仰け反って躱す。慌てて身を引きながら、感心半分呆れ半分の心地でジルは呻いた。
手加減したとは言え、あの雷は大の大人でもしばらく体が麻痺するほどの効果があるはずだ。魔術で防いだわけでもなく、まともに食らった人間がここまで短時間で動けるようになるとは思わなかった。
(それでも、やっぱりまだ回復し切ってはいないようだけどー)
動き自体は先程までより遥かに遅い。若干距離があったとは言え、ジルでも避けられる程度の速度だ。
これなら結界で防御するまでもない、と思って、ジルは右手に小さな魔法陣を浮かび上がらせた。ばちりと破裂音がして、右手が雷に覆われる。
(もう少し、寝ててよねー)
そうして、ジルの手がオーリの足を払おうとした時。
ジルは己の懐に飛び込んだ少女の目が、固く瞑られていることに気が付いた。
――え――?
疑問と困惑に、ジルはぱちくりと目を瞬いて。
――次の瞬間、強烈な閃光がその視界を埋め尽くしていた。
「――――っ!?」
初めて明確に動揺を見せたジルの声を聞きながら、オーリは目をこじ開けた。
敵を怯ませるためだけに使われる閃光の封珠は、持続しない分光の強さは折り紙付きだ。既に元の暗さを取り戻した部屋の中で、オーリは即座にラトニを確保。意識のない体をしっかり抱き上げると同時に、鋭い音を立てて小石を投擲した。ジルの手から転移封珠が弾かれ、遠くで硬質な音を立てた。
「――ったー……、目ェちかちかする……!」
ジルは舌打ちして、目を覆っていた右手を外す。右手に浮かんでいた緑色の魔法陣が、音もなく空気に溶け消えた。
魔術で回復したのだろう、ジルの目は既にしっかりと焦点が合っていた。小石に打ち据えられた左手を見て一瞬だけ下唇を尖らせ、大きく後退したオーリの方を見る。
「それで、その子を取り戻してどうする気ー? 言っておくけど、ここの扉も窓もオレの許可がないと開かないよー」
不快よりもむしろ呆れの見える表情で、ジルはそう問うて――
ゆっくりと構えられたオーリの拳を見た瞬間、盛大に口元をひくつかせた。
「え。ちょ、まさか――」
マイペースに緩められていたジルの表情が、今回ばかりは流石に引き攣る。
それに構わず、オーリはありったけの力を込めた拳を無言で振り上げ――
――床そのものを目掛けて、全身全霊の一撃を叩き込んだ。
爆発でも起きたかのような轟音が、その場にいた全員の鼓膜を揺さ振った。
打撃と同時に発動させた封珠が、大嵐のような衝撃波を床への一点集中で発生させる。ビキビキと走る亀裂が、見る見るうちに床一面へと広がって――
「――――ちょっ――!!?」
「――――――っ!!!」
言葉にならない悲鳴を上げる彼らの足元で、分厚い床が瓦礫となって崩壊した。
※※※
(――う、まく行った……!)
ラトニを抱える手に力を込め、オーリは激痛に零れかける涙を呑み込んだ。
迷いの幻覚、と聞いた時から仮定を立ててはいたのだが、どうやら正解だったようだ。
ジルの魔術で封じられていたのは、やはり扉と窓だけだったらしい。もしも床や壁まで魔術で強化されていたなら、この方法は通じなかっただろう。
このままではジルを逃がしてしまうと判断した時、まずオーリは自身の役目を、ラトニの保護と、ジルに転移封珠を手放させることの二点に絞った。
だって、それさえ果たしてしまえば、後は任せてしまっても良いのだ。何せ現在この館には、それを専門にする人間たちが複数到着しているのだから。
オーリの手札は、閃光の封珠と、衝撃波を生み出す封珠と、無自覚に魔力で強化していたらしい自身の怪力。
床を破壊する際、腕力で足りない分を衝撃波で補ったせいで、至近距離で余波を食らった右手はぼろぼろだったが、これはもう仕方がない。あの憎たらしい青年のユル顔を引き攣らせてやれるのなら、腕の一本や二本はへし折れても良いような気分だったのだ。
(あー、でも、テンションに任せてはっちゃけ過ぎたような気がせんでもない……)
けれど、怪我も、後始末も。手段を選ぼうなんて、後先考えていられなかった。ジルに勝てないオーリには、これしか方法が思いつかなかった。
痛みと出血で意識が朦朧としてくるのを感じながら、オーリはひたすらラトニを抱き締める腕に力を込めた。
ジルは、『自分ともう一人』くらいならすぐに転移できる、と言っていた。逆に言うなら、こうして自分がラトニにしがみ付いていれば、重量オーバーの荷物を抱えて行くのは難しいということだ。
瓦礫と共に落下していく下階に複数の驚愕した気配があるのを感知して、オーリは今度こそ意識を暗闇に投げ出した。
※※※
――随分思い切ったことをするなあ。
その発想と、それを可能とする少女の技量に感心しながら、ジルは魔術を構築し始めた。瓦礫の中を落ちていく彼の周囲には、次々と輝く魔法陣が浮かび上がっていく。
オーリと呼ばれるあの少女は、どうやら階下に集まっていた警備隊員たちにその身と命を賭けたらしい。
転移封珠がどこかに行ってしまったせいで、ジルは一瞬で姿を消すことが出来なくなった。ならば驚かされた意趣返しに、この場にいる連中残らず薙ぎ払って行ってやるのも良いだろうと思いながら、彼は薄い唇に笑みを刻む。
(ラトニ君だけでも良かったけど、やっぱりオーリちゃんの方も連れて行って良いかも知れないなぁ。ここを全部片付けた後で、ゆっくり転移封珠を探せば良いしー)
出力が低い持参の転移封珠は、基本的に一人移動用だ。けれどジルくらいの使い手が魔力を補えば、『荷物二人』を抱えて転移することも決して不可能ではない。
大きな瓦礫の向こうに、固まって落ちて行く二人の子供の姿が見えた。にんまりと笑みを深めたジルの背後の魔法陣から、木の根のようなものが伸びる。それは瓦礫を押し退けてオーリたちに接近し――
――金属を叩いたような固い感触と共に弾かれた。
「――え?」
一瞬何が起きたのか分からずに、ジルはぽかんと口を開いた。
完全に気絶している少女と、少女に抱き締められた少年を、透明な何かが覆っている。それが小さな結界であることを悟った時、ジルはまだ当分目覚めないはずの少年が、少女の腕の中からじっとこちらを見つめていることに気が付いた。
(なんで、もう目が覚めて――?)
活動可能レベルになるまでの回復時間は、奪われた魔力の量に比例する。あの少年から奪った魔力量なら、新たに外部から補充しない限り、確実に当分は起きられなかったはずだ。考えられるとすればオーリだが、自身が魔力を使っているということさえ知らなかったらしい彼女に、魔力の補充なんて高等技術を的確に実行できたとは思えない。
前髪の隙間から見える琥珀の視線が、ジルのピーコックグリーンと交差する。その瞳が一瞬金色に輝いたような気がして疑問の声を上げようとしたジルの視界を、その時何かが小さく掠めた。
夜闇に溶け込む、水色の何か。
パサ、と羽音を立てながら、小さな鳥がジルを目掛けて突進していた。
「――へ?」
瓦礫を器用に避けながら、小鳥は真っ直ぐにジルの懐へと飛び込んでくる。
何の攻撃性も感じられない、小さな、けれど濃厚な魔力を纏った鳥。
その小鳥の嘴に、丸い何かが咥えられているのを悟ったと同時に。
間抜けな声を最後に残し、ジルの姿はその場から消失していた。
※※※
ぼよんっ!という緊張感のない感触が、柔らかい弾力となって小柄な体を受け止めた。
大量の水を固めてクッションを作り、無事に階下への着地に成功したラトニは、もぞもぞと身を捩ってオーリの腕の中から抜け出した。完全に意識のないオーリの顔色を確認し、顔を上げる。
(……やれやれ、何とかなりましたか。魔力のストックが無ければ危なかったですね)
月を想わせる金色から元の琥珀色に戻った視線を、周囲のあちこちに巡らせて。
ジルの姿が確かにこの空間から消えていることを確認し、ラトニは深々と息を吐いた。
ラトニの使うこの小鳥は、ある程度自律行動をする監視カメラであると同時に、全身をラトニの魔術によって作り出された使い魔の一種だ。
――つまり、ラトニから切り離された魔力の塊。
実のところ、ラトニが意識を取り戻したのは、オーリが閃光封珠を使った直後だった。閃光に紛れて体に戻ってきた一匹を取り込むことで魔力の補充をし、最低限活動できるだけの回復を行ったのだ。
(外に出ていた鳥は、オーリさんに張り付けていた一匹と、館内の探索に回していた一匹の計二匹。とは言え、普通に戻したのでは確実にジルが気付きますから、タイミングが難しかったのですが……)
命無き小鳥は、ラトニの命令には正確に従う代わりに、自ら複雑な思考をすることは出来ない。奏醒盤で魔力を奪われて気絶する間際、繋げている魔力回路を通した命令の変更が間に合わなかったら、そこで手詰まりになっていただろう。
館に到着したオーリの道案内をする所から、ラトニの最初の魔力補充を行うまでを担当したのが、館の探索をさせていた方の鳥。
回復してからは、続けて気絶した振りをしながら、オーリの行動に合わせて動いた。
床をぶち抜いたオーリが意識を失うのを確認し、ジルからの攻撃に備えて、警備隊から預かってきたまま使っていなかった結界封珠を発動。
その間に、オーリに張り付けていた方の鳥が密かに動き、元はジルの持ち物だった転移封珠を探し出す。
転移封珠を咥えてジルの元へと鳥が飛べば、後はジルの懐で封珠を発動させれば良い。封珠はジルと小鳥を纏めて転移させ、最早脅威は戻ってこられない。
(魔力のストックまで纏めて転移させてしまったのは少し勿体ないですけど……まあ、仕方がないですね)
覚えのある気配が複数、騒がしく呼ばわりながら近寄ってくる。結界の外側を濛々と覆う土埃に顔を顰めながら、ラトニはオーリの手に触れた。
随分と酷使された彼女の右手は、あちこちの肉が抉れて血塗れだった。その手を青い水が包み込み、ゆっくりと傷を癒していく。
(完治させるほどの腕がないのが心苦しいですが……まあ、これくらいに治れば、使用人たちの目も誤魔化せるでしょう)
どうやら『派手に転んだ』で誤魔化せる程度に傷が治ったのを確認して、ラトニはもう一度オーリの傍に寝転がった。素知らぬ顔で彼女の腕の中に潜り込み、疲れたように一息つく。
今回は、お互い随分と危ない橋を渡ることになってしまった。一歩間違えれば揃って連れ攫われていたし、そうなれば自分たちがどんな目に遭っていたかは想像に難くない。
――もしもオーリに警備隊が失態を犯したことを教えなければ、オーリはこんな無茶をしようとしなかったのだろうか。ラトニはそう考える。
(あの時は、ただのごろつき程度しかいないと思っていましたからね……。この街で過去幾らでも起きてきた安い犯罪に、僕の手に負えないレベルの相手が関わっているなんて予想できるわけがない)
今更悔いても仕方のないことだとは分かっているが、初めて自身の犯した明確なミスに、ラトニはひっそりと眉を顰めた。
自分を過信していたつもりはなかったが、予想外の大物が出て来たとは言え、あまりにもあっさりと無力化されたことは非常に苦い経験である。今回は運が良かっただけだ。あの青年が再びラトニたちの前に現れた時、勝てる確証は微塵も感じられない。
もしも少しでも何かがずれていたらと思うと、ラトニの背筋を寒いものが駆け抜けた。
たとえ千人の人間が救われようと、その代償がオーリの命だというのなら、ラトニにとっては高過ぎる。天秤にも載せられない取引を、持ちかけてきた人間すら殺してやりたくなるだろう。
(しかし、如何にもきな臭くなってきましたね……。オーリさんのリスクを減らすために影で補助するのが僕の役目だと思っていましたが、これではいつそれだけで済まなくなるかも分からない)
焦燥の滲む声で二人を呼ぶイアンの声が、もう間近まで迫っている。
音もなく結界を解き、そうして再び魔力を使い尽くしたラトニは、土埃の中、静かに意識を失った。
最後に、オーリを傷付けたあの薄金の青年の姿を、記憶の奥にしっかりと刻み付けて。
※※※
周囲の光景が、瓦礫に囲まれた夜闇から見覚えのある部屋の中へと一瞬にして変化して、薄金の髪の青年はがりがりと頭を掻いた。
「うーん、やられちゃったなー」
呟くジルの目に怒りはない。困った困ったと言いたげな表情には、また元のやる気無さげな色が取り戻されていた。
「あれやったの、多分ラトニ君の方だよねぇ? 無理やり封珠を発動させるほどの力があるとは思わなかったよー。あー、当分あの国には行けないのに、また上司に怒られちゃうなぁ」
溜息一つ、身を翻す。繊細な縁取りを施された分厚い絨毯が、無粋に汚れた靴を柔らかく受け止めた。
「――まあいっか。きっとそのうちまた会えるしねー」
ピーコックグリーンの双眸を、いっそ無邪気に光らせて。
にんまりと吊り上がった青年の唇は、三日月のように綺麗な弧を描いていた。