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いつか見る果て  作者: 笠倉とあ
シェパ・春告祭編
126/176

121:小さなオレンジの飴玉は手のひらの中で溶けました

 昔の人はこう言った。


 ――感情任せに行動すると、大体ろくな結果にならない。


 昔の人ではなかったかもしれないし、ひょっとしたら両親とか祖父母とか学校の先生とかそのあたりだったかもしれないが、まあそんなものは些細な問題である。


 重要なことはただ一つ――感情任せの迂闊な行動のせいで、まさに己こそが、相棒の発狂スイッチをエクストリーム連打してしまったという事実なのだ。


「やらかしたー……! 特大の地雷踏み抜いてるよこれぇー……!」


 唯一無二の相棒に、「大嫌い」と言い逃げしてから一晩が経過して。

 ラトニが発したあまりの捨て身発言に昇った血が頭から引けば、次は己の発言の迂闊さがじわじわと胸を満たしてくる。


(刺さってる……。絶対やばい感じに胸の真ん中ブッ刺してる……)


 真っ青な顔で虚空を見上げ、枕を抱え込んでベッドに転がったオーリは、己が投擲した言葉の刃を反芻してズキズキと痛む頭を抱え、濁音を満載にした呻き声を絞り出した。


 小学生の捨て台詞だなどと言うなかれ。それを発したのがゼファカあたりならラトニは鼻で笑うだろうが、ことオーリの発言ともなれば、その短い一言は対艦攻撃用トマホークにも勝る破壊力を持ってラトニのメンタルを撃沈するのだ。


(一晩距離を取って、ラトニの頭が冷えてるなら良いんだけど。でも、あんまり期待はできないな……せめて留まって話を続けてさえいれば、ショック療法に切り替えることもできたかも知れないけど)


 自覚はある。あの時、オーリとラトニは完全に冷静さを失っていて、互いに言葉を選ぶ余裕がなかった。


 怒りに我を忘れたラトニが言ってはならないことを言ったのは確かだが、それでオーリが取った捨て台詞と言い逃げは、それはそれでいかにも幼稚で情けない。

 精神年齢が肉体年齢に引きずられるという説は本当のようで、今更悔いても時は戻らぬと分かっていながら、こうして一人で煩悶する羽目になっているのだ。


(……放置してる間に思い詰めてたら、どうやってメンタルケアしよう……)


 ごく、と唾を飲み込んで、オーリは青ざめた顔で自問する。


 予告期間ゼロで婚約宣言をし、キレられキレ返して殴り飛ばし、面と向かって大嫌い発言をした挙げ句、アフターフォローもせずにダッシュで遁走。

 救いようがない。わりと真剣に救いようがない。


 いつまで悩んでも答えの出ない難問に困り果てたので、とりあえずオーリは己の脳内からできるだけ頭の良さそうな人格、博士オーリと、それに対応する生徒オーリを召喚してみる。

 ぼふん、と煙を上げて出現した、白衣に博士帽とグルグル眼鏡を装備した博士オーリは、キリッと指し棒を振りながら、セーラー服姿の生徒オーリに向かって授業を開始した。


『まず何よりも、現在の状況を確認することが大切です。分かりやすく数式で表現してみましょう。

 X=ラトニ、Y=オーリとして、極限値Yを考えます。Xが限りなくマイナス無限大(絶望の深淵)に近付いていく条件下で、Yの行き着く先を求めなさい』

『はい先生! その場合、Yは限りなくゼロ(DEATH)に近付くという式が算出されます! この方程式は確定的に成立します!』


 ――まるでダメじゃねーかァァァァァ!!!!!!


 元気良く挙手して悪夢のような解答を叩きつけてくれた生徒オーリと、使用済みの割り箸よりも役に立たない博士オーリに、オーリ(オリジナル)は力一杯背負い投げをぶちかました。

 ギャンギャン吠えて抗議するコピーオーリたちを再度脳内空間の奥深くに蹴り込んでおいて、ぐああと呻きながらベッドに突っ伏す。


(て言うか私、この先ちゃんとラトニに会えるのかな? 私が屋敷を出た時は、ほとんどラトニから察して接触してくる……つまりラトニは、日常的に私の行動を監視する手段を持っている。要するにその手段が術人形なわけだけど、それを逆用されたら、当然私を避けることだって可能なわけで……)


 鼾をかいて居眠りする猪のような唸り声を上げながら、ごろりごろりと何度も寝返りを打つ。シーツの海でどんなにもがいても、徒らに皺が増えるだけで、正答に辿り着けるわけもないけれど。


 会いたくない、と思われたら最後、リアルタイムで居場所を監視されるオーリはラトニに接触することができない。

 いや、会いたくないで済むうちはまだマシだ。もしもさらに拗らせて、「会いたくない」が「斯くなる上は」になろうものなら。


(………………殺しに来たらどうしよう)


 勿論、心中なんて最悪の最終手段、流石のラトニも早々取ってくるとは思わない。

 しかし、「あなたさえいれば良い」と常々公言している少年の、執着の対象である当のオーリに拒絶されたショックが、もしも一周回って狂気の発露と開き直りに至ったら――


「………………」


 真顔のまま、オーリはベッドから転げ落ちた。無言でしばらく倒れ伏した後、ダァンッ!と唐突に床を殴りつける。


「――あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!! 正解の選択肢が分かんない!!『逃げる』と『戦う』と『土下座』と『死んだフリ』のどれを選べば破滅ルートを避けられるの!? 誰か参考書に恋愛小説貸してよぉぉぉ! 底無し沼並みのドロドログチャグチャ状態から綺麗でクリーンなハッピーエンドに到達するやつー!!」

「お嬢様!? 何事でございますかお嬢様ー!?」


 廊下を通りすがったメイドが混乱の流れ弾を食らって激しくドアを叩いてきたので、オーリは慌てて「うわあ昼寝してたらすごく怖い夢を見た! 慰めてもらいたいからアーシャ呼んできてー!」と叫んだ。

 どうやら私室への入室権限がない下っ端メイドだったようで、ドアを開けてオーリの様子を窺うこともできない彼女が焦りも露わに走り去っていくのを確認してから、椅子によじ登って「ひふー」と息を吐く。


(とにかく、まずは何としても会話に持ち込むことが重要だ。次にラトニに会う時までには、詳細に説得方法を考えておこう。

 顔を合わせた瞬間から、一秒たりとも油断はできない。ラトニの表情によっては即断で土下座して、たとえこの額をカチ割ってでもこっちのペースに持ち込んでやる……!)


 よく考えれば非常に情けない決意を、無線機の前で人質救出に当たる直前の犯罪交渉人(ネゴシエーター)のような表情で固めながら、オーリはぐっと拳を握り締めた。


 同時に、コンコン、とノックの音がして振り返る。早口でオーリの名を呼ぶ声にアーシャが来たのだと理解して、振り乱した髪をさかさか整えながら「どうぞー」と声をかけた。


「オーリリアお嬢様? 怖い夢を見てしまってひどく怯えていると、メイドに聞いたのですが……」

「あ、うん、そうそう、怖かったの。ほんと思い出しただけで戦慄するほどやばい現実、間違えた悪夢だった。忙しいのに呼びつけてごめんね、アーシャ」

「いいえ、お嬢様のためならアーシャはいつでも飛んで参りますよ。……お顔の色は悪くないようですね」


 ニコニコと微笑んで額に手を当ててくれるアーシャが慈愛に溢れ過ぎて涙が出てくる。思わず「アーシャ大好き」と縋り付きかけた瞬間、眼球の代わりに枯れ井戸を埋め込んだような真っ暗闇の双眸でじっとこちらを見つめるラトニの幻がアーシャに重なって、オーリはビキッと凍り付いた。


「お、お嬢様!? どうなさいました、突然顔色が真っ白になりましたよ!?」

「あ、ああああああ、何でも、何でもない、全然まったく何でもないヨー」


 悪霊でも取り憑いたかのようにガタガタ激しく震えつつ涙目で首を横に振るオーリに、アーシャまで青くなって慌て出す。悪霊ではなく生霊なら本当に取り憑いているかも知れないが、その辺りの事情をアーシャは知らないので、常識的に急性の病を疑ったようだった。


「悪夢を見たストレスで熱が出たのかしら。これは、この後のお茶会は控えて医療師を呼んだ方が良さそうですね……。

 ノウラ、急いで執事長に伝えて頂戴。申し訳ないですが、オーリリアお嬢様は体調がお悪いようなので、本日はお引き取り頂けるようにと」

「えっ、待ってアーシャ。お茶会って何のこと? 今日は何か予定があったっけ?」


 手早く指示を出しているアーシャの袖を、我に返ったオーリが慌てて掴んだ。

 アーシャがオーリを振り向いて、まあと困ったように眉根を寄せる。


「まさかお嬢様、旦那様からお聞きになっていないのですか? 今日の午後は例の公爵家の、リーゼロッテ様がご訪問なさるというお約束に――と言うか、ついさっき到着されたところだったのです。昨夜には先触れが来ていたのを旦那様が、自分がお嬢様に伝えておくからとメイドを制止なさったのですが……」


「〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっっ!!!!!!!!!?」


 とんでもない報告を聞かされて、オーリは今度こそ一切の遠慮なく絶叫した。


 念のために言っておくが、父には昨日からずっと顔を合わせていない。

 あのバカ親父様、うっかり伝言忘れたまま外出しやがったな!



オレンジの花言葉……花嫁の喜び、清純。




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