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いつか見る果て  作者: 笠倉とあ
シェパ・春告祭編
124/176

119:急転直下型人生

 警備隊詰所を出た後はしばらくラトニと一緒に催し物や屋台を冷やかして回り、日が高いうちにブランジュード邸に戻ると、父はまだ屋敷に帰っていなかった。

 最近は日課のようになっている、精霊ルシアの住む小塔に続く階段を観察し、今日も階段を登れなかったことを確認してから自室に戻ったオーリは、まず近隣諸国の国交と情勢について言い付けられたレポートを仕上げてしまおうと机に向かった。


 春告祭期間ということで減った授業数は、そのまま宿題量となってオーリに課せられている。

 書庫から引っ張り出してきた書籍を捲りながらガリガリとペンを動かした後、最近授業の始まったダンスのステップを一人で復習。それから淑女の嗜みとしてアーシャに教わっている刺繍を地道に進め、ジョルジオから教えられた薬学のメモと、図書室の薬草図鑑を照らし合わせながらブツブツ読み上げて記憶していく。


 ようやく一通りの予定が終わるともう太陽は随分と赤みを増していて、ペンを放り投げたオーリは勢い良くベッドに突っ伏した。


 もぞもぞ身動ぎしながら、ベッドサイドに並ぶぬいぐるみの、適当な一つに手を伸ばす。

 引き寄せてから気付いたが、それはつい二月前に贈られた、柔らかな兎のぬいぐるみだった。

 モカブラウンの毛皮にロップイヤーのような長い耳、くるりと大きな青い目をしたそれは、オーリにとって殊に複雑な思いを向ける対象だ。


 ――翠月夜の騒動。父オルドゥルがオーリを魔力に覚醒させようとして引き起こした出来事は、未だ記憶に新しい。


 それは、父が何か明確な目的を持って――恐らくはブランジュード家そのものとは関連の薄い目論見のために彼女を育てようとしているのだと、彼女が察した切っ掛けでもあった。

 あそこまで大事になったのは父の意図せぬところとはいえ、ノヴァの手で己の精神の深層世界に落とされて、狂った魔力回路を繋ぎ直すことができなければ、己はあの遺跡で死んでいたかも知れない。


 そして、もう一つ。深層世界で帰還する時に手に入れたオーリの知らない記憶の欠片。


 ――約束、って何なんだろう。


 あの時触れた、日本の――『鷺原桜璃』のものではない記憶。掴み損ねた靄のような記憶だったけれど、その根底に見たのは確かに彼女の相棒の存在だった。


 小塔の天辺でルシアに教えられた、抹消された『二回目』の存在。オーリが覚えていないかつてのどこかで、ラトニと二人、交わした約束。

 初めて会った時からずっと異常なほどオーリに執着しているラトニの態度が、掴み損ねた記憶と『約束』が示す何かに起因しているのは確実だろう。

 とは言え、何度記憶を漁っても思い出せないのでは意味がない。


(単に忘れてるって感じじゃないんだよな。日本――前々世のことは問題なく思い出せるのに、前世に関してはほとんどできない。まるで何かに妨げられている感覚――否、実際にそうなのか?)


 その場合、妨げている『何か』の正体によっては、記憶を取り戻した『後』にこそ厄介なことになるだろう。


 例えば、オーリが覚えていない何者かの仕業。

 例えば、転生を繰り返すに当たってたまたま起きたイレギュラー。

 例えば、前々世と合わせて増え過ぎた記憶を、キャパシティオーバーにならないよう調節するための自己防衛。

 ――例えば、他ならぬオーリ自身。


 個人的に、一番懸念しているのは最後のパターンだ。苦痛と重みに耐えかね、無意識のうちに封じなければならないほど悲惨な記憶であるとするなら、それを思い出すことは自らの心を抉るに等しい。


(それでも、そこに唯一無二の相棒が関わっている以上、避ける選択肢は取れないんだけど)


 遺跡で交わした短い言葉を聞く限り、ラトニ当人はその『約束』をはっきりと覚えているようだった。

 是非にもオーリに思い出して欲しい、けれど自らの意思でそれを成すのでなくては意味がない、恐らくは大切な、何を引き換えにしても守らなければならなかった約束。


「あー……! 今ルシア様に会えれば、もうちょっと何か掴めそうな気がするんだけど……!」


 誰かヒントをくれ。切実に!

 がしがし頭を掻き毟り、オーリはぬいぐるみの兎の腹に顔を埋めて唸り声を上げる。モフモフ柔らかな毛皮が瞼や頰に当たって、もどかしい気持ちを追いやるようにぎゅっと目を閉じた。


 思い出せそうで思い出せない、指の間からするすると逃げていくような記憶の残滓は、しかし完全に消え去ることもなく、広げた手のひらの上をもやもやと漂っている。

 書庫を漁って答えが見つかるものなら一ヶ月だって籠ってやるものをと思いながら、彼女はごろんと仰向けに転がった。


 見慣れた天井は目につかない四隅にまで可愛らしい小鳥の細工が施されていて、ぼんやり見上げるオーリをじっと見下ろしている。

 しばし彫り込まれた小鳥の瞳と見つめ合っていると、コンコンとノックの音が聞こえてきた。


 応じたオーリが許可を出すと、いつものようにアーシャが入室してくる。


 窓の外はほとんど日が落ち、室内は薄暗くなっていた。

 天井に埋め込まれた封珠の灯りを灯し、アーシャは起き上がったオーリに微笑んで一礼した。


「お休みでしたか、お嬢様?」

「ううん、ごろごろしてただけ。お父様はもう帰ってきたの? お母様は帰ってきた?」

「はい、二時間ほど前に。奥様は、残念ながら今日はお帰りにならないそうですわ」

「そっか。お父様が戻ったのなら、挨拶に呼んでくれればよかったのに」


 あざといと言われようが屋敷の者の前では、オーリは子供らしく両親を慕う言動を欠かしていない。

 栗鼠のように頰を膨らませてむくれてみせる少女に、アーシャは申し訳ございません、と口に手を当てて柔らかに笑った。


「旦那様に止められたのですよ。家庭教師から沢山宿題を出されているでしょうし、夕食の時に会うのだから呼ばなくて良いと。お嬢様、宿題は進んでおりますか?」

「うん、ちゃんと期日には間に合うよ」

「お偉いですわ、よく頑張っておられるのですね。

 ……ところでお嬢様、本日はお客様がいらっしゃっておりまして、夕食をご一緒されるとのことですよ。ですので、少々フォーマルな衣装に着替えて頂きたいのですが……」

「お客様と同席? 珍しいね」


 珍しいというか、初めてだ。オーリはぱちくりと目を瞬いて、放り出したペンやインク壺を片付け始めるアーシャを目で追った。


 普段オルドゥルはこの屋敷で晩餐会など滅多にしないし、したとしてもオーリは参加せず、毎回一人で夕食を取る。

 もしや本格的な社交界デビューに向けて、近しい貴族から顔合わせが始まったということだろうか。考えてみれば僻地に住んでいるわけでもなく、八歳の祝福もとうに終えた侯爵家令嬢が、友人一人おらず屋敷に引きこもっているというのは、少々閉鎖的に過ぎるかも知れない。


「うん、じゃあ服選びは任せるよ。あんまりごてごてしてなければ何でも良いからさ」

「畏まりました」


 初めからそのつもりだったのだろう、頷いたアーシャは早速巨大なクローゼットの中を漁り始める。

 お客様の前で恥をかくわけにはいかないと、オーリは家庭教師に習ったマナーを急いで頭の中で浚い始めた。




※※※




 一度はチェリーピンクに決まりかけたチュールスカートのワンピースは、初めての晩餐会ということで、やや大人びたセルリアンブルーのものに変更された。

 ドレープフリルの袖は、間違っても皿に触れたりしないよう短めに。優美な花の刺繍がこれでもかと施されたデザインは、少し手を加えれば大人の令嬢にも歓迎されることだろう。


 結い上げるには幾分長さの足りない髪を軽く編み込み、花飾りのついたコームで綺麗に纏める。

 派手ではないが本物の宝石がついた首飾りと、金釦で留める華奢な布靴で装えば、一見風にも当てたことのないような可愛いご令嬢の完成だ。


「初めまして、ガルシエ様。ブランジュード家長子、オーリリアと申します。お父様の大切なご友人にお目にかかれて光栄です」


 未だかつてここまでめかし込んだ姿でこのテーブルに座ったことはないだろうと確信しながら、オーリは殊勝な態度でオルドゥルと、紹介された客人に礼をした。

 流石に動きは固くなったが、緊張しているのだろうと微笑ましく見逃してもらえ、内心安堵の息を吐きながら白い皿の並べられたテーブルにつく。


「しかし、本当に愛らしいご息女ですね。ブランジュード候が秘蔵にするのも頷ける」


 テーブルの向こうで銀色に輝くカトラリーを手に礼儀正しく笑うのは、ついさっき紹介を受けた若い男だった。


 南方領主の一人、アーロイス・ガルシエ。

 貴族らしく整った容貌を持ち、落ち着いたキャラメル色の目で笑う彼は父より大分若く、二十代後半くらいに見える。

 自身の上役に当たるオルドゥルの前だからかも知れないが、口調は丁寧で傲岸さの欠片もなく、もしもスーツでも着ていれば、大企業の若き重役と言われても納得できただろう。


「そうだろう、この子は妻によく似た顔立ちでね。将来はきっと、瞳の青がよく似合う美人になる」

「そう言えば奥方も、昔は求婚者が列を成したと噂の美貌でしたか。可愛い一人娘となれば、人目に触れさせるのはさぞかし心配でしょうね」

「一度だけ王都の夜会に出席させたがね。あれにはガルシエ卿も参加していただろう」

「ええ、ですがあの時はタイミングが悪く、ご息女にご挨拶することはできなかったのですよ」


 密かに楽しみにしていた恒例の肉饅もどきスープは、基本的に家族の集まりで食べるものなので、外部の客を招いた晩餐会では出てこない。

 代わりに出された蕪とトマトのシチューを啜りながら、オーリは歓談するオルドゥルとガルシエをじっくりと観察した。


(人当たりは良さそうに見えるけど、ここでの態度だけじゃ、まだ確定はできないな。普通に話が弾んでるあたり、父上様と友人関係ってことは社交辞令じゃない? ただの仕事仲間にしては、父上様も結構気を遣ってるみたいだし)


 オーリが付いていけない話をしないよう注意しているらしく、耳をそばだてればオルドゥルたちの会話は存外興味深いものだった。


 王都の噂話、最近他国に婿入りした貴族の話、新開発された薬の話、数代前の王族が作った流麗な別荘や果樹園の話。特に彼らが通った王立学院での昔話は、世代が違っているから色々違った風習の話が聞けて面白い。


 香草を効かせた仔羊のローストが運ばれてきた辺りで、ガルシエがオーリに話を振ってきた。


「オーリリア嬢も、いずれは学院に行く予定なのでしょう? どのような専科に進みたいと思っておいでですか?」


 丁度付け合わせのポテトを口に入れたところだったオーリは、瞬きをしてガルシエを見返した。ゆっくりとポテトを飲み込んでから、考えるように小首を傾げてみせる。


「学院のこと……は、まだ家庭教師にもあんまり話を聞いていないから、よく知らないんですけど。今のところ私は、魔術関係の学科に進みたいと思っています」

「魔術師学科か、魔術研究学科あたりですか。お淑やかなお嬢様と言えど、やはり幼い子供は魔術師に憧れるものなのですね」

「はい、勿論。魔術ってとっても格好良いですよね」


 にこりと笑うオーリに、ガルシエも納得したように頷いてみせる。オルドゥルがロースト肉を切り分けながら、穏和そうな目をゆったりと垂れさせた。


「道具の補助なしで大きな魔術を使えるほどの人間は滅多にいないがね。やっぱりオーリリアは魔術師になりたいのかい」

「はい。昔話に出てくるような凄い魔術師になって、世界中を冒険してみたいんです!」

「はっはっはっ、大きく出たな。凄い魔術師、というとなんだい、アウグニス神国の伝説にあるような?」

「それもですけど、ええと、何て言ったかな。ああ思い出した――――『蒼柩』です」


 その言葉をさり気なく落とした時、微かに色を変えたのはガルシエの方だった。

 口を噤むガルシエには視線も向けず、オルドゥルは表情一つ動かさないまま会話を続ける。


「世界中を冒険したいなんて、オーリリアは存外お転婆だね。ところで『蒼柩』なんて言葉、一体誰に聞いたんだい?」

「図書室で見たんです。どの本だったかは忘れちゃったけど、凄く強い魔術師だって。ガルシエ様は、『蒼穹』ってどんなものなのかご存知ですか?」

「災厄そのもののような存在ですよ。オーリリア嬢のような可愛らしいご令嬢が憧れるようなモノではありません」


 にこやかに返された答えは、しかし切り捨てるような冷たい響きを帯びていた。


 オルドゥルがちらりとガルシエを見る。キャラメル色の目を笑みの形に歪め、ガルシエは生徒を諭す教師のようにオーリを見つめていた。


「災厄? 人間ではないんですか?」

「そんな古い言葉をどこで見つけたのかは分かりませんが、その身一つで国どころか世界を滅ぼせるような存在、人間などと呼べはしませんよ。実際、それを実行しかけた者すら歴史には存在するし、アウグニス神国などは明確に『蒼柩』を敵対存在と定めている。オーリリア嬢、人間は手に負えない怪物を自らの内に抱え込むものではありません」


 怪物ね、とオーリは思った。


 懸念してはいたが、やはり『蒼柩』に向けられる感情は負の比率が高いらしい。オルドゥルがガルシエを止める様子がないのを見てとって、この話は切り上げた方が得策だなと思考した。


「そうなんですか……。でも、普通の魔術師はそんなに怖いものではないんでしょう?」

「ええ、それは勿論。国でも貴重な人材として重用されていますよ」

「私、本当は神殿で、魔力が少ないって言われてしまってるんです。でもやっぱり諦められなくて……大人になったら魔力が増えることもあるんでしょう?」

「何を言いますか、オーリリア嬢ならば問題ないでしょう。目出度くもオーリリア嬢は最近魔力に覚醒、」

「ガルシエ卿」


 さらりと呼ばれた名前に、ガルシエが滑らかに動かしていた舌を急停止させた。


 カトラリーを動かす手までも完全に凍らせたガルシエに、たった今ひどく穏やかな、けれど背筋が粟立つような何かを含んだ声を発したオルドゥルが、まるで何一つ不都合なことなど起こらなかったかのように、好々爺じみたいつもの口調で笑いかけた。


「オーリリアは魔力が少ないと言われた時、ひどく落ち込んだようでね。可愛い娘の夢を壊すようなことは言わないでやってくれないか」


 娘の夢を守りたがる親のような――けれど意味が分かる者にとっては明らかに脈絡がおかしいと思われる諫言を告げたオルドゥルに、ガルシエが数拍置いてゆるゆると頷く。

 我知らず固まっていたオーリは、オルドゥルの目がこちらを向いて、ようやくぎくりと我に返った。


 動揺を表に出さないことに、全神経を注ぎ込む。

 大人の話を理解できない子供を装ってきょとんとした目を返した娘に、オルドゥルは疑心を抱かなかったようだった。


「時にオーリリア、お前に伝言があったのを思い出したよ。実は今、リーゼロッテ様がシェパにいらっしゃっているそうだ」


 がらりと空気を変えて告げられた名前に、オーリは咄嗟にそれが誰のものかを思い出せなかった。


 とは言え、貴族社会でオーリの知り合いなど決して多いものではない。

 しばらく素で沈黙して、はっとその顔に思い当たったオーリは目を見開いた。


「リーゼロッテ様って、ファルムルカ公爵家のですか!? どうしてあの方がシェパに!」


 リーゼロッテ・ロウ・ファルムルカ。それは去年王都の夜会で出会った、磨き上げられた紅玉のような令嬢の名前だった。

 歳は確か、オーリより五歳かそこら上だったか。手紙一つやり取りしたことのない彼女が、何故わざわざオーリに伝言などするのだろう。


「春告祭に合わせて遊覧に訪れたらしい。是非ともお前と親交を深めたいから、近日訪問することを許して欲しいとのことなのだが」

「あ、はい、それは勿論ですけど。でも、なんでリーゼロッテ様が私なんかに」

「リーゼロッテ様も、一人で遠方のシェパにいらしてお寂しいのだろう。お前に外出の予定はないし、日取りについてはこちらで決めて構わないね?」

「はい、お願いします、お父様」

「何と、オーリリア嬢はリーゼロッテ様とも交流があるのですか。流石ブランジュード候のご息女でいらっしゃる」


 気を取り直したように口を挟んだガルシエに、オルドゥルも機嫌良さげに頷いた。


「夜会でたまたま話しかけられたようでね。リーゼロッテ様に気に入られたらしく、後でエイルゼシア卿からも少しばかり、この子について聞かれたよ。学院に通う時期が同じだったら、妹の良い友人になってくれたかも知れないと」

「それはまた。あのご兄妹の目は随分と厳しいと言いますが、評価を頂いたものですね」

(いつそんなことしてたのエルゼさあぁぁぁん!?)


 内心で悲鳴を上げながら、オーリはガタガタと震えそうになる手でカトラリーを握り締める。

 今初めて知る驚愕の事実。妹繋がりとは言え、実家に打診が来るほど目をつけられていたとなると、直接関わりがないことは全く安心要素にならない。


 リーゼロッテもインパクトの強い人物だったが、兄のエルゼ――エイルゼシア・ロウ・ファルムルカは、妹に輪をかけた要注意人物だった。

 王都でオーリが事件に首を突っ込んだ際にエルゼと交流を持った旅行客の「リア」と、夜会で出会ったブランジュード家令嬢の「オーリリア」は彼の中ではまだ一致していないはずだが、別れ際のエルゼの言動を考えれば、彼がリアに何かしら含むところを持っていることは確かである。

 今回リーゼロッテの前で下手を打ち、そのまま情報が兄に流れようものなら、優秀過ぎて得体の知れない彼の思考回路が、或いはリア=オーリリアの等式を叩き出してしまうかも知れない。


(まずいまずいまずい、記憶にも残らないその他大勢扱いならまだしも、エルゼさんの認識に二つの顔と名前が明確にインプットされてる状態はいかにもまずい! あっ、なんかリーゼロッテ様がエルゼさんの回し者みたいに思えてきた。王都では色々やらかし過ぎてるからなぁ……駄目だ、バレたらひたすらヤバいことになる未来しか想像できない)


 メイドが運んできたデザートの皿には果物を添えたプディングが形良く盛られているが、正直恐怖と戦慄で味が分からない。視線を泳がせながらカチカチ皿とスプーンを鳴らしていたオーリは、「聞いているかね、オーリリア」という声にぎょっと顔を跳ね上げた。


「あっ、はいっ! ごめんなさい、ぼんやりしてました!」

「考え事かい? 食卓で上の空なのは良くないよ」

「はい。ええと、リーゼロッテ様が来てくださったら、どんなお話をしようかと思ってて」

「そうかそうか。なに、あのご令嬢は寛大な方だ、気負わずよくお持て成ししなさい。

 話を戻すがオーリリア、ガルシエ卿のことをどう思う?」

「あえっ?」


 間抜けな声を上げてから、オーリは慌ててガルシエを見て、それからオルドゥルに視線を戻した。

 ニコニコとこちらを見ているガルシエのことをどう思うと言われても、


「……と、とっても紳士的でお話上手で、素敵な方だと思いますけど」


 これを訳すと「口先以上のことは分かりません」ということになるのだが、大人たちは額面通りにとって非常に満足したようだった。


「そうか、それは良かった。好印象を持っているなら、充分縁を結ぶに足るだろう」

「ええ、わたしも安心しました。ブランジュード候がわたしを買ってくださっても、当のご息女に気に入られないのでは意味がありませんからね」

「可愛い娘の将来のことだ、幸せを願うのは当然だろう」

「勿論です、分かりますとも。わたしは魔術師ではありませんが、魔術研究の第一人者でもありますから、オーリリア嬢の好奇心に応えることもできるでしょう」


 その瞬間、よく分からない何かの了解が成立したようにしたり顔で首肯し合う二人の姿を見て、オーリは急激に嫌な予感に襲われた。

 顔を引きつらせつつも恐る恐る口を開く少女を、不穏な会話を続ける大人たちがそっくりな動きで振り向いた。


「あの、お父様、ガルシエ様……何の、お話ですか?」


 ぶっちゃけ聞きたくない。聞きたくないが、聞かなかったら取り返しのつかないことになる気がする。

 ありったけの勇気を振り絞ったオーリに、オルドゥルは呆れた顔で告げた。


「お前は一体どこから聞いていなかったんだい。良いかいオーリリア、改めて言うからよくお聞き――たった今、お前とガルシエ家との婚約が決まったのだよ」


 がしゃーん。


 オーリの手から、デザートスプーンが勢いよく落下した。


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