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いつか見る果て  作者: 笠倉とあ
シェパ・閑話編
115/176

111:進撃のミニゴリラ

 オーリが利用した飛び入り参加枠というのは、どうやら別段参加料などを取られるようなものではなく、要保証人と条件はついていても、その目的は出場者の素性というより、保証人自身の名の宣伝と言った方が正しいようだった。


 そもそもこのイベントの触れ込みが町おこしである以上、第一回目の最初の参加者は、分かりやすく街の売りとなれる「この街の住人」であることが望ましい。

 なので外部の飛び入り参加者は、街にあるどれかの店を保証人とし、その名前を背負って競争会に参加する。

 勝てば優勝賞品を得る代わりに、競争会で見せた技術を保証人に無条件で伝授しなければならないそうだ。


 尤もパフォーマンスとして公衆の面前で腕を振るうことになる以上、元より技術の秘匿など考慮されていないだろうし、そもそも流出を許せないほど貴重な技術を持つ人間が、こんな小さな街の町おこしに参加したがるわけもない。

 競争会で如何なる技能を要求されるのかはまだ分からないが、オーリは地域振興には熱心な方であるし、多少の技術が流れたところで一向に構わなかった。


「それより米糠だよ米糠! まさかこんな所で出会えるなんて、これは最早運命の邂逅としか!」


 握り拳で気炎を上げているオーリに、傍らでモッチャモッチャと参加賞の飴を食べているラトニが小首を傾げた。


「ここの御領主様が、新ルシャリのご令嬢を奥方に迎えているんでしたっけ。そんなに気になるなら、あなたもお父上に強請って仕入れてもらったらどうなんですか?」

「多分駄目だと思う。縁故取引で輸入量も少ないらしいし、昨今新ルシャリの情勢の不安定さが増してるから、ウチじゃ話に乗ってもらえないよ」

「そうですか。なら、ここのコメヌカは絶対に手に入れないといけませんね」


 ラトニの言葉に頷きながら、オーリは自分の分の飴を口に入れた。

 長い木の棒に刺した飴は固めた水飴程度の硬度で、老人の喉にも詰まらないように工夫されているようだった。甘さは控えめで、熟したポウの果実の味がほんのり舌を包む。


 ここの住民たちはどうやら「外国の珍しい食材」程度の認識しかしていないようだが、オーリにしてみれば米糠は、焦がれに焦がれた漬物を作るために必要な材料だ。

 入手すれば、手持ちの瓜で漬物が――糠漬けが作れる。


 オーリはきし、と飴を噛み、世界征服への王手をかけた魔界の総統のような笑みで口端を吊り上げた。


「勿論、手に入れるよ。価値も分からない人間の手に渡るには、あの偉大なるもの(コメヌカ)は惜し過ぎる。何としても私たちが手に入れて、正しく有効活用を――あああああメッチャ歯にくっついたあああああああ!?」

「こんな柔らかい飴噛んだら、そりゃくっつきますよ……」


 美貌と頭脳と気品とカリスマを併せ持つ憧れの上司が駅前の立ち食い蕎麦屋で前歯を剥き出しにして前屈みにイカ天を齧っているところを目撃してしまった部下の如き感情の消えた目付きで、ラトニは「虫歯になるううう」ともがくオーリを眺めていた。ほんとこの人、時々吃驚するほどアホだな。




※※※




「――さあやって来ました決勝戦! ここまでの激戦を潜り抜けてきた猛者共が、今、堂々と広場に顔を揃えています! ただし二組だけですが! しかも片方は飛び入りのお子様カップルですが!」


 ジャーン、と景気良く大きな銅鑼が鳴って、観客たちが歓声を上げた。


 広場の真ん中にぽつんと佇む三人の参加者たちを前に、やたらと気合いの入った大声で司会進行をしているのは、なかなかノリの良さそうな若い男だ。マイクを片手に握り拳で実況している姿は、盛り上げる努力というより多分に本人の性格だろう。

「カップルじゃないんだけど」と呟いたオーリの訂正はノリの良い観客たちの歓声に掻き消され、「なかなか見る目のある司会者ですね」というラトニの呟きは、唯一聞こえていたオーリに意図的にスルーされた。


「決勝戦前半の部は、昨日発表されました通り、狩り勝負となります! 各々が街の外に出て、一時間以内に何らかの獲物を狩って戻ってくること! 更に後半では、それを用いて指定の料理を作って頂きます!」


 司会が白い封筒を掲げてみせる。恐らくあの中に、次のお題である「料理」のメニューが記されているのだろう。


「料理の内容は現時点では出場者に知らされていませんが、出場者の背景・街の環境などを考慮して公平に決定されています。各々、自分が扱うのに最も相応しいと思う獲物を、よく考えた上でお持ちください!」

「うおおおお、シルバーブレッドおおおおおおっ!」

「お前さんの腕を知らしめてやれー!」

「頑張れよローレックー、お前に小遣い全額賭けてんだー!」

「子供相手でも油断するでないぞー!」


 観客席は三割近くが老人の姿で埋まり、テンション高くローレックの名を叫んでいる。見かけによらず、ご老人に人気があるようだった。


「なんかアウェイ感凄いなあ……一応応援してくれてる人もいるみたいだけど」

「大穴狙いで僕らに賭けた人たちがいるみたいですね。どこで賭博の受け付けやってたんでしょう」


 好き勝手に飛んでくる歓声に晒されて居心地悪そうにしているのはオーリだけで、ラトニは存外平然とした様子で、帽子の縁を少しだけ引き上げた。

 冷静な目でローレックを観察しているラトニを、オーリは幻術に覆われた灰色の瞳でちらりと見やる。


 本来は一人で出なければならない競争会だが、オーリとラトニは年齢を鑑みてコンビ出場が許されている。

 ハラハラしながらもまともに観戦してくれているのはミュゼくらいで、つまみを齧りながら観客席にいる他の観戦客は、大半が怖いもの知らずのちびっ子たちを微笑ましがったり、野次を飛ばしたりしている連中ばかりだ。


「街主催の賭けなら違法性もないし、良いお小遣い稼ぎになりそうだね。受付場所が分かってたら、ローレックさんに賭けた?」

「まさか。――勝ちたくて出場したんでしょう?」

「その通りだよ」


 負ける気など微塵もないと言外に告げるラトニに、オーリも満足そうに笑った。


 銀の弾丸(シルバーブレッド)、なんて大層な二つ名で呼ばれている男を相手に、使う当ても分からず狩り勝負などとは正直分が悪い。

 せめてローレックについて幾分の情報でも仕入れられていればまだ思考の方向性も得られていたかも知れないものの、締め切り間際に飛び込んだせいで、ミュゼに話を聞かせてもらう時間も取れなかったのだ。


(前半が狩り勝負で、後半が料理勝負だってことだけはミュゼさんに聞いてたけど……とりあえず、なるだけ大物を狙おうか。狩ってきたものは料理の材料になるとは言え、獲物自体も採点基準に入るのかも知れない。往復込みで一時間なら、走り回って色々搔き集めるより、大物一点狙いで少しでも点数を稼いだ方が良い)


 顎に手を当てて思案する。

 ふと気付けば、丁度司会がオーリたちの保証人になった店の説明を終えたようだった。

 思考に沈んでいてよく聞いていなかったが、ミュゼの父の店――と言うと、つまりミュゼが店番をやっていた雑貨屋のことだろうか。

 いつの間にやらミュゼの隣には父親らしき人間の姿があって、厳つい筋肉に覆われた腕を組んでどっしり観客席に座り、オーリたち――ではなく対戦相手であるローレックの方を、じいっと睨み付けているところだった。流石は暴れ馬に押し勝つ男、妙に貫禄があっておっかない。


「み、ミュゼイラ……代理を立てるほど俺を勝たせたくないのか……」


 当のローレックは、果たしてミュゼ父の存在さえ視界に入っているのか分からない様子で、心配そうにオーリたちを見つめているミュゼの姿に激しくショックを受けているようだった。

 ふるふるとセルフバイブレーションを起こしている彼は、オーリたちの背後にある「若葉通り・『ジョナサンの店』代表」と書かれた看板へと視線を彷徨わせている。何やら開始前からひどい精神ダメージを受けているようだった。


 ――ジャーン!


 そんな彼らの様子にも構うことなく、広場の時計がかちりと鳴った。長針が真っ直ぐ上を指したと同時に、司会が再び銅鑼を打ち鳴らす。


「では、これより一時間! 一時間以内に広場に戻っていなければ、自動的に敗北となります! ――狩り勝負、開始っ!」


 司会の宣言と共に、オーリはラトニを背負い上げ、街の外に行くべく大門へとダッシュをかけた。

 同じく門目指して駆け出したローレックが、視界の端にちらりと見えた。




※※※




 ――それから丁度一時間後。


 きっちり時間内に戻ってきた子供たちを見て、広場は一瞬、割と重い沈黙に包まれた。


 幼い少女の肩にがっつり担がれているのは、羊より一回り小さい程度の、短耳の兎のような獣だった。


 クキュルクキュルと悲痛な声を上げるそれは、エヅメラビットという名の、この地域特有の低レベル魔獣である。

 一般サイズよりも幾分小さく、また雄よりも攻撃性の低い雌――とは言え、当然ながら子供が平然と担げるような重量ではない。


 更に、隣に並ぶ少年が抱えているのは、三匹の小さな同種の魔獣。恐らくは、少女の担ぐエヅメラビットの子供だ。


 エヅメラビットの中でも、子持ちの雌は極めて素早く、危機察知能力が高い。

 滅多に攻撃してこないため危険性は低いが、代わりに逃げの一手を打つので、仕留めるどころか捕獲となれば、経験を積んだ狩人でも手こずるだろう。


 ――そんなものを、たった一時間で。


「え、えーと……『ジョナサンの店』代表、凄いものを獲ってきましたね……。流石はあの『剛力ミスター・ロックアーム』ジョナサン・ハーディーの代理人です。流石のローレック氏も驚愕を禁じ得ない模様で、何事かぶつぶつ呟いています」

「ミュゼイラ……何処からあんな父親の分身のようなミニゴリラを……そんなにも俺を勝たせたくないのか……」

「失礼しました、訂正致します! ショックのあまり目が虚ろになっております! 幼馴染のミュゼイラ嬢、観客席におりましたら、どうか彼に暖かい一言を!」

「リアちゃんラト君、頑張ってー!」

「これは聞いていなかったのかはたまた天然Sか! ローレック氏の未来が案じられます!」


 ミュゼちゃんはローレックにだけは無愛想だからなあ、と囁き合う住人たちも、やはり四つ脚を縛られてもがく魔獣を前にして幾分引いているようだった。

 観客の大半が、折角のイベントを単調にしないための賑やかしだとしか思っていなかった子供たちの捕獲してきた予想外の大物に困惑する中、オーリはさっとローレックの方に視線を向ける。

 剛力の少女と幼馴染の冷たさに茫然としているローレックの肩には大きな麻袋が引っ掛けられていて、彼女はその中身と利用法について素早く見当をつけ始めた。

 

(シルバーブレッドの二つ名から考えて、恐らくローレックは狩人としての技能が高い。なら得意料理はやはりジビエの類いか? 袋の大きさから、獲物は野鳥か、それに近いサイズの獣。でも血の匂いがしないところを見ると、街外で捌いて切り身にした可能性もある。

 いずれにせよ、二つ名が付くほど狩りが得意なローレックが出場するなら、運営本部は確実に、ローレックの腕を最大限アピールできるメニューを提示してくるはずだ。肉質が柔らかく癖がないというエヅメラビットなら、素人の私にも勝算がある)


 オーリがわざわざエヅメラビットを狙ったのは、扱いやすそうな肉質の他に、この辺りで多く見かける特有の魔獣だと聞いたからだ。

 成程捕獲は難しいだろうが、こうして実際に捕まえてみせれば、料理に使うのみならず、獣毛を使用してミュゼ父の雑貨屋に置く小物を製作することもできる。


 町おこしのための売り物は多い方が良いだろうし、勿論料理に関しても、オーリは大人げなく前世知識をフル活用する気だった。

 煮込み? ロースト? ミンチにして香草と合わせ、餃子のように包んで揚げるか。はたまた薄切り肉で刻み茸やチーズを巻き込んで、塩と胡椒をたっぷり効かせ、二口サイズ程度に焼き上げるか。

 いずれにせよ、彼女の所有する数多のレシピは、まだまだ料理が発展途中のフヴィシュナでは、時に爆弾級の威力を持つ。


 ――完璧だ! 完璧な計算だ! この戦い、我々の勝利だっ!


(今なんか巨大な敗北フラグが立ったような気がした)


 ゲヘゲヘと悪辣にほくそ笑むオーリの傍でラトニの脳裏に天の声が囁いたが、少年は大人しく仔魔獣たちを抱え込んで沈黙を保つ。

 このまま親をシメるなら、子供だけ解放してもどうせ天敵に食われて終わるのだ。愛らしい仔魔獣たちを冷静に売り捌く算段を立てているあたり、ラトニは非常に強かな少年だった。


「あー……では、そろそろ決勝戦後半に突入します! 両者に作って頂く料理のお題は――」


 やがてようやく気を取り直した司会が、封筒をがさがさ開けながら勝負を最終段階に進める。

 既に半分がた勝った気でいるオーリが、何でも来いと言わんばかりに拳を握り締めた。司会が紙を広げ、高々と己の頭上に掲げた。


「――――『パン』です! では開始っ!」

「…………エッ?」


 ナッツを喉に詰まらせた九官鳥のようなオーリの声が、広場の中心で虚しく響いた。

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