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いつか見る果て  作者: 笠倉とあ
シェパ・閑話編
114/176

110:欲望に忠実な彼女

 とは言え、そもそも転移魔術そのものの高難度さすらも理解していれば、仮令(たとえ)失敗したとてオーリが本気の怒りや落胆を感じるわけもない。

 よくよく考えれば時折ひよっこ魔術師への教訓じみた話として聞く、転移途中で体が四散してバラバラ死体と化しただとか、【いわの なかに いる】な展開になったりすることがなかっただけ、二人の状況は大分マシだと分かっていたのだ。慈愛と寛容の化身であるオーリとしては、情状酌量の余地を認めて大人の対応を取らざるを得ないだろう。


「でも、きちんとお仕置きはするんですね」

「黙らっしゃい」


 オーリの馬鹿力で引っ張られてじんわり赤くなった頬をさすりつつぼそりと呟くラトニに、オーリはドきっぱりと言い返した。


 一応今回は、発案と失敗の責任者という意味においてはラトニに非があるが、好奇心のままゴーサインを出したという意味ではオーリにも非がある。

 諸々鑑みた結果、ラトニの頬を一分間虐待することをもって報復としたが、それとて随分と手心を加えたには違いない。もしもオーリが裏社会の住人でラトニがその部下であれば、きっと全弾装填されたリボルバーでロシアンルーレットでもやらせていることだろう。


「リボルバーが何かは知りませんが、慈愛と寛容の化身がする発想じゃないことだけは分かります。現代社会の荒んだ人心に遺憾の意」

「人間誰しも多面性があるんだよ、善良な笑顔の下には魔物が住んでんの。

 ――しかし困った……こりゃ山一つは確実に越えてるな。ラトニ、どうやって帰る? 調子が悪いなら、魔術以外の手段を考えるけど」


 思考を慈愛と寛容の化身(笑)から切り替えて、オーリは空を仰ぎつつそう問うた。


 ほんの十分前まで見渡す限り灰色の雲に覆われていたはずの空は、白い雲が泳ぐ綺麗な晴天になっている。

 どう考えても百キロ単位で遠くに来てしまったようだった。密入国とか洒落にならないので、せめて国外に出ていなければ良いのだが。


「そうですね……まずはあそこの街に入って、現在地を把握しましょう。それから、クチバシをシェパに飛ばして、据え置きしてある転移基点を更に強化して座標設定……大量に魔力を込めて、時間をかけて転移魔術の精度を高めれば、何とかシェパに戻れるかと」


 それが出来ないならもう、オリジナル高速移動魔術【呼び水(アモル・ケイジ)】を使うしかない。

 元はラトニ一人を移動させることしか出来なかったそれは、ノヴァとの(血を吐くような)鍛練の結果、一人までなら同行させられるようになっている。

 ただし川や地下水など、水の道が繋がっている場所でないと行けないという欠点があるから、最悪、間々に徒歩移動を挟みながら、水場から水場へ飛んで移動するより他ないだろう。


「いずれにせよ、少し時間を置きたいです。僕から転移を試そうと言い出しておいて申し訳ありませんが、場合によってはノヴァさんに協力を求めてでも、日暮れまでにきちんと帰り着けるようにしますから」


 謝意を込めながらも、努めて落ち着いた声でラトニはそう告げる。


 ――彼の中に、まだ少しの動揺が残っていた。


 オーリにとっては何の変哲もない日常会話だったであろうあの言葉が、転移魔術を紡ぎかけていたラトニを揺らがせたことを彼女に伝えるつもりはない。

 精神状態が大きく影響する魔術――それも繊細極まりない転移魔術の行使に当たって、万全の状態以外で挑戦したくはなかった。


 ――勘違いするな。彼女はまだ、『思い出した』わけではない。


「オッケー、分かった。でも絶対に無理はしないでね。駄目なら駄目で、私も何とか手段を考えるからさ」


 別段失敗の理由を追及することもなく、オーリも聞き入れてあっさり頷く。


 少なくとも彼女は、己の相棒が魔術の腕前を誇示したいがために己を危険に晒すような人間ではないと信じていた。

 実力不足と判じたなら、ラトニは決してそれを徒に使わない。


 事実、恐ろしい結末など幾らも耳にする「転移魔術の失敗」を起こしたにも拘らず、二人は命に関わる場所に出るでも時間と空間の狭間に取り残されるでもなく、両者共に現世の大地を踏み五体満足で姿を現せているのだ。

 そのことこそが、彼の持つ魔術師としての非凡な力量を何より雄弁に示していた。


(転移を見せてくれるって言った時、ラトニは普通に自信ありげだった。なら逆に、魔術制御に影響を及ぼすだけの何があったのかってことだけど……それをラトニが未だに弁明しないってことは、多分私には言いたくないっていう意思表示だ)


 時折ラトニは、オーリに対して念入りに心を隠すことがある。

 それが往々にして前世絡みであるとは悟っているものの、未だ今世と日本時代の間に挟まった人生のことを思い出せていないオーリとしては、彼に対する引け目もあって、なかなか問い質すことができないままでいた。


 ――ともあれいったん話は纏まって、二人は揃って街に向かうことにした。


 ざわざわと騒がしいその街は、小さいながらも清潔で、明るい印象に感じられた。

 あまり大きな街でなかったり、沢山の人間を誘致したがっていたりする場合、身分証や通行料は要求されないことが多い。ここがどちらのパターンかはまだ分からないが、門番――と言っても簡素な皮鎧を着けただけだ――の男は、名前と人数を確認しただけであっさりと二人を通してくれた。


 大都市からは遠い立地らしく、どうやらここにも若者離れの波が押し寄せつつあるようだ。

 道を行く住人は老人が多かった。尤も杖を突いている者はほとんどおらず、荷物を抱えて健勝そうに歩いている様子がほとんどなので、働き手がいなかったりと深刻な雰囲気は感じない。


「――良かった、ここはまだフヴィシュナ国内みたいだね。東方領に来ちゃったみたいだけど、比較的シェパに近いし、これなら頑張れば帰れる範囲だ」


 冒険者ギルドでもあれば詳しい地理を教えてもらえただろうが、この街にギルドの支部はなく。

 フライパンとフライ返しが踊る可愛らしい看板を掲げた小さな雑貨屋の店内で、壁飾りの代わりにかけられた国内地図を見せてもらい、大体の位置関係を把握したオーリは安堵の溜息をついた。


 ちなみにオーリの「頑張れば」は、文字通り手段問わずを意味している。

 死ぬ気で走る、馬代わりの魔獣を捕獲する、身につけた金目の物を売りさばいて馬か馬車を入手する。尤も確実性には欠けるので、ラトニが転移を使えるならそれに越したことはないのだが。


「あら、お嬢ちゃんたち、遠くから来たの? 家族旅行か何かかしら?」


 オーリの声を聞き止めたらしい、カウンターで書き物をしていた店番――歳の頃二十歳かそこらの若い娘が顔を上げた。

 確か先程の客に「ミュゼちゃん」と呼ばれていた、若草色の目に綺麗な榛色の髪をした人だ。特に含むものがあるでもなく口を挟んできた彼女に、オーリはさらりと「そんな感じです」と答えてみせた。


「私とラト、遠縁の人を訪ねて家族で近くの村に来てるんです。今日は二人でこの街に遊びに来たけど、日が暮れる前には、村に戻ってなくちゃいけなくて」


 にこにこと子供らしい笑顔で嘘をつくオーリに、ミュゼも人懐っこそうな笑顔でそうなのと頷いた。ぱたりとノートを閉じて、若草色の双眸を柔らかに細める。


「なら、今日は是非楽しんでいって頂戴。最終日に間に合って良かったわね。外から遊びに来た見物客で、しかもこんなに可愛い子供たちなら、きっと街のお年寄りも喜ぶわ」

「あれ、今日ってイベントか何かあるんですか? 外部の客みたいなのがちらほらいるなー、とは思ってたんですけど」

「あら、あなたたち知らずに来たの? やだわ、てっきり宣伝がうまく広がったんだと思ってたのに」


 ぱちくりと瞬きをしてそう言って、ミュゼは興味深げにこちらを見つめてくる子供たちを見下ろした。


「町おこしイベントの一環でね。まあ、有志の競争会よ。今日の決勝戦で勝てば、優勝賞品として店を一軒持つこともできるから、参加者は張り切ってるわ。……尤も、」


 ちゃんとした形での決勝戦は行われないでしょうけど、と。


 悔しげに付け加えた彼女の眼差しに、オーリとラトニは首を傾げた。

 何やら訳あり臭がするが、詳しく問うて良いのだろうか。二人が顔を見合わせているうちに、けれどミュゼはぱっと表情を切り替えて、笑顔で二人を追い出しにかかった。


「さ、いつまでもこんなとこにいたってつまらないわよ! もうすぐイベントが始まっちゃうし、早く広場に行ってみなさい。これからあるのは狩り勝負なの。来年も開催されると思うから、面白かったら宣伝して欲しいのよ」


 にこにこ笑うミュゼに促されて、二人はそのまま店を出た。

 閉ざされたドアの前で目配せを交わし、ミュゼの言う通り広場にイベントを見に行こうかと無言の了承が成される。どうせクチバシがシェパに辿り着くまでは暇なのだ、見物するものがあるのは悪くない。


「……町おこしイベントって、今回が初めてなのかな。そう言えば春告祭が近いもんね。旅行客や冒険者が大きな街に立ち寄るついでに、この街に足を伸ばしてくれることを期待してるのかも」

「春告祭の開始丁度に到着する人ばかりじゃないでしょうし、祭の直前にちょっとした暇を潰せる他の見世物を作ったのは、旅行客狙いとしては当たりかも知れませんね」

「見たところ集客率は、まあそこそこって感じかな。来年以降の客足は、今回の結果にかかってそうだね」


 のんびりと喋りながら広場へと足を向けた時、二人は不意に周囲がざわついたのを感じた。

 足早に行き交う住人たちや、ちらほら見える旅行客の向こうから、こちらを――否、二人の背後にある店に向かって悠然と歩いてくる誰かの姿に、じわじわと注目が集まっていくのが分かる。


「――おい見ろ、奴だ! あそこに奴がいるぞ!」

「あれは、もしやローレック! 街一番の狩りスキルと、シルバーブレッドの二つ名を持つ男じゃないか!」

「町おこし競争会の優勝最有力候補が、事故で出場できなくなったライバルの娘が勤める店に、一体何の用で!?」


「なんか親切な登場シーンだな!?」

「サービス精神旺盛ですね」


 唖然とオーリたちが見つめている中、妙に説明的なギャラリーの声を背負って登場したその人間は、小麦色に焼けた肌に不敵な笑みを湛えた男だった。


 そこそこ精悍に整った顔立ちの、しかしどちらかと言えば街中で女に持て囃されているより、野山で長剣でも握っている方がしっくり来るような雰囲気の男だった。

 黄色がかった髪はぴしりと刈り上げられ、緑色のバンダナを巻いている。見た目こそ中肉中背だが、肌は小麦色に日焼けして、七分袖の腕にもしっかりと筋肉がついているようだった。


 如何にも勝つ気満々のボクシング選手が決勝のリングに上がる直前にライバルの控え室まで戦線布告に来ましたよ、というような分かりやすい雰囲気に、オーリとラトニは無言でそろそろと位置をずれ、男から雑貨屋の扉までの道を開けた。

 ほぼ同時に雑貨屋の扉が開き、中からミュゼが現れる。箒を手にしていることから、店の前を掃くつもりのようだった。


「よう、ミュゼイラ」

「ローレック……!?」


 にいと口角を吊り上げて声をかけた男――シルバーブレッドのローレックとやらに、箒を握り締めたミュゼがはっと顔を上げる。どう見ても何か因縁がありそうな遣り取りに、オーリとラトニは思わず固唾を呑んで見守った。


 ミュゼの目がキッと鋭くなる。

 自分を睨み付ける彼女の視線を、ローレックは無造作に目を細めて受け流した。


「……何しに来たのよ。まさか、わざわざ私の所まで勝利宣言を伝言させに来たわけじゃないでしょうね」

「伝言を頼みたいわけじゃねぇさ……俺はお前に予告をしに来たんだ」


 どうやらミュゼはローレックに好感を抱いていないようだったが、当のローレックは何処吹く風で、ミュゼを挑発するような台詞を吐いてみせた。

 たちまちミュゼの眦が吊り上がる。箒を握り締める手が、ぎりっと微かな音を立てた。


「何ですって……!」

「今回の競争会、もう勝負は決まったと分かるだろう。優勝するのはこの俺だ」

「随分気が早いことね! 父さんさえ元気なら、あんただってそんな呑気なこと言ってられなかったわよ!」

「……親父さんのことは残念に思ってるよ。だが、それとこれとは別だ。元より今回は、お前の親父さん以外に俺の敵になり得る人間はいなかった。あの人すら消えた今、俺の前に立ちはだかる者は誰もいない……!」

「ローレック、あんた……!」


「……リアさん、両者の間にどんな因縁があると思います?」

「分からないけど、よくある冒険小説みたいな熱い展開だったら良いなと思ってる。勝ち誇るローレックさんに不戦勝が宣言される間際、ミュゼさんのお父さんが復活してギリギリ参戦するパターンかな」

「それだと展開上、ミュゼさんのお父さんが勝ちそうですね」


 険悪な言葉を交わすミュゼたちの周囲に、バチバチと激しく火花が散っているような錯覚すら覚える。

 ひそひそ喋り合うオーリたちの前で、ハブとマングースのように睨み合う男女の雰囲気はどんどん張り詰めていった。


「父さんは、今回の競争会をずぅっと楽しみにしてたのよ。こんなことになってどれだけ無念か分からないのに、わざわざ娘の私のところにまで勝ち誇りに来るなんて、あんたって本当に嫌な奴!」

「俺にとって、昔からお前の親父さんは越えるべき壁だった。直接引導を渡せなくなったことは、俺だって本意じゃないさ」

「なら帰って頂戴! あんたは競争会唯一の出場者なんでしょう、精々使う当てもない自分の武器でも磨いてなさいよ!」

「どうやら、冷静に話ができる状態じゃないようだな……。勝利して賞品を手に入れたら、その足でもう一度お前に会いに来る。その時こそ、俺の話を聞いてもらうぞ!」


 ばっ、と上着を翻し、ローレックは来た道を戻っていった。

 悠然と歩き去るローレックの背中を野次馬たち(まだいた)が無駄にシリアスな顔で見送っている。


「ローレック……もしや、あの『火の半日間』のことを、今でも気にして」

「ミュゼの親父さんは、あの日、奴と何があったのか、誰にも教えようとしなかったが」

「親父さんとローレックの亀裂が決定的になったのは、あの日が境だ。そのせいで、ミュゼは余計にローレックを嫌うようになって……」


 少しずつ解散しつつある野次馬の中から物凄く意味ありげな言葉があれこれ聞こえてきたので、オーリはそわそわしながら耳を澄ませる。

 犬耳でも付いていたら玩具のようにピコピコ震えていただろう彼女を横目に見つつ、ラトニは無表情に首を傾げた。


「……結局あの人、何がしたくてここに来たんでしょう」

「絶妙に肝心の用件を言わないまま、次回に引っ張って去っていったね」


 謎解き編は来週に続く。オーリはそういうのが気になって、テレビだろうが雑誌だろうが見ずにはいられなかったタイプだ。


「――お嬢ちゃんたち、みっともないところ見せちゃったわね。折角遥々遊びに来てくれてるのに、ごめんなさい」


 声をかけられて振り向けば、肩の力を抜いたミュゼが申し訳なさそうな笑みで二人を見下ろしていた。

 ローレックの去った方向に視線を向けて、彼女は自分を落ち着かせるように、一度小さく溜息を吐く。


「あいつ、昔からちょいちょい私の父さんに挑戦しに来てるのよ。街一番の称号が欲しいんだろうって、父さんは言ってたけど」

「へえ。ミュゼさんは、あの人のこと嫌いなんですか?」

「あれでも一応幼馴染だし、嫌いってほどでもないけど……でも父さんに『いつか引き摺り下ろしてやる』なんて言うんだもの、やっぱり気に入らないわね」

「あの、お父さん、競争会に出られなくなったって言ってましたけど……何かあったんですか?」

「……ええ。つい昨日のことだったわ。準決勝が終わった帰り道、突然暴れ馬が突っ込んできて、父さんはそのまま……」


 あっヤバい、重い話っぽいぞ。

 追及するべきではなかったかと思って、オーリは気まずい顔をしかけ、


「正面から突進をガッチリ受け止めて、猛烈な押し合いの末馬を担ぎ上げるに至ったんだけど……」

「おやっさん頑丈!!」


 喉から出かけていた謝罪の言葉を蹴飛ばして、オーリは力の限りツッコんだ。ラトニがオーリの顔を見て、とても分かりやすく『まるであなたのような人ですね』と言いたげな表情をする。


「タイミング悪く父さんの鼻先に蜂が止まったせいで、父さん驚いて引っ繰り返っちゃったの。馬が脚を折らないよう咄嗟に庇って、代わりに父さんが、利き腕の小指に罅を入れてしまって……」

「予想外の軽傷さに、今ちょっと戦慄してる」

「お父さん、昔は一流のファイターか何かだったんですか?」

「やだ、父さんは冒険者なんてやってたことないわよ。この街から出たことだってほとんどない人なんだから」


 ころころと笑うミュゼに、二人としては「そうですか」としか返せない。暴れ馬と正面衝突して、小指の罅で済む一般人とは。


「本当に残念だったわ……決勝まで勝ち残ればうちがやってる店の宣伝にもなったのに、途中棄権じゃそれも出来ないもの。

 でも、二人はそんなこと気にしないで、普通に楽しんでいらっしゃい。父さんが棄権して、決勝に出るのがローレックだけだから、予定よりは盛り上がらないと思うけど……でも出店もあるし、あいつだって本当は、父さんの次くらいには腕の良い奴なんだからね」




※※※




 再びミュゼに後押しされて、二人は今度こそ広場にやって来た。


「今回は、大人しく観光に徹するつもりですか?」

「そうだね。今回は別に、首を突っ込む理由もないし」


 質問してきたラトニに、オーリはあっさりと頷いた。


 ミュゼのことは気の毒に思うが、だからと言ってオーリたちに何ができるわけでもない。余計なことは言わず、一介の観光客としてイベントを楽しむ方が良いだろう。


 広場の中央はテントのような布で囲われており、中に何があるのか見えなくなっている。辺りには幾つも出店が出ていて、鳥つくねのような串焼きの肉や棒付きの飴、飲み物などを売っていた。


 一角にマイクや水差しの置かれた簡素な台があり、恐らく運営役の誰かが座るのだろう。スタッフの姿はまだ広場にはなく、並んだ椅子や立ち見席に集まり始めた観客――こちらもやはり老人が多い――たちが、ざわざわと楽しげに空気を揺らしていた。


 運営役の席の隣には、テーブルカバーのかかった台があり、優勝賞品らしきものが置かれている。

 子供でも持ち上げられる程度の長方形の木箱が大小二つ、『権利書』と書かれた白い封筒。それらに並んで、白い張り紙が二枚、ひらひらと揺れていた。




『御領主様より、優勝賞品に東国から仕入れた貴重な《コメヌカ》が提供されました』


『決勝進出者一名棄権により、飛び入り参加者募集中。要、保証人一名。キミもこの舞台で腕を振るってみよう!』




 雑貨屋のドアを叩き開け、一陣の風と化して飛び込んできたオーリと、全てを悟り切った眼差しでその肩に担がれているラトニを見て、店内で雑貨の並べ替えをしていたミュゼがぎょっと飛び上がった。


 動揺するミュゼにも構わずグワッと目をかっ開き、オーリは一言叫んだ。


「ミュゼさん、保証人になってください!」


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