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いつか見る果て  作者: 笠倉とあ
シェパ・閑話編
113/176

109:ハイスペックAIBOUだってたまには失敗する

 年が明けてから四つ目の月であるウヅの月も、残すところあと数日。天気は生憎の曇天だが、漸く訪れた本格的な春の季節に、風は温みを含んでいる。

 間近に迫った春告祭の準備に、シェパの街は何処を見てもそわそわと浮かれているようだった。


 王国フヴィシュナにおける南方領土のうちでも、並いる領主たちの中で最大の家格と権力を持ち、南部筆頭貴族でもあるブランジュード侯爵が治めるシェパの街は、王都イオレに次いで国で最も栄えている場所の一つと言って良い。

 従って、年に一度の慶事である春告祭は街の抱える権威に比例して盛大になり、祝いを目当てに多くなってくる外部の旅行者や商人、路地裏のストリートチルドレンに至るまで、皆が浮き足立った雰囲気を纏い始める。


 誰もが祭の準備に追われ、来たる祭日を待ち侘びるそんな中。

 使用人に秘密でいつもの空き地にやって来ていたその少女、オーリリア・フォン・ブランジュードはと言えば、これまた浮かれポンチで花を散らしているかと思えば、



「――――――あ゛――――――――――――………………」



 何故か虚ろな眼差しで虚空を見上げ、真夏のアイスの如く溶けかけていた。


 一抱えほどもあるガタガタの木箱に身を凭せ、今にも白目を剥きそうな表情で凝然と活動停止しているその姿は、春の陽気に誘われてうっかり迷い出てきたゾンビのようだ。

 暖かな日差しに似つかわしくない茫然っぷりが、何やら間違ったホラーのようで非常に鬱陶しい。


 再起動する気配もなく、あーうー不気味な呻き声だけが洩れ続けること三十分。ダレダレの半ゾンビ状態にいい加減ツッコミを入れるべく、スコーンと軽い音を立てて、小さな靴がその頭に降ってきた。


「うざいです、オーリさん。塩ぶっかけたくなるんで、そろそろしゃんとしてください」

「わあ、冷たい視線……」


 悪魔祓いの神官ならぬ黒茶の髪の相棒が、冷ややかな雰囲気を纏ってオーリを見下ろしていた。


 ついさっきまで空き地をうろついて何かをしていたと思ったら、板切れや空き瓶を使って巨大ドミノを作り上げていたらしい。

 ラトニの足元からは長々とドミノの列が伸びており、その先にあるコップが倒されて中の水が小台の瓶に注がれ、小さなガラス玉が水と共に零れ落ちて次の仕掛けを作動させるようになっている。


 他にも幾つかのポイントを経由して、最終的には空き箱と板切れで作ったシーソーへと到達する仕掛けになっているが、どうやらそれらは既に全て作動し終えているようだった。

 オーリの真後ろにある、跳ね上がったシーソーの上には何も乗っていない。

 恐らくつい先程までその上にラトニの靴が設置され、シーソーが作動すると同時にゴール地点、つまりオーリの頭目掛けて投擲されたのだろう。無駄に大掛かりで豪快なツッコミだった。


「なかなか壮大だね……いつの間に作り上げたの」

「あなたがここでない何処かを見ている時ですよ。こういうの何ていうんでしたっけ、ソクラテスイッチ?」

「惜しい! 大分遠いけどある意味惜しい!」

「まあ、そんなことはどうでも良いんです。一人で遊ぶの飽きたんで、早く覚醒してください。その大量の瓜、いつまで抱え込んでるつもりですか」


 落っこちた靴を拾い上げて裸足の左足に履きながら、ラトニはじっとりした目でオーリを睨んだ。


 オーリが凭れかかっている木箱には、緑色の細い瓜がごろごろと入っている。それらは先日二人が訪れた村で、謝礼代わりにもらったものだった。


 ――二人がとある小さな村を訪れ、そこの大沼で大鯰釣りをしたのは、つい数日前の話である。

 元より過疎化や後継問題を理由に他村へ移住の予定があったその村は、オーリが大規模な地盤沈下の予兆を察知したために、急ピッチで引っ越しを行うことと相成った。


 ちなみに一刻も早い退去をと警告した二人の言葉は、当初村人たちには子供の言うことだと当然のように渋られた。

 そんな村人たちを説き伏せたのが村の老神官と村長、そして老神官の養い子である。

 養い子が移住先の村長の孫息子に頼んで先方への話を通してくれたので、移住先からも人員が寄越され、本来夏頃を予定していた引っ越し作業は、随分と所要時間を削減することができたものだ。


 オーリとラトニも手伝って、移住は昨日で完了し、あの大沼のある村は、今や空っぽの家だけが立ち並ぶ無人の村となっている。

 オーリが懸念した大規模地盤沈下がいつ起こるかは分からない。明日かも知れないし、来年かも知れないが――少なくとも、村人が巻き込まれて死ぬことだけはもうないだろう。


 ――ともあれそんな忙しない数日間を過ごした挙げ句、懸命に働いてくれた子供二人をそのまま帰すのは村人たちも気が引けたらしい。

 とは言え寒村に金などあるわけもなく、せめても貰ってくれと言われたのが、木箱にみっちり詰まった大量の瓜だったというわけだ。


「だってこれ、味見したら見事に胡瓜そっくりなんだもん……。つらい……ピクルスにするのがつらい……」

「仕方がないでしょう。『ヌカヅケ』を作ろうにも、肝心の『ヌカ』とやらが無いんですから」

「ピクルスは飽きた……キャベツの酢漬けももう飽きた……。糠漬けが食べたい……沢庵でも良い……」

「諦めなさい、無い袖は振れない」


 素っ気なく言い切られて、オーリの肩がしょんぼり落ちる。

 ラトニにはいまいち分からない嗜好ではあるが、彼女が定期的に発症する米と漬物食べたい発作は、今回もゆわゆわと彼女の脳味噌を蝕んでいるようだった。残念ながらソウルフードなんて言葉、ラトニにはあんまり縁がない。


「とにかくそれ、二、三日中にピクルスに仕上げてしまってくださいよ。ストリートチルドレンの友人たちにも回したいんでしょう? 早く思い切らないと傷みますよ」


 はあ、と呆れた溜め息を吐いて窘めてきたラトニに、オーリの眉尻がますます落ちる。

 お米ー、味噌汁ー、お漬物ー。膝を抱えてしくしく泣き濡れる彼女の頭をぱしんと引っ叩き、ラトニはもう一度深々と溜め息を吐いた。


「……オーリさん、今日は転移魔術を見せてあげますよ。つい最近、ノヴァさんに使用制限解かれたんです」


 ラトニのトーンが少しだけ変わる。幼い弟妹にするような、宥めすかすような声色で告げられて、オーリの頭に見えない犬耳がピコンと立った。


「……転移?」


 ちろ、と膝から視線を上げて問いかける彼女に、ラトニはこくりと頷く。


「はい。これまでは制御に問題があったので、人を連れては使わないようにと言われていたんですが、ようやく合格基準に達したようで。オーリさん、転移の魔術を体験したがってましたよね」

「そりゃまあ、転移って一流の魔術師でも難しい分野だし……え、良いの? ほんとに使えるの?」

「はい、高速移動の類いではなく、正真正銘の転移ですよ。尤もまだまだ精度が甘いので、色々と前準備が要りますが。

 今回は街に一番近い森の中に、術人形(クチバシ)を使って転移基点を置いています。そこまでなら、距離的にも問題なく転移できるかと」


 いつも移動はオーリにおんぶに抱っこ(文字通り)だったラトニにとって、移動手段の確立は早めに果たしておきたい課題の一つだった。

 オーリの顔がじわじわと喜色に染め上げられてくる。キラキラのデコレーションケーキを前にした子供のような表情をする彼女に、ラトニもほっとしたように小さく笑った。


 日頃は容赦なくツッコミを入れたりチョークスリーパーをかけたりしているが、何だかんだオーリに一番甘いのはラトニである。

 死に別れてさえ追いかけてきた筋金入りであることを、これでも彼自身、自覚しているのだ。


「昨日までひたすら引っ越しの手伝いをしてましたし、今日はのんびり森を散策でもしましょう。多少の寄り道や気紛れなら付き合ってあげますから、森でヌカの代替品が見つからなければ、ヌカヅケのことは諦めてくださいね」

「うんうん!」


 オーリの手をしっかりと握り、ラトニは魔術の発動準備に入る。腰に下げた布鞄から青い水の入った小瓶を取り出して、オーリには聞き取れない言葉をぼそぼそと呟きながら中身を撒いた。

 ばら撒かれた青い水は虚空で更に鮮やかな青色に輝き、二人を囲んでふわりと円状に浮遊する。嬉しそうに目を輝かせながら、オーリが「なら、丁度見に行きたい花があったんだ!」と言った。


「花ですか。分かりました、森に着いたら探しましょう――転移に入ります、気を付けてください」

「はあい。――あのね、特別な日に大切な人に贈る、凄く綺麗な花なんだってさ。キミと見られたら、きっともっと綺麗に見えるよ」


 にこにこと付け加えた言葉に、ラトニの目が一瞬見開かれた。

 直後、魔術が発動し、水が弾けるような音がして、二人の姿は掻き消えた。




※※※




 ――ぱしゃんっ、と水音が弾けて、二つの人影が出現した。


(あ、転移酔いが全然ない)


 やはり魔術の制御が上手いようだと感心しながら、一瞬で切り替わった周囲の景色に、オーリはぱあっと顔を輝かせた。


 転移魔術の扱い辛さはトップクラスで、魔術道具の補助もなく正確な長距離転移をこなせる魔術師など、大陸中見ても一掴み程度のものだ。

 深緑に囲まれた光景と、肺に染み入るような木々の匂いと鳥の声。そんなものを予想して、オーリは感嘆を込めた視線をぐるりと巡らせ――



 森がなかった。



「……………………」

「……………………」


 オーリが沈黙する。

 ラトニも沈黙する。


 しばしの時間を置いて、オーリはゆっくりと視線を移動させた。

 そこは森の中ではなく、街道のど真ん中だった。

 大分離れたところに雑木林に近い程度の小さな森があり、それに並んで壁に囲まれた、これまた小ぢんまりとした街がある。


 足元に、さわさわと沢山の花が揺れていた。爪先ほどの小花が沢山群れ集まって咲くそれは、シェパ近辺では見たことがないものだ。

 クキュルクキュー、と声がして、短耳の兎のような容姿に蹄を持った羊サイズの、見たことのない生き物が、すたたんすたたんと軽やかに背後を駆け抜けていった。



「……………………………………」

「……………………………………………………」



 オーリが真顔でラトニを見た。

 ラトニが黙って目を逸らした。


「……………………すみません、出るとこ間違えました」


 ぼそりと落とされたその台詞に、オーリは更に数十秒沈黙し――


「……現在地分かる?」

「……ちょっとすぐには」

「……シェパに戻れる?」

「……ちょっとすぐには」

「…………………………………………」

「痛いです」


 ぎゅー、と頬を引っ張られて、ラトニが控えめに抗議をした。

 振り払わないのが無言の許容だと分かっていたので、オーリはそれから一分ほど、遠慮なく八つ当たりを続けさせてもらった。オーリだって怒る時は怒るのだ。


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