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いつか見る果て  作者: 笠倉とあ
シェパ・閑話編
110/176

106:BL時空に移行する危険はなさそうです

「要するにそのナウィルとやら、ロムノさんが女だと思ってアプローチしてたら付くもん付いてて、失恋のショックと羞恥心と気まずさと裏切られたような理不尽な怒りがないまぜになって嫌がらせに走ったということで良いんですかね?」


 繊細な思春期の少年を襲った悲劇を無言で悼むオーリの傍ら、ラトニが身も蓋もない結論にばっさり纏め、心底馬鹿らしそうな平ったい表情でそうぼやいた。


 喋る声量を落としているのは、慕っていた友達に自分が女だと思われていたなどと欠片も思っていないらしいロムノに対する一応の気遣いか。

 どう考えてもその見解が正解だろうなあ、とオーリは乾いた声で笑い、ぼそぼそラトニに囁き返した。


「嫌がらせの延長でパンツ盗んだ挙げ句、それを返すことも処分することもできずに埋めて隠す行動に出たあたり、ナウィル君の拗らせっぷりが垣間見えるね……。多分まだそいつ、ロムノちゃ、ロムノ君に未練があるよ」

「素直に気持ち悪いですね。そこまでされて自覚のないロムノさんもどうかと思いますが」

「あー……保護者の教育方針かな……」


 直接的に性別を間違えられたことでもあるならともかく、顔見知りばかりの小さなコミュニティで生活がほぼ完結し、外部の人間との接触もなかったのなら、恐らくロムノに『そういった』経験はなかったのだろう。己の美貌すら理解していないらしいのは、或いは育ての親である老神官が、彼を凡俗の価値観から遠ざけて育てたからだろうか。


(ロムノが持って生まれた傾城の美貌に驕ることのない清廉な人柄に育てたかったと考えるなら、その保護者は聖職者として普通にまともな人間なんだろうけど……でも、自覚くらいは与えておくべきだったと思うなあ……)


 同じ美貌でも例えばラトニであれば、目付きが幾分鋭いために素顔を見られても女と間違われることはないだろうし、本人にも自力で不埒者を撃退するだけの強かな精神と実力がある。

 しかし一方ロムノの方は、一見したところが少女である分害虫も湧きやすそうだし、如何にも俗世慣れしていなさそうな儚さが手伝って、より一層の不安を煽られた。


「性別を知って尚割り切れないレベルで美少女だから、その拗らせ野郎も未だに顔を合わせられないのかなあ。ロムノ君、何か仲直りできそうな心当たりないの?」

「こ、心当たりというと?」


 大人しくオーリたちの結論を待っていたロムノが、ぱちぱち双眸を瞬いて聞き返す。

 んー、と唸り声を上げて、オーリが渋い顔で腕組みをした。


「例えば、君に対する『貧弱だ』って認識を覆す方法とかさ。拗らせ野郎一味とは意外とがっつりやり合ってるみたいだけど、それだって口だけっちゃあ口だけだし、もっと男らしいとこ見せてみたらどうかな」

「お化けが出る森で度胸試しでもさせてみますか? 個人的には、思春期拗らせたガキの八つ当たりとか、正直くっそどうでも良いんですけど」


 結局オーリが首を突っ込むつもりだと分かり、気のない様子で意見を出すラトニは、いつになく投げやり感を露わにしている。

 ただしその感情の対象はロムノではなく、拗らせ野郎の方であるようだった。「お化けが出る森なんてありませんよう」とへにゃりと眉尻を下げて悩んでいるロムノを横目に見つつ、彼はふんと鼻を鳴らす。


「女と思ってたのが実は男だったからって排斥に移行するあたり、初恋と言っても所詮は子供のおままごとだったんでしょう。僕なら、初恋の相手がある日突然男になろうが剛猿(ゴリラ)に化けようが、愛して尽くして傍にいてみせますよ」

「ラトの愛と誠意を讃えれば良いのか、妙な確信と説得力のある視線をあからさまに私に向けていることにツッコめば良いのか、ちょっと分からないから深入りするのはやめておくよ」

「いっそそいつの心の柔らかい部分を完全に抉り出して止め刺しますか。一回完全にへし折った方が、中途半端に繋がってるより治りが早いと言います」

「うんそれ骨折とかの話ね! へし折る通り越して微塵に砕けちゃうからやめてあげようね!」


 思春期の少年は硝子のハートだから、もうちょっと手加減してやって欲しい。今ラトニの毒舌でグサグサ行ったら、恋に破れた少年の心が燃え尽きた灰のようになりかねない。


「――度胸試し、になるかは分かりませんが……」


 うんうん頭を抱えていたロムノがぽつりと口火を切った。


「もう見かけたと思いますが、この村には大きな沼があるんですけど。つい数日前、ナウィルがボクの髪飾りを奪って、そこに投げ込んでしまって……」

「ほーう」


 新たに出てきた悪行に、オーリがチベットスナギツネのような顔になる。盗んだのはパンツだけではなかったらしい。


「木製の、小さな花の彫り物をした髪飾りでした。以前、ナウィルが町に出かけた時に買ってきてくれたものだったんです。ボクに似合いそうだって、いつか冒険者になって自分で稼げるようになったら、もっと綺麗なのを贈ってやるって、そう言ってくれたのに……」

「君が女の子だったら、男前な約束で済んだのにねえ……」


 男と判明した後ならば、そりゃ思い出したくもない黒歴史だろう。

 哀れだ。ナウィルがアプローチにかけていたらしい涙ぐましい努力を垣間見て、オーリはそっと涙を拭う。


「捨てる、つもりはなかったと思うんです。ボクが髪飾りを取り戻そうとして揉み合ううちに、ナウィルが手を滑らせて、沼の方に飛んでしまって。ナウィルも流石にしまったって顔をして、でもまたすぐにそっぽを向いて『ざまあみろ、お前みたいな貧弱鶏ガラ、どうせ泳ぐどころか水に潜れもしないだろ』なんて怒り出して……」

「ヤバいと思っても悪態だけはやっぱりつくんですね」

「ナウィルが初めて買ってくれた贈り物だったから、ボクも流石に怒って、『それくらいしっかり掴んどきなさい、トシでもないのに指先震えるとか脳味噌でも溶けてんですかこの馬糞野郎』って叫んじゃったんですけど……」

「そしてこっちもやっぱりそれ以上の罵倒でやり返すんだ」


 ロムノの保護者、これで良いのか。本当にこれで良いのか。

 世の中の妙な無常を感じているオーリとラトニの内心などつゆ知らず、ロムノはぐっと顔を上げた。友人に向かってえげつない罵倒を投げつけまくっているとは思えないほど、その澄み切った目には真っ直ぐで無垢な決意が灯っている。


「ボクはやっぱり、あの髪飾りを諦めたままにしておきたくない……! あの日髪飾りをくれたナウィルの気持ちを信じたいんです!」

「あ、いや、気持ちに関してはこのまま何も気付かずに忘れ去ってやるのが優しさだと思うんだけど」

「髪飾りを取り戻してみせれば、きっとボクがナウィルの嫌う軟弱野郎ではないと証明できると思うんです! そうしてもう一度、ボクと友達になって欲しいと頼みたい!『いつか、オレのために毎朝スープを作って欲しい』というナウィルの言葉を思い出してもらいたい!」

「忘れてやって。涙出てくるから忘れてやって」

「決意は立派なんですがねえ……」


 友を取り戻すと決めた男の決意は強く、固い。ロムノの結論を取り敢えず聞き終えて、しかしオーリとラトニは揃って渋い顔をした。


 案そのものは悪くない。村に来た時確かに見たが、結構な広さのあるあの大沼から髪飾り一つ拾ってくるというのなら、度胸試しには充分だろう。

 けれど、肝心なその方法は? 遠目にも広いあの沼を、何処に落ちたかも分からない髪飾りを探して泳げというのは、現実味もリスクも論外に過ぎる。


 が、それを指摘されたロムノは、あっさりと首を横に振った。


「髪飾りの在り処は分かっています。実は昨日、村の人に聞いたんですが、どうやらそれらしきものが、沼に住んでいるある大魚の体に引っかかっているようで」

「大魚?」

「沼の主と呼ばれている、大きな魚がいるんです。鱗のない不気味な姿をしているし、大人を丸呑みできるくらい大きいから、あの沼には絶対に入っちゃいけないって言い聞かせられていて」


 成程、確かに何処とも知れぬ沼底に沈んだ髪飾りを泳いで探せと言われるよりは難度が低いようだ。

 ただし、やはり急ぐ必要はあるらしい。魚に引っかかっているとは言っても、紐に絡まっているわけでもないのなら、いつ落っこちても不思議はないのだから。


「あの大魚を釣り上げるなんて、一人じゃ絶対に無理ですし、本当は一人で沼に近付くことさえ禁じられてるから、もう髪飾りは駄目なんだと思ってたけど。でも、このまま髪飾りを諦めることは、まるでナウィルのことまで諦めるみたいで」


 悔しげに伏せた金色の睫毛が、蝶の羽ばたきのようにふるふると揺れる。

 地上の戦火を嘆く慈悲深い天使のような表情で、ロムノは心を決めたように懇願した。


「お願いします、リアさん、ラトさん! 今日一日だけ、ボクに協力してくれませんか!難しいことだとは分かっています、魔獣なんじゃないかって言われるくらいの魚ですから。でも、これ以上問題を長引かせて、神官様や村長たちにご迷惑をかけるわけにはいかないんです!」

「爆破封珠仕入れてきて放り込めば、腹を上にして浮いてくるんじゃないですか?」

「痺れ薬投入する方が安いんじゃない? 薬草採ってきて調合しよう」

「沼の魚が全滅する手段はやめてください!?」


 しれっと不穏な手段を検討し始めたオーリたちに、ロムノが全力で突っ込んだ。




※※※





 発破も毒も却下され、何はともあれ使えるものを探しに行こうと、三人は村内を移動することにした。


 坂の上には小さな神殿があり、村で唯一タイルが敷かれた大きな道は、村の入り口から神殿へと繋がっているようだ。

 道自体は大分古いものらしく、タイルもとうに罅や色褪せで見窄らしくなっているが、あちこちに補修を施した痕跡があった。


 恐らくは温泉水の販売で潤っていた頃にでも作り上げた道なのだろう。村のほぼ真ん中を通っているとは言え、真っ先に神殿への道を敷くあたりに、それなりに敬虔な村人が揃っていたことが窺える。

 割れたタイルの隙間には、元のそれよりも質の劣る補修用のタイルが詰め込まれ、土肌や雑草が覗く範囲を健気に狭めている。

 道に高低差があるため、補修もやりにくいと思われるが、村の年寄りが日々歩くにはこちらの方が便利なのだろう。舗装されていない道とは、それだけで歩きやすさに差が出てくる。


 しばらく歩いた後で大きな道を逸れ、タイルの敷かれていない横道に入る。

 村には二つの倉があり、丘の上にある新しい方の倉には、鍵がかかっていて入れないそうだ。

 ロムノの案内で三人が向かった古い方の倉は、窪地のような所にあった。


 倉の中は薄暗く、湿っぽい匂いがしていた。

 東向きに窓が一つあったが、周りを取り囲む坂のせいで日光が遮られ、ほとんど光が入ってこない。

 埃の積もった石臼や、昔は小麦を入れていたらしい大袋などからは、ほんのりと黴臭い臭いがした。


「目当ての魚が巨体なら、釣り上げるにもそこらの紐じゃ足りないよね。重くて使いにくくても、途中で千切れないくらいのものにしないと」


 がさがさと辺りをひっくり返しながら、オーリがそう言った。ロムノが頷いて、手首よりも太い縄をずるずると引きずり出す。


「はい、出来るだけ頑丈なものにした方が良いです。なんでもここのところ、沼の主は気が立っているらしくて」

「と言うと?」


 穴の空いた桶を退かしながら、ラトニが相槌を打った。錆の浮いたポンプを引き出し、こつこつと叩いて故障個所を探していく。


「昔はもっと大人しかったんですけど、最近は昼となく夜となく、水面まで上がってきている姿が目撃されています。それだけでなく、他の魚をひどく食い荒らしているようで、齧られたきり食べ切らずに腐った死骸が浮いてることもあるって、神官様が顔を顰めてました」

「へえ、ただ食べるためってわけじゃないみたいだね。それっていつ頃からの話なの?」

「僕が話を聞いたのは、半年くらい前のことです。以前は沼で釣りをする人もいたんですが、沼の主に荒らされたせいで魚そのものが減っているのか、今はほとんど釣れないそうですよ」

「魚もストレスが溜まってるのかな。原因は何だろう。今まで存在しなかった天敵がいきなり発生するとは思えないし、もしかしたら病気なのかも」

「その割には弱っている印象は受けませんがね。――、リアさん、大きな針を発見しました。ちょっと錆びてますけど、使えそうですよ」

「わあ、こっちは封珠がざらざらあるよ! 多分灯りの――あ、駄目だ、全部割れるか罅が入ってる。一応持ってくか……?」


 あれこれと話し合いながら、比較的傷んでいない道具を並べていく。

 ロムノ曰く、ここにあるものはほとんど廃品なので、失くしてしまっても構わないそうだ。どうせ村を移るとなれば残らず処分される程度のものなので、遠慮なく使わせてもらうことにする。


 やがて持ち手のがたついた猫車を引っ張り出し、発掘したものを積み上げて、三人は沼へと向かうことにした。

 舗装されていない道はガタガタと不安定で、ロムノの押す猫車を震動させる。

 何度か怪訝そうにこちらを見てくる村人たちと行き合ったが、特に話しかけられることもなく村を通過。


 そうして辿り着いた沼は、キラキラ光る水面の下に深緑色の藻や水草が揺れる広大な水場だった。

 遠目に見た時には分かりにくかったが、予想以上に広い。通常なら、目当ての魚を引き当てるだけでも結構な時間がかかるだろう。


(こりゃ骨が折れそうだ)


 額に手のひらで庇を作り、オーリは苦笑いした。

 同じことを思ったらしいラトニが眉を顰め、早速釣り餌を掘り始めているロムノをちらりと見て、諦めたように浅い溜息をついた。


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