続・鍋将軍と私
『鍋将軍と私』の続編です。
白菜、水菜、しめじに油揚げ、焼いた豆腐にエビ、イカ、つみれ、そして今が旬の牡蠣を入れれば海鮮ちゃんこの出来上がり!!
お好みで春雨なんかも入れたらいいかもね?
我が家のちゃんこは醤油ベースであっさり味。
いつもの土鍋の蓋の小さな穴から美味しい匂いと共に湯気があがる。
ぐつぐつと具材が煮えたつ小気味の良い音に私は慌ててちゃぶ台の前に陣取った。
器とお箸が二組ずつ用意され、私の対面には木製のフォークとスプーンも置いてある。
実家から奪い取ってきた座椅子の主はまだ来ない。
「さて、そろそろ呼ぼうかな?」
土鍋の蓋がしっかり閉じていることを確認した私はいつものように手を合わせ、彼を呼び出す魔法の言葉を唱えた。
「いただきます!!」
蓋を開けると土鍋の淵が微かに光り、それが空中に文様を描きながら広がっていく。
その光の文様が人型を型取るともう見慣れてしまった彼がそこに現れた。
「こんばんはリナさん、今夜も時間通りでしたね」
「こんばんは。早く座りなよヴォルフ」
今年五回目の週末鍋に今夜も遥々異世界からお客がやってきた。
対面の座椅子に大きな身体でちょこんと座る姿は何だか可愛いが、これでも彼はハルヴァスト帝国海軍の将軍である。
靴を履いていないのは鍋を食べる時の取り決めだ。
一回目に来た時は編上靴を忘れて帰り、二回目に来た時に私が始めから靴を脱いで用意しておくように言ったのだが、それから彼は私の言い分を忠実に守っている。
何故そんなことができるのかと言えば、彼は筆記試験の成績だけで階級を上げた頭脳派とは聞こえのよい窓際扱いの将軍であるからだ。
定時に出勤して定時に帰る名ばかりの将軍は週末鍋の時になると私がネット上から見繕ってきた孫子の兵法や東郷平八郎の研究本などから戦法を学び、いつか実戦で使うのだと豪語していた。
文字を読めないので私が読み聞かせてあげなければならないのが難点だけど、彼は律儀に自分のノートに書き写すのだからつい手伝いたくなってしまう私もかなりのお人好しだ。
「今日のお鍋は何ですか?」
食べごろになったぷりぷりの牡蠣が早く食べてと私を急かす。
「冬の味覚の牡蠣をふんだんに投入した『海鮮ちゃんこ』よ。早くしないと牡蠣が硬くなっちゃうわ、ほら、いただきます!」
「はい、『いただきます』」
ヴォルフの器にまずは牡蠣をたくさん入れてやり手渡すと、ぷるんと揺れた白い身に口元がにんまりとしていた。
「『かき』とは貝類なのですね。これはそのままいただいても?」
「うちのちゃんこは醤油味だからそのままで大丈夫よ。気に入ったら焼き牡蠣を出してあげるからポン酢はその時に使いなよ」
私は自分にもつぎわけると、大きく口を開けて牡蠣を丸ごと放り込む。
「あふあふっ、ほいひぃ〜!!」
少し噛めばとろりとした濃厚な海のスープが口いっぱいに広がって私を至福の時へと誘ってくれる。
対面を見ればヴォルフも箸をプルプルと震わせながら何とか牡蠣を口の中に入れていた。
途端に、彼の顔が幸せの極みのように綻んでいく。
「んーっ、海の味がします! この絶妙な火の通り加減がたまりませんね!!」
どうやら気に入ったらしいヴォルフはもう一つ箸でつまむとまたぱくりと一口で食べていた。
「だいぶ箸の使い方が上手くなったじゃない。あっちで練習でもしてるの?」
「んむっ、はい、何だか頭の体操になるみたいで丁度いいんですよ。使い慣れてくるとフォークやナイフが邪魔になってしまって」
でも柔らかいものや丸いものをつまむのは難しいんですよねと言いながらも、既に器の中の牡蠣はなくなっていた。
「エビとイカは硬くならない内に鍋から引き上げてね。野菜も適当に食べちゃってていいよ。そんなに気に入ったらんなら焼き牡蠣にしてあげるから」
「えっ、いいのですか?」
ヴォルフが鰯のつみれと白菜を一緒に食べながら私の言葉に顔をあげた。
その顔は是非いただきたいです!! と語っている。
「生ものだからもたないのよ。今年は豊漁でキロ700円だったからついたくさん買っちゃったのよね」
週末ごとに鍋物をするのは正直言ってお金がかかるが、幸い私の稼ぎはよい。
それに、そのことを気にしたヴォルフから対価をもらっているのでいざとなればそれを売り払えばいいだけだ。
週末鍋の三回目にヴォルフが渡してくれた金貨は失くさないように財布の中に入っている。
異世界の金なので本物の金かわからないけど多分本物だと思われる五百円玉くらいの分厚いそれを私は一枚だけもらっていた。
そしてこの世界の戦術書を読み聞かせる対価には、彼の頭脳を使ってパズル雑誌を解かせた。
これは懸賞付きなので鍋物の材料になりそうな食品を中心に片っ端から応募しているが、まだその成果は出ていない。
「出来たよーっ!!あつっ、あちち…軍手だけじゃ無理だったか」
焼き上がり、殻の淵がパカリと空いた牡蠣を、軍手をはめてさらに濡れた布巾で火傷しないように掴んで牡蠣ナイフでこじ開ける。
ヴォルフが期待して覗き込む中、ついに魅惑のぷるぷるな身が現れた。
「これはまた、贅沢な食べ方ですね」
「その殻の汁ごと食べるんだよ。ポン酢でいい? それとも醤油?」
「ポン酢でお願いします」
ヴォルフにも軍手を渡して彼の手にポン酢を垂らした牡蠣を殻ごと乗せてやると、食べ方を説明した。
ふぅふぅと冷ましながらヴォルフが牡蠣をちゅるんと口に入れる。
「ん?! んまひ!!」
ヴォルフはちゃんと汁まで飲み干す。
これにお酒がらあればもっと最高なのよねと思いながら私は次々と牡蠣を空けていった。
「冬の味覚だからまだしばらくは美味しく食べられるよ。この次牡蠣を食べる時は『土手鍋』にしてあげるね」
私は出汁の染み込んだ最後の油揚げを食べながらそろそろシメに入ろうかと、ラーメンの袋を開ける。
「まだ違う食べ方があるのですか? 鍋物とは奥が深いですね」
「人の数だけ鍋物があるのよ。ヴォルフ、シメに入るから中身を片付けちゃって」
「了解しました、リナ閣下」
今夜の海鮮ちゃんこも2人で美味しくいただいた。
帰る時は蓋を閉めて『ごちそうさま』と言わなければならないので、あと一つ解いていきますと言ってパズルに集中しているヴォルフの為にまだ蓋は閉めていない。
聞けばお酒を嗜むらしい彼は頭が鈍るからとまだこちらのビールすら飲んだことはなかった。
私はまだお酒類を出したことはないが、鍋物にはお酒もいいものだ。
もし出すならビールと日本酒のどっちにしようかな。
来週はパズルを解かせるのは中止して酒盛りにしようと私は密かに考えていた。
白菜、春菊、えのきに人参、水で戻した葛切りにしいたけを準備すれば、後はお待ちかねの霜降り和牛!!
かなり豪華なしゃぶしゃぶになったのにはちゃんと理由がある。
なんと、懸賞に当たったのだ!!
ヴォルフがコツコツと解いてくれたパズルの一つが見事当選し、届いたのはなんとお肉。
しかも高級霜降り和牛って生まれて初めて食べるわよっ!!
テンションが最高潮に達した私は小さくふつふつと音をあげる土鍋ににやけ笑いが止まらなかった。
昆布出汁をとっているので完全には沸騰させられない。
もうそろそろいい頃だと、肉を準備した私はいつものように勢いよくあの呪文を口にする。
「いっただっきまーす!!」
何かテンション上がり過ぎて少し変になったけど、大丈夫だよね?
土鍋から発せられた光が人の形になっていくのを見ながら今か今かとヴォルフを待つ。
やがて光が収まるといつもの彼が…彼が?
「ヴォルフ…じゃないっ!! あんた誰? ヴォルフは何処なのよっ?!」
「女…口のきき方がなっていないようだな?」
私の知らない男が一人。
どう見たってヴォルフじゃないし、黒髪黒眼の陰鬱そうな男なんて私の知り合いには居ない。
男は一歩踏み出し…その場に立ち尽くしてしまった。
赤い物がポタポタと垂れていることから何処かを怪我しているようであるが、ヴォルフと違って何だか危険そうだ。
「貴様、魔法術師か? 何故俺を呼んだ」
部屋の中の状況から異世界だと気がつかれたのかもしれない。
男が無理矢理私に近づこうとしたので咄嗟にお玉を構える。
「それ以上部屋を汚さないでくれる? あんたの着ている服からハルヴァスト帝国海軍の軍人だってことはわかるけど…もう一度聞くわ、あんたは誰? ヴォルフガング・ブライトクロイツ将軍は何処に行ったの?」
確かに男はヴォルフと同じような制服を着ていた。
ヴォルフと違うところは胸にたくさん勲章があるところと階級章くらいである。
「そうか…貴様が将軍を救ったという魔法術師か…くうっ!」
やっぱり怪我をしているみたいで男が顔をしかめて膝をつく。
また土足で上がり込まれてしまったが、この男はヴォルフではないので言っても仕方がない。
「はいはい、そこから動かないでね。部屋が汚れるのは勘弁だわ。で、あんたは誰?」
「四週間前までその将軍の副官を務めていた者だ…今は違うがな」
「副官? ってことはあんたが歴戦の猛者で優秀な副官のディートヘルム・アイヒベルガー大佐なわけ?」
「そこまで知っているのか…」
それなら話は早い。
この男がディートヘルム・アイヒベルガー大佐なら、ヴォルフの知り合いだし何よりヴォルフが尊敬してやまない優秀な元副官なので私の身の安全は保証されるはずだ。
私は男をその場に残し、冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出してコップについでやる。
「ほら、飲みなさいよ」
「なんだこれは」
訝しげな顔になるが、怪しい女から怪しい水が入ったコップを差し出されたらみんな同じような顔をするだろう。
「ヴォルフは『ソーマ』って呼んでるわよ。何だか知らないけど、これを飲んだら傷も治るんでしょ?」
「ソーマ…これがあのソーマなのか? 女、名前は何だ」
「リナ・ヨソハラよ。ヴォルフは私を医術師か魔法術師と勘違いしてるけど、ただの一般人よ」
ふんっと胸を張ってみるが、大佐の方が迫力があるし体格もいいのでいまいち決まらない。
やがてちびっと『ソーマ』に口をつけた大佐がヴォルフの時と同じように光り始める。
なんでいちいち光るのかなぁ…こいつら。
何だこれはっ、まさか本物とはと大佐の声が聞こえるが私は知らないふりをする。
とりあえず床も綺麗になったのでよしとしよう。
傷の状態を確認していた大佐は、自分の身に起きた奇跡に信じられないとでも言いたげな視線を寄越した。
信じられないのは私の方だって言うの!
「認めるのは癪だが、どうやら相当できる魔法術師だということか」
「何よ、助けてやったって言うのに礼の一つくらいないわけ? それともハルヴァスト帝国の軍人ってそんなに偉いのかしら? ヴォルフは礼儀正しかったわよー、流石は将軍ね。あとあんた、ここは土足厳禁よ。靴くらい脱ぎなさい」
威圧感たっぷりの大佐に臆することなく不遜な物言いをする私に、ぐっと詰まった大佐は渋々ながら編上靴を解いていく。
「ヴォルフはあんたのことを優秀で頼り甲斐のある副官だって言ってたけど、そんなに無愛想だったら部下も怖がって近づかないわよ?」
「ふん。その優秀で頼り甲斐のある副官は将軍の采配とやらで配置換えされて今や部隊すら違うのだぞ?」
編上靴を脱ぎ終えた大佐が自嘲気味に暗く笑った。
影のある男は嫌いじゃないけど影があり過ぎる男は面倒で嫌いだ。
「あのさ、余計なことかもしれないけど…あんたを副官から外したのはあんたの為なんだよ?」
「何だと?」
大佐が私をきっと睨みつける。
だから私の所為じゃなくてヴォルフの考えだっつーの。
「ヴォルフってあの通り名前だけの将軍なんでしょ? ここへ来てから勉強はしてるけど、現場から外されたって聞いてるわよ。で、あんたはとっても優秀だから窓際な自分の元にいたらもったいないんだってさ」
自分の下についていても大佐は日の目を見ないから苦渋の決断をしましたとはヴォルフの言葉だ。
海賊を討伐したその足で上層部に持ち掛けて自分は閑職へ、そして大佐を出世に一番近い参謀部へと送り込んだのだと寂しそうに語っていたヴォルフに私がネットから引っ張り出してきた孫子の兵法と近代日本の海将たちの栄光が記載されたものを読み聞かせたのが勉強会の始まりでもある。
悔しくないの? 大佐みたいになりたいんでしょ?! 男ならトコトンやりなさいよと叱咤した私に触発されたヴォルフは今必死に勉強中だ。
「そんな、そんなはずは…将軍は俺を疎ましく思っていたのではないのか?」
「知らないわよ。でもあんたのことべた褒めだったわよー。大佐がどうした、大佐がこう言った、大佐なら不可能でも可能になるって煩いったらありゃしない。あんたも拗ねてないでさ、上にでも昇り詰めたら?」
「叩き上げの大佐に参謀部など務まるものか。現場に居てこそ俺の力は発揮されるのだというのに…何故そのようなことを」
「ヴォルフに直接聞けばいいじゃない…できるかどうかわかんないけど、ヴォルフを呼んでみようか?」
さっきは『いっただっきまーす』だったので間違って大佐が来たのだから、ちゃんと『いただきます』と言い直せばヴォルフが来るかもしれない。
しかし、大佐は私を慌てて止めた。
「待て!! 時を見て自分で聞く…気遣いは無用だ」
「そ、じゃあ余計な口出しはしないわ」
確かに私は何も関係ないし、当人同士で話してもらう方が後腐れなくていい。
男同士の話に口を挟むのは得策ではない。
話もひと段落したところで、湯気をあげている土鍋が気になってきた。
高級霜降り和牛も私に食べられるのを待っている。
「ところであんた、お腹空いてない? ヴォルフが来る予定だったけど、もう遅いからあんたでいいわ。せっかく異世界に来たんだから鍋物でも食べて帰りなよ」
「鍋物? それが将軍の言っていた『魅惑の料理』なのか?」
「そうよ。異世界人もびっくりな料理なの。どう? 何ならお酒もつけるわよ?」
ヴォルフの為に用意した東北産の大吟醸の瓶を指し示すと大佐はごくりと嚥下した。
そうして大人しく私の対面に座った大佐に、さっと湯をくぐらせた柔らかそうな肉を入れた器を渡してやると彼のお腹がぐーっと鳴る。
「それ、絶対美味しいわよ。ヴォルフはポン酢が好みだったけど、あんたの好みはわからないから好きなの選んで食べてね」
「ずいぶんと薄切りな肉だな…」
くんくんと匂いを嗅いだ大佐はポン酢ではなくニンニクショウガのたれをかける。
そしてぱくりと肉を口に入れると硬直し、次にものも言わずにご飯をかきこんだ。
「ご飯、おかわりあるから食べたかったら言ってね」
無言で茶碗を差し出した大佐に私はご飯を山盛りについであげた。
大佐もフォークで食べているのが面白い。
しかもヴォルフと違って胡座をかけなかった大佐は正座である。
ギャップ萌えだわ、軍服で正座とか美味しいシチュエーションじゃないの。
私は鍋物に夢中になっている大佐にお酒をついであげながら、隠しもせずににやにやと笑みをもらした。
「それじゃあ、私も一口…」
流石は高級な肉。
口の中で蕩けてしまうくらいに柔らかく、そして肉自体の味がよい。
すかさず冷酒をくいっと引っ掛けた私は「くうーっ、たまんない」と声をあげる。
やばい、美味し過ぎる!
ヴォルフには申し訳ないが、生まれて初めての高級霜降り和牛に私は幸せの極地に舞い上がる。
お酒にご飯とは合わないかもしれないが、私はご飯だって一緒に食べるタイプだ。
「大佐も飲みなよ。お酒、いける口なんでしょ?」
「ああ、かたじけない」
大きな手には小さ過ぎるお猪口に入った冷酒を私と同じようにくいっと飲み干した大佐の顔がぱあっと明るくなる。
うん、美味しい物に罪はないって名言だわ。
「もっといく?」
「………」
無言でお猪口を差し出してきた大佐からは陰鬱さが消えていた。
「じゃあね、ヴォルフにごめんねって伝えといてよ」
「わかった」
大佐も野菜をよく食べた。
特に白菜は甘くて瑞々しくて肉とよく合うらしい。
ほろ酔い加減で鍋物とお酒を堪能した大佐に伝言を頼んだ私はちょっと不安になる。
酔いつぶれてはいないがかなり飲んだからだ。
忘れ物はないかと尋ねた私に、忘れ物があったらまた呼んでくれと言ってのけニヤッと笑った大佐は渋いイケメンだった。
制服って反則だわと思いながら私は土鍋の蓋を閉める。
「さてと。それじゃ、気をつけてね」
何で怪我をしていたのか聞いてはいないが、また誰かと交戦中とかであれば心配である。
「世話になった…出会えて光栄だ、ヨソハラ殿」
「こちらこそ。対価はいらないから、ちゃんとヴォルフと仲直りしてよね。あいつの泣き言だけは聞きたくないわ」
「了解した」
とりあえず約束を取り付けた私は手を合わせて帰還の呪文を唱える。
大佐の足元がふらりと揺れているのが気になると言えば気になるんだけど…まあ、いいか。
「ごちそうさま」
そして、予期せぬ訪問者は帰っていった。
しいたけ、えのき、しめじに舞茸、ヒラタケ、白ネギ、春菊、白菜、人参、今日のお肉は鳥肉で、キノコづくしのきのこ鍋!!
味噌風味なのでご飯との相性はバッチリよ。
先週は呪文を間違えたので今回はしっかりはっきり「いただきます」と唱える。
「リナさんっ、どういうことですかっ!!」
そうして現れたのがいつもの客人なことに安心した私だったが、何だか今日のヴォルフは怒り心頭のようだ。
「ごめんねヴォルフ。この間はアクシデントがあって別の人を呼んじゃってさ…」
しかもヴォルフの戦果で得た高級霜降り和牛は大佐と2人で食べてしまった。
「大佐に何をしたんですか?」
「何って…怪我してたから水を飲ませてやって、ちょっと説教して、鍋を食べた?」
「私以外の人と、この部屋で鍋? 大佐がすっかり貴女に参ってしまったみたいなんですよ…私という者がありながら、貴女は、貴女は…」
ヴォルフの拳がわなわなと震えている。
まさか大佐から高級霜降り和牛のことを聞いたのかしら?
食べ物の恨みは怖いって言うし、どうしよう。
「しかも大佐と、大佐とお酒まで飲んだっていうじゃないですかっ!! 大佐とお酒ですよ、あの た・い・さ と!!」
「ヴォルフ。心配しないで? あんたの大切な大切な大佐を奪ったりなんかしないわ?」
詰め寄られた私は慌てて弁解する。
そんなに大佐とお酒が飲みたかったの?
っていうか大佐、あんたあらいざらい喋ったわね…ハルヴァスト帝国の軍人って口が軽いわけ?
するとヴォルフはぽかんと口を開けた。
「は? 大切な?」
「ごめんねヴォルフ…私ったら気がつかなくて。ヴォルフが大佐を大切に思うように、大佐もヴォルフを大切に思っているみたいだし、安心していいのよ?」
あんたの敬愛する大佐と仲直りできたみたいなのでまあいいじゃないの。
意外だったけど人の恋路は邪魔しないわ…異世界人だし。
「違いますっ!! 私が心配しているのはリナさんです…大佐は酒癖が悪いんですよ? 大丈夫ですよね? 何もされていませんよねっ?!」
「楽しく美味しく鍋とお酒を嗜んだわよ…何よ、そんな顔して」
「リナさんっ!! 今後、絶対に、大佐を呼ばないでくださいね!! もし呼ぶときは私も一緒に呼んでください」
「だからあれは事故よ、事故!」
「リナさん!!」
「はいはいわかりました、わかったわよ!! だからそんなに詰め寄らないでってば」
ヴォルフがここまで言う理由はわかんないけど、勢いに押されるようにして約束した私はハルヴァスト帝国軍人ってめんどくせーっと心の中で叫んだのであった。